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無限想歌:拡大家族:東&小羽&シロ:魔術師の健康診断

しばらく、のんびりします

無限想歌:拡大家族:東&小羽&シロ:魔術師の健康診断


<見習い魔術死霊:寿小羽の場合>


「やっと帰った・・・・・・」



玄関にへたり込みながら、兄さまは力なく笑っていた。

日頃からバイトの掛け持ちで鍛えられているはずの、兄さまの肉体と精神。


それが、たかだか数十分の会話だけで、すり切れて摩耗していた。

兄さまは、糸が切れた人形のように惚けて動かない・・・・・・・まるで、屍のようだ。

ーーーー死んでいるわたしが言うのも、おかしな話なのかもしれないけれど。



玄関の下部あたり(ドアの底辺?)をボーッと見つめて動かない兄さま。

そんなかわいそうな兄さまを元気づけたくて、わたしは冷蔵庫から麦茶を取り出した。そして、その足で戸棚から兄さまのコップをつかみ取り、玄関にひた走る。

そっと兄さまの側にしゃがみ込み、コップにとくとくと注ぎ、差し出す。


「兄さま、お茶です。さあ、どうぞ召し上がって下さい」



あれだけの口論、さぞかし喉が渇いたでしょうと――とは、言わない。

ねぎらいの言葉も、ない。同時に、かばってくれたことに関する、感謝の言の葉も。



そんな、ただ麦茶を差し出す私に反応して、兄さまの視線がフラフラと視線を動かく。

そして、私の意図を知らずか兄さまは、薄く笑みをこぼし、「ありがとう」と言って下さった。

その頬には、実際には流れていない涙の後が、見て取れる。







あの後――シャケを作ったのが兄さまでもなく姉様でもなく、ましてや、彼方さんでもないと判明した後の・・・・・・・夜叉(彼方さん?)は、壮絶だった。



「だれにシャケ作らせてたの!? やましいこと無いなら、言えるでしょう!」



もう何回目になるかも分からないシャケの話が、再び始まった。

かれこれ20分くらいは、シャケが二人の間をくるくると回っている気がする。

そして、いずれにせよ、シャケを巡る争いの結果は、全て同じ。

兄さまが嘘をついて、彼方さんが見抜く。


・・・・・・そう、見抜かれてしまう。

だから、兄さまは。




「なんでシャケ一匹、みそ汁一杯で、こんなん怒られなきゃならないんだよ!!! 彼方には、関係ない話だろ!?」



 兄さまが選んだ手段は、逆ギレと呼ばれるものだった。

 もう、全うな言い訳が思いつかなかったのか、兄さまは無理を勢いで押し通そうとしていた。


 とはいえ、ある意味では、兄さまの怒りは正当なものと言えるかもしれない。

 でも、そんなことは、彼方さんには関係ないみたいだった。



「だから、だから、だから、だからーーーーーーーー!!!!

シャケ作ったのが誰か教えてくれれば、良いだけの話じゃない!? なんでそんなキレてんの!? バカなの!? この、うわっ!!!」




 引っ込みがつかなくなった二人は、鼻息粗く、テーブルを挟んで対峙していた。

 わたしは、そんな二人を見てオロオロすることくらいしか出来ないでいた。



「彼方・・・・・・「うわっ」って、何だよ、それ。いくら何でもお前、「うわっ」は無いだろう? もう、中学生だぞ、お前?」



 

 ・・・・・・多分。

 多分だけど、彼方さんは、「うわきものーーー!!!」って、叫びたかったんだと思う。

 でも、寸前で思いとどまったんだ。

 なのに、テンションが変に上がりすぎた兄さまは、それが分からなかったみたい。


そんな兄さまのニブチン豪速球が、時速150kmを軽く超える勢いで、彼方様のストライクゾーンに放り込まれた。

だから。




「こ、の、クソ兄貴・・・・・・「うわっ」は無いだろう? てか、そっちの発想が無いわ・・・・・・ほんと、無いわ・・・・・・」




だから、彼方様の怒りはさらにヒートアップするかと思いきや、というか、逆に沈静化してしまったみたい・・・・・・?ダイナマイトで火事を鎮火するみたいなものかな?


でも、その割には、彼方さんの目には青い炎が見て取れる。

只静かに燃える、最強の色――が、彼方さんの瞳に。




「としにぃがそのつもりなら、もういいよ。勝手にすれば? その代わり、わたしも勝手にするから」



言うが早いが、風林火山。

彼方さんは、没収していた兄さまの携帯を放り投げると、兄さまから視線をそらすようにそっぽを向いた。そして、食材の入った鞄を――――乱暴につかみ上げ、その足で玄関へ。




「としにぃ、絶対にシッポ掴んでやるから。またね」


彼方さんは、

颯爽と風のように、去っていた。

紅く責め立てる巨山は風のごとく、去って行ったのだ・・・・・・あれ? このままだと、林がないね。これじゃあ、風林火山じゃないや・・・・・・でも。



でも、これでも、不幸中の幸いだったのかも。

だって、もう少し彼方さんが此処に残っていれば、きっと、兄さまは「あれくらい」じゃすまなかったはず。

そう、もうすぐ、私の先生が此処に来て、そこから先はさらにややこしいことに――






<魔術師シロの場合>



トントンと、古ぼけた螺旋階段を駆け上がる。

まあ、自分の住んでるアパートも言うほど差がないから、人のことは言えないんだろうけど。



「さてと、あと少し」



三階まで駆け上がったわたしは、つけたしの数十歩で、角部屋までたどり着いた。

玄関の表札には、『東』の名がある。そして、その下には、うっすらと、『利也・小羽』の文字が鎮座している。


『東』の文字は別にして、下の二人の名前は、限られた人間にしか見えない。

そのことが、月下に浮かび上がる文字から、十二分に感じられた。



ピンポーンと、呼び鈴を鳴らす。

すると、間髪入れず、『「はーい」』という返事が返ってきた。

ひとつは、大気を振るわす、東君の声。もうひとつは、心を振るわす、小羽ちゃんの声。



「いらっしゃいませ、シロ先生! お待ちしておりました! さあ、こちらへ!」




小さい体で、一生懸命にドアを開けてくれる、わたしの愛弟子――小羽ちゃん。

相変わらずのかわいらしいと言うか、憎たらしいというか、つまりもう、お持ち帰りしたくなるような笑顔で、わたしを出迎えてくれる。


「こんばんは、小羽ちゃん、東君。遅れてごめんね。では、おじゃまします」



私は、小羽ちゃんに招かれ、東君の家へと足を一歩踏み入れた――――




――――まさに、その瞬間。




「ん?」








――――――その瞬間、言いようのない悪寒に迫られ、私は思わず当たりを見渡した。でも、何も無い。接触が悪いためか、チカチカと点滅する点灯が浮かび上がれせるのは、無人の廊下のみ。なんとなく引き返してアパートの下を覗き込んだけれど、やっぱり誰もいない。おまけに空も見上げたけれど、そこにも誰も。



「先生~? どうされたんですか?」



きょとんとしている、小羽ちゃん。

私は彼女に、「何でも無いよ」と笑いかけ、再び彼女らの家へと歩みを進めた。




今度は、悪寒は走らなかった。








「いつもいつもスイマセンね、シロさん・・・・・・・ほら、お前も」



改めて、頭を下げる東君。彼に促されるように、小羽ちゃんも「いつもお世話になってます」と頭を下げた。


なんか、くすぐったいやり取りだ。

でも、それが嫌じゃない。どっちかというと、心地いいとすら感じる。


・・・・・・にしても、全然関係なけど、東君の顔から生気が感じられない。

目の下にクマこそ出来ていないけれど、目に力が無いし、無精髭の生え方が、徹夜したときの徹みたいなんだよね。



「大したことしてないんだから、そんなに頭下げないで下さい!それに、別に私は、ボランティアで来てるわけじゃないだし」


まあ、東君は東君として、私は自分の役割を果たすことにした。

頬が火照るのを隠すように、私はバッグの中を覗き込む。

ごそごそと底の深いバッグを手でまさぐり、獲物を手にとった。




「それじゃあ、先に小羽ちゃんの健康診断をやっつけちゃいましょう! じゃあ、小羽ちゃん、この陣の真ん中に立ってね」




 遠足用のビニールシートに書き込んだ魔法園の中に、小羽ちゃんを誘導する。

 くまのプーさんが魔法陣の下から笑ってる、私お手製の簡易魔法園だ。

 ただ、私はかわいいと思うのに、同居人からすると、ただのホラーだと言う話。そう言う意味では、彼とは――徹とは趣味が合わないのかも。



「では、始めます。まずは、皮膜の強度からね」




 私は、今となっては手慣れてしまった。作業に取りかかった。

 この健康診断も、もう一ヶ月近く続いている。



「皮膜の強度はOKだね。東君とのパスも通常のそれだし。うん、問題ない。今の小羽ちゃんは、普通の「霊」の範疇に収まってるよ。良好良好!」



 魔法陣で増幅した『小羽ちゃん周囲』のシグナルを、持ち運び式の検出器で評価する。右から左に流れて行くパレメーターを眺めても、異常はない。

 今の彼女からは、「何も漏れ出ていない」ことは、確かだ。



「シロさん、ここまで歩いて来るの大変じゃないですか? テレポボックスまではテレポートして来てるとは言え、あそこからここまで15分くらいは掛かるんじゃないんですか? 電話さえ貰えれば、直接「此処」に来てもらってかまわないんですよ? 本来は俺たちがシロさんを訪ねるべきなんですけど・・・・・・」




 お茶菓子を用意してくれていた東君が、声をかけてくれた。

 少しだけ視線を小羽ちゃんから外し、ブツを確認する。


 ・・・・・・どうやら、今日のお菓子は八つ橋らしい。

 少しだけ、テンションが上がるチョイスだ。さすが、東君。わかってるじゃない?



「そうですね〜、確かに空間転移で此処に来れればとは思うんですけど、人の家に直接テレポートするのはちょっと・・・・・・気が引けるかなって?」




 私は再び作業に戻りながら、さきほどの東君の提案に返答した。

 常々、彼は『此処』に——この家に、直接テレポートしてきていいと言ってくれている。

 それはそれでありがたい話なんだけれど、やっぱり気が引けるのは、私の性なのだからどうしようもない。技術的な問題がないとはいえ、やっぱり、倫理的にどうかって話だからね?




「それに、せっかく峰岸さんが設置してくれたテレポボックスなんだし、使わないと彼女に悪いですよね?」



 私の一言に、顔を引きつらせる東君だ。

 彼の頭で何が連想されたのか、私の知るところでは無いけれど、あんまり良くないことであることは、確かだと思う。



 最後の仕上げに、今日までの小羽ちゃんの観察簿を眺める。

 『一ヶ月の前の事件』から、ず〜っとオールグリーンだ。



「先生、私が兄さまを連れて先生のところに行くっていうのはダメなんですか? 私、一人でならもう空間転移できますよ? たぶん、兄さま連れてだって、出来ると思うんです!」





 さてさて、今日も万事問題無しと書き込む、私の愛弟子観察日記——もとい、小羽ちゃん健康手帳。

 いやはや、めでたいめでたい。さてと、ちょっと魔術習得が早くて天狗になってる弟子を禁めながら、八つ橋でも頂くとしますかね。






<ヒーロー見習い:東利也の場合>


 

 テレポボックスと呼ばれる奇怪な匣が、俺の近所にはある。

 それはヒト一人がちょうど入るくらいの、大きさの匣だ。ちょうど、電話ボックスくらいだと思う。

 設置されているのは、『峰岸』の分家の敷地内。

 そして、設置したのは、俺の同級生の峰岸燈火。一ヶ月の前から彼女には、ずっと世話になりっぱなしだ。




「でも、シロさん。あのテレポボックスなんですけど・・・・・・」



 明らかに電話ボックスを連想させる、その匣は、中が全く見えない。

 それはもう、奇怪な匣なんだよ。

 もう少しオブジェ的なものでカモフラージュしてほしかったけど、それは贅沢というものなのだろうか?


 ・・・・・・でも、ベニヤ板風味の、中の見えない電話ボックスなんて————目立ちすぎる。さらに、その匣は。


 その匣は、人が入って行くとこを見た人が居ないのに、定期的にどこからともなく人を吐き出す不思議な匣として————もっぱら、近所の奥様方の間で噂になってるんですよ————と。



 一応、そんなふうに、遠回しに、「不味くないですかね?」と聞いてみたところ。




「でも、私が空間転移の中継点に使ってるって噂には、なりませんよね? 大丈夫ですって。設置場所が設置場所です。峰岸さんのお家に関わる場所なんで、多少の不思議があっても誰も気にしませんよ」




 カラカラと笑う、魔術師・シロさん。彼女の気質は、魔術師のそれというよりも、シロさん本人の性格が根本にあるんだろうけれど、変なところで、彼女は大雑把なんだよな。

 まあ、世界に名を馳せる峰岸家で起こる珍事に暇がないのは、事実。騒ぎ立てられこそすれ、その深奥に到達できるものなんて、殆どいない。

 そういう過信が、あのやっつけ仕事・・・・・・もとい、テレポボックスなんだろうけど・・・・・・




「いや、それが、もう一つ問題があってですね。実は俺の妹が————」





 俺の妹が。

 生きている方の妹が、俺の浮気を疑ってるらしいと。

 ・・・・・・確証はないけれど、小羽と話し合った結果、どう考えても、それしかないと相成った、そのややこしい現状を沈静化させるために。



 ・・・・・・まあ、シロさんには全く関係ない話だ。

 彼女は、彼方の存在すら知らないのだから、本当に全くもって彼女には何の関係もない、与太話。でも、俺にとっては、身近でくすぶる火種なんだ。どうかすると、おれの今の生活を、炎上させるような・・・・・・・



 なので。

 そういったわけで、

 なんとか、由香以外の『女性』の出入りを極力を「見せないようにすべき」だと、そう進言しようとしたのだけれど。



「待って下さい、東君。言わなくても、分かってます。ちょっと小羽ちゃん、そこになおりなさい。小羽ちゃんには師匠として、言っておかなければならないことがあります!」




 ・・・・・・妹は妹でも、小羽の話に移ってしまった。

 どうやら、さっきの「はやく魔術使いたい宣言」を説教するつもりらしい。


 でも、シロさんは一体、さきほど何を「わかった」と言ったのだろうか?



 目の前には、照れながら弟子を諭す師匠の姿。それを、ちょっと恥ずかしげに縮こまって聞く弟子の姿。

 どちらとも、大変微笑ましい光景ではあるので、俺は口をつぐんで、二人の話が終わるのを待つことにした。


 

 





のんびりと、です

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