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序章_04

 スキル【迷宮創造】。

 それは何も《迷宮》だけを作れるだけではない。

 例えば中で篭る為の住居、そこで食べる為の食糧等の生活面に対する作成が可能なのだ。

 【迷宮創造】の能力を分けるとするならば、主に三つ。


 一つ目は『迷宮機能』。

 その名の通り、迷宮製作に関わる能力だ。

 罠製作、モンスター生成、階層の追加や迷宮内における――扉や置物等の――オブジェクトの設置等が主な機能である。

 これらの機能は全て、P(ポイント)を消費して使用する事が可能で、ポイントさえあれば、モンスター数の調整や罠の設置等を半自動的に迷宮内部の調整をやってくれる。


 二つ目は『生活機能』。

 此方はハルアキ等の人間が、迷宮内で暮らすために使われる機能である。

 建物製作、内装製作、パンや果実を実らす木等の食糧や飲み水生成等が主流である。

 但しこれはハルアキが【迷宮創造】で制作した階層の中で一階層分だけしか選択出来ない【住居層】と設定した階層でなければ使えない。

 そして『迷宮機能』と同じく、ポイントを消費する事により、使用する事が可能だ。


 因みに此方は何を作るかを選択可能で、待機時間等はどれも短い。しかも、木々等を生やす場所は自動的に決まるので、コマンドを使う必要は無い。


 最後は『特殊機能』。

 これは上の二つに属さない、いわばゲームの隠し要素の様なものだ。ハルアキの“前の”スキルと違う点は主にこれであった。

 製作に関するコマンドや、『ユニークモンスター』なる存在等、総じてポイントを消費しないのが特徴だろうか。


 そして今、【迷宮創造】の二番目の機能、『生活機能で』作られた一つの部屋に、彼等はいた。

 部屋は質素だが、しかしどこか高級な雰囲気が溢れており、天井からの光に照らされている。中央には上質な木材で作られたテーブル。五つの肘掛け椅子がその周りに置かれ、部屋の中にいる人影は全部で三つ。


「――――と、まあそういう事だ」


 その人影を構成する一人、ハルアキは自分が用意した椅子に座り、テーブルを挟んで向かい側に座る少女――エルティオネに対しての説明を終える。


 今の時刻は、ハルアキが己のスキル【迷宮創造】を発動させて数時間程が経った所である。疾うに《イースリッション》会場で起きた戦闘は終わり、今現在ハルアキが創り出した《迷宮》に侵入者は一人もいない。ましてやハルアキ達が今いる場所は、リュシカ王国の南方にある平原に創られた、現《迷宮》の最奥部――地下十一階層目。余程の事が無い限りは安全と言っていい場所であるのだった。



 舞台裏での邂逅の後、エルティオネとフィオーナの姉妹を加え、ハルアキとジゼルが起こした行動は、商品として扱われる予定だった奴隷達の解放だ。ハルアキ達が舞台に上がった頃には既に〈蛇竜蜥蜴ゲルアトゥル〉との戦闘は終結していたので商品達の解放は殆ど問題なく終える事が出来たのは、僥倖と言っていいだろう。

 解放された彼等は今、ハルアキの【迷宮創造】で創った屋敷の中で各々の時間を過ごしている。


 そしてとりあえずは一連のごたごたを終え、場が落ち着いたのを見計らって、ハルアキは自身の説明をエルティオネに話したのだ。


「…………」


 エルティオネは片手を口元にやり、考える仕草をとる。


「……………ふうん。ていうことは、あの獣達も、あの巨大な蛇も――ハルアキ、だっけ? あなたが創り出したって事でいいのね?」

「ん、んー……。まあそう思って貰って構わない」


 エルティオネはしどろもどろにハルアキに疑問、というよりは確認に近い質問をする。

 ――どうやら未だ信じられない様だ。それを目の前にいる少女から察し、ハルアキは思わず苦笑した。当然と言えば当然だろう。何せたかが一人の人間が、大規模な地形の変動やら生命創造やらが出来るという無茶苦茶な能力なのだから。


 彼女、エルティオネが聞いているのは、先程の獣達の事だ。

 獅子の鬣を持ち、尻尾が三本ある魔獣(ライオハルト)や豹と虎を足して二で割った様な赤毛の魔獣(ブラッドパンサー)、彼等は大体8000pから12000pの間で生成される獣型モンスターだ。『モンスター生成場』で産まれたモンスターは、総じて自己は持つものの、ハルアキの言う事を聞いてくれるので、間違いではないのだが、ハルアキが言い淀んだのは蛇の方。

 ユニークモンスター〈蛇竜蜥蜴ゲルアトゥル〉。一応は解放した奴隷達を説得する際に、ハルアキの言う事を聞いてくれたので、恐らくは問題はない筈である。


 エルティオネはもう一度、ふうん、と相槌して、席を立つ。


「とりあえず礼は言っておくわ。ハルアキ、ありがとう」

「…………別に俺が巻き込んだからそう言われてもな」

「そう、まあ確かにね。あ、あと今聞いた事は口外はしないから安心して。ハルアキの目的も聞けたし最低限の協力はするわ」

「ん、あ、おお。此方こそありがとう?」

「なんで疑問系なの」


 顔を崩して礼を言うハルアキに、エルティオネはくすくすと笑う。

 それを見てどことなく煮えきらない感情がハルアキに芽生えるも、しかしそれを口に出す事はない。


「ていうかエルティオネも疲れただろうに、さっさと寝なさい」

「うん、もうそうする」


 ふわぁとエルティオネは欠伸を掻いて、てくてくと出口に向かう。

 そして部屋の扉を閉める際に、もう一度ハルアキの方を向いて、口を開いた。


「ああ、それと……………私の姉に気を付けてね」

「……なんでだ?」

「…………まあ、恋人の仇ってとこかしらね」


 は? と思わず漏らしたハルアキにエルティオネは、それじゃ、とだけ言って扉を完全に閉めて去って行く。

 足音が段々離れて行っているので、扉の外で聞耳立てている、という事はまず無いだろう。まあ、する意味が分からないが。


(…………強い子だな)


 聞けば齢十四歳、あの少女は達観し過ぎているような気がする。少なくとも自分があの年で逆の立場だったりしていたら、訳が分からないと叫んでだろうに、とハルアキは思う。

 突然奴隷から解放されて、しかし親元へは返す事が出来ないというこの状況で、よくまあ彼処まで冷静でいられるものだ。それが、例え表面上だけでも、である。


 何故、彼女を地上に帰す事が出来ないのか。

 理由は単純明快、ハルアキの存在がばれないようにする為である。

 ハルアキは弱い。それは自分でも自覚出来る程だ。頼みの綱である『罠作製(トラップ)』だって使える範囲は迷宮の中だけ。自分の創造した迷宮(テリトリー)から出れば、ハルアキはそこから唯の一般人に戻ってしまう。ハルアキの目的を叶える為には、恐らくは何度か迷宮から外にでなければいけない。故に特徴等を知られ、ハルアキが迷宮を出た所を狙われるという状況は、絶対に避けたい事柄なのだ。――――少なくとも、今はまだ。

 勿論、ハルアキも聞かれたから答える、という御人好しでは決して無い。エルティオネに話した事は【迷宮創造】でモンスターが作れるのと、家等が作れる程度。ポイントの事等は一切話していない。


 更に説明する前に“【住居層】から出れなくなるがそれでもいいか”という承諾をとったが、すぐに返答が来て驚いた程だ。

 まあ万が一彼女が此所から出ようとしても、一応今いる此処は地下十一階、ハルアキの手助け無しに地上に上がるのは不可能とは言わないが、かなり難しいだろう。


 急な展開に付いて行けてないのは、もしかしたら自分かもしれないなあ、と益体の無い事を考えながら、ふぅ、とハルアキは息をついて、次に自分の横にいる存在に目を向ける事にした。

 視線の先は、一人の子供。


「――ジゼルくんもそれでいい?」

「――勿論です主様」

「……その呼び方は止めて欲しいんだけど…………」

「無理ですね」

「…………」


 一刀両断、ばっさりである。

 満面の笑みで答えるジゼルの表情を見て、ハルアキは、はぁ、とため息をついた。


 一度肩辺りまでに切り揃えた髪を、後ろの方で一つに束ねている深い灰色の髪の毛。先程の服とは似ている様で違う、膝下まで届いた黒を基調としたフリルが付いたゴスロリドレス、自分で開けたのか、狼の様な尻尾がドレスから覗かせていた。腕には白い手袋、腰の左右に二本の剣をぶら下げて、椅子に座っているハルアキの横に、まるで護衛の様に立っている。


 言わずもがな。“元”商品番号三番、ジゼル・ライツァウィルトである。

 何故こんな事になっているのだろう、とハルアキは回想したが、特に回想する程の経歴がなくて、やっぱりもう一度ため息を吐いた。


 そもそもの原因はアズスルーを倒した後、ハルアキの横にくっついていたジゼルが何度か躊躇う様に口を開こうとしているのを見て、それにハルアキが何でしょうと聞いた事である。

 それでジゼルが決心したのかハルアキに向かって礼をし、こう言ったのだ。


「――ぼくをしもべにして下さい!」


 覚悟を決めていた声であった。

 たっぷり十秒程放心した後、当然ハルアキは別に取って食いはしないと力説したのだが、ジゼルは頑なにそれは違うと否定して、結局ハルアキが折れる形となり今に至る。

 その時から「あの」だの「その」だのハルアキを呼ぶ際にまごついていた言葉が迷わず「主様」に変わり、あれ、最初から詰んでたんじゃないかこれ、と再びハルアキは放心したのだが、これは余談である。


「……と、いうよりジゼルくん」

「ジゼル、です。主様」

「…………ジゼル、何で君ドレス何か着てるのさ」

「――似合ってないですか?」

「いや似合ってるけどさ……」


 何で女装してんのさ、ハルアキはなんとなくそれを聞いてはいけない様な気がして口を閉じた。取り返しがつかなくなるよ、と心が訴えてくるのだ、無下には出来ない。

 ふぅー、と顔を腕で拭うハルアキを見て、不思議そうに首をこてんと傾げる男の娘、即ちジゼル。その仕草に思わず可愛いと思ってしまい、次いで何それこわい、そして恐ろしい子……! と冷や汗を掻いた。


 服は汚れ一つなく、殆ど新品と言って差し支えが無い程だ。これについては奴隷会場だった準備室にずらりと並べられた服が有ったからである。恐らくは商品を着飾る用の類だったのだろう、幾つか露出とかの意味でヤバいのが数点見付かった。それらを除いた服達は、今現在子供達等が着用中である。まあいざとなれば【迷宮創造】の生活機能から作れる話なのだが。


 くあぁ、と欠伸を噛み殺し、それに合わせて尻尾がぴーんと張っている。そんな女装が異性よりも似合うジゼルを見て、ふと先程の会話が頭を過ぎる。


『しっかし君……ジゼルくん、だよね。女の子だったのかー、かわいいなー』

『え? 残念ですが違いますよ』

『え?』


 何が残念なのかは聞かなかった。理由は同上である。

 まあ趣味なんじゃないかな、と結論を出して、ハルアキは椅子から立ち上がった。


「お出掛けですか?」

「違います。もう俺は寝るからジゼル、君も疲れたでしょう。はよ寝なさい」

「ならぼくが部屋までお供しますっ」

「いやいらない」

「お供します」


 ちょっと身を乗り出してジゼルは言う。

 それに何処か犬の散歩に行く時の急かす様な面影を見て、耳と尻尾ってそういうことかぁ、とハルアキは一人納得した。


「いいから寝ろ」

「お供し」

「よしわかった俺がお前の部屋までついてってやろう」

「…………」


 上から目線なのは決して主だからではなく年上だからと、一人ごちてハルアキは自分達がいる部屋から出る。


 【迷宮創造】で建てた屋敷は所謂木で洋風のもの、なので廊下も洋風である。等間隔に置かれたランプは魔法の光が灯されており、それは燃料の供給が尽きるまで消える事はない。


 ここでいう“燃料”とは、【迷宮創造】のポイントの事である。

 例えば今この廊下を照らしているランプ『魔術洋灯』。

 例えば生活機能で作成した水を好きなだけ出せる『無限の沸き水』。

 これらの建物に関する光や、風呂を用意する為の水等は当然無料ではないのだ。

 主に生活機能で作成したものに使われるこのポイントを『パフォーマンスコスト』と呼ぶ。しかし一聞かなりのコストが掛るのではないかと思われるその実体は、一日に数ポイント程。正に微々たるものである。


 「あ、待って下さいっ」


 とたとたとた、と軽く走ってで前を歩くハルアキに追い付くジゼル。その軽い足取りには、先程までの戦闘で、受けた傷の存在など微塵も無い。

 大丈夫か、と聞いた際には既に元気を取り戻しており、痩せていた体すら肉付きが良くなっているものだから、ハルアキの驚き様は語るまでもない。


 聞けば“魔族”から“従騎士”に《存在昇格(ランクアップ)》したのだという。

 ハルアキも一度経験した事あるそれは、矢張りそんなにも凄いのだろうか、とハルアキは一人考える。

 実際、ハルアキが《存在昇格(ランクアップ)》した時は、外見実力共に然したる変化等なく、【迷宮創造】にとある機能か追加されただけだったのだが、矢張り自分だけが別なのだろうか。

 ――恐らくは、別なのだろう。あれは“昇格した”というよりは“変更された”と言った方が正しい様な気がするからだ。


 しかし、とハルアキは思う。

 人一人が別人の様に改造される、それは何処か恐怖を感じないだろうか。自分が作り変わる、という事は自分の使っていた、馴染みある体を捨てるという事である。それが彼等は怖くないのだろうか。それとも、その恐怖を越えられるから《存在昇格(ランクアップ)》が出来るのだろうか。


(――――いやいや。なら、“魔王”とか“勇者”とか先天的な奴等はどうなるんだよ)


 少なくとも、ハルアキが憶えている彼女達は、そんなに脆くはなかった。が、それでも危うい状態になっていた人はいたのである。

 まあそれを支えた結果で恐らく、ハルアキはこうなっているのだが。


(元気……だと良いなぁ……)


 はぁ、と哀愁漂う息を一つ。ジゼルが心配そうに声を掛け、それに何でもないと返事をする。

 と、まあそんな益体のない事をしている内に、ハルアキはジゼルの部屋まで連れて行き、そして矢張り一悶着した後に年上権限で寝かし付けて、ハルアキだけが部屋を出る事となるのだが、割愛しておこう。



 帰り道、やっぱりハルアキは物思いにふけていた。

 ジゼルを部屋に寝かし付けた時、彼の武器等を取り上げないのは、矢張り自分が甘いからなのだろう、そう思いながらハルアキは廊下を歩く。

 うわー、俺超あめー。と自覚しつつも、ハルアキは踵を返さない。返す気は無い。

 要は、ハルアキはジゼルの事を信頼しているのである。それもたった数時間で、彼に背中を預ける事が出来るぐらいには。

 理由は色々とある。

 例えば、死闘を共にしたとか。

 例えば、自分が見てる限りはいい子だとか。

 後は勘。それに容姿や態度で判断しているという部分も少なからず存在している。


 あくまでハルアキは地球にいた一学生、人を見る目等そこまで養われている筈がない。

 当然、自分一人で全てが何とか出来るならばそっちの方が断然いい。しかしハルアキの即興で組み立てた計画上、一人では到底不可能なのだ。

 ならばどうするか。

 その答えは、多少警戒しながらも、仲間となった人を信用するしかないのである。後ろから刺される覚悟をしながらも、愚直にするしかないのである。


(……やっぱ頼むかー)


 ――しかし、それ以外の方法が、今ハルアキの手の内にある。

 気乗りはしない。しかし、だけどその為に、ハルアキはある人物がいる扉を開けて協力を、否、助けを求めるのだ。


「戻って来ましたよー」


 ハルアキは、目の前の扉を開ける。








 先程までハルアキと対談していた少女、エルティオネは、自身に与えられた部屋まで続く廊下を少し遅いペースで歩く。

 少し遅い、といってもそれは、考え事をしている内に無意識に足取りが遅くなる程度の違いなので、別段珍しい事でもない。


(ハルアキ、【迷宮創造】、モンスター………)


 エルティオネの頭を中を飛び交っているのは先程の話の事。恐らくは、というより確実に全てを話されてないと分かってはいるが、それでも聞けた少なくない情報を思考の中で固め、またどんなことが出来るのかを予想する。


(【迷宮創造】に関する能力は無尽蔵に使える? いやそんな筈はない、ハルアキは此処が十一階層だと言っていた。それにハルアキの“目的”と合わせて考えるならば、少なくともここまで敵がこられてはならない筈)


 無尽蔵に使えるのならば、それこそ阿呆みたいに階層数を増やせるだろう。

 それをしないというのは即ち、ハルアキの【迷宮創造】は“何か”を消費して初めて効力を現す類という事だ。

 ではその“何か”とは何だ。エルティオネは考察する。


 彼女が知っている力は二つ。

 魔術を唱える為に必要な魔力と、自身の体を強化するらしい氣力の存在である。

 らしい、というのは氣力とやらをエルティオネが使えないからであり、また見た事がないという理由からだ。とりあえず【迷宮創造】の能力と氣力の使い方を比べてみると、氣力を燃料とする可能性は低い。

 逆に魔力を燃料とするならば、自分がハルアキに協力出来る可能性は高いので、エルティオネはそっちに期待する事にした。


 エルティオネが考えている事は、ハルアキに対する魔力の譲渡。

 つまりはエルティオネの持つ魔力を、ハルアキに与えるという行為だ。彼が魔力を消費して力を発動させるのならば、それはエルティオネが出来る協力の一つの主力になる。


 本来、血縁関係でもなければ不可能だと言われるその行為は、しかしエルティオネにとっては逆に潜り抜ける事が可能なハードルである。

 エルティオネは、ぺろ、と舌で唇を舐める。


(――まあその辺はとりあえず保留するとして、やっぱり何が出来るかよね)


 エルティオネが聞いた情報から推察するに、かなり無敵の能力なのでないか、と彼女は思う。

 だってそうだろう、モンスターを大量に創り出す事ができ、罠等も自由に設置出来る。内部構造も思い通りのままだろうし、果ては金銀財宝も創れてしまうかもしれないではないか。

 一人が一国に及ぶ軍力を持つ、凄まじい力。

 エルティオネは立ち止まり、いつの間にか握り締めていた手を開いてそれを見る。

 乾いた空気に晒された掌は、随分と汗で濡れていた。


(……………あの力なら)


 自分の目的が、果たせるかもしれない。エルティオネは唾を飲み込んだ。


 彼女だって唯ハルアキの言葉にほいほいと従う馬鹿ではない。

 結果として助けてもらった身としては図々しいが、彼のスキルを自分の目的の為に利用しない手はないのである。勿論、裏切るのではない。協力してもらうのだ。

 故にエルティオネはハルアキに協力を惜しまないつもりだし、また彼の正体を露見させるつもりもない。当然、反抗等を企てた時に対する防御策も隠しているのだろうし、何よりあんな魔獣や化物の様な蛇がいる迷宮から、一人で生きて出られる姿等想像もつかなかった。

 順当に考えれば、彼の下に就く事が一番早く信用を得る事が出来る筈である。

 とりあえずはこの【迷宮】とやらから自由に外に出られるのを許可されるくらいの信用を得る事が目標だ。


「――――あ」


 考えている内に、エルティオネは自分に割り振られた部屋の前に着いた。

 木で出来た扉に付いた取っ手を捻り、押して開ける。

 今の時刻はまだ夜なのに、部屋は明るい。これも【迷宮創造】のおかげなのだろう。


「ただいま、姉さん」


 それに対する返事は無い。


 部屋は質素だけど綺麗な作りであり、壁には服を入れる為のクローゼット。小さな円型テーブルが一つに、それを木製の椅子が四つで囲んでいる。向かいあった二つのベットの中間に、外が見渡せる為の木枠の窓がついている。

 窓から外を見れば、下に幾つか木やら“おんせん”とかいう露天風呂以外、見渡す限り何もない。遠くの方に壁だけが見えて、日や月の光が当たらないというのに、完全な闇ではなくて、夜の月を浴びてるかの様に薄暗い。

 これ等が全てあのハルアキという男が創ったと思うと、よくもまあ、という何とも言えない微妙な感想しか出てこない。

 半信半疑なのがその感想の大部分を構成しているのも一つの原因だろうと思いつつ、エルティオネは入り口から見て右側のベットの上に腰掛けた。


 手と下半身から伝わる感触は、ぎし、というエルティオネが予想したものではなく、ぼす、という何とも柔らかいもの。


「………………」


 柔らかい、どういうことか、柔らかい。

 思わず目を見開いて、そのまま手を何回か降り下ろした。


(……気持ちいいな、これ)


 ぼす、ぼす、とベットが彼女の手を受け止めて形を変える。さぞ寝心地がよさそうだ、と少々感動しながらエルティオネは向かい側のベットの方に視線を向ける。

 視界に入って来たのは、一人の少女。壁に背を向け三角座り、膝と膝の間に伏せた顔からはぶつぶつと何かを呟いている声が聞こえてる。


 潤いを取り戻した金色の髪に、その間から覗く長い耳。

 エルティオネの姉、フィオーナであった。


「姉さん、元気だして」

「………、……………、……」

「ベットふかふかだよふかふか」

「……ゃ…、…………」

「……」


 ぶつぶつ、ぶつぶつ。フィオーナの呟きは止まらない。

 エルティオネの声が聞こえてない訳ではない、無視されているだけだ。

 はぁ、とエルティオネは深くため息をついて、頭を抱える。まったく、どうしてこう面倒な事になっているんだ、と。

 

 そもそもの原因は、姉であるフィオーナの性格だった。


 正義感溢れる淡麗少女、自身の主義に反するものは受け入れず、悪と見なしたものには徹底的に排除する。

 その好い人とも思える彼女の正体は、見方を変えれば酷いものとなる。

 自分の基準価値が絶対だと疑わずに、勝手に人の善悪を判断し、尚且つ悪と見なしたものはその全てが悪と見なされ、最早どんな理屈も通用しなくなる。自分に力がないくせに口を出し、それに反故を申し付ければ「貴方は間違っている」と騒ぎ出す。何か事あるごとにもう駄目だとすぐ諦めて、壁にぶつかれば一人じゃ出来ないと縋りつく。

 思考回路が妄信的で、諦めが早い。

 己が正しいと認めたものは全てが正しいと信じ。己が悪だと認めたものは全てが悪いと信じ始める。


 別に自分の考えを主張する事は悪いとは言わない、ただ身の程とその時と場所を理解してから行動をして欲しいのだ。

 そしてそれの被害が彼女だけに降り掛るだけならまだしも、妹のエルティオネにまで皺寄せや影響が来るのだから、エルティオネにとり迷惑甚だしい事この上ない。しかし面倒だという思いを持ちながら、エルティオネが姉から離れなかったのは、一重に姉妹としての繋がりを持っていて、更にはフィオーナの方がエルティオネを放そうとしなかった事に起因する。


 だけれども、それもここまで。

 幾等腹違いの姉妹だとしても、エルティオネの姉に対する心情は限界に達し、もう関係無い、の一言で済ませられる。


 大体、である。

 姉が大丈夫だから、と無理矢理連れていかれれば、そこでやっぱり騙されて捕まる事から始まり。馬車や檻の中で延々とまるで“自分がこの世で一番不幸な人”とでもいうように自身の不幸を嘆き、それに同情やらを求めてくる。

 そして溜っていた不満を抑えていたエルティオネに止めを刺したのが《イースリッション》での舞台裏での事である。



 結論から言えば、フィオーナがエルティオネを自分の意思で突き放したのだ。

 競売にかけられる前に、彼女達に行われた行為は身の洗浄である。少しでも自分達の値段を上げる為なのか、贅沢に水を被って体を洗わせられ、その後に自分が着る洋服を渡される事になった。が着替え終わった後に、エルティオネの姉であるフィオーナが不安からか、恐怖からか、何処をとは言わないが盛大に濡らしてしまったのである。

 当然自分達を洗った男は激怒し、再びエルティオネごと洗い場に戻され、洗われる事に。自分達姉妹が競売に出るのが延期されたのもこれが原因である。


 そこで何が彼女の琴線に触れたのか、フィオーナはその男に惚れてしまったのだ。

 元々偏見や妄信しやすい姉である、フィオーナは恐ろしい速さでその男に依存する事に決め込む事に。容姿は悪くない彼女である、男も気に入ったのか、上層部に話をつけてフィオーナを奴隷にするという返事をし、姉がそれに大感激。何故か目の前で行われている展開に馬鹿だなあと無視を決め込んでいたエルティオネまで巻き込んで。

 そしてそれにフィオーナが嫉妬し、エルティオネを睨み始めた辺りで起きた事が――先程知ったのだが――ハルアキの【迷宮創造】が起こした地震である。


 当然姉もエルティオネも混乱し、何が起きたのかという疑問に捕われるのも束の間、何か地響きが近付いてくると気付いてからすぐに、男を含めた彼女達は、裏口から突撃してきた獣に囲まれる事となった。

 その時だ、男がエルティオネを獣達に対する餌として、囮として投げ飛ばしたのは。

 その時にエルティオネは見たのだ、自分を投げ飛ばした男に対して縋り付いているのを。


 その後、結局エルティオネは獣に襲われずに済み、男は壁を突き破り入って来た巨大な蛇に食われて事なきを得て、その後舞台会場まで走って行く獣達に付いていきハルアキ達と出会ったのである。


 と、まあそんなこんなで今に至る訳なのだが、矢張り問題はフィオーナである。

 フィオーナが愛した、自らを“用心棒”と名乗った男――と言っても時間にして数分程だったが――を殺したのは、直接的にはあの蛇だが、間接的に、つまり根本的犯人はハルアキなのだ。

 フィオーナにそれを知られるとなると、それは非常に不味い事になるというのはまず間違い無い。そして、それはハルアキに信用を得ようと思っているエルティオネにとり、足を引っ張る重りであった。


「…………どうするっかなぁ」


 都合良く、ハルアキの雑な演説の際に気絶していて、何も聞いていないし見てもいない、何も知らない姉。彼女をどうやってハルアキに対して無力化させるかが、自分の当面の課題だと、エルティオネは天井を見上げてため息をつき、姉の事は放って置こうと決めてベットの中に潜り込む。


 ベットは冷めており、ひんやりと心地良くエルティオネの体を包む。

 ふわぁ、と大きな欠伸を一つ掻いて少女の意識は静かな微睡みの中へ。


「――――おやすみ」


 そう言ってから、エルティオネは瞼を綴じた。

 これからが大変だ、そう心の中で思いながら。






 夜が明ける。





 《イースリッション》から数日。


 リシュカ王国首都バスラノ。

 その中心にある王城――ムーグル城は、上空に立ち込める雲に遮られ、太陽の日差しが当たらなくても明るさを失っていない。それは蝋燭の様に揺らめく光ではなく、付加させた物に光を発する魔術『照明/ライト』のおかげに因るものである。


 直径百八十メートル並の土地に建てられた王城。その一室では現在、リシュカ王国の貴族達が集まり、所謂会議というものを開いていた。


 会議室の最奥――リシュカ王国の貴族よりも一際目立つ席に座っているのは、見た目中年の男性。色が薄れた金髪、白が混じった顎髭を生やし、目の隈が遠くからでも分かる程酷い顔。全体的に細く見え、事実体質的に痩せている、というよりは栄養が不足している様な、そんな所謂不健康な印象を受ける体格。

 彼こそがバースルダイグ・グリッドバルム・ゲッテ・ライル・セルグリウッド――リシュカ王国の、国王である。彼は長年に次ぐ《異界大戦》が終わり、その約一年と半後に奴隷競売イースリッションを開く事になった原因である“奴隷政策”を構じた一人であり、その許可をだした張本人である。


 彼の右の席には、一人の若い男性。

 一般的な男の魅力でいうと、出ていては余り好印象を受けない部分――――つまり、腹がぶくぶくに膨らんでおり、腕や足もそれ相応に勢肉が付いて、膨らんでいる。顔は脂でテカテカと光り、周りに付いた肉のせいで、瞼が下がり、目が細まっている。

 彼は国王の三人の子の一人。リシュカ王国が唯一の王子であり、常人ならば楽々座れる椅子に、窮屈そうに肘をついて座っていた。


 国王の頭にある王冠が、部屋のランプに付加されたに『照明ライト』の光を浴びて、鈍く光る。


「――結果を申せ」


 一人の声が部屋に響く。

 弱々しく、また地から出す様な低い声は、誰にも遮られる事なく虚空に溶ける。


「はっ」


 国王の声に反応して、王とは反対側に佇んでいる人影の一人が、何かを乗せた台を手に持ち彼等の中から前に出た。


 かち、かち、と。

 前に出た者が歩く度、硬い物どうしがぶつかる音が、手に持った台の上から鳴る。

 台の上に鎮座された物は、一、二……計三個の珠。瑠璃色に光り、爛々と輝くそれは、自身の中心に黒点の様に鈍く光るものを内包させていた。珠の表面は誰が磨いた訳でもないのに綺麗な真円を画き、またつるりとした光沢を魅せている。

 それはまるで宝玉の様で、男は頭を下げたまま、手に持つ珠を王に掲げ、口を開いた。


「宮廷魔術師に鑑定させた所、これ等は全て純粋なる『魔石』。――即ち、『原石』にてございます」


 しん……、と一拍の静寂の後、ざわめきが広がる。


「おお……!」

「なんと、あれが全て……」

「これで我が国の力は――!」


 周りにいる貴族達が、欲を含んだ笑い声が洩れ、そして顔を見合せこれからの打算を話始める。



 『魔石』とは、いわば魔力をその内に秘めた宝石である。

 一般的に空気中や物質中に存在すると思われる魔力が、土の中の鉱石や、エメラルド、ルビィと呼ばれる様々な宝石内に溜め込まれた貴重な物質だ。

 大小様々、多種多様な『魔石』は、各々違う特長を持っている。

 例えばアルルリンと呼ばれる蒼い宝石の『魔石』は水属性の魔力を溜め込み、更に水属性の魔術との相性が良く、リファイラという紅い宝石は火属性の魔術と相性が良い。

 更には『魔石』の種類事に、魔力の内包量すら違うのだ。

 拳大程の唯の鉱石の『魔石』と指の第一関節分くらいしかない宝石の『魔石』では、断然後者の方が量も質も良いのである。


 その中でも更に貴重だと言われる物が、『原石』の存在だ。

 宝石等にもあるように、下手に加工したそれよりも、その素材となる原石の方が貴重である。何故なら原石が無ければ、そもそも宝石などが生産される筈が無いのであるからだ。

 そして、『原石』と呼ばれる物には、魔石の周りの環境等による“属性汚染”なるものがなく、純粋な魔力――即ち未加工の魔力が内包されているのである。


 未加工の魔力の一体何処が魅力的なのか。

 その価値は『原石』の利便性にある。

 未加工の魔力、それは例えるのならば無色の水である。それ故その魔力は所有者の思う通りに、自由自在にその性質を変化させる事が可能となるのだ。

 例えば水属性の魔力を持つ『魔石』があるとしよう。その『魔石』は水属性の魔術には使用できるが、火や土等の他の魔術には適用不可能なのである。しかし未加工の魔力を持つ『原石』ならばどんな属性の魔術にも適用可能だし、内包されている魔力を取り出して、術者の消費した魔力の回復だって行えるのだ。

 魔力とは人各々で違うもの、いわば適合者の無い血液型のようなものである。本来時間を掛けなければ回復しない魔力、それを即座に回復する事が可能となる『原石』。更には一般的な所でも様々な使い方が出来るその貴重性は、元々かなりの高級品である『魔石』や『魔武器(マジックウェポン)』の軽く数倍は越える。


 単純な話、『魔石』と『原石』では、『原石』の方が応用性が桁違いなのである。



 貴族達の会話は続く。

 その内容は国の詳しい内情を知る者にとっては聞くに耐えず、しかし知ろうともしない貴族達は彼等の思いとは裏腹に、欲心を隠そうとする気配など失われていた。


「――これが彼処から取れるのならば、我等も下に見られなくて済むな」

「まったく、まったく」

「あの忌々しいギュンデルダームの糞共が――――!!」


 ――そうだ、しかり。

 会議室に、彼等の文句が波紋の様に広がっていく。それに迷惑そうな顔をする貴族は、一握り程。第一王子はその例に漏れており、ここにはいない者達に、決して聞こえぬ皮肉を語る貴族達の中に混じっており、それを傍目に国王は深いため息をついた。


 ――――堕ちたものだ。

 しかし、それは自分にも言える事か。国王、バースルダイグは心の内で苦笑する。

 暫く、彼は思案した後、ゆっくりと口を開く。


「……………王領直属の軍は、確か一万程だったな」

「はっ、その通りであります」


 リシュカ王国の国民総数は四十三万。更に加えて三万人程の奴隷で、計四十六万程になる。

 何故、奴隷制度が適用されて一年と半年、これ程までに奴隷の数が多いのか。理由はリシュカ王国の上部に位置する国が原因である。そこは奴隷制度など制定されておらず、奴隷の存在は認められていない。がしかし、世の中にはいるのだ、どうしようもなくなり、どんな手段でも成り振り構わないくらいに切迫している人達が。

 暮らし等で貧困に襲われた人々は、己の身かその肉親を差し出す事等しか方法がないのである。


 話を戻すが、リシュカ王国の王領の国民は全四十六万の内約半分、二十四万超である。その内の四パーセントが軍に所属しているというのは些か多いと思われるが、これは国王の力を示しているのと、他の貴族や周りの大国に対する牽制でもある為のものだ。


 それをどうするというのか、その答えは。


「…………四千、いや五千程、動かす」


 ざわり、とどよめきが走る。

 迷惑そうな顔をしていた貴族達の一人が、ああ、と呟いて、こめかみを押さえながら天井に顔を向けた。


 軍の攻め入る場所はは王都の南方、トリューシャ平原に現出したそれ。

 幾人もの巨人が列を成しても行軍出来る巨大な扉、無くなった草原。誰かを迎えるために開いている扉は、外から光を照らしても内部は見れず、光を遮断する漆黒の膜が貼られている。平原があった場所は全て紋様が彫られた石に覆われており、緑だった大地が、一夜にして石の白と変わっている。リシュカ王国にいる“異世界人”達が挙って【迷宮】と称するものへ。


 先程の『原石』は、全てあの【迷宮】から退く際に襲い掛って来たモンスターの死体から、体内に光る物を見付け、それを咄嗟の判断で持ち帰って獲れた物であるのだ。

 『魔石』を体内に溜め込むモンスターは確かにいなくはない。が、その存在は非常に見付け難く、半年に数回目撃されれば運が良い程である。ましてや『原石』を体内に存在しているモンスターなど知られた事など無い。

 普通ならば信じられる出来事ではないが、その証拠と言わんばかりの『原石』存在。つまりは確証はないが、あの【迷宮】とやらは宝の山なのである。

 その事をこの場にいる貴族達は、何人かが知っていた。

 故に。


「――ならば私も参加しましょうぞ」

「――おぉ、侯爵殿が出るのなら私もでよう」

「――我がイリーズ軍の力を見せてしんぜましょう」


 次々と、貴族達から声が上がり、瞬く間に声が広がってゆく。こういう時に限り、何故だか勘が冴える彼等の頭は、この場の時も例外ではなく、鋭く働いていた。

 それを傍目に、バースルダイグはやってしまった、とでもいうような表情を一瞬とり、すぐに諦めた様な表情に変わる。


――そうだ、彼等は、欲しか出さない者達ばかりだったではないか。


 そう思っても、後の祭り。王である彼は、欲に駆られている貴族達を見る事しか出来ていない。

 そして次の声によって、更に彼の表情が険しくなったのは気のせいではないだろう。


「父上、私も参加しますッ!!」

「…………なんだと?」

「――私も出陣すると言っているのです!!」


 唾を飛ばしながら大声で喚くのは第一王子。彼は膨らんだ腹をぶよぶよと揺らしながら、父である国王に、不満をぶつけていた。


「私の華麗なる魔術により、私の強さを見せ付けてあげましょうぞ!!」


 ブヒィー、と汗を拭いながら、王子は言う。それに合わせて「おお!」と、「流石!」と、周囲の貴族が囃し立てる。


 リシュカ王国第一王子、彼は確かに魔術としての腕前はいいが、残念ながら良くて二流の中堅程度――ギルドランクでいう“D”が良いとこだ。それで頂上にいると妄信しているのは、一重に育て方を間違えたせいか、それとも周りの環境のせいか。

 どちらにせよ甘やかされて育てられたのには間違いなく、事実彼は国等の政策に関しては無能以下である。父である国王が決めた“奴隷制度”に大喜びしていた程だ。

 更には気に入っていた奴隷が全て【迷宮】内部に置いていかれ、それに激怒していたのも束の間、王が見ていない内に誰かが余計な事を吹き込み、新たな奴隷を与えたのだろう。彼の後ろには何人もの女性の奴隷が、彼の後ろに控えていた。

 藍色の髪の女性、スレンダーな体を持つ女性、何人もの美女をはべらせて。


「最強の証、見せてあげましょうぞッ!」


 自分の息子は何を対価に彼女達を手に入れたのか、国王の頭を悩ませる種は、減る事を知らない。






「――――ふう」

「――お疲れのようで」

「まったくだ」


 会議を終えた後、国王――バースルダイグは一人の男に話し掛ける。


 壁に寄り掛っているのは、足まで届く長い黒ズボン、高級に飾られた長袖の服を皮で出来た丈夫なジャケットの下に着ている彼の髪と目の色はハルアキと同じ様な、紛う事なき黒。見れば日本人特有の、東洋風の顔立ちの彼は、事実この世界ファンタジアに召喚された日本人――つまりは“異世界人”だ。

 二人いる内の近衛師団副隊長が一人の彼は、呼び出された事が気に食わないのか、少々顔を不機嫌そうに歪めている。


「――という訳だカイト、頼めるか」


 王は言う。

 頼みとは、周りの国に知られる事なく、軍を動かす事。

 本来そんな事は『分類/カテゴリ』“賢者”クラスでも難しいのだが、他ならぬ彼が持つ――異世界人だけの――【魔道】とは別の特別な存在、【スキル】。そのカイトの【スキル】ならば、それは可能となるのである。


 黒髪の青年――カイトはにやりと笑い、国王にその表情を向ける。


「――いいけど、報酬は忘れるなよな」

「――何を求める?」

「――勿論、これ数人。極上のな」


 カイトと呼ばれた彼は、片手で丸を作り、もう片方の手の指をそれに。


 国王は頷き、カイトも満足そうに首肯した。


「あ、それと俺も【迷宮】探索に参加するわ。――多分清人(キヨト)の奴も参加するから」

「…………そうか」



「――それじゃあ、ちゃんとやりますよ」


 日程等の打ち合わせを終えたカイトは、肩を回して部屋を出る。

 その姿を見届けて、バースルダイグは座っている椅子に背中を預ける。ふぅ、と息を吐く彼は、誰が見ても疲弊していると分かる程の雰囲気を、溢れさしていた。



 リシュカ王国は大陸のほぼ中心に位置しているくにである。

 大陸のほぼ中心、つまりは【人間界】と【魔界】の境界線上に存在していた国は、戦争が起きた直後はどれも、当然の如く激戦区だったのだ。

 しかしその当時のリシュカ王国も、周りの国々にとっては、比べるまでもなく小国国家であった。小さい、という事は国力の弱さを意味し、また軍事力の低さを示している。

 そんな国がどうやって《異界大戦》の激戦区を生き残ったか。


 単純だ――――答えは“借金”である。


 金を借りて、その資金を軍事費等に当て、また傭兵達を雇う際に消費する。それを繰り返し、リシュカ王国はその名を失わずに、《大戦》を生き残ったのだ。

 しかしだ。金を借りた、というのはちゃんと返さなければならず、そして引き延ばしに使っていた“戦争が長引いているので云々”という言い訳は、《大戦》が終結してしまい通用しなくなってしまう。

 小さいとは言っても国は国、踏み倒す事が出来れば――とは考えたものの、残念ながらそれは出来ない状況なのだ。


 何故なら、資金を借りた所は、ゴコロブ・バルネ・アガルゴニッシュ。今や大陸にその名を轟かせる大商人が一人。彼を踏み倒すという事は、他国から貿易出来なくなる事に等しい。故に、利子を付けて、きちんと金は返さなければならぬ。故にバースルダイグは苦肉の策として、最後の策として“奴隷制度”と《イースリッション》の存在を許可したのだ。

 しかしその《イースリッション》も、恐らく今回の騒動で駄目になっただろう。

 だがその代わり、【迷宮】の『原石』という存在を手に入れた事に、バースルダイグは安堵を覚えている。もしかしたら、安定した高収入が手に入る可能性が高いのだから。


 彼が先程、軍の出動を即断したのも、この“借金”が理由だ。運が悪い事に、次の利子を付けた借金の一部が返済出来なければ、《イースリッション》会場付近の平原の土地の所有権が、全てゴコロブの方に移るからである。

 彼も《イースリッション》会場から一緒に脱出していたので、死んだというのは先ず有り得ない。


 しかし、リシュカ王国はこれから繁栄するのだと、バースルダイグは笑う。

 近い未来、リシュカ王国は大陸に名を轟かせる大国になると、そう信じて。







 日は沈み、夜が、再び訪れる。

 明けぬ夜が無いように、沈まない昼もまた、無いのだから。













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