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伍-邂逅

「僕のこと、探しているんでしょ」

 笑いながら話すその声の主は、今夜は夜行に居なかったはずの雪白童子。血色の瞳は、今はその能力を潜めているのか金縛りには合わない。

 改めて間近で童子を見ると、歳の頃は七歳から十歳といったところか。全体的に「白い」と形容するのがふさわしい容貌で、噂どおりの眞白な髪と血色の瞳、着ている肩上げされた着物の色も白だった。顔立ちは整っており、大きな血色の瞳が、やがて育てばさぞ美しい人物になるに違いないと確信させる。

「余計な事しないでほしいなー。ちょっと夜のお散歩するのくらい、大目に見てよねー」

 夜行に興味を持たれてしまったことへの不服、という事は、先ほどのやり取りは童子もどこからか見ていたという事だろう。

「お前が雪白童子(ゆきしろどうじ)か」

 眞白ましろな装束の子どもにそう尋ねる。

「何ソレ知らなーい」

「先の夜、百鬼夜行に紛れていたわけは?」

「だから知らないってばー」

「お前は妖怪か?」

「だから! 知らないって言ってんでしょ!」

 俺の質問に痺れを切らせた童子がそう叫ぶと、ざわりと風が巻き起こり旋風となって俺の真横を吹き抜けていった。

「うっわ、こえー」

 懐の中にいる陽暁丸がそうぼやく。蒼壱法師や他の陰陽師の術式が発動していてもここまでの力を発揮する童子は、本当に何者なのだろう。

「質問攻めにして悪かった。詫びを言おう。そして改めて問う。お前は『誰』だ?」

 血色の瞳の輝きが落ち着くのを待ってから再び童子に声をかける。童子の眞白な長い髪は自身の起こした風により靡いていたが、それが動きを止めたところで、童子は俺の質問に初めて答えた。

「そんなのボクにもわからないよ」


 屋敷に帰り着いた俺は陽暁丸を蒼壱法師に還してから、自室に布団を敷いて横になりながら、童子の言った言葉の意味や行動の意味を考えていた。

 夜行に同行して「夜のお散歩」をする意味は?

 血色の瞳の能力とは?

 誰なのか自身もわからないという言葉の意味は?

 そもそも、なぜ、あのような年頃の子供が一人で夜に出歩いている? それも百鬼夜行に紛れても妖怪達に気づかれることも無く。

 部屋に散乱した書物が、開けていた窓から入ってきた風に煽られてページが捲れる。そのページは調度、先程の夜行でも遭遇し話しを交わした姑獲鳥ウブメの項目であった。俺は起き上がると書物の頁を閉じ、散乱していた書物を書架に収め始める。全ての書物を片づけ終える頃にはすっかり朝になっていた。


「雪白童子? あぁ、聞いたことならありますよ」

 陽も昇り午前の任を終えた俺は、街の通りに出ている屋台の茶屋に居た。話し相手は店主兄弟の弟の方、たちばなだ。兄の方のあずさは滅多に店には出てこないが、兄弟の営む茶屋は評判が良く、繁盛している。繁盛している茶屋には当然、多くの情報が集まるモノだ。いつきの上から情報を聞けなかった俺はソレ(情報)を期待して茶屋に赴いてみたのだった。

 そしてやはり、橘は雪白童子の話しを持ちかけるとすぐに反応を示し、屋台の前に出してある長椅子に座ってくる。眼鏡のレンズ越しに覗いてくる瞳の色は深い蒼で、童子の色とは対照的でどこか安心する。

「噂になってますよね、その雪白童子」

「あぁ、その件を追ってんだけど」

「流石は世に名を轟かせる白金しらかねノ君。正体不明の雪白童子討伐のご依頼も舞い込んでくるんですね」

「世辞はよせって。それより」

 何か知っているんだろ、と詰め寄ると、困ったように笑ってごまかす橘。コレは絶対に何か知っている時の反応だ。橘は兄の梓とは違い思っている事や考えている事が表情に出やすい(もっともコレが親密度や親しさ故なのだとしたら申し訳ないが)。なので、情報を持っているとすれば確実なのは梓の方でも、橘からボロが出る事が稀に良くあるのだ。

「おい、銀丸よぉ。ウチの弟とっ捕まえて、何企んでやがるんだァ?」

 もう少しで橘から何か聞けそうだという所で、梓の妨害が入る。梓は雪白童子と同じ、眞白な頭髪に血色(といっても梓のは童子のような殺気はない、落ち着いた臙脂えんじ色)の瞳の少年。見の丈と顔つきの子供っぽさのせいでよく橘と兄弟を逆転されて覚えられているが、身寄りのない兄弟二人きりで切り盛りしている茶屋を繁盛させている才覚の持ち主だ。

「別に企んでなんか。……というかその名前はやめろって何度も」

「あー、アレだろ。噂の雪白童子討伐! 白金ノ君ともあろう者が行き詰まっておいでですか」

「別に行き詰ってなんか……というか突然の他人行儀もやめろ気持ちが悪い」

「ほんとに口が悪いですねー銀丸は」

「だ! か! ら!」

「わぁったわぁった、皆まで申すでない」

 そう言って橘とは反対側に座った梓は、俺に耳打ちする。

「墓地へ行け」

「墓地?」

 この都では、墓地といえば貴族どもの死後の邸宅のようなモノだ。死ねば屍は討ち捨てられる俺たち下級市民には縁も所縁も無い場所だ。そして当の貴族どももやれケガれが何だと忌み嫌い、遠巻きにしている。

「何をしに?」

「墓参り、さ。むしろ墓地にそれ以外に何しに行くんだよ、墓暴きか?」

 にやりと笑いながらそう言う梓に、俺は黙って銭を手渡す。墓地に何があるのかは解らないが、所謂「情報料」というやつだ。通りで繁盛している茶屋は、裏では情報屋としても機能している。というか、むしろそちらの方が本業に近くなってきている。

 梓に情報料を払った俺は、早速墓地へ向かう事にした。


 都の外れに在る墓地は閑散としていて、敷地内にいるのは俺とお供物狙いの鴉くらいのモノだ。バサバサと飛びながら鳴く鴉たちを無視して、俺は墓地の敷地内を散策する。伸び放題の雑草と古びた墓石しか見当たらない。梓は何を以って俺に墓地へ行けなどと言ったのだろうか。

「あれ?」

 並んでいる墓石から少し離れたところにある六つの地蔵のうちの一つの足元に、見慣れた眞白な子どもの姿を見つけた。雪白童子だ。陽の元で姿を見るのは初めてだが、やはり眞白な頭髪に血色の瞳、白い肩上げの着物の容貌は相変わらずだ。童子は地蔵の足元にしゃがみ込み、蹲るように座っていた。

「こんなところにいるなんて、どうしたんだ?」

 俺は童子に近付き声をかける。童子はそこで初めて俺の存在に気付いたようで、ぼうっとした表情で俺を見上げてくる。

「別にー。……アンタこそ、こんなとこに何の用だよ」

 かったるそうに返事をする童子は、夜と違いかなり年相応の子どもに見えた。血色の瞳も夜ほど力を感じない。

「俺は墓参り。ま、縁も所縁も無いけどな」

「そりゃあ信心深いことですねー」

「一応法師の端くれだしな」

シキも使役してない癖に?」

「俺だっていろいろあんのよ。それにだいたいの法術は使えるし、特に問題はないぜ?」

「ふーん……」

 どうやら梓の情報はアタリだったようだ。まさか昼のうちから雪白童子に会って、話が出来るとは思わなかった。

「ていうか、お前、家は? まさか墓地(ココ)に棲んでるとかじゃないよな!?」

 そう尋ねても、童子は返事を返さない。ただ、風に揺れる地蔵の腹巻の布を眺めていた。夜行や夜の路地で会った時のような、不思議な恐怖感や威圧感は感じない、ただの無垢な子どものように感じる。

「ま、ガキの単独行動はキケンだぜ? 行くとこ無いんだったら、俺の……まぁ師匠……かな、にも相談してやるし、な?」

 俺ももともと孤児だったところを蒼壱法師に拾われて今に至る。童子程の力がある子ならば、法師に頼めば何とかしてくれるかもしれない。他にも屋敷には法師に拾われた元孤児の陰陽師もたくさんいる。法力の無い者も、術師ではなく下働きやその他の職を与え、屋敷に迎え入れるのが蒼壱法師だ。

 雪白童子は、そんな俺の言葉に静かに首を振る。年相応に見えていた顔が、血色の大きな瞳が伏せられたことにより、ふと大人びたような表情を醸し出す。

「多分、アンタの師匠さんは、ボクのことは受け入れないと思うよ?」

「え?」

 童子の言葉に俺は驚く。何故法師が童子を受け入れないと断言するのか。

「ボクはどこにもられないだけ。だから此処にいる。夜行にはもう行かないよ。妖怪達が昼も夜も無くボクの事探しているみたい。……アンタ達のせいだ」

 そう言って俺を一瞬だけ睨みつけた雪白童子の血色の瞳は、夜の時と同じ輝きを見せた。しかし、すぐにその威圧感は引っ込み、また気怠そうな子どもに戻る。

「……じゃあ、せめて墓地(こんなトコ)じゃなくてさ、神社とか、もうちょっと衛生的っていうか、人目にも付きやすそうなところの方が良いんじゃ」

「ボクは神社には入れない」

「……え?」

「何度か試してみたけれど、少なくとも昼の神社には入れないみたいだ。それは夜行の妖怪達も一緒。墓地ココはボクは入れるけれど、妖怪たちは入れないみたい。だから、ボクは此処にいる。それだけだよ」

 言い終わると、童子は再び蹲るように地蔵の足元にしゃがみ込み、顔を膝にうずめてしまった。これ以上は何を話しかけても返答は無く、俺はもし何かあれば来るようにと蒼壱法師の屋敷の場所を教えてから墓地を去った。


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