壱-白金ノ君
雪白童子の噂は、今や都中に広まっている。百鬼夜行に紛れる眞白な子供の姿。見る者によっては、雪女のような美しい女性と言うし、違う者は痩せた少年だという。妖怪なのか人間なのか、それすらも判別できないのだ。
「お願いしますよ、白金ノ君。貴方様でなければこの怪異、解決出来ますまい」
そう言いながら、ヘラヘラと薄汚い愛想笑いを浮かべた貴族が言う。脂ぎった顔に作り笑いを必死に浮かべながら、俺に彼の童子の退治を乞う。膝元に積んでいるのは紙に包まれた「袖の下」。彼の上司からだと言う大金を積んで俺に頭を下げるこの小男が、普段は顔をしかめながら、俺や仲間たちを非難していることは承知済み。血筋や家柄ばかりに頼るこの手の奴らが、俺たちのような輩を気に食わないのは、当たり前のことだろう。
「失礼ですが、彼に依頼するには、此れしきの金では足りませぬ故」
すい、と、黙りを決め込んだ俺の横に、静かに座る水干姿の男。彼の顔を見るや否や、小男はすぐに顔の表情を緩め、倍の金を包ませると言う。
「君も、何か言わなければいけませんよ、銀丸」
貴族が立ち去った後、その美貌を微笑に変えながら、部屋の主である蒼壱法師が言う。
「だって、彼奴いつもは影に隠れて俺たちのこと悪く言って、蔑んで、それなのにこーゆーときだけ頼ってくるとか。ちょっと虫が良すぎるんじゃないの?」
俺は不機嫌を隠すこともなく文句を言う。嫌いなのだ、貴族という輩が。
自分たちの富だけを追い求め、時には相手の全てを潰すことすら厭わない。下々の人びとの暮らしや現状などは気にも留めず、一日中やれ歌だ酒だ女だと、娯楽に勤しんでいる。大嫌いだ。そんな奴らの生活の基盤は、俺たち陰陽師だと言うのに、感謝などしたこともないだろう。もっとも、奴らに尽くしている陰陽師は、俺たちとは違う、御上に属している、「貴族の貴族による貴族のための」陰陽師だが。
「まぁ、そうは言わずに、ね?」
「てゆーか、いい加減その呼び方、辞めてくんない? 俺、一応元服もさせてもらったよね?」
「それは、それは。申し訳ございません、白金ノ君」
法師はクスクスと笑いながら言う。銀丸と言うのは俺の幼名だ。銀色に輝く頭髪にちなんでそう呼ばれていた。現在は白金ノ君という字で通っている。本名は秘密だ。陰陽師にかかわらず、他人に本名を知られるのは命取りになる。
法師は御上に属していながらも、私立陰陽師としても名を馳せている。もちろん、それは特殊な例であり、特例とも取れる。貴族階級でありながら民間にも戸を開く蒼壱法師は、それだけで十分に下民たちの統制装置として機能している。下民からの信頼厚い法師を敵に回せば、御上は間違いなく民からの信頼を失うだろう。
かくして、法師は俺たちのような陰陽師を自らの屋敷に住まわせ、仕事を与え、自らは御上の業務もこなすという事になっているのである。
「で、その任は請け負うのか?」
法師の背からひょこりと顔を出した少年が言う。燃えるような緋色の髪を、上半分だけ結う髪型。
「あぁ、法師に言われちゃ仕方ないからな。……お前も行くか、陽暁丸?」
俺がこの屋敷に引き取られてから、ずっと一緒だった少年だ。始めのうちは、俺よりも歳恰好が上だったような気がするが、いつの間にか追い抜いてしまい、そこでようやく、何年経とうとも姿貌が変わらぬ彼が人間ではないと気付いた。現在も陽暁丸は少年の姿を保っており、四六時中法師から離れない。
「んー、オレはいーや。そーいち、オレと遊べー!!」
「いや、陽暁丸は白金について行ってあげてください」
法師がそう言うと、陽暁丸はさみしそうな顔をした後、膨れながら法師の差し出した札に入り込んだ。