肆-雪白童子
「樹の上も知らないようですか」
「うん。童の姿の妖怪やアヤカシ、神様はたくさんいるけど、雪白童子のことは知らないみたいだった」
「此方も駄目です。何処の家についている法師やアヤカシも、知らないようです。まぁ、そんなところで分かれば此方にこの話は来ていないのでしょうけれど」
夜、蒼壱法師を囲んで話をしていた。法師の屋敷にいる陰陽師と式神は皆一揃いになっている。皆それぞれ法師に仕事を与えられ、昼間は様々な場所で仕事をこなしている。今回はその広い情報網を使って雪白童子についての情報を集めようとしたが、今街にあふれている噂以上の情報は集まらなかったようだ。雪白童子と直接会ったことがある俺と陽暁丸が、事実上一番童子について知っていることが多いということになっている。
「樹の上が知らないのであれば、妖怪や神の類ではないのでは?」
「しかし、百鬼夜行に紛れていたとなるとやはり……」
「ただの貧民の子、とか?」
「ただの子どもが何故夜行に?」
「七つまでは神のうち、と言いますし」
「しかし銀丸が金縛りにあったというが、それほどの力が?」
「陽暁丸がお供についていたのだろう? 彼はその時何を?」
法師たちの声で喧々囂々としている最中、蒼壱法師の手をたたく音で、一気に静まり返った。蒼壱法師の顔を見て、陽暁丸について批難しようとしていた法師が冷や汗を垂らしたのが分かった。
「静まりなさい、お前たち。とりあえず、童子が何者なのかはわからないので、そこは置いておくとしましょう。取り急ぎの目標は、童子の正体ではなく、目的でしょう。何を目的に夜行に紛れているのかが分からなければ、対策の打ち様もありません」
法師の言葉に頷く陰陽師達。というか、ただ思考停止したように見えるのだが。
静まり返った部屋の中心で、蒼壱法師は俺の方を向いて言った。
「銀丸、もう一度夜行を調べてきて下さい」
「え、でも」
「もう一度陽暁丸を供に付けます。先の夜と同じ条件で夜行をもう一度観察してきてください。但し、今回はこちら側も手を打ちましょう」
法師に(何だか無駄に怖い)笑顔でそう言われてしまっては仕方がない。それに、先の夜の失態もあるので、今回は俺に反論の余地も無い。
俺の無言をやはり肯定と取ったのか、表情を変えずに法師は陽暁丸の札を俺に渡しながらさらに続ける。
「では、早速行ってきてください」
「い、今から!?」
さすがにこれには俺以外のその場にいた陰陽師達もどよめいた。法師から受け取った札の中にいる陽暁丸からも、慌てているような気を感じる。
「善は急げ、ですよ。ほら、さっさと行っておいでなさい」
法師に背を押され、部屋から半ば追い出されるように(というか物理的に追い出されているが)出立させられる。そもそも百鬼夜行を見に行くこと自体「善」なのか怪しい所だが、法師は言い出したらなかなか折れないという面も持っているので、俺と陽暁丸は仕方なく夜行の出没する地点まで向かうことにした。
「今回は僕も護摩を焚きますし、他の陰陽師達にも術を張らせますから、先の夜のような事態にはなりませんよ」
俺たちを送り出す(物理)法師の言葉に、何故か俺は不安を覚えたのだった。
先の夜と同じ路地の片隅に潜んだ俺と懐に入った陽暁丸は、百鬼夜行が通るのを待ち構えていた。完全に先の夜と同じ状態だが、今日は少しだけ違う所がある。先ほど蒼壱法師が言っていた護摩焚きと他の陰陽師達の保護術式が発動しているのだろう。夜行に接触する為に、出来る限りヒトの気配を消すため俺自身は術を使えないが、これならば金縛り程度の術ならば対抗できる。……ハズだ。
「来たぞ」
やはり陽暁丸が逸早く夜行の接近を感知する。今回は夜行の観察が目的なので、出来るだけ陽暁丸を使うような事態にならないと良いな、等と淡い期待をしてみる。……おそらく裏切られるだろうが。
夜行の先頭の仄暗い灯りの行燈が見え、ぞろぞろと列を成していく妖怪たちが見える。先頭を歩く紅い小鬼が行燈を持ち、その横にいる蒼い隻眼の小鬼がトントンと太鼓を打ち鳴らしている。その後ろを首長の妖怪ろくろ首が続き、天狗や雪女、牛鬼や青坊主、わいらやひょうすべなども続いて行く。
通り過ぎていく夜行を観察しながら、俺は雪白童子がいない事に気づく。
「おい、彼奴いねぇぞ!?」
陽暁丸も気づいたようで、そう俺に伝えてくる。
「そうだな……法師からは何も?」
蒼壱法師との強い関係性と絆の力により思念を飛ばし合い、離れたところでも意志の疎通が出来る陽暁丸に尋ねる。蒼壱法師の言っていた護摩焚きは今回の場合は調伏の護摩だろうから、蒼壱法師程の陰陽師であればおそらくこの光景は伝わっているはずだ。
「あ、」
思念を飛ばしたり受け取ったりすることは出来るが、比較的得意ではない能力のため意識を集中していた陽暁丸が声を出す。夜行の妖怪達は今回は俺たちの声にも気づかないようで、屋敷に残っている陰陽師達の保護術式の効果も確認できた。
「法師か、何だって?」
「夜行に接触しろってさ」
あの人ホント碌な事命令しないな、などと思いつつ、俺は蒼壱法師からの指令に従う為、路地から出る機を伺っていた。
「おや」
まだ路地から出ていないにも関わらず、夜行の妖怪の一匹に見つかった俺たち。恐らく屋敷の陰陽師達の保護術式か蒼壱法師の護摩が一時的に止められたのだろう。
「また貴様か、小僧」
「喰われに来たのか、面白い奴よのう」
良く見ると、先の夜に雪白童子により金縛りにあった時に俺たちを喰おうと言っていた妖怪と同じ奴らだった。野寺坊と元興寺というどちらも僧のような風貌の妖怪だ。
見つかってしまったものは仕方がないので、俺は路地から出て妖怪たちに向き合う。すぐにぐるりと周りを他の妖怪達に囲まれてしまった。
「俺は喰われに来たわけではない。お前達に尋ねたいことがある」
「ほぅ、まっこと面白き奴よ」
「よろしい、言うてみよ」
樹の上と同じ種族の妖怪である猫又と血濡れの女の姿の妖怪、姑獲鳥が囃し立てるのを余所に、俺はさらに続ける。使役している妖怪や安全であるとわかっているモノ以外の妖怪を相手にするときには、脅えや怯みといった精神的な揺れを表に出すのは絶対禁忌だ。常に凛と振る舞い己の矜持を見せなければ、即行で妖怪たちの餌食になる。
「最近お前たちと共に夜を歩く白い童を探している。誰か知っている者はいないか」
「童じゃと? ヒトの子が我等と共に?」
「何をおかしなことを申しておるのじゃこの小僧は」
「先の夜にもいただろう、行列のこの辺りを歩いていたはずだ」
俺の問いに疑問を投げた大首と俺も名を知らない大陸の妖怪の反応に、俺は雪白童子を見かけた場所を具体的に示す。姑獲鳥と安達ヶ原の鬼婆、黒塚の近くを指した。
「我等の近くに童がいたと?」
「童など居たら妾がとうに喰ろうておるわ」
確かに、姑獲鳥は「産女」とも呼ばれる妊婦の妖怪だし、黒塚はヒトを喰らう鬼婆の妖怪だ。もし雪白童子がただのヒトの子どもでこの二匹の近くに居たならば、確かに喰われている方が自然なはずだ。
「訊きたいことはそれだけか小僧」
「やれ、その白き童に興味が湧いたわ。我の興味に免じて今宵は喰らわずにいてやろうぞ」
「用が済んだのなら去れ、小僧」
言いたい放題言いまくる妖怪達に、どうやら雪白童子に関する情報はこれ以上は引き出せなさそうだと悟った俺は、妖怪達に礼を言うと取り巻かれていた輪に開けられた道から帰ることにした。
「結局雪白童子に関しては分からず仕舞いかよー」
夜行と接触した路地から離れた位置まで来たところで懐の札の中で愚痴る陽暁丸だが、あの数の妖怪を相手に闘う事にならずに済んでほっとしていることも感じられる。
夜行に接触したあたりから蒼壱法師や屋敷の陰陽師達の術式が発動していた為、夜行の妖怪達に屋敷の場所がわかることも無い。
「お兄さん」
そう思っていた為か、少しだけ油断していたらしい俺に、子どもの声が掛けられた。普段ならこんな夜遅くに子どもの声に話しかけられても反応などしないのに、俺は何故かその声に反応し、振り向いてしまった。
「僕のこと、探しているんでしょ」
笑いながら話すその声の主は、今夜は夜行に居なかったはずの雪白童子だった。