ダンジョン&スライム⑫
薄汚れたローブを身に着けたボサボサな髪の女。屑屋が夜明け前のスライムダンジョンを訪れていた。あの少年の話全てを真に受けているわけではないが、少年から受け取ったレアアイテムである赤スライムの結晶は間違いなく本物だ。真偽を確かめる必要がある。
「これは、いったいどういうことだ?」
ダンジョンの中はスライムだらけだった。スライムダンジョンにスライムがいること自体は当たり前のことだが、スライムの数が聞いていた話と全く違っている。各小部屋に1匹、2匹程度のスライムがいると聞いていたが、小部屋には10匹以上のスライムがプルプルを体を震わせ、更に隣の部屋からぞろぞろと多数のスライムが集まって来ていた。
数が多いと言っても、スライムはスライムだ。最弱モンスターであることに変わりはない。屑屋はスライムをかわしながら、時には蹴り飛ばしながら、ダンジョンの中を進む。
足にまとわりつくスライムを踏みつけ、次の小部屋に入ると今までとの様子の違いに屑屋は戸惑った。小部屋の中央に1匹の青いスライムがプルプルしているが桁違いに大きい。体高が人間の子供の身長を超えるほどスライム。いわゆる、巨大スライムというやつだ。
「こんなところに何故?こいつがいる?」
屑屋が驚きのつぶやきをもらした直後、巨大スライムが猛然と突撃してきた。巨体に見合わず俊敏な動きだが、かわせない程のスピードがあるわけではない。突進を避けた屑屋は懐から小瓶を取り出し、巨大スライムに投げつける。小瓶が割れ、中の液体が飛び散ると同時に、巨大スライムが炎に包まれた。投げつけた小瓶は、少年から受け取った赤スライムの結晶の一欠けら作った魔法のアイテムだ。テストで作った試作品だったが、思った以上の威力があるようだ。巨大スライムは炎に包まれ、悶え苦しみながら徐々に焼失していく。
「炎の小瓶の効果はまずまずだ。この小瓶なら、高値で売れそうだ。しかし・・・」
巨大スライムは巨大赤スライム程ではないが、高レベルモンスターであり、こんな田舎の魔王城から遠く離れた場所に、子供の遊び場と言われるスライムダンジョンにいるはずがないモンスターだ。あの少年の話が全て真実だとすれば、ここには消し炭にした巨大スライム以外にも多数の巨大スライムと巨大赤スライムも生息していることになる。いつの間にかに子供の遊び場でから、危険な高レベルモンスターの住処に変わっている。ここは大人でも危険だし、田舎の村の低レベルな冒険者パーティーでも歯が立たないだろう。ここは危険だ。すぐに逃げる必要がある。
コツン・・・コツン・・・コツン・・・
屑屋が身の危険を感じ、ダンジョンの調査を中止し脱出する決意を固めた時、コツン、コツンと固いものが、ぶつかり合う音が隣の小部屋から聞こえてきた。
コツン、コツン、コツン、コツン、コツン、コツン、、、
ぶつかり合う音は徐々に数を増やしていった。屑屋は危険を感じながらも、好奇心に負けて隣の小部屋を覗き込んだ。そこには、多数の通常サイズのスライムが何十匹も群がっていた。その体はどの個体も、半透明で霜がこびり付いている。覗き込んだ屑屋の顔に、漂ってきた冷たい冷気が当たった。
「まさか、氷スライム!砕いて食べても、ひんやりして美味しいし、何より常温では永久に溶けないと言われている保冷材に最適のレアモンスター!」
氷スライム・・・他のスライムと異なり体全体が凍りついていて、高い防御力と体の固さを生かした体当たりはかなりの威力がある。そして、何より恐ろしいのはその能力だ。何十匹もの氷スライムが大きく息を吸い込むと、その口から一斉に氷の息吹を吐き出した。屑屋は必死に覗き込んでいた顔を引っ込めたが、ボサボサの髪の毛が何割か凍りついていた。
「髪は女の命。まったく、けしからん連中だ。この借りは体でしっかり返してもらおう」
屑屋は全速力で逃げ出した。逃げる途中で通常スライムを蹴り飛ばし、「まったく、けしからん」とつぶやきながら。この借りは返してもらう。ただし、私が危険な目に合う必要はない。あの少年にやらせれば良いだけだ。奴らの結晶は、価値を知らないあの少年から、巻き上げれば良いのだ。
屑屋はダンジョンから抜け出し、入口を屑屋が警戒しながら見つめる。どうやら、スライム達はダンジョンから外には出る気が無いらしい。それとも何らかの力が働いているのだろうか?そして、こんな危険なダンジョンで冒険を続ける少年。あの少年は、やはり面白い。
「フフッ。やっぱりあの子は金になりそうだな・・・しかし、このダンジョンは・・・」
スライムダンジョンのスライム達は、あきらかに「活性化」していた。遠い昔、魔王がいた時代のモンスターのように。「活性化」したモンスターは、同種類の高レベルモンスターを生み出したり、レアな高レベルモンスターに進化したりする・・・引き続きこの場所は観測が必要なようだ。
取り急ぎの課題は、大量発生している氷スライムに借りを返すことだ。ここで待っていれば、あの少年と会えるだろうか?そろそろ、夜が明ける。ここでひと眠りしながら、少年を待とう・・・