第2話:テンプレ的な不思議とボーイミーツ幼女
ピロリン♪
≪【木の棒】を取得しました≫
「っづおぉ?!」
突然変な音と声が聞こえた。あまりにも急で唐突だったからひどく驚いて変な声が出たよ・・・
ゲームの効果音のような軽快な音と、ロボットがしゃべる時のような人間離れした声。この前友達が聞かせてくれたテキスト読み上げソフトが出す機械的な声に似ている。
「え、なに? どっから? 取得? 何を?」
状況を飲み込めない僕はただただ混乱して辺りを見回す。どこから聞こえてきたんだろう。スピーカーのようなものはないし、しゃべった誰かがいるわけでもない。というか、変な聞こえ方をしたような気がする。 なんというかこう、声に出さない独り言が頭の中ではっきりと聞こえたというか。言葉にしにくい感覚だ。幻聴を耳にしたことは無かったけど、もしかしたらこれがそうなのかもしれない。
「???」
しばらく警戒してキョロキョロしていたけど、結局何も分からないままだった。
「気のせい、かな」
とりあえず気を取り直してこの建物を探索しつつ――二階は無いみたいだけど――、たき火の種になりそうなものを探してみることにする。右手にはさっき手にしたわが相棒、木の棒が握られている。力を込めて壁でも叩けば簡単に折れそうだけど、ちょっとは攻撃力くらいあるかもしれない。3くらい。何よりこの安心感。木の棒だけど侮れないよね!
とりあえず、目につく祭壇を調べてみよう。マントにできる布きれくらいはあるかもしれない。寒さに震える体をこすりつつ祭壇に向かいながら、周りのベンチに目を向けてみる。へえ、ベンチ全てが木からできてるんだ。座る部分が木製でも手すりや背もたれが金属製なのはよく見るけど、こういうベンチはあまり見たことがない気がする。どのベンチも結構痛んでるみたいで、黒いカビやコケがそこかしこにこびりついているし、蜘蛛の巣が張っているものもある。埃もかなりかぶっていて、傍のベンチの表面を指でなぞると、その跡がはっきりと残った。座るのはよそう。それよりも木のベンチがこれほど痛んでいるなら、布の方は期待しないほういいかもしれない。さすがに虫とかほこりだらけの布は羽織りたくないや。
さて、祭壇を調べていこう。祭壇上のテーブルは石製のようで、こっちはそれほど痛んでいるようには見えない。昔からありそうだな、とは思うくらいにはあちこちが小さくかけたりしてるけど普通に使うぶんには特に問題はなさそうだ。大理石でできているのか表面はつるつるで、埃はかぶっているけど雑巾できれいに拭けば今からでも使えるだろう。テーブルの上には蝋燭立てや、ガラス製の小さなコップのようなものがいくつか適当に並べられている。これらも長い間放置されていたのか、枯れてかっさかさになった葉っぱが入っていたり蜘蛛の巣でデコレーションされていたりする。
卓上の物には目を向けるだけにしておいて、おなかが当たる辺りに左右二つずつ引き出しが付いているので引いてみる。まずは右から・・・何も入ってない。ちょっと残念。左は、と。
「おっ! お宝発見! 本だ!」
左の引き出しには古びた本のようなものがあった。
「おおおー。 結構重いなあ・・・。 辞書かな?」
手に取ってみるとズシッとした重さを感じた。革っぽい素材の表紙で、くすんだ茶色だ。かなり厚みがある。
広×苑と同じくらいの大きさかな? 引き出しの中にあったからか、それほど埃をかぶっていなかった。とりあえずテーブルの上に置く。
「さて、とりあえず御開帳といきましょうかね。かね。 えっへっへ、どれどれ・・・ん?」
お宝が見つかった嬉しさから変なテンションになっているけど気にしない。早速真ん中あたりを適当に開いてみるけど・・・・
「何にも書かれていないじゃん・・・」
ぱらぱらぱらとページをめくってみるけど、全て白紙のようだ。
「なんだ、はずれかあ。残念残念」
残念と口にしてはいるものの、大してそう思っているわけでもない。全ページが白紙の分厚い本と言うだけでも僕にとっては物珍しいからだ。しかも結構古いみたいだし、コレクションとしてはいいかも・・・・?
「・・・いや、やめとこ。世界遺産の一部でしたーとかだったら大変なことになりそうだし。泥棒いくない。うん」
そう考え直して引き出しの中に仕舞おうと本を閉じたところで、表紙に奇妙なマークがあることに気が付く。表紙に僅かにへこむようにしてあったのでさっきは気が付かなかった。三重の円の中に幾何学文様が描かれていて、その円を二頭の・・・・・なんだこれ。ライオンかな。いやでもライオンにしては妙に手足と首が長いような。そんな動物が向かい合って両前足を乗せるようにして寄りかかっている。
「ヨーロッパ貴族の家紋っぽいな。やっぱり貴重品なのかな」
何となくそのマークに触れてみた。
ピロリン♪
≪セーブしますか?≫
「うわっ?!」
また変な効果音と声が聞こえた。僕は咄嗟に本を手放し後ずさってしまう。
「な、なんだ? また聞こえた? セーブ? セーブって聞こえたぞ・・・」
ひどく緊張したように心臓が鼓動している。周囲を見回しても、やはり音の発生源は見当たらない。それにやっぱり妙な聞こえ方をした。頭に直接響くようなこの感覚は、たぶん気のせいではないのだろう。得体のしれない感覚に少なくない恐怖心を抱き、それでもどうにか落ち着こうとする。
さっきから変なことばかり起きる。目が覚めたら知らないところに放置されてたし、うだるような暑さの夏のはずなのに冬のような寒さ。妙な音は二度も頭に響く。
いったい僕はどういう状況下にあるんだ。今更になって本格的に恐怖心を抱き始めた。さっきまでわくわくしていた自分がバカみたいだ。
寒さからなのか、不安からなのか。震える体を落ち着かせようとした時、落としてしまった本に目が向いた。
開かれたまま表紙を上にして落ちた本がうっすらと青白く光っている。
「??」
僕はしゃがんで本を拾う。さっきのマークが光っているんだ。
「光ってる・・・・・。 なんでだ? というかどうやって・・・?」
僕はまた、その光るマークに触れてみた。
ピロリン♪
≪セーブしますか?≫
「―――っ」
まただ。また聞こえた。今度は本を落とさずに比較的落ち着いて聞き取れたと思う。
いったいどうやって聞こえてくるんだろうか。いや、それよりもセーブってなんだろう。ゲームを中断するにデータを保存する意味でのセーブがまず思い浮かぶ。聞こえてくる声が機械的だからなおさらだ。
ゲームならできるだけセーブはしていた方がいい場合が多い。特に昔の据え置き型ゲーム機でやるRPGは特定の場所やタイミングでしかセーブできなかったし、セーブすると体力や魔力が回復することもあった。僕の場合セーブポイントを見かけたら必ずセーブしていたけど・・・。
ピロリン♪
≪セーブするページを選んでください≫
今度は少し変わった内容の声が聞こえた。
「また・・・、というかページ? この本のページ?」
そう口にすると、突然本が浮かんだ。僕はまた驚いて一歩後ずさってしまう。浮かび上がった本はひとりでに開いて一ページ目までパラパラとめくれた。どうでもいいけど左開きである。
浮かぶ本に僕は固まっていたが、そのうち好奇心が湧いてきたのでそうっと一ページ目に触れてみる。
ピロリロリン♪
≪一ページ目にセーブしました≫
そう聞こえた瞬間、体中を冷たい何かが巡ったような感覚に見舞われた。
「・・・っあ? 何が?」
つい両方の手のひらを見てしまうが、何も変化はない。
一瞬の出来事だったのと、とても心地よかったこともあって反応する余裕すら無かったけど・・・
それでも呆然としていたら、先程触れたページに文字が浮かび上がった。恐る恐る読んでみる。
『オルガー暦151年 一日目:封印されし教会 KEITA TSUJIMA Lv. 1』
「オルガー暦? 151年て何だ? なに? 一日目? 封印されし教会? 何が? 英語・・・ってうっわ! 気持ちわる! は? なんで僕の名前が?! 気持ちわる!」
書かれていることはさっぱり理解できなかったけど、僕の名前が書かれていることに強い嫌悪感と恐怖感が沸き起こる。ぞっとして体温が下がったような気がする。目覚めてから一番驚いたかもしれない。
「どうして僕の名前が? さっきまで白紙だったページになんで? いやいやいやいや怖い怖い怖い!」
それら文字はにじんだ黒インクで書かれているように見えて、僕は思わず一昨日見たホラー映画を思い出してしまった。映画の中で架空の書物であるはずのネクロノミコンを見つけたカップルは、好奇心から中身を開いて読んでしまう。すると血のような色で滲んだ文字が浮かび上がり、見てみればそれは二人の名前で・・・・・
「いやいやいやいやいやないないないない! ないね。現実にそんなのまずないね。 ないないない」
映画のラストを頭を振ってどうにか思い出さないようにした僕は、とにかくその本から離れようと考えた。というよりもうこの場所から逃げたい気持ちでいっぱいだ。いつのまにやら寒さのことなんてすっかり気にならなくなっていた。
よし、逃げよう。とにかくここから離れよう。
祭壇とは反対側の壁に小さなドアを見つけたので、手にしていた木の棒を放り投げてドアに向かって一目散に駆ける。
ピロリン♪
≪【木の棒】を放棄しました≫
例の声が聞こえてくる。何か言ってたような気がするけどあいにく構っている暇はない。
早く、早く離れよう。というかなんで浮いた? 何で勝手にめくれた? どうして僕の名前が? そもそもなんなんだよあの変な声! よくわからないところから聞こえてくるし、言ってることもよく分からないし! 何だよセーブって。 節約ですか?! それともゲームのセーブですか?! 現在の進行状況でも保存するつもりなんですか・・・・ね?
そういえばあの表示。
『オルガー暦151年 一日目:忘れ去られた教会 KEITA TSUJIMA Lv. 1』
どことなくゲームをセーブする時の表示に似ていたような・・・?
僕は錆びついてざらつくドアノブに手をかけたところではたと思い出した。
あの音と声の正体はわからないけど、間違いなくセーブするかと聞いていたし、僕があの本のページに触れたらセーブしたとも言っていた。その後に浮かび上がった文字の表記もどことなくそれっぽかった気がする。
ふと振り返ってみる。祭壇はさっきと変わらず静かなままだ。本は相変わらず開かれた状態で浮いたままで、ゆっくりと回転している。さっぱり訳が分からないが、どうにも危険そうな感じはしない。気がする。
もう少し警戒してドアノブに手をかけたまま浮かぶ本に目を向けていたが、何も変化はない。わずかに安堵すれば、今度は好奇心が顔を見せ始めた。もしかしたら、大丈夫かも・・・?
ゴトッ
「―――っ!」
さっきまでゆっくり回転しながら浮いていた本が、突然落下した。僕はまた驚いて、今度こそドアを開け放つ。今度は迷うことなく外へと逃げ出した。
◇
そこは森の中だった。いや、或は林なのかもしれない。僕が持つ森のイメージは熱帯雨林とか、樹海のそれに近いけど目の前に広がる光景はどうもそういったイメージと一致しない。もっと明るくて、澄んだ空気を感じ取ることができる。
背は高いが人間の胴回り以下の細さしかない木々が不規則にいくつも生えている。およそ5~6mはあるだろう。大き目の薄黄緑色の葉っぱが木の枝から生えていて、空の大部分を隠すように僕の頭上で密集していた。この葉っぱの覆いはしばらく先まで続いているようだ。木漏れ日と言うのだろうか、若干薄暗いこの森の中に差し込む光がそこらじゅうではっきりと見えた。
若干霧が立ち込めているのか、白い靄のようなものも目にすることができる。建物の中が電気もなしに明るかったので昼ぐらいなんじゃないかと思っていたが、もしかしたら早朝なのかもしれない。そして、不思議なことに建物の外は暖かかった。さっきまでは冬のような肌を刺す寒さを感じていたけど、今は春の中ごろのような陽気さを感じる。外と中ではかなりの温度差があるようだ。
「も、森・・・? なんだここ? あでもあったかい。外の方があったかいのか」
未だに少し混乱しているけど、心地よい暖かさとほっとするような目の前の光景にいくらか落ち着きを取り戻した気がする。僕は建物の中を警戒しながら覗きつつドアを閉める。かなり古いドアだ。見るからにぼろぼろで、ツタやら枯れた木の枝やらが張り巡っている。
「やっぱたっかいなあ、この建物。7.8階建てのマンションくらいはありそうだ」
この場所には不釣り合いなほど高い建物を見上げ、それから森に向き直る。
「さて・・・・・・、とりあえずここから離れよう」
今はとにかく建物から離れたかったので歩き出すことにする。とはいっても、道らしい道はない。思いのほか柔らかい地面と絡みつく細い木の枝に四苦八苦しながらも無理やり直進する。
「この間の課外授業で、っとと、危ない危ない。絡みつくなあ。・・・・・長時間森の中で歩く場合は目印を見つけるか、つけることが大事っていってたけど目印ならこの建物を背にして歩けばよさそうかな。どこからでも見つかりそうだし」
あれほどまでに高い建物だ。見失うことはそうそうないだろう。
「まあでもあれを背にすることに一抹の不安と恐怖を覚えなくもないのですが・・・・・あぁ、木の棒捨てるんじゃなかったよ。代用品でも探そうかなあ」
あんな木の棒でもあるのとないのでは安心感が違った。取りに行くことはまずないが、あれほどしっくりくる棒はなかなかお目にかかれそうにない。現に歩きながらよさげな棒を探しているが、変にひん曲がっていたり鞭のようにしなやかだったりするものが多い。もしかしたらあの棒は、何かの道具か部品として使われていたのかもしれない。周囲に落ちている木の枝と比べてみるとかなり整った形をしていたような気がする。
そんなことを考えながら、ひたすら歩くことしばらく。だんだん辺りに茂みのような場所が増えてきたような気がする。さっきまでは背の高い木とふかふかした地面しか目につかなかったのだが、その地面が固くなって歩きやすくなると同時に地面から生える植物が増えてきた。
まあ、それは正直どうでもいいのだが、それにしても。
「なんか、あんまり見たことない植物が多いなあ」
どうもさっきから見かける植物が変わった形をしているのだ。植物の種類を特定することができるほどの知識など全く持ち合わせてはいないが―有名な花くらいなら分かるが―、それにしてもこれだけ色々な形をした植物があることに気が付くと、やはり森の中というのは多様な植物が存在する特別な場所なんだなと思ってしまう。
年の離れた兄は山を散策することが趣味で中々変わっているなあと思っていたが、今なら彼の気持ちが少しだけ理解できる。星のような形をした葉っぱやあちらこちらに渦巻状に伸びる茎(?)、近づかなければ分からないほど小さくて真っ赤な花などを見ているとやはりワクワクしてくるものだ。
「~~~~~♪」
何となく鼻歌を歌ってしまう。しばらく前に海外や日本で話題になった、ノリのいい音楽。気分がいいときや調子がいい時は決まってこの歌を歌ってしまう。歌唱力はあまりないのであくまで鼻歌なのだが。
「~~~~♪ ~~~♪ ~~~~~~~~♪」
やっぱりサビのところはテンションが上がる。いろんな国の人たちが路地裏で踊るミュージックビデオが動画投稿サイトで人気にもなったが、あの人たちみたいに踊れなくても気分くらいは重ね合わせることができるかもしれない。
どんどんテンションが上がってきて、人目がない事をいいことにリズムに合わせて足を動かしたり腕を振り回してみる。残念なことにダンス力すら持ち合わせていないのでこの程度の珍妙な動きになってしまうが...まあ楽しければ何でもいいのだ。
「~~♪ ~♪」
「 ~♪♪」
「うへぇい?! っつどわぁ!」
気分が最高潮になりかけたとき、僕の鼻歌ではない別の鼻歌が右真横から聞こえた。完全に油断していたことと確かに誰もいなかったはずなのにいきなり右から鼻歌が聞こえてきたせいで、僕は大いに驚くのみならず変な声を出してしまい、調子にのって妙なステップで歩いていたので右足をくじいて転んでしまった。地面が少しデコボコしていたことも関係しているかもしれない。
「ぃいっつ?! 痛った! おもっきし捻った! くぅああ!!」
ガクッと力が抜けたかのようにその場でこけた僕は、右側の植物に肩をぶつけた。妙に柔らかい感触だったが今はそれよりも右足首が痛い。
「あいったたたた・・・ はあ、痛い痛い・・・」
「・・・・・ニンゲン、だいじょぶ?」
「あ、はい。ちょっと捻っただけですから大丈夫です。歩けるかな・・・、あ、これはダメなパターンだ」
「いたいの?」
「まあ痛いっていえば痛いですけど、これくらいちょっと休めばすぐなおっ・・・・・・・」
まて。
僕はいったい誰と会話しているんだ。右上辺りから聞こえてくる可愛らしい声はなんだ。
おかしい、おかしいぞ。
「??」
僕が急に黙り込んだからか、不思議そうにしている声が聞こえてくるけどちょっと待ってほしい。僕はさっきまで鼻歌を歌いながら歩いていた。ちょっとテンション上がってたけど、周囲のことが目に入らなくなるほどじゃなかったはずだ。そして歩いている最中誰か見かけることは無かった。僕の傍にあるのはこの幹が絡まり合っていて中途半端に成長した低木だけで周囲に人が隠れることができそうな木や茂みはない。
じゃあ、この声はなんだろう。
僕のいとこに来年から小学校に入学する女の子がいるけど、その子みたいな高くてちょっと甘えたように聞こえるこの声の正体はなんなんだろう。
「? ニンゲン、どうしたの?」
「ぁ、はえ、あ、あのっ、おま、おまか。おまかいなく、」
「??? あたま、いたいの?」
「あ、いえ、あし、あしの方がいたくて、あでも大丈夫で、あの」
あまりに突然だったもので、ろれつが回らない。
「あしがいたいの、ニンゲン? じゃあ、なおしてあげるの! みせて?」
「えっ、なおす? 見せてって・・・」
この声の主は僕の足の心配をしてくれているようで、どうやら直してくれるらしい。が、そんなことしてもらうつもりは全くないのですぐに断ろうと口を開いた。
「わたし、なおしてあげるの♪」
聞こえたと同時に、細い鞭のような木の枝がしゅるしゅると僕の足首に伸びてきて、僕の右足首に絡みついた。何が起きているのか理解できなくて呆然としていたが、足がギュッと締め付けられた感覚と「はいっ! なおったの♪」という声で我に帰る。
・・・・・僕の右足首は、木の枝でぐるぐる巻きにされていた。
何が起きているのだろう。
「あのね、あしがいたいときはね、うごかしたらね、だめってね、じぃじがいってたの」
足首をひねった時の対処法としてそれは正しいと思う。とすれば木の枝をまくことで固定したのは適切な判断と処置なのかもしれない。でもそうじゃない。そこじゃあないよね。
「あの・・・、さっき木の枝が勝手に動きませんでした?」
そこでようやく僕は顔を動かし、声の主と会話しようと右上辺りを見上げた。何かしてくれたみたいなので、とりあえずお礼を言わないと。あとさっきの不思議現象について・・・・え?
目に入ってきたのは、赤色と緑色。
たぶん、僕の頭の近くで覗き込んでいたんだろう。顔と顔の距離が近かった。その距離は数センチほどだったのだが正直それはどうでもいい。見つめ合っているこの状況もとるに足らない。それよりも、赤色と緑色だ。
何故この子の瞳はルビーのように輝く赤色で、肌がうっすらとした緑色なのだろう。徹夜しまくってこんな感じになってしまったのか。充血しているのかと思ったけど、そういえば充血って目の白い部分が赤くなるんだよね。この子の場合真っ黒になっているから充血ではないのかもしれない。というか肌が緑色の人種って見たことないし聞いたこともないんだけど。メイクにしては色付きが自然すぎるというか、地肌の色っぽいというか。あれ? 肌だけじゃなくて髪まで緑じゃない? 深緑の髪色をしているけど、ファッションなんだろうか。
「き、君は・・・?」
自分で結論を出すことができなかった僕は、見つめ合ったまま呟くようにして誰何した。
すると少女は、いやもっと幼い幼児のような見た目の女の子は引っ張られるようにしてすうっと僕から顔を離し、
「わたし? わたしはね、リリウムっていうの! ドリュアスのリリウム! リリーって呼んで!」
そう言って、花が開いたようなにっこりとした笑みを見せたのだった。