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蹂躙_03(八)


 〈豚皇帝(ロード・オブ・オーク)

No,10061:〈豚皇帝(ロード・オブ・オーク)〉▲詳細

『消費P:[0p]

限界個体数:[1/1匹]

生息可能階層:第35階層

出現条件△

[前提条件]

・“魔獣型”モンスターが発生している。

・“獣人型”モンスターが発生している。

[条件:1]

・1つの【パーティ】に決められた規定人数の上限を越える。

・『豚の王冠』、『豚皇帝の外套』、『秘宝:オークの宝玉』、以上3つのユニークアイテムが出現し、【豚の祭壇】に奉納する。

~中略~

特徴△

・決められた条件を満たすことで発生するユニークモンスター。

・見た目は愛くるしい子豚。ぶかぶかの宝冠を頭にかぶり、しかし何故か落ちないという謎を持つ。ついでに丈が長いせいでひきずっているマントも汚れないという謎を持つ。

・体長62cm、体重38kg。しかしマントの効果でぬいぐるみと変わらない重さに調整が可能。ぷにぷにしてる。

・鳴き声はぷぎー。感情ごとに違う鳴き方をするので何十種類もある。

・オーク種の中でも最高位の一角。レベル上げて物理で殴ればいい。マジでかなぐり捨てンぞ。

・身体強化等は例外として、魔術を唱えられない。そして変わりに魔術無効化を持つ』



「ぷっぷぎー」


 自分に背中を見せて、敵を見るその姿。ハルアキはそんな状況を視界に入れながら、一人思い返していた。


 ユニークモンスター。

 前の【迷宮創造】には存在せず、また見ることがなかった彼等達。

 〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉の時――正確にいえば、あの奴隷競売の時のことだ――はその場の状況が状況だったので、彼等がどうのような存在なのかということの確認どころではなかったが、後日その時の光景を思い返せば一つ、分かることがあった。

 ――彼等には、明確な自我があり、意思がある。

 勿論、それらは【迷宮創造】で創造したモンスター達にも言えることなのだが、どこかこう、違うのだ。それはハルアキにしか感じないことなのかもしれない。だけど、彼等は唯の、普通の“モンスター”と言われる存在ではないことを、ハルアキは直感していた。

 そしてそんな確信があったからこそ、まだ不安要素が大きすぎたからこそ、ハルアキは【死霊術士】との戦闘において彼等を思考の中から外していたのだ。

 ――――されど。


「…………手伝ってもらって、いい?」

「ぷぅ、ぎー」


 ハルアキは未だ佇む〈豚皇帝(ロード・オブ・オーク)〉を見ながら、自然と言葉を口にする。そして返された返事は、まるで“是非もない”とでも言ったかのように、ハルアキには聞こえ、その想像のギャップに思わず笑う。


 腕や肋骨の怪我は、まだどこも治っておらず、一歩足を踏み出すだけでも体が軋む。けれど体とは真逆に、今のハルアキの精神は羽毛のごとく軽く、また先程の焦燥が嘘のように霧散し、落ち着きを取り戻している。

 まだ、自分には手札が五万と有るじゃないか。あれもしていない、これもしていない。次々と浮かんでくる自らの手段を胸に、ハルアキは敵を見据える。


 さあ、反撃の時間だ。




――『魔術抽出・魔道書原典(オリジンテキスト)【ネクロノミコン】:124(ページ)屍遊骸戯鎮魂曲(レクイエム)“k”』


 死霊術士の【魔道】の魔術が発動し、ハルアキ達の周囲の土が盛り上がる。

 ハルアキと〈豚皇帝(ロード・オブ・オーク)〉の一人と一匹を、大きく円を描いて取り囲むように土砂を巻き上げ現れたのは、幾十もの骸骨だ。

 召喚された骸骨達の大きさは、死霊術士を内包させている巨大スケルトンよりも小さい。しかしそれでも三メートル以上ある者から、小さな者まで、姿形も、種類も違う多種多様の戦士達。

 棘が付いた、凶悪な重装備で全身を固めている者。眼窟に暗い光が灯された、鋭い牙を生やす獣の骨格を持つ者。それぞれに違う武器を持った巨大な腕が、四本もあるモンスターだったであろう者。魔術を使用するのか杖を持ち、首からネックレスをかけている者。〈豚皇帝(ロード・オブ・オーク)〉よりも小さい背丈で、自身の二倍程ある巨大な斧を両手に装備している者。彼等達全てが並々ならぬ憎悪を宿し、その殺気を込めた目で、標的であるハルアキ達を睨み、そして突撃を開始した。


《『(トラップ):【設置地雷型:落とし穴Ver.3】』を選択しました。[1,000p]に加えコマンド【クイック】によりコストが[×5]増加します。消費Pは[5,000p]です》

《『(トラップ):【設置地雷型:落とし穴Ver.3】』に[50,000p]支払います。【設置地雷型:落とし穴Ver.3】の効果範囲が増加しました。形状を選択してください》


「てい」


 だが、ハルアキは意にも介さず、落ち着いて“それ”を発動する。


 そして、ハルアキ達に接近する骸骨の戦士達の最前列は、彼等と標的を挟むようにして突如無くなった足場に対応しきれる筈もなく、落ちた。

 何もしないまま、何も出来ないままに。


『――■■■■■■■■■■■ッッッ!!』


 空気を震わせる咆号。

 トラップに落ちた最前列よりも後ろにいたスケルトン達が、口を開いている落とし穴を飛び越える。

 しかし、飛び越えた先にも落とし穴。『内装構築』で突如隆起した地面の側面にぶつかった個体を含めた十数体が、再び深い闇に落ちる。

 二重トラップ、突如湧き出る土の壁、されど彼等は足を緩めず突撃し、そして穴に落ちていく。それでも一向に数が減っていないように見えるのはハルアキの気のせいではなく、実際に減っていないからだ。

 次から次へ、絶え間なく。数えるのが億劫になるほど連続した骸骨の召喚。それは波状攻撃などというものではない、連続以上の全面突撃であった。


 そしてトラップに落ちた個体が五十が越えた頃、骨の翼を生やしたスケルトンや魔術で飛行してくる個体、或いは落ちた落とし穴から這い登ってきた者達がハルアキ達のいる場所へとたどり着き、腰に佩いた得物を抜剣。ハルアキ達に襲いかかる。


「ぷっぷぎー」


 そんなスケルトン達に気づいているのかいないのか。相変わらずの鳴き声を出しながら、〈豚皇帝(ロード・オブ・オーク)〉が手に持ったユニークアイテム『秘宝:オークの宝玉』の下側――宝玉が付けられてない方先端で地面をとん、と軽く叩く。


《〈豚皇帝(ロード・オブ・オーク)〉が【下僕招来】の発動に[1,500,000p]の獲得ポイントを支払いました。通常の発動効果に【個体強化】【召喚数の増加】が特性に追加されます。

【獲得P:32,150,062p→30,650,062p】》


 瞬間、ハルアキの視界が何かで埋まる。その何かとは、〈豚皇帝(ロード・オブ・オーク)〉とは別種のオークの姿だ。体長三メートル以上、恰幅が良いというレベルではないその体躯。一見すると脂肪でぶよぶよしてそうで、引き締まっていないように思えるが、よく見ればそれは脂肪が詰まった贅肉ではなく、尋常ではない筋肉を内包させていることが理解できる。

 棘の生えたヘルムを頭にかぶり、チェインメイルに脚にも鎧。片手に剣、槍、斧や棍棒を。腰にも数個の武器をぶら下げて、多種多様の首飾りや腕輪に指輪。豚の顔は怒りの感情を現しており、下顎から生えた二本の大きな牙は捻れながらも天を指している。一体何処の部族だとも思われそうな彼等の名は、〈豚皇帝(ロード・オブ・オーク)の洗練師団兵(・エリートサーヴァント)〉。その名の通り、〈豚皇帝(ロード・オブ・オーク)〉の下僕である。

 一般人から見れば計りしれない程度には強力な彼等は、ハルアキと己の召喚主を守るように円陣を組み、迫る屍兵を迎え撃つ。

 怒声、激突。飛び散り舞うのは砕けた骨と、豚の鮮血。

 一拍の膠着の後、オークの軍勢が骸骨の戦士達を押し始め、そして次々に増えてゆく。


「――――おし、行くか」


 小さな声で呟いて、ハルアキはオークとスケルトンが繰り広げている乱戦のごとき戦場を、縫うようにして走り出す。

 目標は語るまでもなく、スケルトン達を召喚している本体――死霊術士の所へと。


「ぷ、ぎー」


 ハルアキが身体強化で強化しているにも関わらず、全く遅れることなくついてくる〈豚皇帝(ロード・オブ・オーク)〉が一声鳴けば、彼の下僕がハルアキを守るように陣を変え、その動きに対応する。

 そして巨大骸骨の間に障害物が無くなり、一直線の道ができる。ハルアキは見逃さず全力で地を蹴り、加速。体が悲鳴をあげるが無視、まだ自身の限界は訪れていないと分かっているから。


 ハルアキという敵が接近しているに関わらず、胸に術士をしまいこんでいる本体は動かない。

 それは今、スケルトン達を召喚しているためであるということはハルアキの知るところではないが、絶好のチャンスには変わりない。


『――ッッッ■■■■■■■!!!』


 突如として横合いからオークの壁を突破し、立ち塞がってきたのは獣型のスケルトン。三つの頭部を持っていただろう狗型の骨格は、その内一つが砕かれ存在しておらず、残る二つの頭部と四肢には剣や斧が刺さった傷痕があるものの、代わりにその武器の持ち主の血によって紅く染められていた。


「ぷぅ、ぎー」


 気が抜けるような鳴き声を残して、小柄な子豚の体躯が消える。

 瞬間、ハルアキの前にいた三つ首のスケルトンの頭部が消し飛び、その骨の胴体に人が通れる程の穴が空く。

 ハルアキは、おそらく豚皇帝に殴られて破壊されたのであろうそれを足を緩めずくぐり抜け、着地。そんな彼に斬りかかろうと、オークの壁を抜けてきた巨体のスケルトンが腕を振りあげ――――〈豚皇帝(ロード・オブ・オーク)〉に瞬殺される。

 一撃で殴られた頭部は砕けるどころではなく、文字通りの木片微塵。二撃目でスケルトンの体が宙に浮き、三撃目でバラバラに吹き飛んだ。


 そしてすぐにハルアキの横に戻り、並走。頼もしすぎるガードを側に、ハルアキは止まることなく走り続ける。


――ォオオォオオオオ…………!!


 三度、前方。

 先行していたオーク達を蹴散らしながら向かって来るのは、復活した二体目の巨大骸骨。先程徒手空拳だった両手には、サバイバルナイフを太刀にしたような禍々しい剣に、歪ながらもなんとかカイトシールドの形をしている毒々しい黒の盾。


 全身を闇の症気が覆い、一動作毎に噴き散らしている。


 巨大骸骨は持っている剣を横薙ぎに振り払い、もう片方の巨大骸骨(本体)が召喚していたスケルトン共々斬りつける。

 しかし、ハルアキは避けようともせず地面を蹴りつけ、加速する。何故ならば今のハルアキにはこんなもの、避けるまでもないからだ。


「――ぷぅ、ぷっぷぎー」


 そんな鳴き声とともに、側面から杖の殴打でかち上げられた剣が跳ね上がり、ハルアキの頭上を通過する。

 更に豚皇帝は吹き飛ばした剣に追い付き、それを土台に跳躍。骸骨の頭部に接近し、一撃。髑髏の顎が天を向く。


 巨大骸骨には豚皇帝、他のスケルトン達はオークの群れが対応し、残すは本体とハルアキのみ。

 ――『屍霊召喚(サモン・アンデット):〈屍餓ヶ百足(リ・バラオ)〉』


 紅い輝きを発しながら、展開されたのは魔法陣。ハルアキと本物の巨大骸骨を阻むために湧き出てきたのは、計四体の骨百足。頭部はハルアキなど簡単に呑み込めるほどの大きさを誇る人のそれだが、その胴体は蟲のそれ。鋭い先端を見せる無数の足が、刺すという攻撃だというのに壁のごとくハルアキに向かう。


「『構築』」


 ハルアキの足元の土が隆起し、百足の攻撃が届かない上空へと押し上げる。

 そして、跳躍。直後にその隆起した地面が破壊され、崩れた土を巻き散らした。


――オォオオオォォォォオッッ!!


 そのタイミングを狙い済ました死霊魔術の発動、幾十を越える漆黒の槍がハルアキを襲う。

 空中で無防備、地面を隆起させようとしても下には百足。天井からでは間に合わない。しかしハルアキの心に、諦めはなかった。

 だってまだハルアキには、信頼に値する者がいる。

 だからハルアキは、口を開いて彼を呼ぶのだ。


「――――来いっ、〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉ッ!!」

「――ジャアアアアアアアアアアッッ!!」


 横からの襲来。その蛇の体躯に主を乗せて、槍と百足の脅威からかっ浚う。

 右へ、左へ。蛇行しながら槍を避け、百足が振るう針足を腕で薙ぎ払い、強靭な胴で破壊、粉砕。或いはくるりと百足の胴に絡みつき、蛇のごとく絞めあげ、圧砕。

 そんな勢いづいた〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉を止められるはずもなく、大蛇はハルアキを連れて、死霊術士の元へとたどり着き、そしてハルアキは宣告する。

 骸骨との距離、十メートル。


「トラップ、発動」


《『(トラップ):【運命搾取の磔十字(オリゾラ・ロザリオ)】』を選択しました。消費Pは[5,000,000p]です》


 地面から現れたのは巨大な十字架。丁度巨大骸骨の大きさに合うそれは、彼の真後ろの位置に。

 丁度巨大骸骨と同じ大きさに合わされたその十字架、首、腕、足、と各部位に当たる所から伸びたのは革でできた幾十のベルト。それは一瞬にして対象の動きを封じ、十字架に叩きつけるように引き寄せる。次いで、骸骨を磔にした十字架から、手、肩、足、腿、の位置に杭が飛び出しを骨を穿つ。

 【運命搾取の磔十字(オリゾラ・ロザリオ)】。杭を放った場所から吸引するのは捕縛した者の鮮血ではなく、その魔力である。


 ――魔術を行使するにあたり、必要不可欠なのが魔力である。なにも魔力がなくなると死ぬわけでもないが、魔力を使い果たした魔術師など唯の一般人よりも脆く、弱い。

 落ち着いた頭で考えれば、すぐに導き出せる答えであった。

 当然、相手は警戒するべき【死霊魔道】の術者。当然魔力も尋常の量ではないのは自明の理、故にハルアキは追撃する。


《『(トラップ):【設置型:吸魔の坩堝】』を選択しました。[10,000×1p]に加えコマンド【ポイント】【クイック】【マキシマイズ】によりコストが[×500]増加します。消費Pは[5,000,000p]です》


 磔にされた骸骨の足元に、眼のような形状の魔方陣が刻まれる。使用したトラップの効力を乗倍させるコマンド【マキシマイズ】により格段に魔力を吸引する量と速度が上がった【吸魔の坩堝】は、容赦なく死霊術士の魔力を吸い尽くす。


――オオオオオオオオォォォォ……ォォ……ォ……。


 一秒、二秒、三秒、……そして十秒を過ぎた辺りから、骸骨の声が小さくなり始め、変化が起こる。

 先ず初めにスケルトンの召喚が衰え、なくなり、豚皇帝が相手をしていた巨大骸骨が塵となる。そして二十秒を過ぎたころには磔にされていた骸骨も同じ末路をたどり、残ったのはその胸から零れるように落ちた骨の球体のみ。召喚されていた百足やアンデッドたちは目に見えて動きが鈍くなり、終にはその活動が停止、ばらばらになって地面に崩れ落ちた。


「……ふぅー」


 思わず、息を吐く。

 “まだ”決着はついていないが、死霊術士との死闘は終結したのだと、そう分かったからであった。




「うそ、だろ……」


 そして更に十秒後、ハルアキは呆然と、呟くように言葉を漏らした。

 その視線の先、自身の腕に抱えられているのは一人の少女。あの骸骨の肋骨に守られていた球体の中にいた、【死霊魔道】の術者である。

 耳が長く、金髪の髪。そして彼女の褐色の肌は、ハルアキはすぐに〈ダークエルフ〉の少女だと推察できた。

 だが、それは別に今じゃなくても問題ない。むしろ問題なのは、ハルアキの胸に刻まれた烙印が、未だ消えていないことであった。

 例え相手方の魔力が枯渇したとしても、ハルアキにかけられた【呪い】は続く。

 もちろん魔力が枯渇すれば無くなる呪いもあるのだが、今回は違っていたようで。兎にも角にもハルアキは死霊術士と対面することに決め、そして絶望をハルアキが襲った。


 ヒュー……、という、弱々しい呼吸が、少女の皺だらけの唇から漏れる。

 少女は、痩せていた。いや、痩せているというものではない。肉をすべて削ぎ落とされたと表現すべき、少女はそんな体をして、今にも死にそうな、枯れ枝のような、木乃伊のような雰囲気を放っている。そんな少女の容姿は、まるで生命を吸い取られたかのような、そんな状態だった。


 禁忌の【魔道】、その術者。彼等はその【魔道】の莫大な力に振り回される者たちである。

 ある者は破壊衝動や殺戮衝動に揺り動かされて、またある者は憎悪に復讐にとり憑かれ。また快楽や狂気に溺れて、導かれた【魔道】の魔術を行使する。そこに後悔はなく、躊躇もない。後先を考えずに魔力を使用し、果ては己の命をも代償に使う。

 その成れの果てが、この少女の姿だった。


 ヒュー……、と、弱々しい呼吸。

 枯草を連想させる指が震え、ボロボロになったハルアキの服の裾を微かにつまむ。

 どうしたらいいのか、ハルアキは考える。自身にかけられた【呪い】を外し、またこの少女の命を救う方法を。

 少女の回復の手立てならば、ある。それは【迷宮創造】に存在する特殊トラップ【女神の涙】というものだ。これはポイントを支払う代わりに、そのポイントに応じた治癒を対象者に与えるというもので、あの奴隷競売の時にジゼルを癒したのがこれだ。

 【女神の涙】は怪我や体力は勿論、失われた魔力も回復させ、そして生命力も回復させるという万能の治癒だ。ハルアキの見立てでは[10,000,000p]ほど支払えば、この少女を全快まで回復させることが可能だろう。

 だが、問題はその後だ。


 この少女を治すのはいい。しかしそのとき【女神の涙】は、対象者の“魔力”も回復させてしまうのだ。そして再び暴走すれば目も当てられないし、よしんばもう一度魔力を枯渇させて倒せたとしても、生命力を代償に魔力を補充しているのは明白なので、ただのループでしかない。

 やはり、この少女を殺すという手段しか、自分には残されていないのだろうか。

 仮に殺した者に呪いが発生するとしても、それはモンスターに指示すればいい。しかし後者の広範囲に及ぶという呪い、これはもう【住居層】に届かないことに賭けるしかないだろう。


「…………それしか、ないか」


 誰に対するものでもない、己のための呟き。

 ハルアキは痛む体を動かし、少女をそっと地面に下ろす。

 そして画面を開き、適当なモンスターを一体選択。そしてその牙を少女に向けようとして――――。


「――ふーんふーんふ、ふーん。エッヘヘッヘヘー。げーんせきの味はぁ~…………んん? おや? おやおやおやっ!? こぉれは、これは! 迷宮の主にして我らが創造主(クリエイター)っ、いや復活主(リザレクター)と言った方がいいかなッ?! まあどっちでもいいよね! エヘヘヘへヘッ!!」


 陽気な声。耳につく鼻歌交じりで森の角から歩いて来たのは、小型の街灯のような杖を担いた二足歩行の兎。

 一気に捲くし立てるように喋る姿にハルアキは呆気に取られるが、すぐにこの兎の情報を思い出して『ああ、アレか』と心の中で納得する。 

 ユニークモンスター、〈気狂い狡兎(バニー・バニー・バニー)〉。人語、獣語、亜人語、の中でも様々な言語を介し、様々な生物を騙すという説明が書かれていたモンスター。そして〈気狂い狡兎バニー・バニー・バニー〉の魔道は――――。


「……あ」


 色々と騒がしい兎を思考の隅に、ハルアキの脳内に電流が走る。

 そして思い出した。ハルアキがこの世界に召喚されて暫く経ち、あの場所で学んだことを。




『――いいか、“異世界人”。いや、トウドウ…………』

『春秋です。ジャルゲルクルートさん。季節の春と秋に……はわかんないですよね。ただのハルアキです。まあ、なんか苗字は捨られましたので』

『うむ、まあ“かんじ”とやらは興味があるが置いておこう。ではハルアキ、お前が今まで学んだ【呪い】のことを簡潔に、そして簡単に述べてみろ』

『はあ、えっと、【呪い】は魔術の一つで、相手に様々なバットステータス、いや異常を起こさせることで、色々な術具等を介する場合もあれば、そのまま何の道具もなしに直接術をかける時もある魔術……でいいんですか?』

『そう、その通りだ。つまり【呪い】とは美しく、且つスタイリッシュに! そして、相手を弱らせて駆逐させる魔術!! まさに我が騎士道に則った魔術だな!!』

『いや、あの、一体どこがスタイリッシュ……』

『口を慎め下郎ぅ!! この素晴らしさが理解できないヴァカが呪いの魔術を語ろうなど……、ふむ、人間種の寿命何年位だったかな?』

『地球ではだいたい八十……いや九十くらいだった、かな?』

『そうか、では十八年は語るな。さて続きだ。道具を使用した魔術ならば、その【呪い】はその道具を破壊することによって解呪することができる。ではだ、直接呪いをかけられた場合、どんな方法が一番解呪するのに簡単だと思う? ハルアキ』

『えっと、……術者を殺す、とかですか?』

『それだ。心臓が止まれば、正確に言えば頭を潰せば解決する。それが何故かといわれれば、【呪い】の魔術にはある一つの魔方陣……“核”に当たるものがあり、その核となる知識がここ、術者の脳内にあるからだ』

『脳内に? ああ、だから……』

『そうだ。先ほど貴様が述べたように、物を介した【呪い】の魔術は媒介が破壊されれば、それを経由していた【呪い】も破壊され、解呪される。それは核となる陣がその媒体に組み込まれているという理由がある。であるならば必然、媒介のない【呪い】は脳内に、正確には記憶を媒体にしているということになる。だから、脳を破壊するのだ』

『なるほど……。あれ、でもそうすると直接呪いかけた方が圧倒的に有利じゃないですか? ジャルゲルクルートさん』

『ヴォケが! 直接かけると言うことはだ、その“核”となる陣を四六時中思い浮かべていなければならなくなる。ハルアキ、貴様にそれができるか?』

『……無理、です』

『だろう、だからこそ我ら一族は己の肉体に陣を刻んでいるのだぞ? ま、私は出来るがなッ!! ハッ!! それに媒介を使った方が――――』




「…………なぁ」

「エヘヘヘへ!! なんか無視されて――エヒョ?! はーいはいはいはいはい! 何でしょうか復活者(りザレクター)!!? このウサギ出来ることがあれば、何でもは無理! というか嫌だけど!! エヘッ、エヘヘヘヘヘ!! まあ言ってみてくださいな!!」


 そしてハルアキは、その言葉を口にする。


「この()の……この()の、記憶をさ――――――」







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