緊急議会
異世界の大陸右端、港都市アウラゾルの首都に、今回のその場が設けられていた。
その場には30メートル四方の空間の中央に円卓が設置され、その周りに均等な間隔で木彫りの装飾がされた椅子が設置されている。数は八つ。円卓の上にはそれぞれ違う絵柄のシンボルマークが描かれた布が敷かれており、其々の席にはその絵柄に対応する人物が座っていた。
「工業ギルド会長のレイニスタ様も来られたようですし……これで全員が揃いましたね?」
この場には、設けられた椅子に座する八人と、各々の人物の背後に静かに佇む八名。そして、初めからこの場にいて全員がそろうまで待機していたスーツのような服装の優男が一人。
今回の召集に関わる人物が全員席に座したことを確認した優男は一人頷き、大きな口を開く。
「それでは、<緊急議会>を始めましょう。司会は私、テーデテリ・マルクフェンが務めます。皆さん、よろしくお願いします」
始まりの言葉を述べた後、優男――テーデテリは円卓に座る者たちに一礼。こうして、この大陸で三週間前に起こったとある大事変のために、大陸に存在する各ギルドのトップたちが集う<緊急議会>が開催された。
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<議会>とは、元々ファンタジアの大陸に点在する様々な役目を持ったギルドのトップが集まる会議のことである。
本来は各ギルドのトップ計八人が集い、それぞれの指針と予定や契約の更新などを話し合う場であるのだが、今回開かれたのは<緊急議会>。リシュカ王国が原因であると言われる“大事変”の後始末のために、例年集まる時期とは関係なく特別に場を設けることとなったのだ。
「では、皆さんから先だって渡されていた“大事変”の簡単な被害状況の報告と、現在の状況をまとめた資料を皆さんにお配りします」
司会役である優男が床に置いていたカバンから分厚い紙束を取り出し、円卓に座る者たちの前に資料を一つ一つ置いていく。その間も彼の口は動き続け、大事変の被害の説明は続く。
「タロッソル、グティンシュベリア、ガーギューン、ゼノギラデル、リャシュール、クスト、ファラダマーナ、デイグマルゲス…以下二十は下らない都市が今回の大事変の被害にあっております。そして、最後にはその大本であるリュシカ王国、いや“元”リュシカ王国の王都など全部を含めた被害報告書が書かれていますのでご拝見ください」
「…………」
「……これは」
現状分かっている情報を流暢に喋る優男をBGMに、各ギルドの長たちが資料を手に取り読み込んでいく。が、彼らが資料をめくる度に、彼らのまとう空気が重くなっていく。
それほどまでに資料に書かれている被害が尋常ではなかったのもあるが、今彼らが読んでいる資料はあくまで大事変から一週間程経った後の各ギルドの情報収集により確認されている”大雑把な”被害なのだ。数多のモンスターや、伝承として語り継がれている【災厄】たちが皆一斉に迷宮へと向かい移動した火事や経済的障害などの二次災害、三次災害のことなどをこの額に加えて加味すると…、と円卓を囲む者たちの気が遠くなるのも無理はなかった。
「……悪い夢でも見ている様だ」
手にしていた資料を卓上に投げ捨てて、円卓に座る人物の一人がぽつりと言葉をもらす。
「魔術ギルドなんてまだましだ! こちらは支部の三割に加えての生産の一部が機能停止しているんだぞ……この損害を取り戻すのいくらかかると思っている!!」
「ましだと?! お前らにはこちらがどれほど貴重な人材、素材を失っているかを理解しての発言か!! いくら金を払おうとも人の命までは戻ってこないのだぞ!!」
「それはこちらも同じことだ!! だいたい、何が魔術ギルドか!! 貴様らは何が起こるかを知っていたくせに、何もできなかったではないか!」
「何もできなかっただと? ふざけるな! “星冠”の件は前回の議会で貴様らにも公表した上で冒険者ギルドに依頼をしただろうが! 文句があるなら魔術ギルドではなく冒険者ギルドに言え!」
魔術ギルドの長の怒声とも表現できる発言に、議会にいる全員の視線が冒険者ギルドの長に向く。
冒険者ギルドの席に座る老人はため息混じりに口を開いた。
「出来る限りの努力はした……が、魔術ギルドから公開された情報がそもそも少なすぎる。“星冠”のあのような言葉だけで今回の件が防げる筈も無かろうに」
“星冠”の件とは、大陸の三大国家の1つ、アレルカルドラン――俗に聖国と呼ばれる国に属している勇者の一人が、魔術ギルドに伝えた予言のことだ。
伝えられた予言の内容は曖昧であったものの、その情報源は勇者である。自分の危機に敏感なギルド長たちが一笑に伏すはずもなく、前回の議会では冒険者ギルドの冒険者たちを軸に協力して未然に防ぐ、もしくは事態の早期発見を目指していたのだ。……結果として何一つとして報われなかったが。
当然だが冒険者ギルド長の言葉に、「はいそうですか」と言って終われる訳がない。苛立ち混じりに先程まで魔術ギルドの長に突っかかっていた人物が、冒険者ギルドに向かい毒を吐く。
「はっ、冒険者ギルドには上から下まで無能しかいないようだな。貴様らに仕事を与えている我らは不安でしょうがないぞ」
「工業ギルドの歯車の中心部は見るに堪えないくらい錆びついてるな。いっそのこと部品を交換したらどうだ? きっと今よりも動きが潤滑になるに違いない」
「貴様!! 今すぐ全ての取引を中止してやろうか!!」
「そりゃあ良い。お前の顔が数か月後にどれほど青くなっているのを見るのが楽しみだ」
今にも乱闘騒ぎに発展しそうな口論の景色を前に、司会役の優男――テーデテリは眉をハの字にして、少し困ったような表情を浮かべた。
(結局、議会の内容は責任の押し付け合い、か)
テーデテリは今回の議会に使用された冒険者ギルドの支部長であるが故に、今この場で争っている重役たちよりも一般人の現状をより理解している。そんな彼からすると、今は誰が責任を取るかという争いなどではなく、全員で足並みをそろえてこの局面をどう乗り切るかを真っ先に話すべきなのではないかとどうしても考えてしまうのだ。
もちろん、目の前で行われている責任の押し付け合いは一種の儀式みたいなものであり、この一連が終わればテーテデリが考えているようなことを話し始めるのであろう。ただし、まずは条件の提示からという言葉が付くが。
けれども、さっさと会議を再開しろと支部長の立場である彼が言えるはずもなく、テーデテリは部屋の入口に近い壁に静かに下がった。
――瞬間、ノック音。
(……誰だ?)
浮かび上がるのは疑問。ここには余程の緊急事態が起こらない限り近づかないようにギルド支部長であるテーデテリ直々に厳命していたはずだ。
一体何事だろうかと、部屋の内部から施錠されている扉を少しだけ開けようとした瞬間、施錠されていたはずの扉が勝手に開く。
「っ誰だ!?」
テーデテリは思わず叫んでいた。扉の施錠は魔術的なものを含めて強化されおり、問答無用で鍵を開けられたという事実は只事ではない。
第一、扉の前にはギルドで働く職員の中でも腕利きの元冒険者達を警備役として配置していた。もし何者かに敗れたとしても一筋縄ではいかないはずで、ましてやノックされるまで気が付かないことなんて……。
テーデテリや各ギルドに付き添っている用心棒たちが警戒をし始めた中、開かれた扉の前にいた人物はさも当然のように入室する。
「突然の訪問失礼する。ギルドの緊急議会の場所はここでいいか?」
「突然の訪問失礼するわ。あら、まあ! 皆目がこわいわ! チュシャみたい!」
新たに部屋に加わったのは、二人。
短く切られた金髪、贅肉の付いた体躯の男と、地面に付いてしまいそうな長い金色の髪を持つ少女。
「き、貴様が何故ここに…?! け、警備はどうした! いますぐこいつらを叩き出せ!」
ギルド長の一人が唾をまき散らしながら大声を出す。
議会で乱闘に発展しそうであった口論は止み、部屋にいるほぼ全員の視線は乱入してきた二人組に向いている。
視線を二人組に向けていない一人、テーデテリの視線は二人組の後方に向いていた。正確には、半分ほど開いた扉の奥に見える、男性の下半身にだ。床に倒れてる形で見えるそれは、自身の記憶が正しければ扉の前に配置した警備役のもの。ピクリとも動かない様子から――死――最悪の想像がテーデテリの頭を過ぎる。
「ま、まさか……」
「安心しろ。ちょっと邪魔だったから少々眠ってもらっているだけだ」
「今頃、夢の中でとってもいいものでも見てると思うわ。ふふ。ただ、帰ってこない方が幸せかもしれないけどね」
少女は指を頬にあてて微笑みながら言う。その動作は流暢なもので、ギルド長の護衛役から殺気を向けられているにも関わらず、緊張など微塵もなかった。
「座る場所がないな……おい、そこの壁にいるお前、椅子が欲しい。用意しろ」
「え、あ、はぁ」
「早くしろ」
「ッ!」
乱入者である男は目の前の出来事に理解が追いつかずに硬直していたテーデテリに命令し、円卓に向けて歩を進める。まあかわいそう、とくすくす笑う少女と共に。
「待て! ここはギルドの会議場だ。ギルドとの関わりが無い貴様がいていい場所ではない!! テーデテリもこのような奴の言うことを聞くな!!」
「フハッ、相も変わらずせせこましい矜持だ。くだらん」
「なんだと!? もう一度言ってみろ貴様!」
「レイニー、落ち着け! ……そして、ギルド会議に何の用だ。ゴコロブ――ゴコロブ・バルネ・アガルゴニッシュ!!」
「何、お前たちにとってもそう悪い話じゃない。逐一話すのも許可を取るのも面倒だからこの場に来ただけだ」
乱入者の男の名は、ゴコロブ・バルネ・アガルゴニッシュ。
どのギルドにも属していないにも関わらず、大陸を股に掛ける大商人として有名な男が、ここにいた。
「許可……? いったい何をする気だ貴様」
「単刀直入に言うが、お前らが持て余している迷宮と言う存在があるだろう? それを起点とした新しいギルド、【迷宮ギルド】の設立を申し立てにきた」
「……は?」
「だから、新しいギルドの設立だ。組織として成立させるに辺り、お前たちの許可が必要だったと思うが気のせいだったか?」
ギルド長の怒声に答えたゴコロブの淡々とした言葉に室内が、時間が止まった、という表現が似合うほどに静まり返る。
ギルドとは、大雑把に表すと大陸の経済の象徴である。工業ギルドなどの生産ギルドはもちろんの事、金が関わるという意味では冒険者ギルドや傭兵ギルドなども同じだ。故にギルドが新しく増えるということは、社会的な影響もさることながら、経済社会に新しい商売が増えることに他ならない。
そんなギルドの乱立を防ぐためにも、ギルドを新たに創立するという行為には幾つかのルールが定められている。そしてその中の一つに、ゴコロブの言った”会議に参加しているギルド長たちの許可が必要”という項目は存在する。確かに、言っていることはゴコロブが正しい。また、創立するための条件もゴコロブならば満たしている。だがしかし、問題はそこではない。
ギルド全体の力と肩を並べる大商人に、それをするメリットが見当たらないのだ。
ゴコロブ自身のギルドを作りたいのならば、勝手に自分の商会で創立させて勝手に作ればいいのである。現に彼はそれを実行できる財力を持っている。なのにそれをせずに、すでに規律などが定まっているギルド団体に所属して創立の許可を求めるのはデメリットしかないのだ。
ましてや、嫌われているとわかっている団体に所属してまですることではないはずである。
「迷宮ギルドだと……? 何が、目的だ」
「迷宮、ダンジョンという単語は知っているか? 元リシュカ王国内に突如発生した異界の総称のことだが、そこから高純度の原石が採掘される。その採掘にあたって規定諸々のとりまとめを行うつもりだ」
「原石だと?!」
「まあ、内部には魔物の存在があるために、ギルドに所属している冒険者や傭兵達の戦力が必要だそうだがな。更に目的をあげるならば、この迷宮にはどうやら独自の法則が確立されているらしく、その調査も兼ねてギルドを創立させたいのだが? 今回の件に迷宮もかかわっているという説も出ているくらいだ。下手に弄って、もう一度今回の件を引き起こしたくないだろう?」
「だが、リシュカ王国の領土はすでに周辺国に吸収、合併の話が持ち上がっているはずだ! リシュカ王国領土内にあったその迷宮の管理はその国が行うはず……」
そう、迷宮が発生した土地であるトリューシャ平原はもともとリシュカ王国内の土地だ。そしてリシュカ王国が大陸上から事実上なくなった今、リシュカ王国の領土は周辺の国に吸収されるはずであり、当然その迷宮の土地もどこかしらの国に属するはずであるのだが……。
「土地の権利書ならば、ここにある」
「――馬鹿な! 本物だという証拠はどこにある!」
「国璽も押されているし、各国家にはすでに話を付けた上での創立の申し立てだ」
「見せろ!!」
思わず、と言った声でギルド長の一人がゴコロブの持つ用紙を観察する。
用紙には確かにリシュカ王国の領土であったトリューシャ平原の所有権の事が書いてあり、そのことを認めるリシュカ王国の印が押されている。またそれだけではなく、ゴコロブがもう一枚取り出した用紙には、その事実を認めるという証明が書かれた上で、周辺国家の国璽が推されていた。
トリューシャ平原は<イースリッション>という奴隷競売としての催しとして使われていた場であったのだが、その土地の権利は国の借金の利子として、ゴコロブに移っていたのだ。当然、借金はギルドを介さずにゴコロブの商会で行われたものであるので、ギルドがその詳細を知る事はなかった。故に土地の権利がゴコロブ自身にあるなどという事実は、正に寝耳に水であった。
「まだ他に、何かあるか?」
ゴコロブの声に、答える声はいない。
そのまま時間にして三分ほど経過して、ようやくギルド側からの発言があった。
「……貴様の話は理解はできた。だが、我々がお前に設立の許可を出すと思うか?」
「もちろん、出した方がメリットがあると思うが、個人的主観からしてみれば微塵も思わないな。だが、もらわなければ無駄足になってしまうからだして欲しいのだがね」
ギルド全体の中で、ゴコロブの事をおそらく一番嫌っているであろう商人ギルドの長が、絞り出したような声で言う。
その反応を、予想通りだといった風に大商人は喋る。さながら、商品の取引を行うように。
「故に、誠意を見せよう。此度の件においてのギルドのの被害を見させてもらったぞ? 随分と笑えない結果になっているようだが」
「ッ貴様には関係ない!!」
「今回の件においての全ギルドの復興費用を三割持つと言ってもか?」
「ッ!?」
ゴコロブの言葉に大きく反応したのは、今回の被害が深刻であった工業ギルドの長だ。立て直すためには自身のギルドの力だけではどうしようもなく、下手をしたら長い年月をかけて借金にすがるしかないと考えていた彼にとって、それは救いの糸に見えたのだろう。
そしてそれは工業ギルドに限った話ではなく、多かれ少なかれ被害を受けているギルド全体にとって、その取引は酷く魅力的に見えた。いや、実際魅力的なのだ。この、ギルドの許可をするだけで、目の上のこぶ扱いしていた相手の力を削ぐことができ、尚且つ自身の財力を一切使わないで復興できるという取引は。
だがこの取引は、もっと魅力的にできる。その考えを誰よりも早く行動に移したのは、他でもない商人ギルドの長だった。
「三割程度で誠意とは、足りない。足りないなぁゴコロブ」
「そうか。では四割……いや、五割だ。五割受け持とう」
「七割だ。それ以下ならば申し訳ないが、お引き取り願おうか」
ゴクリ、と誰かが唾を飲む音がした。
工業ギルドの長がやりすぎだ、と口を挟もうとするが、他の生産ギルドの面子のぎらついた視線に睨まれ、止める。
確かに、やりすぎかもしれない。がしかし、今までギルドに所属しなかった、いや、することを拒んでいる節もあったあの大商人が、ギルドの組合に加わるというのだ。このような機会を逃すなんて、余りにももったいない。
三度静まる会議室。少しの間、ゴコロブと一緒に入室してきた少女のくすくすと微笑する声だけが空間に響き、そして。
「……了解した。ゴコロブ・バルネ・アガルゴニッシュが全ギルドの復興費用の七割、受け持つことをここに約束する」
「――私、商人ギルド長であるレビエンス・ウィンツ・ラトーリノは、一商人ゴコロブ・バルネ・アガルゴニッシュが創立する新たなギルド、迷宮ギルドの創立を許可することを宣言する」
「工業ギルド長であるレイニスタ・グレンアフゼンも同じく、許可することを宣言する」
「同じく」
厳しい表情を浮かべたゴコロブの了承を皮切りに、各ギルド長からの許可が宣言される。反対する者は、この場にはいなかった。
今ここに、大商人ゴコロブ・バルネ・アガルゴニッシュを創立者とした、迷宮ギルドと言う新たなギルドが誕生した瞬間であった。
ゴコロブは満足したような顔で息を大きく吐き、では、と口を開く。
「では、迷宮ギルドを創立するに辺り、いくつかの規律を作成したいのだが?」
「そうですな、復興の話はゴコロブ殿の協力もありなんとかなるでしょう」
「しかり。先程の話を聞く限り、冒険者ギルドの協力が必要だそうで。ならば混乱をなくすために、いくつか定めてもらいたい規律がある」
先程までの態度が嘘のように、ゴコロブの話に耳を傾けてくるギルド長たち。復興資金と言う肩の荷が降りて安心しきっていたのも大きいが、この変わり身の早さが彼らを現在の地位にしている一因でもあった。
そう、安心しきっていたのだ。あるいは、してやったりとほくそ笑んでいたかもしれない。
だから、気が付かないのだ。何故ゴコロブがギルドの所属を求めたのかを。
規律の中の一つである、”原石の乱獲を防ぐためにも勇者の立ち入りを制限する”という項目が、ゴコロブの狙いだったことを。
ゴコロブが伝手を持たず、しかしギルドが持つ“勇者”にも制限を聞かせるという目的を。
この会談から二週間後、大陸に新たなギルドが創立された。
場所はリシュカ王国元領土、トリューシャ平原――どこの国にも属していない【迷宮都市】。
そのギルドの名を、迷宮ギルドと言う。