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迷宮ギルドにて


 【迷宮層】第十六階層の一角、そこには特殊な墓地がある。

 十字架、石版、文字が並ぶ木の札。あちらこちらに墓標があるその空間が何故特殊なのかと言うと、墓地の全体を覆うように、遠目に見ても可視できるほど太い蜘蛛の巣が張られているからだ。

 そう”覆うように”だ。大量の蜘蛛の巣は墓だけではない。まるで張られてない所は無いと言わんばかりに、周辺一帯の地面すらも白い糸で覆われていた。

 墓地の光景は、まさに化け物の巣窟。そしてそんな場所で、【鬼蜘蛛の墓場】と迷宮ギルドの加入者――探索者と呼ばれる者に名付けられたこの場所で、現在一つのパーティがそこに蔓延(はびこ)るモンスターと対峙していた。


「そっち行ったぞォ!!」


 迷宮の侵入者と相対するのは、ぎちぎちぎち、と軋む音を出しながら、一本の角と八本の蜘蛛の形をした骨の脚が生えた頭蓋骨。〈小蓋鬼蜘蛛(レクモガイ)〉と呼ばれる、アンデッド型モンスターだ。

 3,000p(ポイント)から8,000pで作成される彼らの数は合計七体。頭蓋骨の大きさは大体八十センチ程から一メートル後半と、かなり上下の幅があるものの、その身に内包する戦闘力はさして変わる訳ではない。

 そしてその中でも小さな方、大体一メートルほどの個体が、パーティの前衛を抜けた。


 ぎちぎちぎち、と軋む音。

 頭蓋骨の口ががばっと開き、中から青い色をした焔の弾を覗かせた。直後、発射。


 高速で移動する頭蓋骨から射出された火の玉は、狙いをつけた男が直前でしゃがんだことにより、当たることなく空を切る。


「――おおおぁアブねえッ! 前衛共は何してやがるっ!!!」


 安堵と共に悪態をつく男はしゃがんだままの姿勢で、近づいてきた小蓋鬼蜘蛛(レクモガイ)を持っていた杖で殴打。少しひるんだ隙を逃さず、蹴り飛ばす。流れるように体勢を直し、地を蹴り後退、距離を取る。そうして後衛の男が後ろに下がる間に前衛を受け持っていた全身鎧の男が追いつき、手に持っているグラブを振り下ろす。


「ふんっ!」


 硬い物が割れる音を出して、骨の脚をばたつかせていた頭蓋骨の側頭部が砕け散る。

 どう見ても致命傷だが、探索者がモンスターに容赦をする理由もない。男はもう一度グラブを振るい、骨の脚をバラバラに壊していく。さしものアンデッド型のモンスターも一たまりもなく、眼孔に灯っていた光が消失し、小蓋鬼蜘蛛(レクモガイ)はそのまま活動を停止した。


「『森の戎縛(フォーレス・マニッシュ・バイド)』!」


 戦場の勢いに乗り、後方に下がった魔術師が魔術を発動する。

 唱えられた魔術の効果は、対象者の捕縛である。


「あ、ごめん」

「うおおおおおおお!?」


 迷宮の地面から突如生えた太い植物の根が、六体の小蓋鬼蜘蛛(レクモガイ)にそれぞれ絡みつき、その動きを封じこめる。その際に根の一つが前衛にいた男の一人ごと捕縛しようとしたが、なんとか寸前でかわすことに成功していた。

 ハプニングがあったものの、この時点で戦場の状勢は完膚なきまでに探索者の勝利であった。すぐにパーティ全員で拘束が完璧に決まった鬼蜘蛛たちをひとつひとつ、されど手早くとどめをさし、活動を停止させていく。


 冒険者にとっての常識として、戦闘が終わった後はすぐに戦利品の回収なのだが、迷宮内においては少し勝手が違う。どう違うかと言うと、大体の場合は放置するのだ。

 というのも息絶えたモンスターたち――アンデッドではあるが――は、残留品(ドロップアイテム)と原石を残して迷宮内の地面に溶けるからだ。冒険者の頃はいろいろと痛むものもあるのですぐさま獲物の剥ぎ取りを行うのだが、迷宮内ではこのような現象が起こるため、どうしてもという場合以外には手を動かす必要が無いのである。事実、男たちは迷宮に入ってからその作業をしたことは一度もない。

 余程戦利品の回収に急いでなければ、このまま放置して、残った物を取得する。それで構わないのだ。


「剥ぎ取らないで回収するだけって、楽でいいねえ」

「おい……」


 ひゅうと魔術師の男が軽口を叩きながら口笛を吹いていると、後ろから一人の男が半目で魔術師を睨みつける。

 先程、彼の魔術に巻き込まれそうになった戦士であった。


「おう、すまんな」

「お前後でホントに殴るよ?!」


 何事も無かったかのように涼しげな表情で言う魔術師に、思わず大きな声を出して突っ込みをいれてしまう。モンスターが引き寄せられてしまう可能性はあるものの、それを咎める声は誰からも上がらない。

 というのもこのやり取りは割といつもの光景であり、このパーティの余裕の表れでもあるのだが……。


 連戦で少し消耗したこともあり、ひとまず休憩しようとしていた探索者たち。その矢先、予想外な事態が起こった。


《〈スケルトン〉に関するモンスターにおいて、一定数の“部位:頭”が破壊されました。特定条件を満たしたことによりユニークモンスター〈鬼蓋捌骨(キクモガイ)〉が発生します。使用コストは0です》


 ぼこり、と墓場の地面が盛り上がる。


「ッ何だ!?」

「ギャアアアアア!! なんかでたァ!!!」

「オイィイッッ!! いきなりなんだよっ!!」

「ッこいつヤバイ! 引け! 引けーー!!」


 突如地中から出現したのは、額に二本の角が生えた巨大な頭蓋骨。首より下には頸骨の代わりに、蜘蛛のごとく八つに別れた骨の脚が生えている。簡単に言ってしまうと、先程よりも巨大な小蓋鬼蜘蛛(レクモガイ)〉の姿に酷似していた。

 ただし、その身から発せられる殺気は比較できない程禍々しくなっており、先程のモンスターとは全くの別物だと確信できる。

 そして本来空洞であるはずの眼孔に灯る青白い光は、目の前にいる男たちに向けられていた。



 No,11208:〈鬼蓋捌骨(キクモガイ)〉▲詳細

『消費P:[0p]

限界個体数:[1/3匹]

生息可能階層:第16、第17、第18階層

出現条件△

[前提条件]

・“アンデッド型”モンスターが生成可能。

[条件:1]

・1つの【パーティ】が〈スケルトン〉に関するモンスターにおいて、一定期間内に200個以上部位“頭”を破壊する。

・アンデッド型モンスター〈小蓋鬼蜘蛛(レクモガイ)〉が一定数以上のモンスターの頭蓋骨を捕食する。

再出現必要時間(リポップタイム)

[244:00:00]

特徴△

・決められた条件を満たすことで発生するユニークモンスター。

・二本の角を持つ、全長5メートルを超える鬼の頭蓋骨。頸椎の代わりに蜘蛛の脚の形をした八本の骨の脚が生えており、この八本の脚で移動を行う。

・脚の先端には任意で出し入れ可能な返しが付いており、また先端が鋭いため、一度刺さると容易に抜けることはない。

・それぞれの脚が高速に動くことにより、本物の蜘蛛のような動きが可能。そのスピードを利用した突進は、簡単に生物をひき肉に変える。

・〈鬼蓋捌骨(キクモガイ)〉は自身が縄張りに蜘蛛の巣を張り、獲物がかかるのを〈小蓋鬼蜘蛛(レクモガイ)〉と共に待ち構える。』



 ――ギギガガガッ!!!

 骨を打ち鳴らす音と共に雑音のような鳴き声を上げて、地面をえぐりながら迷宮の侵入者に肉薄しようと接近する〈鬼蓋捌骨(キクモガイ)〉。

 先程まで戦利品を収集していた男たちは、今手に持っている物が逃走の邪魔になると即座に判断。手に握る物を迫る頭蓋骨に投げ、来た道を全力で引き換えす。


「急げ急げ! 少し引き返せば他の(やつら)がいるはずだ! 俺らだけでやってられっかあんなの!!」

「動き速すぎぃ!! あの巨体で反則だろちくしょう!!!」

「ああ、戦利品が! せっかく倒したモンスターの戦利品が……!!」

「んなこと惜しんでる場合かこのバカッ!! いいからもっと速く走れ! 足動かせ!!」

「俺お前らと違って体力無い……ああもうげんかいぃ……」

「走れーーーーー!!!」


 大声を出して走ることは愚策であるが、そんなことを気にしていられる状況ではない。むしろ今の彼らにしてみれば、静かに逃げることで、他のパーティがこのモンスターに気がつける機会を逃す方が惜しかった。


「ォおおおッ! フンヌゥッ!!」

「あぶっ、あぶなっ!」

「沈め沈め! 『地盤崩壊(コラプス)(マッド)』!」


 近づいてくる鬼蓋捌骨(キクモガイ)を、あの手この手で動きを阻害する探索者たち。それは土を変質させる魔術であったり、降ってくる鋭利な脚を盾で逸らしたりと、どれも的確な状況判断の上での行動だ。

 そしてそんな助けを求める彼等の逃走の速度は並の物ではなく、むしろ見る者からすれば一流の動きと評価を出すだろう。


 鬼蓋捌骨(キクモガイ)が獲物に追いつけない理由は、決して動く八本の脚の動きが遅い訳ではない。むしろ逆、男たちの逃走速度が速いのだ。そしてその事実は、彼らの実力が高いという事実に他ならない。

 彼らのパーティ名は、【ザイレエレジン】。

 冒険者ギルドにおいて、B+の実力を持つとされている男たちであった。


「鬼さんこちら! 手の鳴る方へー、ってかァ!?」

「挑発してどうすんだアホ!! こちとら人一人運んでて限界なんだぞ!!」

「あ、やば、ちょっと速くなった! おぅい、もっと速く走れ! ハリー、ハリー、ハリー!!」

「お前ホントに投げ捨てるよ?!!」


 もう一度言おう。ここは迷宮――【迷宮層】第十六層目。

 【黄昏の謳香】による大事変から僅か二ヶ月。迷宮ギルドに加入してたことで、探索者とも呼ばれるようになった冒険者たちは、すでに迷宮の五分の二程の位置にまで到達していた。




>>> >>>




 忙しければ忙しいほど、時が経つのはあっという間だ。迷宮ギルドの一受付嬢であるラーフィ・ロロイナンは、常々思う。

 ギルド組合に認められ、新しく設立された【迷宮ギルド】に派遣されてから早二ヶ月。一週間ほど前からようやく本来の役職である”受付”に腰をおちつくことができた彼女だが、それより以前は様々な部署をたらいまわしにされて忙殺の日々を送っていた。それこそ、息つく暇もないくらいに。


 加入してからまだ日が浅い者や、新しく迷宮ギルドに所属した者への対応や説明。日々届けられるモンスターや迷宮に関する情報の資料の作成。冒険者ギルドとの提携による依頼の受理や、その報酬の受け渡しに取引など……。冒険者ギルドの受付の仕事と似ているようで違う迷宮ギルドに混乱してたのも過去の話。今ではギルド加入者にする説明だってそらで言えるくらいだ。後から派遣されてきた後輩の質問にだってすぐに答えられる。

 ……まあ、未だに冒険者ギルド時と勝手が違うときがあるので、規定などが書かれている用紙をまとめたものは手放せないのではあるが。

 兎にも角にも、設立したてで人員が足りないことが忙しさに拍車をかけて、冗談抜きで彼女のここ二ヶ月間の日々は人生で最高潮の目まぐるしさだった。


 ……まあ、暇よりかはいいよね。


 モンスターの大移動という異常事態の被害により勤めていた冒険者ギルドが潰れてしまい、ついこの間までどうしたものかと絶望していた時に比べれば全然ましだ。


「特に問題はありませんね。本日もお疲れ様です」


 他のギルド職員から渡された問題なしと描かれた用紙を見て、ロロイナンは現在対応している探索者に声をかけた。

 見た目は20代前半。横一直線に走る顔の傷跡が特徴の男性だ。性格は明るく、ロロイナンのであった異性の中では話しやすい部類に入る人間だ。


「おっ、そうか。今日は飲むぞ! ロロイナンさんも受付の仕事が終わったら来るかい?」

「いえ、遠慮しておきます。それにほら、後ろの方が見てますよ?」

「げっ。そ、それじゃ!」


 そんな彼からの飲みの誘いを仕事用の笑みで軽くあしらい、ロロイナンはさっさと自分の仕事を進める。特段、いやと言う訳ではない。単純に、向こうも冗談で言ったことであるので断っただけだ。それに、彼女らしき異性が後ろで先程の男性を睨んでいたし……はぁうらやま……しくはない、ないが、そろそろ彼氏の一人くらい見つけた方がいいのでは……。


「ロロちゃんどしたの?」

「……はっ! いやなんでもないわ。なんでも」

「そう?」

「大丈夫よ。そう、決して需要が無いということはないはず……」

「?」


 少しばかり呆けてたせいか、隣の席に座る友人から声が掛けられてしまった。

 ロロイナンは目の前の作業から逸れていた意識を戻し、先程まで対応していた迷宮ギルド加入者の詳細が書かれた用紙に、任務達成の記入を再開する。

 記入する事項はいくつかあるが、一週間も同じ仕事をしたロロナインからすれば慣れたもの。その書く手には迷いが無かった。

 ギルドから設置されたペンやインクは高級品なのだろう。冒険者ギルドで働いていた時に使用していたものよりもずっと使いやすく、書きやすい。一度使うと文字を書いていたいと思わせられるあたり、やはり高級品はいろいろとのりが違うのだ。流石と思える物品である。

 必要事項の記入が終わり、ロロイナンは席を立つ。そして受付カウンターの後ろに配置された棚に並ぶ分厚いバインダーを取り出し、中にたった今記入を終えた用紙を収め、元の位置に収納する。こうして一つのパーティの情報を一つにまとめておくことで、何かしらの問題が起こった時に対応がしやすくなるのである。


 受付の一通りの処理が終わった後、ロロイナンは次の番号札を持つ者を呼ぶために、受付の各カウンターに置かれているハンドベルに似た小さな鐘を手に取った。

 彼女を含めたギルドの受付員が座るカウンターは、人が大勢いる迷宮ギルドのロビーに配置されている。人や物音が混じった喧騒に受付嬢がいちいちカウンター越しに呼びかけていては疲れてしまうので、その対策のための小さな(ベル)だ。


「次の番号札をお持ちのか――」

「おいっ! 見ろよあれ!! すげぇ!!」

「なんだあれ!? でかっ!」

「――たー……」


 ――――おおぉ!

 しかし、ロロイナンが手に取った鐘を鳴らす直前に、一際大きいどよめきがギルドのロビーに響き渡った。ざわざわと、ロビーで自分の番が来るのを待っていた探索者たちは入口付近に集まり、野次馬の垣を作り出す。


「あー、あー、あー……」


 出入り口で野次馬が集まったせいで、目に見えてに混雑具合がひどくなっていく。すぐに声を出しながら人垣をかき分けていく職員を見て、あれは私には無理だ、と少し顔を引き攣らせながらロロナインは苦笑した。


 この様子では鐘を鳴らしてもすぐにはこない。とりあえずカウンターに置いてある、一枚一枚、1から9までの数字が書かれた板を並べたものを番号札に対応する数字に変え、鐘を鳴らして呼ぶ合図は出す。やることをやっておけば、後から文句を言われる筋合いはないのだ。 案の定、鐘を鳴らしたのに受付に人はこない。規定では一定時間待った後、次の人を呼ぶことになっている。その少しの間、ロロナインは手持無沙汰だ。しかし、何かができる時間があるわけでもなく、隣に座る友人の受付嬢に視線をやると目があった。やはり、友人も向こうの様子が気になるのだろう。

 思わず――あまり行儀がいい行為ではないが――声を潜めて言葉を交わしてしまう。


「……何事だろうね」

「さぁ? あ、また先輩が行った。がんばれ、がんばれー」

「なにそれ」

「応援」


 入口の騒ぎに駆け付けたギルド職員に、友人がかける気の抜けた応援に思わず肩の力が抜ける。

 数人の職員が駆けつける事態になっているものの、乱闘騒ぎにはなっていない。ロビーに響く声と合わせて状況を察するに、どうやらどこかのパーティが、迷宮内で大物を仕留めたようだ。更に考察すると、先程駆けつけた職員の中に、モンスターの部位の買い取りを行う部署で見た顔がいたことから、おそらく大物の残留物(ドロップアイテム)が非常に大きい物で、その買い取りのための値段の査定が場所を移した後に行われるのであろう。


「あ、時間」


 ロロイナンが喧騒の原因を予想を付けている間に、呼び出しに関する規定時間が過ぎたようだ。ただし入口を見ても、人垣は未だ解消されていない上に、彼女の受付カウンターに来る人影は一つもない。


「はい、番号札168番の方どうぞー」


 ロロイナンはさっさと番号札を次の番号に入れ替え、手に持った鐘を鳴らす。まだ呼ばれること待っている人がいる以上、ギルドの受け付けも暇ではないのだ。

 混んでる時間帯のくせに来なかった向こうが悪い、と自己完結し、彼女は次の人を待つ。


「あの、168番はここで大丈夫ですか?」

「ん? あ、ええと、168番の方ですね?」


 次の人を呼ぶまでまた少し暇だ……、と考えていたロロイナンにとっては少々不意打ちに近く、思わず言葉使いが崩れてしまった。あわてて姿勢を元に戻し、差し出された番号札が読んだ番号と同じか確認する。


「はい、確認いたしました。要件はギルドへの加入でよろしいですか?」

「あ、そうです。よくわかりましたね」

「迷宮ギルドに加入している方は、初めにギルドカードを出してもらう規定になっていますので」

「なるほど」


 ロロイナンの言葉に頷いたのは一人の男性と、そばに付いている綺麗な子供。大陸の人間では少々珍しい黒目黒髪、先程まで対応していた探索者よりも若く見えた。そして、子供の方は犬耳が生えていることから魔族だと判断できる。

 要件は迷宮ギルドへの加入。ロロイナンは慣れた手つきで受付のカウンターに並べた書類から一枚の用紙を取り出し、男性に読めるように向け、羽ペンと共に卓上に置く。


「それでは、此方に記入事項をお書きください。代筆は必要ですか?」


 冒険者ギルドで働いていた時も言えたことだが、ギルドの加入者の中には字が書けない者も確かにいる。なので代筆を聞くことはもはや受付にとって規定の問いかけの一つなのだ。


「いえ、俺は大丈夫です。この子の分はお願いしても?」

「了解いたしました。あ、現在子供に対する代筆は無料で行うものなので、料金はかかりませんよ」

「本当ですか? それは助かります」


 代筆の料金を支払おうとしていた男性の手を止め、ロロイナンは現在行っているサービスの説明をした。というのも迷宮ギルドでは大事変の件があり、幼い子供すらもギルドに加入することが多かったからだ。

 ただ、代筆を頼むという男の言葉に、犬耳の子供が頬をぷうと膨らませて眉根を寄せた。


「……自分の名前くらいなら自分で書けますよ?」

「自分の名前を書くところがあるみたいだし、もうちょっと字の練習をしてからな?」

「あうぅ……頑張ります……」


 が、男の言葉に何も言い返せないのか恥ずかしそうに顔を伏せてしまう。どうやら、子供の方はすこしばかり字を書くことが苦手らしい。

 こちらとしてもギルドの資料として大事に扱う用紙であるが故に、書かれている字が読みやすいほど都合がよかったので、代筆の話は願ったりかなったりであった。

 ロロイナンは未だ顔を伏せる子供に顔を向けて、優しげな声で話しかける。


「じゃあ、まずは名前から聞いていいかな?」

「あ、はい! ええと――」


 すぐに顔を上げて、ロロイナンの質問に答える子供。

 幾つかの質問を繰り返して、子供が元気よく答える。それを横目で男性が楽しそうに笑う光景は、第三者から見ればどことなく微笑ましく思えたかもしれない。

 ただ、数多くのパーティを見てきたロロイナンからすると、目の前の二人は何処かちぐはぐであると感じてしまう。


 ――なんだか、距離感がつかめてないというか。なんというか。……もしかしたら、(くだん)の大事変の被害者なのかもしれないわね。

 そんなことを思いつつ、羽ペンを動かす手と質問を繰り出す口は止めないで作業を続ける。代筆は滞りなく終わり、同時に男性が記入した用紙を受け取り、二枚の用紙に書き洩らしがないかどうかをチェックをする。


「はい、書き洩らしはないみたいですね」


 大抵の加入者はここで一度つまずくのだが、目の前の男性は珍しく例外だったようだ。

 スムーズに進むことはいいことだ。ギルドの加入を次の段階――と言ってもそれほど数がある訳ではないのだが――に進めるために、ロロイナンは視線を用紙からカウンターの奥、正確にはそこに置かれてある時計に向けた。


「次の講習の時間は、と……あら、丁度もうすぐはじまりますよ」


 次の段階とは、迷宮に関する説明を聞かせたり、迷宮ギルドに関するを規定事項を聞かせたり、冒険者など複数のギルドに加入している者に対する説明を聞かせたり……とにかく講習と言う名の説明である。

 何故そんなことをするかと聞かれれば、迷宮ギルドではそういう規定があるからだとしか言いようがない。そこそこ不評な声を聞く講習ではあるが、規定なのでしょうがないのだ。


 不評の一因として、定めた時間にギルド内に設けた部屋でまとめて説明するようにしていることがあげられる。

 ようは待つのが面倒なのだというわかりやすい不満の声なのだが、いちいち一組一組に行うのも面倒だというギルド職員の気持ちも汲んでほしい。


 ロロイナンは受付の席から立ち、新しく迷宮ギルドに加入する二人に順番に目を合わせてお辞儀を一つ。


「それでは、ギルドに入るに辺り必要な説明をする部屋に案内します。私についてきてください、ハル様、ジゼル様」


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