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迷宮ギルドにて2


 迷宮ギルドは現時点で三階建てとなっており、ギルドの講習部屋は二階に用意されている。全五階建にするらしく、現在拡張工事中であった。

 講習部屋には入口が二つ。入って左側の壁には大きな黒板と教壇が設置されており、そこを中心として扇形に椅子と机が並んでいる。

 部屋の中心からは右と左に、冒険者たち用と商人たち用の席と、二つの区画が別れて配置されている。そして冒険者などのための区画は装備を置くためのスペースを確保しているために、商人や住民用の席よりも列ごとの間隔は広く取られていた。


 どこかの国の大学の構造を模倣して設計されたという話を、ロロイナンは友人から聞いたことがある。とはいっても、その話を聞いたロロイナン自身は大学なんて縁がなく、その友人の興奮具合にいまいち共感できなかったが。


 さて、とロロイナンは息をつく。新規加入予定である二人組を先導する彼女の表情は芳しくない。


(始める直前だし、部屋が埋まってそうだなぁ……)


 いつまでたっても、あまり慣れないものがある。ロロイナンが講習のために設けられている部屋に入室する度に思うことだ。

 それは苦手な食べ物であったり、昆虫の造形であったりいろいろあるが、今回の場合はこの”視線”であった。


 講習を行う部屋に入室する度に、室内にいるほぼ全員の視線が自身に向き、否が応にも緊張させられる。


 モンスターから取れる原石や素材の採取を迷宮ギルドに依頼する商人や職人、そのスポンサーたちの視線はすぐに慣れた。

 慣れないのは視線の一部。迷宮への探索や、モンスターなどの戦闘面を主に生業としている者たちからの視線である。

 戦闘を生業とする者、いわゆる冒険者ギルドや傭兵ギルドに所属する者たちの視線は、獣の眼に似た迫力がある。お前を今から喰らってやるぞ、とでも言うかのような獰猛な視線だ。

 特に、冒険者ギルドよりも傭兵ギルドの方が血の気が多いという印象が強い。【魔界】との大戦が集結してから国家間戦争が一部を除いて息を潜めているため、血の気に飢えた者がやってきているのかもしれない。


 そして、それ以上に苦手な視線がロロイナンにはあった。


(うげ、またいるわ……)


 入室したギルド職員――ロロイナンをじっと見る目の持ち主は、周囲の席に誰もおらず、一人孤立した状態になっている男性だ。

 身に着ける装備品はところどころ黒く染まった血痕が付いており、部屋の中で張一人違う空気をまとっている。

 彼は大事変の被害者、迷宮に恨みを持つ者、復讐者。表し方は何でもいいが、つまりはそういう人物である。そして憎悪の色に染まった彼らの視線が、ロロイナンは一番苦手であった。


「……ではハル様、ジゼル様こちらにどうぞ。もうすぐ講習が始まりますので、空いてる席に座ってください」


 さっさとこの部屋から離れよう。ロロイナンは案内の役目をすぐに終わらせるために連れてきたギルド加入者の二人に少し早口で説明し、再び礼をして体を部屋の出口に向けた。

 その直後、ロロイナンたちの後に入ってきたギルド職員から待ったがかかる。

 彼女に近づいてきたギルド職員は何処か急いだ様子で、小声になって話しかけた。


「あ、ごめんロロイナンさん。この後用事ある?」

「? 受付の仕事以外に特にありませんが…」


 答えてすぐに、返答を誤ったとロロイナンは後悔した。

 話しかけてきたギルド職員の役職はモンスターの素材の鑑定役を担っている者であると同時に、もうすぐ始める講習の担当者である。

 そんな人物が少し慌てた様子で自分に暇があるかと聞いてくるということは……。


「ごめん! 私今回の講習担当なんだけど、どうにも新しい素材の鑑定に呼ばれちゃって……」

(ああやっぱり……)


 目の前で手のひらを合わせるギルド職員の言葉で思い出すのは、先程のロビーでの騒ぎの光景だ。

 おそらく珍しい素材とやらが届いたのだろう。それこそ、既に|仕事(ギルド講習)が入っている専門の職員を呼ぶくらいには。

 部屋の壁に取り付けられている時計を確認するが、もう他の人物を探して呼んでいる時間もない。

 ここで争ってもいいことは無く、”視線が嫌”以外に断る理由も今は無い。

 しょうがない、と内心ため息。ロロイナンは内面の感情を表に出さず、代わりに仕事の笑みを作って答える。


「いいですよ。私がやっときますから」

「本当に? ありがとう! すみませんがお願いします。埋め合わせは後日必ずしますので!」

「まあ、期待してますよ」


 ロロイナンの承諾が取れた職員は顔を明るくさせて、講習部屋からロビーの方へと小走りで去っていく。


(まあ、こんな日もありますか)


 こうなってしまったものはしょうがない。向けられる視線は苦手だが、これまでに何回も行った講習である。

 今まで通りに振舞うことを決めて、ロロイナンは部屋に時計を再び確認する。

 既定の時間よりもほんの少し早いくらいだ。これならば始めても問題ないだろう。

 ロロイナンは設置されている教壇の前に移動し、部屋にいる全員を見渡した。


「えー、と。時間になりました。少しだけ早いですが、これより迷宮ギルドの講習を始めたいと思います」




>>> >>>

 




 迷宮ギルドの講習の話す内容は予め決まっており、講習を担当するギルド職員は幾つかの要項を必ず説明することになっている。


 一つ目は、迷宮について。

 「まず初めに」と前置きをして、ロロイナンは淀みなく説明を始めた。


「初めに知ってもらうことはこのギルドの設立理由でもある異界、通称、迷宮と呼ばれる場所についてです。今日から探索を行う方もいるでしょうが、これだけは知っておいて欲しい、守ってもらいたい事項を説明します」


 一旦、一呼吸。


「重々承知だとは思いますが、これから皆さんが関わる場所は極めて危険な場所です。

 現時点で迷宮ギルドにはAからGまでの冒険者たちが所属していますが、把握されている階層は十六。未だ迷宮の底は見えず、また階層が深ければ深いほど高難易度であるモンスターの出現が確認されています。

 このギルドが設立してからわずか数ヶ月程ですが、探索者の消息が途絶えることが多々発生しています。深い階層に行く際には、細心の注意を払ってください。

 また、現在迷宮前にある受付前には冒険者のランクと迷宮の深度を比較した適正階層や、最新の迷宮の情報を書いた紙が張られています。迷宮に行く前に必ず確認を怠らないよう願います。

 そして重要なことですが、本ギルドでは個人間同士の依頼を認めることはできません。必ず、迷宮を対象とした依頼は必ず迷宮ギルドに張られているものだけを受注するようにしてください」


 最後の言葉に講習部屋にいる幾人かが、不満そうな顔を浮かべる。

 個人間で行われる依頼は、ギルドが中間に入ることは無いので、ギルドへの依頼料金に払う費用がその分浮かせることができるのである。

 冒険者ギルドでは陰ながら行われていたことであり、当然ながらギルドからすると面白いことではないのだが、迷宮ギルドにおいてはもう一つの理由があった。


「今から説明する事は、迷宮内において確認されている迷宮独自の法則です。最悪、命に関わることもありますので、心して聞いてください」


 ロロイナンの脳裏に思い出されるのは、迷宮ギルドに来てから二週間程経った時に起こった出来事だ。


 事の起こりは、日夜迷宮に行った探索者たちから納品される原石やモンスターの素材がまったくと言っていいほど減らない事に、職員の一人が疑問を抱いたことから始まった。

 モンスターも生物の一種であり、その数は当然生物の理に則って増えていくはず。なので当然ギルドに納品される物品は減ると思われていた、しかし、どうにも討伐されるモンスターの数が釣り合わない。


 そこで一階層の探索を行った結果、なんと階層の四隅からモンスターが湧き出てくる空間が発見されたのである。

 ロロイナンは見たことは無いのだが、何もない空間からモンスターが現れるように発生するらしい。

 しかし研究者でもある魔術師が奇跡だとも叫んでいたその発見は、調査がされることなく終わる事となった。


「ギルドで把握していることは、迷宮に定められている何かしらの条件に抵触した場合、即座に特別なモンスターが発生することが確認されています。

 この特殊なモンスター、”特殊個体”と迷宮ギルドでは定義していますが、その危険度は並のモンスターの比ではありません。発生を確認した場合、即座に離脱、ギルドに報告を行ってください」

「なんだいそんなの、戦ってみなきゃわからんじゃないか」


 小さな声が、ロロイナンの話の途中に紛れ込んだ。

 声の発した人物は一人の男性、その身なりからおそらく冒険者なのだろうと判断見極めをつけた。

 こういう輩には、分かりやすい結果が必要である。


「迷宮ギルドでは、すでに“特殊個体”と相対したことがありますが、事前情報無しに挑んだ結果、冒険者ギルドにも所属していたパーティ、冒険者の基準で言いますとCクラスが二組、C+のパーティが一組壊滅し、Bクラスパーティの一部に損傷を与える結果となりました」

「それはCだから……」

「また、その”特殊個体”は未だ健在していることが確認されています。その”特殊個体”の詳細はこの後話しますが、此方から接触しない限り、一応の安全は確認されています」


 ロロイナンの説明に、講習室が静まり返る。

 口をはさんだ冒険者も、冗談だろうといった風な表情を浮かべていたが、ロロイナンの表情で嘘を言っていないとわかるとその顔を真剣なものに変えた。


 その“特殊個体”は、モンスターの発生場を調査するためにギルドがその空間を占拠したことが原因だと言われている。

 ロロイナンはその場にいたわけではないが、意気揚々と迷宮に潜っていった探索者たちが血だらけになって迷宮ギルドに飛び込んできた悲惨な光景は、今でも鮮明に思い出せる。


「ですので、この“特殊個体”の発生条件に抵触する可能性を低く、また条件を見極めるためにも、迷宮についての依頼はギルドを通して許可したものだけでお願いいたします。」


 迷宮ギルドが要求する探索者の役目は迷宮の探索だけではない。迷宮に発生している独自の法則の解明も、役目の一つなのである。

 そのことをロロイナンは丁寧な口調で説明し、ギルドの講習を先に進める。


「次に、必ず守ってほしいこととして、迷宮内で入手した原石を納品する場合、すべての取引を迷宮ギルドにて行ってください。モンスターの残留品(ドロップアイテム)などは個人取引しても構いませんが、珍しい素材の場合、迷宮ギルドでも買い取らせていただきます。

 また、迷宮ギルド一階に設けられている見本市に出展するという手段もあるでしょう。迷宮都市の一角に設けている露店市場への出店という方法もありますが、その際は迷宮ギルドにて申請してください。

 もう一度言いますが、原石の取引は迷宮ギルドだけとさせていただきます。もしも違反が発覚した場合、即座にギルドの登録を凍結させていただきますので、決して忘れないよう――」




>>> >>>




「――最後に、迷宮を捲き込んだ戦争などが起こった場合、迷宮ギルドに加入している者は協力、助力を惜しまないこと。以上で迷宮ギルドの講習を終わります。

 次にギルドカードの発行証をお渡ししますので、それを持ってこのまま2階の3番窓口に移動してください。またギルドに加入しない方はそのままお帰りいただいて構いません。それでは皆様、お疲れ様でした」


 ロロイナンが迷宮ギルドの説明を終えると、やっと終わったか、と言う風な空気が部屋にもれだす。

 ひどい者ではあくびをしているものすらいる。そんな迷宮ギルドの新規加入者の中の一人であるハルは――もとい、その迷宮の主であるハルアキはふぅと息をついた。

 時間にして大体三十分ほど。隣を見ると、こくりこくりと船をこぐ狼の耳と尻尾を持つ子供、ジゼルの姿があった。


「ジゼル。終わったよ」

「……はっ、もも、申し訳ございません主様! けけけけっして寝ていたわけでは」

「涎ついてるけど」

「!?」


 ぽんぽんと肩を叩いて起こし、ハルアキ達は席を立つ。

 迷宮ギルドに来た主な目的は情報収集のためであったが、なかなかどうして、想像していた悪い方向に進むどころか、むしろ逆の方向に地上の事態は進んでいた。


 ハルアキがそう感じた要因として、先程のギルド講習内で言われた説明の一つ、迷宮のモンスター採取の独占の禁止のための説明があげられる。


(これで勇者がすぐ来ることはなさそうか……?)


 ようは実力と不釣り合いな階層でのモンスターの乱獲は出来る限り自重するという話なのだが、その中に“勇者に対する迷宮の出入りの禁止”と言う項目があった。

 これはどうしようもない場合に限り“勇者”の迷宮の出入りを防ぐものであり、また国家間による迷宮から取れる資源の争いが起こらないようにするための布石である、ということらしい。

 当然、内包する戦闘力が尋常ではない者たちである勇者に指図、といういうより制限ができるのか、と質問の声が上がったが、答えは肯定。

 どうやらギルド組合全体の影響力は国家に深く関わっており、ギルドが勇者個人ではなく国に対して条約を結んだという回答であった。


 ほかにも、この迷宮がどのように発生したかが分かっていない、つまりハルアキの仕業であると考えられていないことや、ここ迷宮都市の情報など、得られた情報は決して少なくない。

 迷宮ギルドの条件を聞く限りでは、今後怪しまれずに迷宮の出入りが可能である仕様であることから、迷宮ギルドに加入したことは間違いではなかったとハルアキは結論付けた。ただまあ、ハルアキも地上から迷宮層への出入りのためには門を通らねばならないので、一度地上に出たならば、迷宮ギルドの検問を通過するために加入は避けられなかったのだが。

 できればハルアキが一人で赴きたかったのだが、それをジゼルは許さなかったからである。有無を言わせぬジゼルの迫力に、断固として拒否すると決めていたハルアキは、不思議と肯定するしかなかった。


 迷宮ギルドカードを滞りなく受け取ったハルアキとジゼルは、そのまま迷宮ギルドを後にする。


「それで主様、次はどうするんですか?」

「えーと、ちょっと待って。居住区画は、と」


 耳をぴょこんと立てて、見上げる形でハルアキに問いかけてきたジゼルに待ったを出して、ハルアキは迷宮ギルドが公表している地図を書き写した用紙を広げた。


 迷宮都市は迷宮の入り口である巨大な門を中心に円形に作られており、迷宮ギルドは中心のすぐ近くに建造されている。現在その円周を広げるように拡張しているらしく、出来そこないの蜘蛛の巣のようにも見えた。

 先程の講習の中にあった露店市は、どうやらギルドの近くに設けられているようで、中々に興味がそそられる。

 しかしハルアキが次に向かおうとしている場所はそこではなく、この都市に滞在する人たちのために建てられた居住区画だ。

 ハルアキ達は地図に書いてある通りに区画を移動し、目的地を目指す。向かう先を知ったジゼルは、少し不安そうだ。


「? 家はすでにありますけれど…?」

「一応、俺らは地上(ここ)に迷宮ギルドの一員としてきてるから、その宿の確保かな」

「なるほど!」


 一応、だ。本来の目的は別にあるのだが、実際に見せた方が早いだろうとハルアキは考える。


 宿を確保する目的は、迷宮の【住民層】と地上を繋ぐ【非常口】の設置である。

 【非常口】とは文字通り、ハルアキのスキル【迷宮創造】によって作成された迷宮の非常脱出口の役割を担うものだ。

 【迷宮創造】の主力である創造機能が使用できない地上で唯一作れるオブジェクトであり、同時に二つまでの非常口を迷宮の門から一定距離内に設定できる。

 欠点としては迷宮層から非常口を繋ぐ通路は迷宮層側からの一方通行となっており逆光は不可能であると言った所だろうが、それでも逃走経路の有無の差は大きく、設置しない理由は無い。

 ハルアキが地上に出たかった理由として大きく割合を占めていた非常口の設置。とりあえず半年ほど迷宮都市の宿を借りて、そこに非常口を作るつもりであった。


「ふんふふんふふーん」


 機嫌のよさそうな鼻歌が聞こえ、ハルアキはちらり、と横を見る。

 ハルアキの隣を歩くジゼルは何とも楽しそうな笑顔を浮かべていて、まるで犬の散歩みたいだ、としょうもないことを感じた。


「ジゼルは今、楽しい?」

「? はい、とっても!」

「そうか。ならいいんだ」


 実の無い会話をしながら、しばらく二人は迷宮都市の道を歩く。

 ――それにしても、とハルアキは迷宮都市内を歩いていて思うところがあった。


「おう旦那。今日も元気そうで!」

「そっちこそ。えらく機嫌がいいな」


 すれ違う人々には、親しげに人間と話している魔族の一員であるドワーフが会話している姿が見受けられる。

 ハルアキの記憶では、大戦とは魔族と人間の戦いであったはずなのだ。今現在、大戦が終わってから数年たったらしいが、それでも長年続いた戦争である。当然その大戦の爪痕は深いはずで、お互いの確執はあるはずなのだ。

 しかし、ここ迷宮都市ではその様子が見られない。もしかしたら、知らない間に魔族と人間の溝がなくなったのかもしれないと、ハルアキは考えを巡らせる。

 

「ここかな、と」


 そうこうしている間に、目的の場所へとたどり着く。

 目印となっている家のシンボルがつけられた、移住区画の入口に設置されている宿の斡旋所の扉を開いた。

 


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