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蹂躙_01(序)

   [10:32:55]


 太陽の光が照り注ぐ、よく晴れた日。

 晴天とも言える空は、地上で何が起こっていようとも、その表情を変えないだろう。

 そんな空の下、一つの集団が、広がっている一面の緑が生い茂る草原に作られた街道の上を、談笑しながら歩いていた。


「いやー、今日は中々だった」

「うん、あのオーガは強かった。危うくこっちがやられてしまうとこだったよ」

「ははっ、二頭を押さえといて無傷でいられているのくせに。リーダーはもう少し自分を高く見た方がいいぜ」

「確かに、それは私も同意。だからたまに舐められるのよ、もう」

「むう、そんなことはないんだけどなあ……」

「そんなことあるわね」

「あるね」

「あるな」

「…………」


 人影の数は全部で四つ。

 男、男、女、男、と横一列に並び、装備している武器や防具を鳴らしながら、彼等は街道を歩いていく。

 落ち着いた雰囲気を身に纏ってはいるが、彼等の見た目は若く、恐らくは十七、八ぐらいだろう。全員、王国等の一般市民とは懸け離れた格好をしており、誰もが少なからずの防具を纏い、腰には剣や杖などがぶら下がっている。

 更には正面から見て一番左に立つ、重厚な鎧を纏う男の背には、多少血が滲んだ布袋が背負われていた。


 ――まるで、戦闘等を生業としていると主張している様な姿。

 勿論それは事実であり、彼等四人は今、先程生死をかけた依頼を終えて、帰って来る最中なのであった。


「けどマジでリーダー凄いよな。多分実力だけなら上のランクと遜色無いだろ」

「それは確かに。それに氣力が使えるのは珍しいと言いますし」


 仲間達の言葉が示す人物は、列の内側にいる男である。

 短く切り揃えられた茶髪に、焦茶の目。丈夫な鋼を使って製作した鎖帷子を装備しており、腰にはバスターソードをぶら下げている、剣士風の男。

 リーダーと呼ばれ、仲間達の視線を当てられた彼は、頬を指で掻き、すぐに弁明するかのような口調で喋り始めた。


「――いやいや、オーガ二体なんて、ほら、上のランクにいる人達に比べたら楽勝じゃん。だから――あてっ」


 ――のだがすぐに、彼の隣にいる人物がそれを止める。

 こつん、と彼の頭を叩いた女性は、まったく、とでも言いたそうに眉を寄せていた。


 女性の外見を例えるならば、いかにも魔術師ですね、とでも思えそうな格好だ。

 皮を鞣した厚手のローブ、手首辺りをバッチで留めた手袋、先程剣士風の男の頭に当てた、木の枝の様な杖。

 肩まで届く茶色い髪を持っている彼女は少し頬を膨らましていた。


「――ほらまた自分を下に見る。あのねラック、貴方もうちょっと自分に自信持ちなさいよ」


 そう言い、少し彼女は俯いて。


「……それに、ラックはできるって、信じてるんだから」

「…………う、ごめんエルナ。気を付ける」


 ――二人はその場で立ち止まり、二人だけの世界をその場に形成し始める。

 二人の世界を主張するかのように、なんとなく、こう、桃色のオーラの様なものが立ち込め始めた、気がする。


「――やれやれ、またか」

「またですねえ」


 ある意味で原因でもある他の男二人は、それを傍目で見ながら、とため息をついた。

 一番頑丈そうな金属の鎧を纏う男が、局所だけを守る皮の鎧付けて、ベルトに二振りのメイスを下げている男に話しかける。


「バリー、リーダーの嫁がデレている。早急にガリの実をくれ、キツイやつ」

「ちょ、なあっ?! よ、よめですって!?」


 バリーン、薄い硝子が割れる幻聴と共に、二人の世界は無散した。

 見れば、彼等のリーダーであるラックが、吹き飛ばされて、うつ伏せになって転がっている。

 犯行に使われた凶器は、彼女の杖であった。


 因みにガリの実とは焦茶色の小さな豆の事であり、それを煎って粉末状にしたものを、熱湯を使い専用の紙で瀘した飲み物――一般的にティーノと呼ばれる――は、独特の香りと苦味が特徴だ。

 しかしそんなものは、バリーと呼ばれた彼が持っている筈もなく。


「すみませんが、持ち合わせて無いです。まあ私には家に待っている人がいるのでそこまで気にはしていませんが」

「デリテュード、訂正しなさい! 私はねえ、コイツのよ、よよ――っ嫁じゃないわよ! そう、まだ!」

「確定はしているんだな」

「しているんですね」

「あうぅぅぅ……」


 う、うるさーい! とエルナと呼ばれた彼女は、顔を真っ赤にして男二人――バリーとデリテュードに反論する。

 置いていかれた剣士風の男――ラックは、そんな彼女を、苦笑しながら見つめていた。


「と、ところで、あのスケルトン! ちゃんと指輪とか持ってきたでしょうね!?」

「あー面白い…………っと、おうよ。ちゃんと持ってるさ。今はバリーに預けてるが」

「ええ、ほら、これですよね?」


 いじるのにも満足したのか、魔術師である彼女――エルナのあからさまな話の転換に、デリテュード達は乗った。


 エルナが言うスケルトンとは、オーガ討伐の依頼の最中に現れたモンスターの事である。

 スケルトン。

 主に墓場で見掛けるモンスター、と言われているが、スケルトンが発生するためには地面に一定以上深く埋められていない、もしくは一定以上破損されていない白骨死体が必要なだけである――と学説では言われているが、その信憑性はあんまりない――からなのであって、冒険者をやってる者にとっては別段珍しい事でも何でもない。


 スケルトンの強さは白骨死体になってしまった者と、それに取り憑いた悪霊等で決まると言われているので、街にある墓場に出てくるスケルトンの危険性は高くはない。

 そのほとんどが戦闘経験等がない、一般市民だからである。

 ただ、それが山奥や、強力な霊が徘徊するような場所だと危険性は増してくるのだが、幸いにして、ラックがリーダーであるパーティ【灼熱の息吹】は、元冒険者のスケルトンを倒すことが出来たのである。

 その戦利品、というよりか、倒したスケルトンの骸から拝借してきた物品の一つが、エルナやデリテュードのいう指輪であった。


 メイスを下げている男――バリーがエルナに差し出した掌に乗せている指輪は、彼の指よりも少し大きい。拾った時にあった表面の汚れは、布で拭いて綺麗に落ちており、太陽の光を反射している。

 銀色に輝く指輪の裏側には小さく文字が掘られていて、その文字が表すものは、持ち主の名前。

 これはマジックアイテム等ではなく、単純に金属をリング状の形に加工した、ただの結婚指輪である。


 うんうん、とそれを確認したエルナは満足そうに頷いて、口を開く。


「よし、ちゃんと持ってるわね」

「ギルドに提出すれば、行方不明になった冒険者の数が減る、でしたっけ?個人的にはちゃんと送り主に返したいのですけどねぇ」

「まあまあ、そういうのはギルドがちゃんとやってくれるだろ。臨時収入にならないのがちと残念だがな」

「おいおい罰当たりだぞデリテュード」

「分かってるってリーダー」


 ギルドに登録された冒険者で、行方不明になる者は少なくない。

 そんな彼等は依頼の最中に死んでしまったりするのが大体を占めており、ギルドにとって依頼途中に死んでしまった彼等は、誰かが生き残り、依頼の失敗を報告するならばまだしも全滅してしまった場合、一々依頼の成否を確認するのが面倒なのだ。

 なのでギルドでは昔から、依頼の終了期間というものを設け、その期間を越えても連絡がなく戻ってこなかった場合、依頼は失敗扱いとなると同時に、依頼を受けた冒険者は死亡扱いとする制度を作り、生死判定を行っているのである。

 行方不明の扱いとなっているのは、その死亡扱いとなった人に対して関係のある誰かが、ギルドに行方不明届けを出す必要がある。

 因みにこれは、無償で行われている事で、メリットは限りなくゼロだ。

 一時期、行方不明者の遺品に報酬を出した事は有ったのだが、遺品を偽ったり、故意に殺して、行方不明届けを出させるという悪質な事件があったが故の措置である。


「アルエック・ティム……ね」


 バリーが指輪を持ち上げ、片方の目を閉じながら透かすようにそれを見る。


「剣士、だったのかなあ」

「子供とか、いたのかしらね……」

「まあ、俺らは、ああはなんないように、な」


 バリーの呟いた言葉は、他の三人にも聞こえていた。

 各々が想像を働かせて、一度も会ったことも無いのに、まるで知っていたかのように、思いを馳せた。

 アルエック・ティム、自分達が倒したスケルトンの名前。

 彼は、どんな夢を持ち、どんな事を考えて死んでしまったのだろうか。


 同じ冒険者であるラック達にとって、それは興味を引くものであるのには間違いなかった。




  [11:23:08]




 リュシカ王国の都市の一つ、タロッソル。

 リュシカ王国の北側に接している帝国。その境界線の役割を果たすモルル山脈の近くに存在している其処は、リュシカ王国の市民達が比較的穏やかな日々を過ごし、暮らしている。


「変わってないなぁ……」


 【灼熱の息吹】リーダー、ラック・スミルソウは、半年ぶりに戻って来た己の故郷を見て、そう感じた。


 ギルドに依頼の終了報告をした後、彼等は一度解散し、各自自由行動をとっている。

 というのも、結成してから二年が経つ彼等のパーティ【灼熱の息吹】は、メンバー全員がここ、タロッソル出身だからであった。


 基本的にこの付近で依頼を受けている彼等は、一定の期間を空けて、幾度かタロッソルに戻ってくる。

 その理由は様々で、バリーは家で帰りを待っているという妻に会いに。デリテュードは病気で亡くなった親の墓参りに。エルナは自分の家に戻り、今頃唯一の家族である祖父に今までの冒険の内容を話していることだろう。

 ラックには既に親はおらず、正式な両親の墓も有るわけではない。故に初めは、ラックの彼女であるエルナの家に行こうと、エルナの方から提案されたのだが、彼は後で行く、とだけ返事を返し、一時的に別行動をとっているのであった。


 彼が今歩いている場所は、人が賑わう表通りから離れた、裏通りの一つ。

 何処かひっそりとしているこの通路は、裏通りの人間として生きてきたラックにとっては最早過去の記憶と化していてたので、なんとも思っていなかったのだが、こうして再び帰ってくれば、いつもと変わらない、懐かしい感情に襲われる。


 こつ、こつ。

 一歩一歩を味わいながら、ラックはゆっくり歩みを進める。

 先程から視界に入ってくるのは、枠組みを木で建てて作った、余り代わり映えがない家が並んでいるだけの光景だ。

 それでも、と言うべきか、それが、と言うべきか、どちらにせよラックにとってこの景色は、矢張り心に響く、懐かしいものであった。


 ラックはふと立ち止まり、視線を前方の上に向ける。

 視界に入ってくるのは、巨大な壁。家屋の向こう側に建てられているそれは、ここタロッソルを、文字通り三百六十度囲っている。

 ここタロッソルの特徴は、都市全てを囲む分厚い城壁だ。

 幾千もの敵が攻めてきても揺らがない、不動の鉄壁とも称されるその壁は、確かに見た者を納得させる程の迫力を持っている。

 昔、ラックにとっては自分を閉じ込める檻に見えていたが、時が経てば見方も代わる。その事を感覚で犇々と感じながら、ラックはもう一度、遠くからでも見える壁を見る。

 ――視界に入るそれは、帝国の軍が攻めて来ても、そうそう負ける事はないだろう。何度見ても、そう思わせられる城塞だった。


 ここでいう帝国とは、リュシカ王国に接している国――イグナード帝国の事である。

 ギュンデルダームと呼ばれる都市を首都にしたその国は、リュシカ王国の北東から北西に至るまで、つまり王国の北側に接している。

 現在イグナード帝国は、リュシカ王国に隣接している他の二大大国と同じ様に協定を結んでいる。なので帝国や、他の二国が今すぐリュシカ王国に攻めてくる可能性は低い。


 ――しかし、正直いつ破棄されてもおかしくないと、ラックは思う。

 何せリュシカ王国は周り三国に比べて圧倒的に土地が狭く、尚且つ《大戦》で軍事力の大半を失った弱小国家である。今現在は何とか数を持ち直しているものの、その質までは補えてはいない。


 それでも三国がリュシカ王国に攻めてこないのは、未だに《大戦》の傷が癒えていない事と、三国同士で牽制し合い、膠着状態にあるからだろう。

 今にも千切れてしまいそうな綱の上、そこがリュシカ王国の立ち位置だった。


 ――ラックは考える。

 もし、もしも戦争が起きた場合、自分達はどうなるのだろう。

 リュシカ王国に従い、破滅の道を歩むのか。

 帝国等三大大国の傘下に入り、隷属の道を歩むのか。


(…………どっちも嫌だなぁ)


 選べと言われたら間違いなく後者なのだが、農民などとして暮らすのではなく、出来ればこのまま他の国に移り住み、冒険者としての人生を歩んでいきたい、というのがラックの本音であった。


 冒険者達は、冒険者になると同時に『ギルド』という、土地を持っていないが大陸中に根を生やしている大組織に属す事になるので、国に直接属しているパーティ等を除き、大抵の――実力が余りない――冒険者は、国との繋がりが薄くなってしまう。

 故に一応は、ラックの“別の国で冒険者として暮らす”という希望は十分叶うのだが、一点の場所に長く届まる事は、少々難しくなる。

 というのもこれは単純に、戦争をした国や、自分達が暮らしているリュシカ王国にいる場合に限る事なので、さほど問題はないのだが。


 ちなみに、ギルドの規定しているランクが高位であれば、戦争等の問題が起こったとしても、ギルド側が勝手に手助けや、後処理を行ってくれる。

 しかしそんな特別待遇を受ける存在は一握りだけであり、ラック達【灼熱の息吹】は、当然の如くその枠外であった。


 ギルドのランクは、パーティ用と、個人用の二つが存在している。どちらも基本的にはA、B、C、D、E、F、G、の七つの階級が存在しており、その各々に+を付ける階級を合わせて更に七つの階級が加えられ、全部で十四の階級に分けられているのだ。

 ランクがAに近付けば近付く程そのパーティの格は上がり、その人口の割合は反比例になっていく。


 自分達のクラスはD。

 思えばあっという間だったなあ、とラックは感慨に浸る。 


『――【灼熱の杖】【クリムゾンレッド】【ヨルダの光】……どれも迷うわね……』

『何その名前? あ、もしかして』

『そ、私たちのチームの名前よ。他に何かあるかしら』

『うむむ……【デリテュード団】とかどうだ!!』

『デリテュード、リーダーは貴方ではなくてラックですから』

『そうよ、ふざけないでデリテュード。 ――ちなみにバリーは名前の候補とかある?』

『いえ、特には。私はエルナにお任せしますよ』

『あらそう。なら決めちゃうわね?』

『あの、エルナ……俺の意見は……?』

『黙りなさいラック。そうね、【灼熱の息吹】! これでどう?』

『…………【最強! デリテュード軍団】とかどうだ?』

『デリテュード、まずは自分の名前から離れてみましょうか。ああ、私はそれでいいと思いますよ。ラックはどう思います?』

『いや、まあ、別にいいんだけど…………エルナ、それも彼女に関連するものなの?』

『んー、まあそうね。ミユ様の通り名の一つでしたし』

『相変わらずのファンなことで。――そういえば、【月の王冠】の人達は興味ないの?』

『私はミユ様のファンですから。へえ、それとも何? もしかしてラックはあの勇者さん狙い?』

『んなっ?! 違う違う! 初めて見た時確かに綺麗って思ったけど――』

『ふーん、可愛かったんだ。良かったわね。じゃあ何? 【勇者様親衛隊】にでもする? でも残念ながら二番煎じ以下よそれは』

『おお、エルナが怒ったぞ。どうすんだよラック』

『ラック、貴方が原因です。なんとかしなさい』

『だから違うってーーー!!』


 ――脳裏に浮かんできたのは、チーム結成当初の時期。まるで昨日の事だったかの様に鮮明に思い出せるその記憶は、一生忘れることはないだろう。 


 ラックはこれからの未来に思いを馳せる。

 【灼熱の息吹】は、あと何度か依頼を成功させれば、このパーティはすぐに“D+”になれるだろう。

 基本的にCランクより下の+の意味は、そのパーティが“昇格試験”を受けられる最低基準を上回った証である。そこまでは問題はない筈であるというのは、今回の依頼により確認できた。

 しかし同時に、自分達【灼熱の息吹】は、大抵の冒険者達と同じ様に、丁度Cクラスになれる直前のランク――つまりD+の辺りで、一度壁にぶつかる事になるだろうということも、ラックは予想がついてしまったのだ。


 というのも、今までの【灼熱の息吹】は、ラックがこのチーム全体の力の底上げをしている節があり、また仲間に頼られる場面が多かったのである。

 つまり極端に言えば、ラックがいなければ、【灼熱の息吹】は現在Dランクには成れていなかった、という事なのだ。

 そして今回の依頼から推測するにあたり、Cランクより上の依頼だと、恐らく自分一人だけでは対処しきれない状況が必ず出てくる。その時に犠牲者が出さないで危機を脱出出来る可能性は、限りなく低いだろう。


 ――そんな状況を発生させる可能性は、出来る限り摘まなくてはいけない。

 それを摘んだ者達だけが、Cクラスに上がる権利があるのだから。

 だから、とラックは思考する。

 だから、【灼熱の息吹】のランクがD+になった辺りから、個人個人の実力を上げていかねばならない。

 何時かは来ると思っていた壁、自分達のパーティは、出来る限り皆で乗り越えたい。

 それを実現するためには、皆の意見を聞いて、一つの目標を目指す事である。難しいかもしれないけれど、ラックの心はやる気で満ち満ちていた。

 何故ならばそれが、パーティのリーダーの役割なのだから。


(……うん。やれる! 絶対やれる!!)


 今なら何をやっても上手くいく。

 そんな気分になりながら、ラックはふんっ、と気合い込めて、全身に力を入れた。

 そうして、エルナ達の所へ向かおうと足を一歩踏み出して――――。


 「――は、放してくださいっ」

 「…………ん?」


 ――――ラックが歩く裏通りの路地裏から、女性の声が聞こえた。





◇■◇■◇――――――――――――――◇■◇■◇






  [11:26:37]




 【迷宮】第一階層、そこは巨大な森が広がっている空間だ。

 トリューシャ平原にある巨大な門を潜り、抜けてまず目にするのは、一面の緑。大地には簡単な草が生えており、立ち並んでいる木々や薮が、隊列を組めて歩ける程の道を作っている。

 しかし木々の長さは二十メートル程ある天井までは届いておらず、もしも空を飛べるのならば、この階層を見渡す事が可能だろう。

 現に、入口付近では簡易櫓が建てられ始めていた。


 ――ここは例えるならば、大きな箱の中に木々を植えて迷路を作成した様なものだろうか。

 潜って来た方向を振り向けば、その階層の“枠”となっていて、第一階層の天井と側面を覆っている不透明な白い色の壁。その一部がぽっかりと黒く変色しており、その場所が迷宮と地上を繋ぐ唯一の出入口だということが必然的に理解できるだろう。

 迷宮の入口付近はかなりの大部屋――一区画ともいえる程の作りになっており、次々とリュシカ王国の軍が進軍してきても、然程苦にはなっていない。が、それでもやはり二千程度が限界なので、一軍五百人程からなる部隊はそこで待機する暇なく迷宮の中を進まされるのであった。


 広場から分かれている道は、迷宮入口正面から見て右に二本、正面に一本、左に二本の計五本。これを一万六千人を三十二の部隊に分けた兵士達が進んで行く。

 一から五軍が最右の道を。

 六から十軍が右から二番目を。

 十一から十五軍が真中の道を。

 十六から二十軍が左から二番目を。

 二十一から二十五軍が最左の道を。

 二十六軍と二十七軍が迷宮内部の入口で待機。

 そして残る近衛師団三百名及び、リュシカ王国第一王子が率いる二千と他五百は迷宮外の地上で待機中である。


「ガギァアアア!!」

「んおっ、あぶねぇっ」


 ガギィン、と。その血管の様に別れた迷宮の通路の一角で、硬い物同士をぶつけた音が鳴る。


 音を鳴らす片方は、銀色に光る鎧を纏い、両手で持ったバスターソードを持つ男――リュシカ王国軍第一軍に分けられた内の一人だ。

 彼の背後には武器は違えども、どれも似たような格好をした幾十人もの兵士達が立ち止まり、彼や彼の他に前に出ている者の戦闘を見物している。 


 前に出ている十名が相手しているのは、三匹のモンスター。

 褐色の肌に、痩せて骨張った顔や手足。一メートル十数センチと子供程の身長に、猿と人間を足して、それを猿よりに傾けた様な顔。目には、ギラギラと黄土色の鈍い色を灯しており、並々ならぬ殺意を宿している。

 彼等は個々に差はあるが、服は薄汚い襤褸の布の上に、寸々の皮で出来た胸当て等を装備し、手に持った錆びた剣やゴツゴツとした棍棒等で、迷宮に入ってきた侵入者である兵士達に襲い掛っていた。


 力関係のヒエラルキー、その最下位に属するモンスター、〈ゴブリン〉である。

 [1000p]という一般人レベルの者から入手出来る程のポイントで創られた彼等は、残念ながら、そこまで強くはないのであった。


「くらえっ」

「ギィイイッッ!!!」

「うるせえ! さっさと死にやがれッ!!」

「グガッ」


 鮮血が舞う。

 一匹のゴブリンの胸を、囲っていた三人の兵士の一人がサーベルで突き刺し、もう一人がその頭にゴブリンの落とした棍棒を打ち付けたのだ。

 初めは五匹いたゴブリンも、残るは二匹。その内の一匹のゴブリンが短刀を翳して、兵士に突撃する。


「ジネ゛ェエエエ!!!」


 ぶぅん、とまるで子供が木の枝を振り回すような、乱暴で、力任せの一刀。

 そんな軌道が丸見えの一撃を、一応は訓練を受けた兵士が喰らう筈もない。


「おっと!」


 ガイィン!

 それは剣戟と呼べるものではなく、正しく、剣の形状をした鉄同士の打ち合いだ。

 鈍い音が鳴り響き、ゴブリンの枯れ枝の様な腕が跳ね上がり、手にしていた短剣が持ち主の後方へ吹き飛んでいく。

 ゴブリンは目を丸くしたものの、すぐに表情を怒りのそれに変えて、口を開き、そのギザギザになっている牙を剥いた。

 しかし、その反撃虚しく。


「ほぉ……らよっ!!」


 頭が飛ぶ。

 怒りの表情のまま、ゴブリンの頭部は地面に落ちた。

 首から上を断ち切られたゴブリンの体はぐらりと揺れて、すぐに彼の横に沈む。血が地面を濡らすが、それもすぐに無くなり、残るはゴブリンの死体のみ。

 ゴブリンの首を断った彼は、そのバスターソードを死骸に突き刺し、てこの様にそれを使い、ぐちゃり、と躯の中を抉り出す。


「お、マジであった!!」


 まるで今まで信じていなかった事が本当だった様に、彼はゴブリンの内臓の中から目当ての物を取り出し、興奮したように喋り出す。

 彼の指に掴まれたそれは、瑠璃色に光る小さな小石、『原石』である。

 そう、彼等は迷宮に蔓延るモンスターの掃除と同時に、『原石』の回収も兼ねているのだ。

 今しがたゴブリンの死骸を漁った彼は、次にその死骸が無くなっていることに気付いて喫驚するも。「こりゃあ便利だ! 剥ぎ取る必要が無いとは!」――と、すぐに破顔した。


「ぅえっ…………」

「…………アイツ、おかしいだろ」


 そんな彼を見て、後列に続いている兵士達の反応は、大きく分けて二つである。


 一つは、嫌な顔をしたり、口に手を当てている――つまり嫌悪の感情を露にしている者達だ。

 幾人か――いや、かなりの者がこちらの反応であり、そんな彼等は、この迷宮探索での戦闘が、自身の命をかけた初めての戦いであると言っていい程、経験が浅い者達であった。

 第一軍は、このような新兵が多い。経験を積ませるという名目上の、当て馬である。


 もう一つは、そんな嫌悪の反応を見せる兵士達を見て呆れるか、興味なさげにしている――要は彼の行為を受け止めている者達である。

 彼等は、前者の者達と違い、《大戦》を生き残った者達であり、経験がそれなりに以上に深い人物ばかり。その大部分が、不満を垂れ流す新兵達を見て、内心で駄目だこりゃ、とため息をついていた。

 戦場とは、戦場である。

 そこは決して騎士同士の決闘の様な――ましてや武闘会等の安全や礼儀が確約された場所ではない。

 戦場とは、“戦女神(ウ゛ァルキリア)”達が迎えに来るような神聖なものとは程遠く、泥泥濁濁、血生臭く、悲鳴は絶えず。ある種地獄の一つである光景は、戦争を経験した彼等にとって、記憶に根深く残っている。


 けれども、まあ、そんな事は関係ないのであるのだが。


「――よしっ! 前進再開ィッッ!!」


 彼等は進む。

 迷宮の奥へ。




  [11:26:15]




 幾百にも重なった足音が、迷宮の内部に響いている。しかし、先頭の人物が立ち止まると、その足音は段々と静まっていった。

 迷宮に入ってから、右から二番目の道は、リュシカ王国第六軍から第十軍までが進軍している。

 迷宮内部には、先に進めば空間が開けた部屋や別れ道等が存在しており、彼等リュシカ軍は、隊列を半々に分けて進んでいく。後々、別れた隊列の中には合流する部隊もいるので、その規模は大体数十人から数百人の範囲に収まるだろう。

 隊列の後方にいる兵士達が活躍するのは、別れ道で人数が少なくなっていく辺りからだ。故にそれまでは出番がなく暇なので、隊列の後方では、早く戦いたいだの、戦はまだか等の文句を口にしている者達は少なくなかった。

 しかし、中には前列の方でも愚痴を垂らす者はいるもので。


「早く帰りたいなぁ……」


 リュシカ王国の王領に属する兵士、レベック・スタンデュードはその一人だった。

 第六軍に配属された彼は、皆と同じ様な歩兵用の鎧を着込んでいるものの、その顔からはやる気と言うものが感じられない。

 彼は当初――というよりも、迷宮に入る前は意気込んでいたのだが、その気合いは、迷宮内部に入ってから急速に萎んでいった。


 ――なんだこれは、面倒過ぎる。

 レベックは迷宮の探索を始めてから数分経ち、そう確信した。

 天井から分かる、この階層の広大な面積。

 出てくるモンスターは〈ゴブリン〉や〈コボルト〉ばかり。こんな場所に、何も一万以上の兵士など必要ないのではないか、とレベックは思う。


「どうしたレベック。腹でも痛めたか?」


 彼の隣を歩く、同じ部隊に配属された同僚が笑いながら声をかける。

 頬に出来た生傷や、無精髭を生やしたその顔が原因で、子供が見たら泣き出してしまうといった悩みを持つその同僚は、こんな所でも元気そうだ。


「んや、別にそういう訳じゃないけどさあ……。ほら、こんなものとは思ってなくて」


 苦い顔をしながら答えるレベックに、彼の同僚は口を大きく開けて笑いながら、レベックの背中を強く叩き、語りかける。


「ガハハハ! なあレベックぅ、お前はこの仕事を終えたら彼女に告白しに行くんだろ? ならしゃきっとしろ、しゃきっと。じゃねえとユリネに嫌われちまうぞ?」

「なっ、い、今それを言うなよ、俺も不安なんだからさあ」

「んー? そうか、不安かあ。なあに、安心しろ! 絶対に成功する。俺が保証してやるから」彼は周りを見渡し、言う。「なあお前ら?」

「うむ」「本当にな」「ヘタレー」「にぶ男」

「うおぉっ!? 誰だ今ヘタレとかにぶ男って言った人?!」


 彼の背中を叩いた者とは別に、他の同僚達が、水を得た魚の様にレベック話し掛けてくる。

 どうやら、聞耳を立てていたらしい。同僚の大半が、レベックの事を生暖かい視線で見ていた。


「――そうだな。お前は俺たちより若いんだから、精を出せ。そして俺たちを休ませろ」

「全くだ。というよりもう完全に付き合ってるようにしか見えないからお前。なあ、自覚してる? そこんところ自覚してるの、なあ?」

「あーだめだコイツ、完璧に嫉妬してやがる。まあ、頑張れよ。アイツの言う通り成功すると思うから、おもいっきりな」

「失敗したら酒を飲もう、と言いたい所だが……だがだレベック。とりあえずにぶちんのお前は『爆発エクスプロード』でもくらって爆発しろ」


 二言三言、同僚達はレベックに激励を送る。

 それが少し恥ずかしく、レベックは顔を伏せ、彼は答えを返す。


「んなこと言われてもなぁ…………でもそうだよな、うん。しっかりしなきゃ」


 そう言い、レベックは顔を上げる。

 彼の表情は先程とは違い、やる気に満ちて、引き締まっていた。

 同僚達からの返事はなく、皆元の隊列に戻り平平と手を降るだけ。

 そんな後ろ姿を見ながら、レベックは手に掴んでいる剣を握り直す。


 心の中で、気のいい友人達に、ありがとうと呟いて。




「――――オラアァ!」


 ズン、と鈍い音と共に、全高二十センチ程の蛇の胴体が断ち切られる。

 力任せに切られた断面からは、濁濁と血を流す。


 ――数分もしない内に、レベックとその同僚達を含めた隊列が足を止めていた。

 止めた原因は当然、モンスターの存在である。最前列に並んでいたレベックは勿論の事、周りの同僚達も戦闘に加わっている。


 今彼等がいる場所は、大きく開けた四角い部屋だ。

 数百人は余裕で入れる空間には、所々に木が生えており、枝には緑が生い茂っている。

 中でも一際目立つのが、中央付近にどっしりと根を生やしている巨大な樹や、部屋の内部の木々の根元から芽を伸ばしている、巨大な淡桃色の蕾。

 部屋に入ってきたレベック達に気付き、襲いかかってきた〈這蛇ドラッグスネーク〉や〈赤水レッドジェル〉等の息の根を止め、一息付けると思うと同時に。


「――――おい」

「ああ」

「なんだコイツ等、始めてみるぜ……」

「うえぇっ………気持ワル」


 その蕾は開く。


 ぼとり、と蕾の中から落ちる様にして産まれてきたのは、身長六十センチ程の小さな小人。

 背中には透明な翅を二枚生やしており、それはまるで魔族の中の一つである妖精族の様ではあるが、その容姿は妖精からは懸け離れている。


 体の色は緑色。茶に染まった襤褸の布を見に纏い、両手に己の半分以上もある鎌を掴んでいる。頭部は人のそれではなく、熊のそれと犬を足して二で割った様な、そんな醜悪にとんだ顔をしている。大小バラバラな歯の間からは、血の様に紅い舌が伸び、ギョロリと丸い目玉でレベック達を視界に入れた。

 蕾から産まれてきたのは、全部で三体。“植物型”モンスター〈妖精の蕾フェアリー・エッグ〉が産んだ彼等は〈妖精の種フェアリーシード〉と呼ばれるモンスター達である。

 そんな彼等は攻撃性が高く、産まれて直ぐ様レベック達に飛び掛った。


「――ギョイエェェエエアア!!」

「きっ、来たッ!」

「――油断するなッ!殲滅しろッ!!」


 粘液を体に纏わりつかせ、涎を散らばせながら、フェアリーシードは近付いて来る。

 その気迫に兵士達が怖気付いたが、部隊隊長の一喝により、すぐに自身を取り戻す。


 だが、その僅かな間に、フェアリーシードは自身の攻撃が届く範囲にまで近付いていた。

 そしてその内の一匹は、レベックの元に。


「――ッ!」

「――ギャギィ!!!」


 甲高い音、金属音。

 フェアリーシードの鎌はレベックの剣に阻まれて、彼の胸の前で止まる。

 ギギギ……! と鎌と剣が擦れていたが、その拮抗は、レベックが押し勝ち、段々とフェアリーシードの方へと傾いていく。


 分が悪いと察したのか、フェアリーシードはギャギャ、と鳴いて鎌を引き、後ろへ下がる。レベックはそれを好機と踏んで、剣を構えて前に出た。


「くら、えェ!」


 大きく哮り、横薙ぎの一閃。

 縦による線の斬撃ではなく、横による面への攻撃。

 フェアリーシードを狙いに、ぶぅんと力強く振るわれた彼の剣は、しかし何にも当たる感触無く振り抜かれた。

 フェアリーシードが、消えていた。


「?!」

「――レベック! 上だッッ!!」


 疑問を覚えるのも数瞬、レベックは耳を打った声に弾かれる様に上を見る。

 目に写った光景は、翅を使って飛翔しているフェアリーシードの姿と、目の前にまで迫る一振りの鎌。

 避けなければ顔面に突き刺さり、致命的な傷を負う。しかし今の体制からでは避ける事は不可能に近く――。


 ――――当たって、たまるか!!

 しかし、レベックは全力の筋肉を使い、無理矢理体を下げる。地面に倒れ込む様な、首の筋肉が悲鳴を上げた必死の回避は功を奏し、レベックの頭上を通り過ぎた。

 と同時に、下げた頭の上から肉を刺す音が聞こえ、生暖かい液体が降ってきた。


「ガボッ…………ガァ……!」

「――怪我はないか、レベック」


 レベックが顔を上げれば、無精髭を生やした同僚の姿。

 彼が手に持っている斧槍(ハルバード)の槍の部分にはフェアリーシードの胴体が串刺になっており、たった今血を吐いて生き絶える。

 他のフェアリーシードの個体も、既に骸を晒しており、迷宮の地面に転がっていた。


「…………ああ、何処にも怪我はない。強いて言えば首を捻って寝るのが大変になりそうだ――っと」


 レベックは同僚から差し出された手を借りて体を起こし、服に付いた草を払う。

 首に手を当て骨を鳴らすが、当然の如く痛みはとれず、寧ろそれにより走った痛みに顔を顰めた。


「そいつぁ良かったな、ユリネと寝ないで一晩共に寝られる理由ができて」

「だからそういう関係じゃないってのに……」


 口を尖らせて反論するレベックを見て、ガハハハ、と同僚はいつも通り笑う。


「なあに、安心しろ。すぐにそうなる」

「――すぐってどれくらいさ」


 訝しそうに見てくるレベックに、同僚はハルバードを持っていない方の手を顎にやり、考える仕草をとった。

 手にしているハルバードの先からは、既にフェアリーシードの死体は消えており、下に『原石』が転がっている。


「そうだな――」


 そしてにやりとレベックを見返して、彼は言う。


「――家に帰るまでの間にだ」







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