ダンジョン&スライム⑪
「よー、ナユラ。アミンの野郎に無理やりに、スライムダンジョンへ連れていかれているらしいな」
近づいてきたモンスターハンターの1人、道具屋の息子がナユラの肩に手を置きながら話しかけた。寝ぼけ眼で気持ち悪そうにしていたナユラだったが、目つきが悪くなり、眉毛を吊り上げ、頬を膨らませる。怒りのスイッチが入ったようだ。
「はー!?無理やりに連れていかれてなんかないし!ぷんぷん!アミンに無理やりなんて、そんな状況は興奮しか覚えないよ!」
「スライムダンジョンなんて、すぐに飽きる遊び場だろう?俺のパーティーは全員ダブルスキル保持者のエリートハンターだけど、俺とナユラの仲だ。ナユラだけは特別に仲間にいれてやってもいいぜ。明日から3日間、北の森と更に北の山岳地帯で野営しながらのモンスターハントを行う。スライムダンジョンなんて子供の遊びとは違う、本当の冒険を教えてやるぜ!」
「はー!?あなたと私がどんな仲っていうの!アミンの前でおかしなこと言わないで!それに、あなた達がどんな冒険をしたかは知らないけど、私たちのモンスターハントだって遊びじゃないし!私の肩を撫でるのをやめてよ!また、気持ち悪くなるでしょ!どす黒い何かが込み上げてくるでしょ!」
「親父が言っている通りだな。女は本当の気持ちと裏腹な言動になってしまう・・・そして、厄介なことに本当の気持ちに気づくことができない悲しい生き物・・・まさに、今のナユラだな・・・そんな女を愛でるのも、男の大切な仕事ということかな。やれやれだぜ・・・」
道具屋の息子はナユラの肩を撫でまわしながら、「やれやれ」と肩をすくめた。そして、仲間の狩人に大きな皮袋持ってくるように指示を出した。
「特別に俺たちの冒険の成果を見せてやるぜ。世の中には口だけの男が多いが俺たちは違うからな」
道具屋の息子は狩人から大きな皮袋を受け取ると、中から黄金に輝く小さなスライムを取り出しテーブルに置いた。スライムはテーブルの上で黄金の体をプルプルと震わせている。
「こいつは北の森で捕獲した黄金スライムだ。美しさと希少性から、高値で売れるレアモンスターだぜ。しかもこいつは・・・」
道具屋の息子は腰に吊るしていた長剣を抜くと黄金スライムに振り下ろす。スライムは簡単に真っ二つになった・・・しばらくの間、2つに分かれた体を震わせていたが、徐々に形が整っていく。ついには、大きさは半分になったが元の形に戻った2つの黄金スライムが、テーブルの上で体を震わせていた。黄金スライムは分裂スライムとも呼ばれ、攻撃を受けると体が分裂する。分裂後に小さくなった体は、半年程度のノンビリした時間をかけて元の大きさに戻る・・・分裂させて数を増やした黄金スライムを売り飛ばすことにより、時間は掛かるが巨万の富を築くことも可能だ。
「すごいわ!美しい金色のスライムだけでもすごいのに、分裂して2匹になったわ!すごいわ!って、なる訳ないでしょ!汚いスライムを私たちのテーブルに乗せないでよ!バカなの!巨万の富には興味津々だけど!」
ナユラは怒り狂い、どす黒い気持ちになりながら、さらに黄金スライムに物欲にまみれた視線を向ける。酔いつぶれ、怒り狂い、物欲にまみれる・・・ナユラの心は大忙しだった。
「お客様方・・・他のお客様のご迷惑になります。少し声のボリュームを抑えてください。それと、モンスターの店内持ち込みは禁止ですよ。そもそも、モンスターは村への持ち込みも禁止されています・・・」
マスターが静かに声を掛けた。確かにモンスターの村への持ち込みは禁止されている。魔王が討伐されてから100年以上経ち、魔王城から遠く離れたピロマ村周辺のモンスターの力が衰えているとは言え、モンスターに恐怖心を抱く村人は多い。魔王が生きていた時代は、どのモンスターも今と比べ物にならないくらいに危険な存在であったのだから。
「マスターは大げさだぜ。この黄金スライムは、金持ちたちのペットになる安全なモンスターだ。村の掟を破るとか、そんなもんじゃないだろ・・・へっへっへっ・・・」
「今は力が衰えたと言ってもモンスター恐ろしい存在です。いつ魔物の本性を現すかわからない・・・それは今かも知れませんし、何百年後かも知れません。どんなに弱いモンスターでも侮ってはいけませんよ。少なくても私の店では、どんなモンスターでも持ち込み禁止は変わりません」
「わかった、わかった。もう、皮袋にしまうから、許してくれ。黄金スライムは都会で流行のペットモンスターで絶対に安全だが、こんな田舎では見るのも聞きくのも初めだろうからな」
道具屋の息子は、へらへらと笑い、取り繕いながら、2匹に増えた黄金スライムを皮袋に入れて自分たちのテーブルに戻っていった。アミンは袋に戻す直前の黄金スライムの目が、一瞬だけギラリと光った気がして寒気を感じた・・・
「マスター、騒いですまなかったな。会計をたのむ」
「アミン君・・・今日のお代は、いりませんよ。ほとんど水のカクテルと、ただの水とサービスの新鮮野菜のサラダしか、お出ししていませんから・・・」
アミンは「ちょーラッキー!」と、支払いがなかったことに喜ぶナユラを連れて席を立った。マスターの「また来てくださいね」の声と、道具屋の息子の何かを喚く声を背中で聞きながら酒場を後にした。
ピロマ村は、ど田舎で夜間営業の店は酒場しかない。酒場を出た2人は真っ暗な村の夜道を、しばらく無言で歩いた。酔いから醒めていないナユラはフラフラと歩きのままだ。
「私、酔ってしまったみたい・・・」
一度は酔いつぶれたが、道具屋の息子と元気に会話していたナユラだ、歩いたことでアルコールが回ったようで、アミンの肩にもたれかかってきた。ほとんど、水しか飲んでなかったが・・・倒れそうなナユラの腰に手を回しアミンは支える。
「酔い醒ましに少し休もう」
小さな切り株を見つけて2人は肩を寄せ合って座った。酒場から家までの見知った場所だが、酒場での夜遊び帰りの2人は新鮮な景色に見える。酒場の明るさから、少しずつ夜の闇に眼が慣れてきた。夜空には大きな月が浮かび、満天の星空が広がっている。ナユラの顔はうつむいたまま、肩にもたれかかっいる。月明かりに照らされたナユラの顔は、アルコールの影響か真っ赤になっていた。
「アミン・・・酒場であんなことになってごめんね・・・せっかくのモンスターハンターになったお祝いだったのに・・・」
「ナユラが悪いわけじゃない。道具屋の息子達が一方的に悪いからな」
「アミンは、いつも剣術の稽古で家にいなかったから、知らないことだけど、道具屋のおじさんと息子はよく内に来ていたんだ。最近はあまり来なくなったけど、お母さんと私にちょっかいを出していたの。お母さんは、おじさんにお金を借りていたこともあって、無視もできなくて・・・」
アミンはナユラの頭を優しくなでた。ナユラの心が満たされていく。道具屋の息子に感じていた、どす黒い気持ちが収まっていく。
「ナユラとマーリさんが悪いわけじゃない。道具屋のオヤジと息子と息子の仲間達が一方的に悪いからな」
お母さんと道具屋のおじさんは・・・恋愛ではなかったかもしれないけど、男女の関係になったのだから、どちらかが一方的に悪いということは無いかもしれない。アミンがどこまで事情を知っているかはわからない。ただ、ただアミンは、ナユラをマーリを信じて疑わない。
「俺はもっと強くなるよ。俺はナユラをマーリさんを守る」
夜空の星々を見つめながら、力強くアミンは宣言した。ナユラの酔って火照った体が、顔が、ますます熱くなってきた。純粋で眩しいくらいの男の子。物心ついたときから一緒にいた。いつから好きになったかも、わからないくらい自然に好きになっていた。遥か彼方の星を見上げ、ひたすらに強者を目指し、自分を守ると言ってくれる男の子。この純粋な男の子に思われ、守ると言ってくれた幸せを噛みしめた。そして、アミンの「強くなりたい」という願いの力になりたい、叶えてあげたいと強く願った・・・
「・・・こんな時くらいは、お母さんのことは忘れて私だけを見ていて欲しいけど・・・」
酔った体に心地いい冷たい夜風を浴びながら、2人は星空を、アミンが見上げる遥か彼方の頂を見つめ続けた。