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参-射干玉屋敷

「珍しいことも、あるものですね」

 事の顛末を蒼壱法師に話し終えた時、ふと法師がそう漏らした。

「何が?」

 尋ねても法師は、ふふ、と鼻で笑うだけで、応えを出さない。法師の膝の上では陽暁丸が紅狗の姿のままで甘えている。ごろごろと猫のような声を出しながら寝転がって、座っている法師の腹に額を擦り付けている。

 法師は陽暁丸の手柄を褒めるように其の顎下を撫でながら、「そうですね」と続ける。崩れない法師の微笑が、少しだけ恐ろしく感じる。

「先ず一つ。君がそんな失態をすること自体が、ですよ」

「あぁ、……うん」

 二の句も告げない。俺と陽暁丸が揃って戻ったことは喜んでくれた法師だが、内心は陽暁丸を危険な目に合わせたことへの静かな怒りもあるのだ。陽暁丸は蒼壱法師の数いる式の中でも一番のお気に入りだし、二人は一般的な「法師と式」の関係を超えた仲でもあるらしい。男色等は当たり前な世ではあるが、こういった間柄での関係は俺も聞いたことはない。平常は精神的な揺らぎは一切表に出さない法師だが、そんなこともあってか陽暁丸に関しては殊の外、過敏である。今回も自分から供を命じた割には不安要素もあったのだろう。

「それと、」

 法師の無言の圧力と言う名の説教の後、法師は陽暁丸を撫でる手を止め、続けた。紅狗はむくりと起き上がり、のそのそと法師の背後へ移る。

「その妖怪たちです」

「夜行の?」

「えぇ。目の前に『本物の』陰陽師がいるのに手を出さない理由も気になります」

「それは、引き際に聞いた会話でも…」

「全てを聞き取れたわけではないのでしょう?」

「それは……」

 確かに、陽暁丸の走る速度で遠く離れていく妖怪たちの会話を全て聞き取るのは無理があるだろう。しかも、精神的にも安定していない状態で、だ。犬神の陽暁丸でも聞き取るのが困難だったそうだし、ただの法師の俺が聞き取れる道理もない。

「それと、」

「まだ何か?」

 さらに続けようとする蒼壱法師に、俺は落としていた顔を上げる。

「雪白童子です」

「童子が?」

「銀丸は、童子と目が合っただけで『金縛り』になった。そうですね?」

「うん」

「童子がいつ、夜行から消えたのかは、解りませんか?」

「それはちょっと……」

 ふむ、と法師が考え込むような姿勢を取る。

「で、縛りが解けた時には、童子の姿は?」

「んー、わかんない。一杯いっぱいだったし」

「陽暁丸、君は何かわかります?」

「わかんねー」

「ですよねぇ」

 法師の背後から笑いながらひょこりと顔を出した陽暁丸は、いつもの少年の姿に戻っていた。

「とりあえず、こちらでも調べてみましょう。今日はゆっくりと休みなさい」

 困ったような表情を浮かべた法師は、腰に抱き着く陽暁丸を引きずりながら、部屋から出て行ってしまった。

 法師が部屋を出た後、俺も自室へと引き上げた。部屋に着くなり、棚に仕舞ってある書物を片っ端から引きずり出す。整然としていた部屋が夥しい量の巻物や綴じ本に埋もれていく。それらを片っ端から紐解き、眼を通していくが、今日見た童子の特徴と一致するような妖怪は見当たらない。

 手持ちの書物のほぼすべてに目を通し、ひと段落ついたころには、外は明るくなっていた。


「童……つまり、子どもの姿貌をした妖怪?」

「うん。全体的に白っぽいの」

「さぁ……私は聞いたことがないわね」

「……そっか。ありがと」

「お役にたてなくて御免なさいね、銀丸」

「……その名前は」

「わかっているわ、冗談よ、白金ノ君」

「……終わりか?」

「あぁ、悪いな」

「構わんさ、また彼奴の仕事なのだろう?」

「まぁね」

 俺は蒼壱法師の屋敷から少しばかり離れたところに在る、通称「射干玉(ぬばたま)屋敷」と呼ばれる場所に来ていた。家主の男は蒼壱法師の幼少時からの友人で、「射干玉卿」と呼ばれる人物。今回は彼が従えている猫又の「(いつき)の上」に会いに来ていた。彼女には長寿で有る故の博識で、今までにも何度も助言をもらっていた。上質な漆黒の単衣に身を包み微笑む彼女の姿が幼少時と変わらないのを見て、初めて彼女が人ではないと知ったくらいには、彼女は人間に化けるのが上手いしヒト・アヤカシ問わず様々なことについての知識を貸してくれていた。彼女が射干玉卿の屋敷にいる理由は今でも聞けず仕舞いだが、二人の関係をずっと見ている限り、とても仲睦まじいようである。もっとも、人間嫌いで性格に難有りと噂されることの多い卿と深い関係性を築ける樹の上の関係が宮中や街にあふれ、卿に人間の花嫁が来ない理由が一つ増えているのだが。

「白い童、か。巷で噂の『雪白童子』関係の仕事なのか?」

 もともとの家柄が良いとはいえ、下流貴族の端くれで止まっていた官位を『公卿』と呼ばれ帝に謁見できる地位まで上り詰めさせた若当主である。察しの良い射干玉卿に別段驚くこともなく、俺は「そうだ」と答える。

「……殺せ、と?」

 樹の上の居室から離れたところで座敷に通され、静かに尋ねられる。

「……『解決しろ』としか」

「フン、歯切れの悪い。そんな豚野郎など、金だけ搾り取ってとっとと切り捨てれば良いものを」

「あんな脂肪の塊を豚だなんて。……本物の豚のほうが食える部分のあるだけ、いささかマシだろ」

「手厳しいな、相変わらず。まぁ、昔よりは少しは丸くなったか」

「勝手に言ってろ」

 出された茶を飲み終えた俺は、そそくさと立ち上がる。樹の上から童子のことが聞けなかった以上、ここに長居する必要はない。

「もし、」

 部屋から出ようとしたところで、卿に声をかけられた。

「もし、お前が童子を見つけ出せたとして。お前は彼奴(きゃつ)をどうするつもりだ? 生かすか? 殺すか?」

 顔だけ振り向いて射干玉卿を見ると、彼は何か含みのある表情を浮かべて微笑んでいる。

 少し考えた後、俺は一言だけ返しておいた。

「……その時考える」

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