閑話_02(後編)
リュシカ王国王領の一つ、スィーダブル。
首都バスラノから向かって西側にあるそこは、領土の広さに対して他の三方よりも、戦争の爪痕が色濃く残っており、また復興がそこまで行われていない。
復興に対する問題は、【人間界】と【魔界】の戦争――《異界大戦》による影響である。
リュシカ王国は、大陸の中央に位置する国であり、その上下は人間側の国で埋まっていた。つまり、リュシカ王国は北西から南西にかけての領土が戦場となった。
戦争開始初期にかけて“激戦地”と指定されていたその場所は、読んで字の如く、言わば戦の最前線だ。そしてその戦火により、元々その辺りに存在していた集落や都市が軒並み壊滅してしまうのは、仕方がなかったことだ。
とはいえ、戦争終結から三年が経ち、しかも王国領土内の戦争は更にその前から終わっていたのに、西方の領土が復興が余り進んでいないというのは、流石に無いのでないか、と思われるかもしれない。その原因は、《大戦》の戦火は王国西方だけでなく、王国中央にある首都や、王領ではない貴族の土地にまで影響を及ぼしてしまっていた事である。
リュシカ王国の貴族達は、その大半が見栄や矜恃等を高く持つ、良くも悪くも、所謂貴族主義の思想を持つ者で占めていた。《大戦》前から傾向が強かったのだが、《大戦》後、その勢いは増すことになったのである。
助長させた原因は皮肉なことに、激戦地を勝ち残り、生き残ってしまったからだ。
幾つかの国が亡びた激戦地。それをリュシカ王国はそれを見事耐えきり、国を存続させた。その中核を担った傭兵や、食糧等を調達するための軍資金、それがどこから出ているかなど気にも止めずに無関心な貴族達は、その都合のいい思考で、都合のいい結論を弾き出したのは、彼等にとっては当然のことだったのだろう。
要は、激戦地を勝ち残った我等は、亡びてしまったそんじょそこらの国とは違うのだ、という風な主張である。
実際は勝ち残ったのではなく、なんとか形だけは生き残ったにすぎず、また後半戦をしていたのは、貴族達の兵士達ではなく、その大半が国の借金で雇った傭兵達だ。聞く人が聞けば「は? 何言ってんのお前」とでも言われそうな考えだ。
そんな思考回路を頭の奥底に埋め込まれている彼等が、身の保心や、体裁を気にせずに己の領土の復興を先に手を掛ける事を遅らせてまで、一番被害が酷い西方の復興を支援する筈もなく。また、それにより王領も張り合わなければ貴族達にのまれてしまうので、それを防ぐために、王領の復興に力を入れなければならないという悪循環が引き起こされた結果、西方の領土の復興は、大幅に遅れて開始されたのであった。
話を戻そう。
王国の西方の領土、スィーダブル。
そこには“第八兵舎”と呼ばれる兵舎が、キロメートル単位の土地を使って、どんと一つの囲いでくくられ、スィーダブルの土地に建てられている。
第八、と番号が振られている事から分かるように、首都バスラノの王城の横やその東側等にも幾つか兵舎は存在するが、スィーダブルにある兵舎はこの第八兵舎だけである。
兵舎には王都直属の兵士が常に駐在しており、軍の寝泊まりの場所としての機能を果たしていると同時に、《第○兵舎》と付く場所は、宿泊施設と隣接して兵士が訓練を行うための広場が設置されているので、鍛練場としての役割も担っているのであるのだった。
――コツ、コツ、と。
第八兵舎内部、宿泊施設から鍛練場――広場へと繋がる石畳の通路を、一人の男性が音を立てて歩いていた。
茶色が所々に混じる黒髪。瞳の周りが少し充血して赤くなった黒目。顔立ちはまだ年若く、約十七、八、といったところ。
胸、肘、膝、局部だけを覆う軽装を身に付けて、剣やメイス等の幾つかの武器をぶらさげている。そしてそれらは微弱ながらも魔力を発しており、見る者が見れば、それは最低ランクの為ながらも、確かに全てが魔力を内包している『魔武器』だと分かっただろう。
ジャラ、ジャラ。
彼が一本歩く度に、正体不明の音が鳴る。
装備だけを見れば、彼が幾つかの武器を手に取り戦う戦士なのかもしれない、という事は、彼を見れば誰でも予想できる。だけども、かもしれない、と曖昧な表現を使う理由は、彼の腰にぶら下げているのが武器だけでなかったからだ。
ジャラ、ジャラ。
彼の腰には、腰に巻いた数本のベルトに、武器と一緒に吊されている、幾つもの袋。
厚地の布で作られたその袋は、布に通した紐を使って袋の口を絞っていて、彼が歩く度に鳴っていた、ジャラ、ジャラ、という硬い物がぶつかり合う音は、どうやらその中から響いていたようだ。
彼は途中で足を止め、誰かを見付けるように立ち止まった。そして進行方向を目線の先にいる金髪の男に変えて、再び歩き出した。
「おうい、フェアブレアー」
「――ああ、キヨトか」
少々気安い――見掛けた友達を呼んだような――声の後、返ってきたのは落ち着きをはらった、年若い青年の声が。
返事を返した人物を一言で表すならば、精悍な男性だ。
少し説明を加えるならば、金髪青眼、顎先か細く、また文句なしの美男子と言えるくらい、凛々しい顔立ちをしているという男性だ。
腰には一本の剣だけをさし、背中には肩幅ほどの長さを持つ細かな装飾が施された、輝く銀の鎧で包んだ彼の体は、鎧の上から見るだけでも鋭く、鍛えぬかれた肉体だたと分かる。
彼の名前はフェアブレア・ナッツィ・レッヒェエンド。リュシカ王国近衛師団、その頂点の座に付く人物である。
「何かあったの? こんな所で」
「……いや、特になんでもない」
余り興味がない事であり、なんとなく聞いただけだったのだろう。そっか、とキヨトと呼ばれた若者は、己の上司であるフェアブレアにあっさりとした返事を返す。そして「あーあ」と退屈そうな声と出しと、彼は両手を頭の後ろにやった。
事実、フェアブレアを含めた彼等は、退屈だった。
「あー、早く迷宮行きてーなー」
「――そう焦るな。もう少しの辛抱だ」
王領の兵士を半分以上動員した、王国軍の出撃準備が漸く終わった現在、彼等を含めた近衛師団達は、ここスィーダブルにある“第八兵舎”で出動待機中である。
進軍先は、十日前、首都バスラノの南方にあるトリューシャ平原に突如現れた、【迷宮】と名付けられた場所。
異様な扉が出現しているそこは、今の所、あの中からモンスターが沸き出してくる等というキヨトやカイト――二人の“異世界人”が危惧した様な事態は起こらずに、平穏を保っている。
「あいつ、はやく来ねえかなぁ……」
もう一度「迷宮に行きたい」とぼやいたキヨト。そんな彼の様子を見ながら、フェアブレアは前から気になっていた疑問を口に出した。
「気になってはいたのだが、お前等がアレを“めいきゅう”と呼ぶのは何でだ?というより、お前達はアレを知っていたのか?」
フェアブレアがいうアレとは、トリューシャ平原を占領し、奴隷競売の祭典を潰した――“異世界人”が【迷宮】と名付けたもののことだ。
そもそも、なぜアレが【迷宮】と呼ばれる事になったのかというと、それはキヨトとカイトの言動が原因になったからである。
アレが出現した後、リュシカ王国の学者達も首を捻るアレの存在を興奮しながら迷宮だ、ダンジョンだ、と騒ぎ、その会話を聞いた貴族達が、自分達より下だと思っている者達に知識が劣るなど当然甘受する訳がなかったので。
『あれは一体なんだというのだまったく……!!』
『――おやおや? おやおやおや? あれは“めいきゅう”というのですぞ? はっ、まさか貴方の様子……、もしかして、知らないのですかな? ぷほwぶほほほww』
『……いやいやいやいや、私は知っておりましたとも。あれは“めいきゅう”です。私が言っていたのは――』
と――実際はこの数十倍は厭らしい会話なのだが――この様な事が貴族達の間で伝染し、瞬く間にそれが貴族中に広まってしまう事態になり、なし崩しにアレが【迷宮】と呼ばれる様になってしまったのだ。
「え、迷宮は迷宮だろ。宝の山に、蔓延るモンスター、要はダンジョンだよダンジョン。それで知ってたていうか、なんというか、そういう物語がこっちには有っただけで、それと似ているからっていうだけだ」
とはいえ、カイトやキヨトにとって、現れた扉、モンスター、宝(この場合は『原石』)の三拍子が揃っている時点で連想するものなど、彼等が元の世界にいた時に読んだ小説やゲームに出てくる【迷宮】や【ダンジョン】以外に勝るものなどなく。結果として騒いでいただけであり、そう重要視するほどの事ではなかったのだった。
ふむ、と口に手を当てるフェアブレア。相対するキヨトを見るその視線は、どこか疑わしげだ。
「物語、というと、矢張りお前の住んでいた世界には【迷宮】なるものがあったのか? それを出来れば教えて欲しいのだが……」
「だーかーらー、物語は物語なんだよ。フィクション、空想。こっちにもあるじゃん、《ルヴィクェスの丘》だっけ? まあそれとか、えーと、あれ、あれだ、あの魔法使いの――」
「《イェンルダルティーアの魔法使い》、か?」
「そう、それそれ」
フェアブレアの言葉に頷き、首肯するキヨト。フェアブレアもキヨトの言葉に合点がいったのか、先程よりかは幾分納得の色が見えている。
《ルヴィクェスの丘》、《イェンルダルティーアの魔法使い》。
弧高の英雄のお話と、狂ってしまった伝説の魔法使いの話。
どちらもこの世界では有名な御伽噺だ。
この世界にもちゃんとした書籍の存在はあるのだが、フェアブレアは余りそちらには精通していなかったので、身近な例として、“異世界人”のキヨトですら知っている、ファンタジアの有名な話を持ち出した事が、どうやら功をそうした様だ。
だが、とフェアブレアは口を開く。
「それでもあれに関して、間違っている情報でもいいから、言って欲しい。それが例え作り話だとしても、だ」
誰も知らない情報を知っている、という事は、時には非常に重要な事態を防ぐ要因となる。その重要さをフェアブレアは理解しているから、どうしてもキヨトからそれを聞きたいのだ。
キヨトも納得がいった顔で、ふーむと顎に手をやり、何かを思い出す様に目を閉じた。
「……むぅ、まあそうだよな」
「うむ。ほら、言え」
「あー……はいはい、分かりました。つっても違うかもしんないからな」
「承知の上だ」
「――んじゃまあ、えーと、【迷宮】ってのは大抵は潜る程敵が強くなって、たまにボスキャラが出てくるとか、そんな感じ」
「他に特徴とかないのか?」
「あとはそうだな……」再びキヨトは考える仕草を取り「……場合によってはアイテムが落ちていたり、罠が仕掛けられていたりが定番だなぁ…………あ、あとモンスターハウスっていうのがゲームであって――、ああゲームつーのは――――」
「――――いた、いた。広場にいないと思ったら、こんな所で二人とも何やってんだよ」
キヨトがフェアブレアに迷宮について話していると、キヨトの低い声とは違う、一人の若者の声が二人に掛る。
「もうそろそろ移動するから広場にいて欲しいんだけど」
そう言って、声を出さずに苦笑する彼は、東洋人特有の顔を持っていた。
百七十と少しの身長、少しボサボサになっている黒髪に、光を発している、綺麗な黒目。足まで届いた黒ズボンを履き、繊細だが綺麗に見えるよう飾られた長袖の服を、皮で出来たジャケットを着込んでいる。手には、杖として使うには長過ぎて、また棍棒にして扱うには短い棒を持ち、腰にはちゃぷちゃぷと水筒の中身が、音を出しながら波を立てていた。
「――カイトか」
「? そうだけど、何?」
「いや、何でもないさ」
「そうか」
フェアブレアの言葉を簡単に返しつつ、カイトという黒髪の青年は近付いて来る。
二人を見る彼の表情には、少々疲れが見えていて、どこか負の雰囲気を纏っていた。とはいっても、息切れすら起こしてもいないのだが。
「おー、やっと終わったのか?」
「あともう少し。つうか清人、お前も協力させるっつっただろうが。覚えてろよ」
あーそうだったわな、とキヨトが呑気そうに言うのを聞いて、カイトと呼ばれた若者はため息を漏らす。まあ、いつもの事だとカイトは気を取り直し、くいと右手の親指だけ立てて、自身の後ろを指差した。
カイトの後ろは、ここ“第八兵舎”の鍛練場――即ち広場である。
「それじゃ、そろそろ。フェアブレアも、お前も、広場に行くぞ」
「うむ、そうだな」
「おーう」
二人が返事をし、カイトを含めた三人で、足並を揃えて歩き出す。
キヨトが一人で歩いていた時より、足音や衣擦れの音が増え、誰も口を開かなくとも静かには感じられない空気。だけれども、その空気を壊してまで、キヨトは一つ、どうしても言いたい事があった
彼は再び両手を頭の後ろにやり、“第八兵舎”の広場を視界に収めて、呆れに近い感情を含んだ声を出す。
「――しっかし、まあ、何人いるんだあれ?」
そう、彼の視界には鍛練をしている兵士の姿等ではなく、大小様々な隊列を組んだ、この国の兵士によって埋め尽されてた“第八兵舎”広場の光景だった。
スィーダブル“第八兵舎”。それは王国の中でも広場が一番広く、その大きさは王領の軍全部を入れてもまだ余裕がある程だ。
そんな広場に――大きさは違えども、四角い隊列を組む兵士達を見て思わず、すげぇなぁ、と感嘆の声を漏らすキヨトの横から、フェアブレアが答えた。
「――大体一万と六千程だな。その内の大体半分程が王領の兵士達で、あとは周りの貴族達からの派遣軍だ」
「へえ」キヨトが感心した声を出し、そのままフェアブレアに聞いた「確か王の軍って俺達合わせて……一万くらいだったけど、そんなに動かして大丈夫なのか?」
「まあ本当は五千程だったんだが、今回はあの馬鹿王子付きだからな」
「ああ、なるほど。納得」
馬鹿王子――正確に言えば、リュシカ王国が唯一の王子である第一王子。
その悪名はキヨトもカイトも重々知っており、何回かは彼が起こした騒動や我儘に巻き込まれて、煮え湯を飲んだ覚えがあるほどである。そんな彼の“迷宮に出陣する”という我儘は、どうやら無事――もしくは結局――可決されてしまったらしい。
本人は自信満々だが、これから行く【迷宮】には危険があるのは分かりきっている。彼は腐っていてもこの国唯一の王子。死なせる訳にもいかないので、予定より多く出兵しているのだ。
因みに、この七千の王領軍の内、五百程の兵士達は、王子が無理矢理連れてきた兵士である。
「にしても、貴族の軍の数、多くないか?」
納得がいったキヨトとは別に、カイトがぽつり、と呟いた。
全総数は一万六千、王領軍は七千なので、差し引けば単純に九千程がそれである。
しかし実際は計九千とはいえ、この【迷宮】に参加している貴族達の人数等を考えれば、そこまで非現実的な数ではない。
塵も積もれば山となる。イリーズ家、ダヴァラス家、ムルボゥエン家、ザルバダ家等の計十を越える男爵、子爵、伯爵達。そしてウェンディアンヌス公爵の騎士団千二百人に加え、バックトランダ公爵の八百。その全て自領の私兵、という訳ではなく、中には――恐らく恥など考慮の外だったのだろう、只の領民を出してる所まである始末だ。しかし、それでも全員合わせて七千程。残りの二千は彼等の中でも、一番多く私兵を出している人物の影響であるのだが――。
「――まあ、エスナスティンク侯爵がほぼ全軍を参加させているからな。七千に加えて、更に二千程が増えて、九千だ。王領軍よりも多くなる」
「? そりゃなんでまた」
キヨトが軽い調子でフェアブレアに聞く。
彼は理由を知らなければ、何事も納得しない性であった。
「――なんでも、本家の娘が死んだらしい。たしかウリネアール、と言ったか」
「あー、そういう話かー」
キヨトは思わず苦い顔をして、眉をひそめる。どうやらそのような話は、余り好きではないらしい。
と、キヨトを挟んでフェアブレアとは逆側を歩くカイトが、ふと気付いた。
「余り人の名前を覚えないフェアブレアが、覚えてるなんて珍しいな。――――まさか、意中の人だったのか?」
「まさか」カイトの質問に、フェアブレアは肩を疎めた。「そいつの護衛だったアズスルー、という奴の面識があるだけだ」
「へえ、アズスルー、ねぇ。どんな奴?」
カイトが続けて聞く。
己の上司が覚えている人物だ、気にならない訳がなかった。
「中々強かったぞ? 剣士の癖に【魔道】何てもの使うからな。だからこそ、そう死ぬとは思わないんだが……」
「フェアブレアあの時いなかったもんなー」
「うむ」
《イースリッション》は二日間に渡って開かれる奴隷競売だ。今回、初日がキヨトとカイトと他の副隊長の計四人が出張り、二日目にフェアブレアと副隊長四人が出るという計画だったのだが、今となってはどうでもいい話である。
「――じゃあそのアズスルーって奴と、フェアブレアや俺とどっちが強かったんだ?」
「あ、オレも気になるわそれ」
はいはーいと、キヨトが挙手をしながら言う。正直カイトにとって挙げられた右手は邪魔である。
フェアブレアは暫し思考して、やがて結論が出たのか、口を開いた。
「――まあ、奴の纏う風には苦労させられたが、私の方が上だったな。カイトとキヨトは……そうだな、純粋な勝負だったらアズスルーに負けるが、何でもありならばそこそこ勝率が高いんじゃないか?」
「へえ、スキル使っても絶対に勝てるわけじゃないのか」
「本当にかー?」
カイトは感心した様に、キヨトは疑わし気な声を出す。
この二人の反応は、カイトが余り戦闘向きではない能力からくる警戒の差であり、またキヨトは、強力な能力を得た自信からくる油断であった。まあ、キヨトも余り戦闘向き、とは言えない様な能力なのだが。
「というかカイト」
「?」
「貴様、あいつを見たことある筈だぞ」
「え、何それマジ?」
「ああ、前回の大会の時に――」
「ん? ああー!! もしかしてアイツの――――」
「あのー、オレわからないんだけどー……」
「――あ、あれって」
フェアブレアとカイトの会話が盛り上がる中、一人話に置いていかれていたキヨト。
彼は兵士達が集まっている広場の中である人物を見て、思わず声を漏らした。
「――となってな、ん? どうした」
「へえー……。あ、あの二人、確か会場にいたような……」
彼等の視線の先には、二人の男女。
赤が混じった橙色の髪。見るもの全てを威嚇しているような鋭い目つきをした朱色の瞳。所々がボロボロになってはいるが、艶のある紅い色のローブを羽織っている。
少々距離が離れているキヨトから見ても、女らしさを強調する体のラインを持った美女。
もう一人は、丸眼鏡をした男性だ。
白が混じった淡黒の頭髪に、片手に白く細長い棒を杖代わりに使っていた。着ている服は、黒いスーツに白いシャツ。橙色が目立つ女性に寄り添われている細身の体は、更に肉がなくなっているようにも見えたが、その目にはちゃんと光が灯っている。
だが、以前と違う点が一つ。それは――――。
「海斗。あの人、右腕って無かったっけ?」
「いや、あった様な気がするけど」
――腕が、無い。
黒いスーツを来た男性の右腕の袖が、そこに何も無い事を示すように風でためき、宙で揺れている。
顔色は悪くはなさそうだが、その目の下には軽い隈が出来ており、どこか心が不安定そうだ。
カイトは、彼等を思い出す。
そういえば、自身の能力で運んでいる時に見掛けた彼等は、皺一つ無い綺麗な服装ではなく、所々が破れ、赤色で染まっていた筈だ。余り詳しくも見ていなかったし、隣にぴったりとくっついていた女性の方の服装が赤色を基調としていたから気付かなかったが、男性の服が赤色で染まっていたのは恐らく、彼の――。
「――――喰われたか」
フェアブレアの、ただの事実を断言しただけの言葉に、彼等は心に重い物が落ちたような気がした。
余りにも薄い、日常と非日常を隔てる壁。生死が引かれた境界線上に立たされている彼等にとって、その現実はいかなるものか。
その現実を、見せられた様な気がして。
と、三人の視線に気が付いたのか、ぴったりと男性の側に付いていた女性が此方を向き、近付いて来た。そのまま彼女は彼等の前で止まり、言う。
「近衛師団ね」
「――そうだが」
「……何か用か?」
「……おいキヨト。ここは黙っとけ」
威圧するように確認してきた彼女に対し、フェアブレアは淡々と肯定し、少々腹がたったキヨトが一歩前に踏み出すのをカイトが肩を掴んで止める。
ふん、と橙色の美女――ベルディックがつまらなそうに鼻を鳴らし、先程より強い気迫を持ってフェアブレアを睨む。
その艶やかな唇から紡がれた声は、はっきりとした暗く、しかし燃えるような熱さを持った感情が込められていた。
「要件は一つ、あの蛇には手を出さないで」
「あの蛇、とは?」
「――言わなくても分かるでしょう?あのデカいクソ蛇よ」
蛇。
十日前に開催された《イースリッション》を破壊した、蛇。異世界人の二人はボスだなんだと言っており、倒せば稀少な物を落とす確率が高いとされているあの蛇竜。
「了解した。但し、その後の処理や戦利品等は、こちらが貰おう」
「構わないわ。まあ、回収出来る物があればだけど」
ベルディックの目に宿っているのは、復讐を糧に燃える、蒼い炎。愛する者の片腕を奪った存在を、彼女は放置する筈などなかった。
「あいつは――――」
彼女は断言し、宣言する。
憎悪の矛先を向けた、あの蛇竜へと。
「――あいつは、私が殺すわ」
シュカ王国南方、トリューシャ平原。
モンスター等が生息しておらず、人に対して基本的に無害な小鳥が鳴き、前までは、見渡しても《イースリッション》会場以外何もなかったその土地は、今や別の土地かと思われる程に、その姿を変えていた。
まず一目見て分かる事は、そこら一面に生えていた、野草の大部分が無くなり、その下にある茶色の地面を覗かせている事だ。辺り周辺はよく見れば地面は所々が黒くなっており、人の手で直接、ではなく、何かによって焼き払われていて、焦臭い香りが広がっている。
次に目立つのは――というより此方の方が目を引きそうだが――平原に聳え立つ、巨大な門だ。
それは岩の様な材質で構成されており、驚く程に白く、太陽の日射しを雪のように反射して、その白さ殊更に強調している。一見壁とも間違えられそうな門には不可思議な紋様が細やかに刻まれており、どことなく神聖な雰囲気を纏っている印象を受ける。高さは二十メートルを軽く越え、三十メートルに届くかどうかといった所。更には門を中心とした周りは、そこそこの範囲が土の大地から石で出来た者へと変わっており、前までのトリューシャ平原を知る人が見れば、現実よりも己の目を疑う光景だろう。
巨人が隊列を組んで潜れる程の門、だが一番異様な所は、その大きさでもなければ、技巧が散りばめられた装飾でもない。
一番異様なのは――その門の内側である。
幅数メートルはある重厚な門は両開きになっており、その中を外部に曝け出している。しかし、トリューシャ平原に現れている門の後方には何もなく、ただの大地が広がっているだけ。となれば当然、開かれている門の中を覗いてみれば、見えるのはそれな訳なのだが――しかし現実は、それを容易く覆す。
門の内側は、まるで暗幕でも降ろしているかのような、漆黒の幕、いや膜が張られていたのだ。
門の白とは正反対である、淀むことなどない完全な黒。
太陽の光を浴びても一向に晴れる様子を見せず、またそんな闇で覆われた門の向こう側など見える筈もない。
そんな巨大な門――【迷宮】の入口は、今もその口を開いて、その中を潜ろうとする侵入者を待っていた。
「――あともうちょっと~、っと」
そんな十日程で変貌を遂げたそこに、一人の男の姿が見えた。
男はガリガリと鼻唄交りにそこらで拾った樹の棒を使い、焦げた地面の上に線を引いている。ガリガリ、ガリガリ、と歩きながら、その後に樹の枝を連れさせて、焦茶色の大地に線を引いていく。
大体数百メートルぐらいだろうか、前から歩いていた分を足せば、キロに届くのではないかという距離を歩いた所で、彼は足を止めた。
「――ここら辺かな」
彼はそう呟き、今度はその内側に線を引き始める。その軌道は先程までの直線ではなく、曲線や円等の図形を組み合わせた紋様を描いていき、やがて途中まで書いてあったそれに線同士を繋ぎ会わせる。
今のトリューシャ平原を俯瞰する事ができたら、巨大な門の前方に、非常に大きな長方形の形をした、所謂“魔法陣”の様な地上絵が観察出来る筈だろう。
それを書いた張本人である彼が、ふう、と一息ついていると、後方から声が掛る。
「終わったかー!?」
退屈が混ざった声である。
こちらの苦労も知らないで、と彼は先程吐いた息とは違う息――ため息とも言う――を吐き、まだ終わっていないと返事を返す為に顔を起こして、体の向きを変えた。
今、トリューシャ平原に来ている人物は、彼を合わせて二人だけなので、声を掛けた人物など振り向いて確認するまでもないのだが、特に振り向かない理由もない。なのでなんとはなしに振り向き、彼はその人物を視界に入れた。
「――清人ー! お前、そろそろ準備しとけよー!!」
「あいよー、りょうかーい!」
キヨト・カラスマ――烏丸清人。
リュシカ王国近衛師団に四人いる副隊長、その内の一人であり、“異世界人”である彼は、先程のスィーダブルの“第八兵舎”からカイトと共にここ、トリューシャ平原にやって来ていたのだった。
王国の西方にあるスィーダブル“第八兵舎”と、彼等二人がいる王国南方のトリューシャ平原には、馬を全力で走らせても最短で三時間は掛る距離。二人の近くには馬の姿はないので、徒歩で来たという事になる。が、しかし太陽は、彼等がフェアブレアと会話していた頃から殆ど動いてはいない。更には汗一つ掻いていないキヨトとカイトは、走った後には到底見えず、まるで殆ど体を動かさないでここに来た様に思われる。
否、思われるのではなく、彼等は――――。
「はい終了ー!! やるぞ、手伝え清人!!」
「あい、よぉ!!」
全ての線を繋ぎ終えたカイトが、キヨトに叫んだ。
キヨトもそれに大声で返し、カイトに近付き、彼に向けて手を翳した。
長方形の魔法陣の大きさは、“第八兵舎”とほぼ同じ。
カイトの体にが能力を発動させる感覚が巡ると同時、己の書いた陣が白い光を放つ。
自身の魔力の大半を奪われそうな感覚を得るが、カイトは迷わず、自身の【スキル】を行使した。
「――【転移術】、起動」
「――【魔力介入】発動、『対象:海原海斗【転移術】』」
光の、奔流――――。
――【スキル】とは、実はこの世界の中には存在しない、異世界から加えられた一つの法則だ。
それは“異世界人”だけにとり、明確な線引きをされている。
一言で言うならそれは、【スキル】の枠が【魔道】に、いや【魔道】の項目が【スキル】に変わっているのである。後者の『魔道』の下にある【】の欄には【○○魔道】という風に項目が記載される仕組みとなっていて、実力や才能がある人だと、複数の【魔道】を持っている者も存在しているのだが、“異世界人”が【魔道】を持つ事、選ばれる事は決してない。
だが、極稀にその逆を可能とする者はいるのだが――――話を戻す。
【スキル】の存在は【魔道】とは別ベクトルの力を持っている事が多い。
それはハルアキ達の様な“異世界人”が持っている魔力が、指向性を持ってない無色の魔力が原因だと思われているからである。
これは例えばだが、ハルアキのスキルである【迷宮創造】は一般の【魔道】に対して比べてみると、どれだけハルアキの【スキル】が異常だという事が分かるだろうか。
【魔道】とは、“火”“水”“風”“土”に新たな“属性”を加える事が大前提の、基本魔術の上の段階だ。つまり、『身体強化』を除いたこの世界の魔術は“属性”というものが必要不可欠なものであり、その大前提は、例え大陸で有名な《宗教》に禁忌認定されている【魔道】も同じである程、確固たるものである。
対して、【迷宮創造】はその大前提の前に、“属性”と言えるものが無い。なのに【魔道】の魔術並、もしくはそれ以上のものを行使出来るというのだから、やはり能力のベクトルが違う事が分かるだろう。
「――――来いッッッ!!」
だから、“異世界人”のキヨトとカイトは、この世界の魔術では未だ確認されていない『転移』の異能を、行使出来るのである。
―――――光の奔流が、止まる。
「――はぁっ、はぁっ」
「…………ふぅー」
キヨトとカイト、二人の額には汗が浮かび、肩を上下に揺らす。――その顔には疲労の色が少し見えた。
服に土が付くのも構わず、二人共その場にどさり、と尻餅をついて、体の力を抜く。疲れたー、と酸素を肺に取り込むために開いた口から漏れる文句。そんな二人に、一人の人物の影がさした。
「――――キヨト、カイトご苦労だ」
「ま、まったく、だ。はぁー、さ、すがに、いち、ど、……っ……ふぅー、は、キツいものが、はぁー、ふぅー……、あるぜ」
「本当に、だよ、魔力を補助する、はっ、身にも、な、なれって、ふぅっ、いうんだ」
彼等二人の前に立っているのは、一人の男。先程スィーダブルの“第八兵舎”で、別れた男。
先程までいなかった彼が、此処に、トリューシャ平原にいるという事。
それは、つまり。
「――――さあ、始めようか」
リュシカ王国近衛師団隊長、フェアブレア・ナッツィ・レッヒェエンドはカイト達を背にして振り返り、その視界に収まらない程の――個々に整列した、一万六千三百六十八名からなる軍を見渡し、そして顔を見られないように天を見上げて、表情を変えた。
それは宛ら、欲情仕切った雄の様な。
そんな、深い快感を前にした、獣の様に。
◇■◇■◇――――――――――――――◇■◇■◇
「なあ、さっき耳に挟んだんだけどさ」
「おう、何だ?」
トリューシャ平原の巨大門を傍目に、二人はその辺に落ちていた、丁度いい程度の大きさに腰掛けて息を休めていた。
斥候が帰ってくるまでは、一万以上の兵士達が待機しているのと同じく、今は彼等も待機中なのである。
既に二人共魔力が全快とは言えないものの、息は整っており、汗もひいている。そんなキヨトとカイトは特にする事もないので、益体も無いい雑談中だ。
「――いや」キヨトは多少口籠もり小声で言う。「何か、“俺、この戦いが終わったら結婚を申し込むんだ”って真顔で言ってた奴がいてさ……いやもう、ね。噴き出さなかったオレ、凄くない?」
「……え? え、ちょ、それ、本当に?」
「間違いなく」
「…………ぷ、ぶふーッ!! マジかよ!! 本当にフラグ立てる奴ってマジにいるんだなっ。ひー、お前より長くこっちに居るけど、そんな死亡フラグの代表ともいえるセリフ初めて聞いたぜ!」
「あ、そうなの? てっきり珍しくないのかと思っちゃったよ」
カイトの思わぬ返答に、キヨトは意外そうに目を丸くした。
キヨトとカイトは、同じ日日に召喚された、所謂同期の“異世界人”ではない。
今や各国に数人はいる程の人数が召喚された彼等は、当然その時期はかなりバラバラになっている。これは《大戦》な終わった後も、自国の戦力の強化と、他国にいる異世界人達等の脅威に対抗するために起きた、今現在も続いているイタチごっこの結果であった。
異世界人が来た時期を大きく分けると〈前期〉と〈後期〉の二つ。
〈前期〉とは、三年前に終結した《大戦》中に召喚された者達で、〈後期〉がその終結後に召喚された者達のことだ。
リュシカ王国にいる二人は共に〈後期〉に入るが、カイトが約一年前、キヨトが半年程前に召喚されており、カイトの方が半年といえども先輩なのである。
故にキヨトは、そんなカイトが今のような「俺に任せて先に行け!」やら「また、また俺は守れなかった……!」だののベタな台詞を聞いた事がないのを意外に思ったが、よく考えてみれば、自分も半年暮らしていて初めて聞いたものだと気付き、まあそんなものかと一人納得する。
ひーひー言いながら腹を抱えているカイトが、にやり、と口の端を吊り上げて、意地の悪い表情に変わった。
――何か、悪い事を考えたな。
キヨトは内心苦笑しながら、カイトの言葉を待つ。
そういう悪巧みは、キヨトは嫌いでは無いのである。
「――そいつ、死ぬかどうか賭けようぜ」
「……そいつって、さっきオレが言った、死亡フラグ建てた奴?」
「ああ、お互い手ェ出すのは無しで、後から聞けば大体分かるだろ」
「おお、海斗は本当に酷い奴だな。でもオレは死ぬ方に今月の給料賭けるぜ!」
「はっはー、お前もノリノリじゃねえか! てか死ぬ方に賭けんな、賭けになんなえ」
「じゃあ二人共に彼は死ぬ、と」
「外れたらフェアブレアにでも貢ぐか?」
「それは勿体無いから二人で奴隷でも買って遊ぼうぜ」
「あー、でも娼婦とかでもよくねェ? 高級なのをパーッて使ってさ」
「あーでもなぁ……」
「……そうだなぁ」
二人はふう、と息を吐いて、明後日の方を見る。その目には多少の憂いの感情の色が混じっていた。
「――歌姫ちゃんなあ……」
「いやそこは巫女姫様だろうに」
キヨトの言葉に、カイトが直ぐ様反応した。
二人の目が合う、気の所為か、火花が散っているようだ。
「いいじゃねぇかよ、歌姫。闇の巫女ちゃんの黒髪も良いけど金髪最高だよ金髪」
「ほほう、巫女姫様の美しさが分からないようだな。少しばかりやってやろうじゃないか清人君」
「うわ、何か口調変わってるよ。キモイヨー」
「テメェ――――」
―――――カーン。カーン。カーン。カーン。
カイトが腕を捲って立ち上がろる寸前、待機している軍の中から、鐘の音が鳴り響く。
その音は四回ずつ鳴らした後に間を置いて、再び四回鳴らすのを繰り返し、兵士達に準備せよ、という支持を伝えた。
「――どうやら先行組が戻ってきたっぽいな」
「ちょ、殴んな海斗。ほら、そろそろ行か、いてっ、ないと」
「当たり前だ。フェアブレアを怒らしたら後が恐い」
「違いないね、っと」
二人共に既に息は整ってはいるが、魔力は未だそこまで回復はしておらず、両者残る魔力はあと六割程、といった所だ。とはいえ、一晩十分に休めばその殆どが回復するし、また食糧は先程の一万六千人の呼び出しの際に、一緒に召喚しているので、もしカイトの魔力が底を着いても問題はないのである。
岩から降りて、キヨトとカイトは軍の方へと歩んでいく。
その途中、キヨトは迷宮の入口とされる門を眺めて、ポツリと漏らした。
「――単輪駆動車あったら楽そうなのになあ」
「ものらいど?」
「あれ、知らない? 一輪車だよ一輪車」
「ああ、一輪車ね。わかったわかった。あんなガキが遊ぶようなあれの何が便利なんだ?」
「え、オレある乗るのにかなり時間かかったんだけど。すごいな海斗」
「? そうかぁ?」
「そうだと思うけど……。あ、フェアブレアー! こっちこっちー!」
空気が静まっている。
それは決して沈静されたようなものではなく、押さえつけられた獣が開放される様な、ぴりぴりとした静けさだ。
「――――皆、此処に集った兵士達よ!!」
静寂を裂いたのは、一人の男の咆哮にも似た宣誓だ。
準備は終わった。
フェアブレアは、右手に持つ剣を天に翳し、次に【迷宮】の入口である門を指して、言う。
「いざ行かん!! 我等の正義は、此処にあり!!!」
――――ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
――間を置かずに、怒号が響く。
隊列を組んだ暴力が、剣を持ち、槍を持ち、斧を持ち、盾を持ち、杖を持ち。
進め。進め。進め。
鎧を着、ローブを羽織り、馬に乗り。
前進する。進軍する。行軍する。
それは、正しく【迷宮】を相手にした“探索”ではなく、“侵略”だ。
彼等は進む。
そして一歩。
「進、めェエエエーーーーーーッッッ!!!」
そして隊列を組んだ先頭が、門を、潜った。
潜って、しまった。
《パーティ【リュシカ王国軍迷宮探索隊】のパーティメンバーが規定人数の上限を越えました。特定条件を満たしたことによりユニークモンスター〈向こう見ずな猪〉が発生します。使用コストは0です》
彼等は気付かない。
「漆黒の闇等恐れるな!! それはすぐに終わる!! す、すめェエエエエエエーーーーッッ!!!」
先程の彼とは違う、軍隊長の一人が叫ぶ。
それに呼応するように、咆号が挙がった。
進軍は、止まらない。
《パーティ【リュシカ王国軍迷宮探索隊】のパーティメンバーが規定人数の上限を50名以上越えました。特定条件を満たしたことにより“亜人型”モンスター〈子鬼〉〈ミディアル・ゴブリン〉……以下七種類のモンスター及び、ユニークモンスター〈洗練された子鬼達〉〈巣無し蜂〉が発生します。使用コストは0です》
「第六軍から十軍まで、行軍開始ッ!!」
《パーティ【リュシカ王国軍迷宮探索隊】のパーティメンバーが規定人数の上限を200名以上越えました。特定条件を満たしたことにより“魔獣型”モンスター〈忍び足の猫〉〈レッドキャップ〉、“亜人型”モンスター〈巨鬼〉、“鳥獣型”モンスター〈ウィングバード〉、“液状生物型”モンスター〈強酸水〉……以下十二種類のモンスター及びオンリートラップ〈奈落箱〉が発生します。使用コストは0です》
彼等は気付かない。
自分達が、【迷宮】に対して何をしているのか、分かっていない。
分かって、いない。
《パーティ【リュシカ王国軍迷宮探索隊】のパーティメンバーが規定人数の上限を800名以上越えました。特定条件を満たしたことにより“魔獣型”モンスター〈虎角〉〈エイビルエイプ〉―――》
異世界人は、思い付かなかった。
“何故”迷宮には、一度に組めるパーティの人数が決まっていたのかを。
遊ぶ事に夢中になって、目の前の事に捕われて、その真意を考えはしなかった。
《――――“亜人型”モンスター〈ハイ・ゴブリン〉――以下三種類のモンスターが発生し、『条件:“魔獣型”“亜人型”の総種類が一定値を越える』を満たしたことにより“獣人型”モンスター〈ケンタウロス〉が追加され、及びユニークモンスター〈気狂い狡兎〉〈鋼鉄劉隆〉が発生――》
迷宮とは、探索をするものである。
侵略、略奪、戦争、そのどれもが当て嵌らずに、しかしそのどれもの要素が、迷宮には備わっている。
しかし、迷宮に対しては、戦争する、とは言わない、略奪するとも言わない、侵略するとも言わない。
迷宮に対して望む言葉は、挑戦であり、探索なのだ。
故に、それを破った者には、罰を。
探索せずに、侵略し、略奪しようとする者には、罰を。
《――――索隊】のパーティメンバーが規定人数の上限を12800名以上越えました。特定条件を満たしたことにより“魔獣型”〈ハイ・オーク〉……計十一の種類及び、ユニークモンスター〈豚皇帝〉が発生します。使用コストは0です》
目には目を、歯には歯を――――では軍には?
その答えは、【迷宮】だけが知っている。
《侵入者と一定数に達したモンスター個体数の差が五倍以上により、救急コマンド【楽園の謳香】を使用しますか――残り9秒[Yes/No]?
この選択は選ばない場合、[Yes]と見なされます》
蹂躙が始まる。
《――『特定条件:軍場の匂い』を満たしたことにより、『【戦に飢えるモノ達】:〈肉を裂く者〉、〈ミノタウロス〉』を召喚します。使用コストは0です》
蹂躙が、始まる。