ダンジョン&スライム④
「2人ともお帰り。夕飯は豆スープよ」
今日も安定の豆スープだ。肉など一切入れない潔さが心地良い。
「お母さん、べたべたになったアミンを私がお掃除してあげたんだ。凄く喜んでくれたよ」
「まあまあ、お掃除する相手を昨日と交代したのね。攻守の入れ替えは素早くが基本よね」
「そうだ。お土産があるの。昨日、話をしたスライムの体液を持って来たよ。お肌がスベスベになるんだ」
そう言って袋詰めしたスライムの体液をドスンとテーブルに置いた。重さが10キロ以上ある。ダンジョンからの帰りはアミンが運んだが重くて泣きたくなった。
「まあ、こんなにたくさん。重かったでしょうに。2人ともありがとう」
「それからね。お母さん。私は何と魔法を覚えたんだよ。私の魔法で大きなスライムをバラバラに引き裂いたんだ。えっへん!」
「なに言ってるのかしらこの娘は・・・魔法なんて簡単に覚えられる訳、ないでしょう?バカなことを言っていないで早くご飯、食べちゃいなさい」
「本当だもん」とナユラは膨れるが。マーリは相手にせず、3人は豆スープだけの質素な夕食を続けた。
その日の夜。アミンは寝付けなかった。スライムダンジョンでの激戦の興奮もあるが、憧れていた魔法、しかもアミンが一番カッコイイと思っていた光魔法の習得は、眠れなくなるほどの興奮を覚えるには十分な成長だった。
ロングソードと盾を持って部屋から出る。アミンの部屋は、居候の定番と言える離れにある納屋だったので、家族に気兼ねせず自由に出入りが出来た。
月明かりの下、ロングソードを抜き、素振りを始めた。剣スキルの影響か素振りの音が鋭くなった気がする。体が温まってきたので、練習を巨大スライム戦のイメージトレーニングに切り替えた。剣を振り盾で防ぎ、時折、光魔法を織り交ぜる。夜中にピカピカと閃光が走る光景は近所迷惑だったが、本人は気付かず素振りとイメージトレーニングを続けた。しばらくして、
「剣スキルが2に上がったのじゃ」内なる声が響いた。
「・・・なんでだ?」
「上がったものは上がったのじゃ!」更に内なる声が響いた。
どうやら剣スキルが上がったようだ。今日のスライム達との激戦で経験値が溜まっていたのだろうか?レベルアップが異常に早い気がするが、アミンはとりあえず「ラッキーだった」と思うことにして練習を続けた。
更に2時間ほど練習を続け時刻は真夜中。さすがにアミンも疲れ、休憩のため地面の上に大の字になった。火照った体に夜風が気持ち良い。このまま寝てしまおうか?とウトウトしていると、遠くでマーリと男の争う声が聞こえる・・・
「帰って下さい。こんな真夜中に来られても困ります」
「マーリ。また俺の女になれ!こんな貧乏暮らしで幸せか?ナユラの面倒も俺がみてやるぞ」
マーリと言い争っているのは、村の道具屋のオヤジだ。40歳は超えており、腹はだらしなく弛んでいる。確か、奥さんも子供もいたはずだ。
「大きな声を出さないで下さい。子供達が起きてしまうでしょ・・・」
「よく言うぜ。昼間に来ても畑仕事が忙しいって話もしないくせに・・・なあ、良いだろ。お前のことが忘れられないんだ。お前だってあんなに喜んでいたじゃないか。なあ、良いだろ・・・」
オヤジがマーリの肩に手を掛けた。マーリは観念したように顔を伏せた、その時、
木漏れ日のような優しい光が2人を照らした。
「マーリさん。ただいま。道具屋のオヤジもこんばんは。今日は良い夜だ」
「アミン君!こんな時間に・・・その光は何?」
「光魔法の生命光。少しずつ怪我と体力を回復できるし、夜は明かりにもなるから便利だ」
マーリが首をかしげながら光の中に手を入れると、
「なんと!お肌がスベスベに!」
アミンはその様子に頷きながら「魔法とは便利なものだ」と呟いている。道具屋のオヤジは突然のアミンの乱入と光魔法に驚いていたが、大人の威厳を保つために平静を装いながらアミンを睨みつける。
「アミン、良い気になるなよ!この家、マーリとナユラは俺のものだ。お前みたいな、親無しの貧乏人は村で暮せるだけで有り難く思え!マーリも俺がおとなしくしている内に俺の女に戻れ!良いな!」
道具屋のオヤジは捨て台詞を残し、大きく舌打ちをしながら立ち去った。しばらく、無言でたたずむアミンとマーリ。2人を照らしていた光が魔法の効果時間が切れ消える。辺りは暗闇に戻った。
「アミン君に恥ずかしいところを見られてしまったわね」
いつも元気なマーリが力無く言った。自嘲気味に「フフッ」っと笑いながら。
「あの人とは少しの間だったけど、お付き合いしたことがあるの。あの頃は食べ物に困るくらい貧乏で毎日不安だった・・・それに私も寂しくてどうしようもない日もあったから・・・今は別れたけど、さっきみたいに付きまとわれているのよ。元はと言えば、お付き合いした私が悪いんだけどね」
「マーリさんは悪くない。それにごめん。俺は子供だったか、うちが貧乏なこともマーリさんの寂しさも気付かなかったし何もしていなかった。だけど俺はもう子供じゃない。働けるしマーリさんを守ることもできる!それにあんなオヤジにマーリさんを取られたくない!」
マーリはアミンを抱きしめた。背中に回した手にギュッと力を込める。
「アミン君、ありがとう・・・カッコイイ男の子になってお母さんは安心よ。どんどん成長しているのね。大人の女をドキドキさせるくらいに・・・」
アミンはマーリの体の柔らかさと、何ともいえない良い匂いに包まれ頭がクラクラしてきた。至近距離で2人は見つめ合った。マーリは今度は「フフッ」っと楽しそうに笑いながら、
「続きはアミン君がもう少し大人になってからかな?今日は、もう遅いから寝ましょうね」
マーリはアミンから離れ、家に入っていく。アミンは何とも言えない良い気持ちだったが、今は何とも言えないモヤモヤした気持ちになり眠れる気がしない。
アミンは納屋から鍬を取り出しマーリの畑に向かった。マーリの畑は大きくは無いが手入れが行き届いている。改めて家族の為に、畑仕事を続けているマーリに対し感謝と尊敬の気持ちが浮かんだ。
畑に隣接する空き地に到着したアミンは力一杯に鍬を入れ始めた。
「畑が大きくなれば収入も増える。今の俺にはこれくらいしかできない・・・」
未開拓の土地は予想以上に固く、鍬が思うように入らない。力任せに振っても手が痺れるだけだ。思うように耕すことができない。イライラしたアミンは鍬を上段に構え、ロングソードを振り下ろす感覚で地面に叩きつけた。剣スキル2レベルの効果だろうか?鍬が深々と地面に刺さる。コツをつかんだアミンの開拓速度はどんどん上がり、空が白む頃には畑の面積が1.5倍に増えていた。
へとへとに疲れたアミンは地面の上に大の字になった。モヤモヤした気持ちも無くなり、心地良い疲れに身を任せて、このまま寝てしまうことにした。
「・・・お疲れ様なのじゃ・・・剣スキルが3に上がったのじゃ・・・」遠慮気味に内なる声が響いた。
アミンは農業スキルではなく、剣スキルが上がって良かったと思いながら眠りについた。マーリの喜ぶ姿を想像し、1人にやけるアミンだった。