ダンジョン&スライム
どこの世界でも言えるが地理的条件が人々に与える影響は計り知れない。海があれば漁業が栄え、草原には遊牧民が生まれる。この大陸の最大の地理的条件は魔王城との距離だ。100年以上前に魔王は討伐されたが影響は今も残る。それはモンスターの強さ。大陸北東に位置する魔王城周辺は、強力なモンスターが今でも住みつき、魔王城との距離が離れるにつれモンスターは弱くなる。この物語の舞台は大陸の南西の外れ、魔王城からもっとも遠い位置にある最弱モンスターしか生息しない小さなピロマ村。ピロマ村は今日もやっぱり平和だった。
「うおー!おりゃー!」
黒髪の少年がロングソードを振り回しながら気合い声を上げている。少年の名前はアミン。素振りを初めて3時間が過ぎ、額に汗が浮かんでいるがまだまだ元気一杯だ。
「アミン。そろそろ、お昼にしようよ」
近くの切り株に腰かけ、素振りを眺めていた少女が声を掛けた。少女の名前はナユラ。黒髪をロングヘアーにした、どこにでもいる村娘だ。手に持ったバスケット掲げ、アミンに手を振る。
「今日はサンドイッチだよ。最近、料理スキルを覚えたから味には自信あるんだ」
この世界は鍛錬を重ねるとスキルを覚え、更なる鍛錬でレベルが上がる。ちなみにアミンは剣1レベル、ナユラは料理1レベルのスキル保持者だ。1レベル程度なら子供でも珍しくない。3レベルを超えたあたりからプロと認められるがレベルアップの道は険しい。
「美味い。ナユラの料理はサイコーだ。飲み物ある?」
ナユラは「うんうん」と素直な称賛の言葉に頷きながら、コップに麦茶を入れて手渡す。
「今日のアミンは気合い入ってたよ。やっと明日からモンスターハントに行けるね」
2人の住むピロマ村では村長の許可が無ければ子供はモンスターハントに行けない。12歳になり念願だった許可を貰うことができた。と言っても、最弱モンスター地域のこの村周辺ではモンスターを見つけることさえ難しい。例外は、村外れにスライムが住みつくダンジョンがある。ここに行けばモンスターハントが可能だ。しかし、生息するのは最弱の代名詞スライムのみの通称スライムダンジョン。村人達も子供の遊び場に最適と思っている。
「ついに俺達もモンスターハンターの仲間入りだな。早く上級ハンターになって世界中を旅したい」
アミンは呆けたようにあらぬ方向を見ている。その視線の先にあるのはモンスターハントに明け暮れる自分の姿だ。
「はいはい。今はサンドイッチを早く食べてね。明日は朝からスライムダンジョンに行くでしょ?お昼は何が食べたい?」
「おにぎり」
「良いよ。初めてのモンスターハントする記念日だから豪華にしないとね。形はスライム型にしようかしら」
食事が終わるとアミンは素振りを再開し、日が落ちるまで続けた。ナユラは飽きもせず眺め続けた。
「最強に憧れ努力を続ける少年・・・萌えるわね」
アミンを見つめる視線は12歳の少女にしては艶っぽい視線だった。
日が落ち2人は家に帰った。アミンは6年前に両親を失い、ナユラの家に居候している。ナユラも家も母一人子一人の母子家庭だ。ナユラの母マーリは、2人を分け隔てなく育てアミンも良く懐いている。小さな畑で採れる野菜と、アミンの両親が残した遺産で食いつなぐこの家は貧乏だが仲の良い明るい家族だった。
「2人ともお帰り。夕飯はシチューよ」
2人ともマーリが作るシチューは大好物で急いで食卓についた。ゴロゴロと大きめに切った野菜と鶏肉の入ったシチューを夢中で食べる。今日は、いつもより鶏肉が多い気がする。
「お母さん、私のサンドイッチを食べたアミンが世界で一番美味しくて、一生食べ続けたいって言ったんだよ」
そこまで褒めた記憶はないがアミンは取りあえず相槌を打つ。今は目の前のシチューに集中したい。
「まあまあ、良かったわね。2人がずっと一緒にいてくれたらお母さんは安心なんだけど」
「そのためには、明日からスライムダンジョンの探検が大事だと思うの。アミンの夢は上級ハンターになって世界を旅することだから。私も強くなって一緒に旅したいな」
アミンはシチューを食べ終わり、顔を上げると微笑みながら見つめる母娘に視線に気づき「おろ?」と首をかしげる。食事に夢中で話を全く聞いていないようだ。この母娘は、アミンのこんな天然ボケなところも含め大好きだった。
「お母さんから2人にプレゼント。明日からの探検に使ってね」
マーリは皮のブーツを2人に手渡した。しっかり脛まで覆うタイプでお値段も高そうだ。
「スライムは踏むと滑りやすいから、ブーツは良いものを履かないとね。お母さん頑張っちゃった」
「ありがとう、マーリさん」
「ありがとう、お母さん」
これでアミンの装備はそろった。父の形見のロングソード、手作りのウッドシールド、そして、マーリさんプレゼントの皮のブーツ。明日から始まる探検の日々を思うと心が躍る。
「お母さん。私、武器が無いよ。納屋から適当に持っていくね。鍬と鋤どっちが良いかな?」
母娘の鍬と鋤、どちらが強いかの議論が続き、途中からアミンが「見た目重視なら鎌」と言い出し議論はヒートアップ。白熱の議論は夜更けまで続いた。
翌朝。装備を整えたアミンとナユラはスライムダンジョンに向かった。結局、ナユラの手には三又の鋤が握られている。本人は大きなフォークみたいで可愛いとお気に入りだが、悪魔の持つ三又の槍みたいだとは言わないことにした。
1時間ほど、林道を歩くと目的のダンジョンに到着した。当然のように林道ではモンスターは出ない。今日もピロマ村は平和だった。目の前に植物の根っこに覆われた、石造りのダンジョンの入口がぽっかりと開いている。低レベルとは言え、モンスターが住む場所だ。怖くないと言えば嘘になる。2人は緊張しながらダンジョンに足を踏み入れた。
ダンジョンを進み、最初の小部屋に入ると青い体をプルプル動かす物体、スライムに遭遇した。スライムは全部で3匹。体をプルプルせながら3匹スライムが近づいてきた。
アミンはスライムとの戦闘を何度もイメージし、素振りとイメージトレーニングを続けてきた。膝の高さ程度の大きさもプルプルさせる動きもイメージ通りだ。
「うおー!」
アミンはロングソードを抜き中央のスライムに斬りつけた。スライムは真っ二つになり動きを止める。剣を振り切り無防備なミロンに左のスライムが飛びかかるが盾で受け止めた。すかさず斬り付け、左のスライムも真っ二つになった。
「エイ!エイ!」
隣を見るとナユラがもう一匹のスライムを鋤で突いている。鋤で突かれ怯んだスライムをアミンが真っ二つに切り裂いた。斬られたスライムはべちゃっとした液体になり床を汚している。死んだスライムは形を失い液体になるようだ。とても滑りそうなので2人は皮のブーツをくれたマーリに改めて感謝した。
「勝ったね!私達、初めての戦闘に勝った!2人の初めての連携攻撃だったね。私の攻撃も役にたったでしょ?」
「戦ってくれて助かった。ナユラは思ってたより度胸があるな。これなら一緒に戦える」
「よーし。どんどん、戦うよ」
2人はスライム討伐を続け、お昼を迎えるころには50匹を超えるスライムを倒していた。戦闘における2人の役割も明確になり、アミンがアタッカー担当、ナユラが敵の誘導や足止めを行う戦闘支援を担当。徐々に連携もスムーズになっている。2人とも戦い続けお腹が空いてきたので「お昼にしよ」とナユラはお弁当を広げた。
「今日はリクエスト通りのおにぎりだよ。形はスライム型にしてみた。美味しいかな?」
「美味い。今日の料理もサイコーだ。飲み物ある?」
ナユラは「うんうん」と頷きながら、事前に準備していた麦茶を手渡す。美味しそうに食べるアミンを見ているとナユラは幸せな気持ちになる。
「それにしてもスキルってなかなか覚えないね。何度も鋤で突いたけどまだかな?」
「スライムは最弱モンスターだからな。俺のスキルも上がっていない。だけど、スキルアップ以上に戦闘経験を積むことが大事だ」
「そうだね。私達の連携が上達してるのがわかる。どんどん、狩りの効率が上がっているね」
「レベル1の俺が偉そうなことは言えないが、努力を重ね続ければいつかは強くなる。今は信じてスライムを倒そう」
「はい。今度は梅干しおにぎり。もっと食べてね」
昼食を終えてモンスターハントを再開した。延々とスライムを倒し続け、討伐数は既に100匹。ナユラの攻撃も上達し、スライム1匹なら1人で倒せるようになっていた。
スライムを探し次の小部屋に入ると今までとの様子の違いに2人は戸惑った。小部屋の中央に1匹の青いスライムがプルプルしているが、
「アミン・・・あれ、大きいね」
桁違いに大きい。ナユラの身長よりも体高が高い。巨大な丸々とした体。重さは何倍だろうか?
アミンとナユラが視線を交わし「どうする?」「どうしよう?」とアイコンタクトをした直後、巨大スライムが
猛然と突撃してきた。
「早い!」「キャー!」
巨体に見合わず俊敏な動きで5秒もかからず接近された。アミンが盾を構えナユラをかばうように前に出る。
ドカン!と盛大な音とともにアミンは吹っ飛ばされるが巨大スライムの動きも止まる。そこに「エイ!エイ!」とナユラが鋤で突く。巨大スライムは今度はナユラに向かい飛びかかってきた。
「うぎゃー・・・」
巨体に潰されナユラが悲鳴を上げる。抜け出そうともがくが重すぎて身動きできない。ようやく立ち上がったアミンが捨て身の突きを繰り出すがびくともしない。
「ぐるしいー・・・助けて・・・」
ナユラは本当に死んでしまいそうだ。アミンは狂ったように上段から左右の袈裟切りを放ち続けた。巨大スライムの重たい攻撃を何度も盾で受け止め、盾を持つ左手はすでに痛みで感覚がない。時間は掛っているが、切り裂き分断し巨大スライムは徐々に小さくなってきた。
「うおー!」
止めとばかりに放った全体重を乗せた回転横斬りで巨大スライムは動きを止め、べちゃっとした液体をまき散らし姿を消した。
「倒したよね・・・死ぬかと思った・・・」
ナユラは全身スライムまみれになり、口に入ったスライムでゲホゲホむせながら言った。スライムの体は思った以上に強力な粘り気があり、体中をスライムで覆われたナユラは身動きが取れない。
「アミン、べたべたで気持ち悪いよ。取って・・・」
涙目で訴えるナユラ。アミンはナユラの体からスライムを少しずつ剥がしていく。引き剥がす度に握られたり、擦られたり、引っ張られたりしたナユラは、
「あっ・・・はう・・・うっうん。すごい・・・」
と、艶っぽい呻き声を上げた。アミンもおかしな気分になり、ついつい念入りにスライム剥がしを行った。
「ありがとう、アミン。丁寧に取ってくれて。嬉しい・・・」
「いつでも言ってくれ。スライム剥がしは俺の得意分野だ。いくらでも剥がすぞ」
「うん。また、お願いしたいよ。大きなスライム他にもいるかな?」
2人は巨大スライムを探して探索を続けたが見つけることができなかった。そろそろ日の落ちる時刻になり、ちょっぴり残念だったが今日のダンジョン探索を終了することにした。
アミンとナユラ。スライムしかいないダンジョンを舞台にした2人のモンスターハント1日目が終了した。
本日のスライム討伐数
スライム 100匹
巨大スライム 1匹