蹂躙_03(七)
――オオォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛オ゛オ゛…………!!
ハルアキを殴りつけた骸骨右半身が、感情というものが一切含まれていない咆号をあげる。
大樹に叩き付けた拳を戻し、今度はそれを振り上げる動作。頭上に持ちあげた手の中に、ハルアキはいる。頭から血を流し、息も絶え絶え。力なくぐったりとした彼の姿は、既に意識すらも断たれたかに見えた。
しかし、そんなことで手を緩める訳がなく、ハルアキを握り締めた右腕は振り下ろされた。
高速で近づく地面、風を切る音がハルアキの耳に届く。
およそ十メートルを越える高さから投げられた己の体、されどハルアキには空を飛べる手段などなく、無抵抗のまま地面に激突する――――直前。
ハルアキ叩き付けられる筈だった地面から、水が逆流する滝ように跳ね上がる。
地面から噴出する水、その中にハルアキが飲み込まれて姿が消える。
湧き出る水は、まだ止まらない。
「――がはっ、げほっ、えほっ。………げほっ、ぉぇぇ……」
ばしゃばしゃと、水が迷宮の地面の土と混ざり、濁り始めた水溜まりの中を歩きながら、全身ずぶ濡れになったハルアキは咳き込んでいた。
地面に向かって投げられた際に『内装構築』でこの階層に点在していた『水の点』とでも言うべき地点を解放し、噴出した水に当たることで軽減したものの、全ての威力がなくなるはずもなく、背中にはジンジンと水に打ち付けられた痛みが広がっていく。
右腕はだらんと垂れ下がり、無事な左腕は右脇腹に。骸骨に殴られた衝撃は、肋に守られている内臓にまで牙を剥いていた。
(……あ゛ー、くっそ。やられた)
血の混じる咳を吐きながら、ハルアキは心の内で毒づいた。
敵対している相手との戦闘の仕方、自身の考えに対する反心、そして予想外の出来事における対処の速度、その全てが前よりも劣っているという現実を、身を持って教えられた授業料は決して安いものではなく、右腕、肋、右太股等の損傷及び軽度の全身打撲に近い負傷。そして胸に刻まれた死の呪い。
ハルアキはその烙印に書かれた文字は読めないが、脳に直接響いた【迷宮創造】のログ機能によって効果を大体想像できる。
一秒毎に変化する文字、それは皮膚と肉の間を何かが蠢くような気持悪さを感じるが、痛みを伴う訳ではない。
体は動く、まだやれる。そうしてハルアキが死霊術士の方に目線をやれば、そこには【森羅狂杭】で穿たれた等とは思えない、完全復活を遂げた巨大骸骨と、二匹の大型の鳥が戦っていた。
〈荒れ狂う昼の猛禽類〉
No,10121:〈荒れ狂う昼の猛禽類〉▲詳細
『消費P:[0p]
限界個体数:[1/1匹]
生息可能階層:第7、第8、第9階層
出現条件△
[前提条件]
・“魔獣型”モンスターが五種類以上発生している。
[条件]
・1つの【パーティ】に決められた規定人数の上限(その2)を越える。
・1000人以上の侵入者(1つのパーティ)が隊列を組む。
再出現必要時間:[120days+12:00:00]
特徴△
・決められた条件を満たすことで発生するユニークモンスター。
・狂鬼の三眼、黄金の嘴、上質のナイフと同等の翼を生やした、全長3メートルを越える巨体の鷲である。鉤爪は掴んだものを放さぬように鋭く尖っており、ただの金属ならば容易く貫けるだろう。
・非常に獰猛、肉食。基本的に肉なら食う。普通に生息可能階層にいるモンスターを食うこともある。
・活動期間は主に昼。生息可能階層、もしくは森林のフィールドの何処かに巣を作り、そこを寝床として使用する。襲った侵入者やモンスターたちの身に付けていた物は巣に放置されるため、運が良ければ主がいない時に財宝を得ることが出来るかもしれない。ただしそれを見られた場合……。
・基本的に迷宮内を俯瞰して獲物を探すが、匂いも獲物を見つけるための要因の一つとなるため、どうしても見つかりたくない時は体を草木の汁等を擦り付けることも有効だろう。
・〈荒れ狂う夜の猛禽類〉がいる時、〈荒れ狂う昼の猛禽類〉はたとえ夜でも活動する』
〈荒れ狂う夜の猛禽類〉
No,100124:〈荒れ狂う夜の猛禽類〉▲詳細
『消費P:[0p]
限界個体数:[1/1匹]
生息可能階層:第7、第8、第9階層
出現条件△
[前提条件]
・“魔獣型”モンスターが五種類以上発生している。
[条件]
・1つの【パーティ】に決められた規定人数の上限(その2)を越える。
・1000人以上の侵入者(1つのパーティ)が隊列を組む。
再出現必要時間:[120days+18:00:00]
特徴△
・決められた条件を満たすことで発生するユニークモンスター。
・外見は巨大梟であり、茶褐色の体毛。翼は大きく柔らかい、無音で空を飛べる利点がある。
・非常に獰猛、肉食。基本的に肉なら食う。普通に生息可能階層にいるモンスターを食うこともある。
・活動期間は主に夜(外の時間帯で)。生息可能階層、もしくは森林のフィールドの何処にある洞等を寝床として使用する。襲った侵入者やモンスターたちの身に付けていた物はそこに放置されるため、運が良ければ主がいない時に財宝を得ることが出来るかもしれない。ただしそれを見られた場合……。
・基本的に迷宮内を俯瞰して獲物を探す。耳が良く、空腹時の時は小さな音でも逃さない。
・〈荒れ狂う昼の猛禽類〉がいる時、〈荒れ狂う夜の猛禽類〉はたとえ昼でも活動する』
二匹は嘴から涎を巻き散らし、目を興奮で剥き出しにしながら骸骨を襲う。
鷹は肋骨の内一本を脚でへし折り、刃のごとき翼は骸骨の表面を容赦なく削る。
梟は器用に足をや背骨に引っ掛け足場にし、嘴で肩骨を砕き割っている。
骸骨がまとわりついた鳥達を叩き落とそうと腕を振るえば、敏感な彼等は翼を広げてそれを回避。そして隙を見て再び襲いかかるというヒットアンドアウェイ。
しかし、すぐにハルアキは加勢しようと【迷宮創造】の操作を始めた瞬間――――彼等は骸骨の腕に掴まれた。
「ギィイイイィイイイイイィィィッッ!!」
鳥にあるまじき狂声。
掴まれた二匹は己の胴体を鷲掴む腕から逃れようと四肢をばたつかせる。しかしその抵抗はほんの少しも意味はなく、骸骨はまるで泥団子どうしをぶつけるかのような動作で手と手を合わせて、捕えた鷹と梟を押し潰した。
《――ユニークモンスター〈荒れ狂う夜の猛禽類〉、〈荒れ狂う昼の猛禽類〉が撃破されました。『条件:100,000pの獲得』を満たしていることによri、転sEい判定を行Iま*す》
「……ん?」
そして、合わせた手と手の間から、『屍亡告知』の発動時と同じ蒼の輝きが漏れだした。
《ユ***モn*ター〈荒れ狂う夜の猛禽類〉、〈荒れ狂う昼の猛禽類〉の転■h**定を※※※※。【”m^成**確■□0,01%】に【Y*、剰…・!ヾヾ※P:―*”,―ェ?p】■【■■k※:”ヶ゛】の※※が?か*^す――【転『!||□※=―:……※※*】》
「お、おお……?!」
輝きは、より強く。
そして画面に表示され始めた文字化けに、ハルアキは驚きに目を見開いた。
《*。ー〈〈ヾスt*…〈荒h*※※【^*猛禽*,〉、〈■r**Y、う…!P*”ェ?k〉k※:”ヶ゛※※の■hY*、、剰…・X!ヾヾ※P:―*”,―ェ?p**※※※※。【”%】に【ヾ〈〉**※P:―*■■■■■■ ***ッ――――――――――――――――――――――》
…………ぶっ壊れた。オワタ。
意味不明な文字が表示されていく画面を見て、ハルアキがそう思ったのも無理はない。しかしそんなことを気にしていられなくなったのは、突如まともな文章に戻った画面に書かれた言葉を読んだからだ。
《――*、ヶ゛―――※ェ―――――ユニークモンスター〈荒れ狂う夜の猛禽類〉、〈荒れ狂う昼の猛禽類〉が一定値以上の干渉を受けました。これより前述された二匹のユニークモンスターの権限は【迷宮創造】の支配下から削除され、【死霊術士】の支配下に移動します。》
「はぁ?! ――っぅ、まじかっ!!?」
走る痛みに顔を歪ませながら、とっさに見たのは骸骨の手。何かに祈っているかねように指を絡ませている掌の中身に向けられた。
――ギョギェエエェエェェェ……!!
蒼い光が弱まると同時、合わされていた骸骨の手の内から姿を見せたのは一つの体に二つの頭。腐臭を放つバランスの悪い歪な胴に、長さが合っていない足が三本、右は梟、左は鷹、別々の翼を上下に動かし、ふらふらと今にも墜落しそうな一匹の怪鳥。〈荒れ狂う夜の猛禽類〉、〈荒れ狂う昼の猛禽類〉、それは二体のユニークモンスターの、哀れな成れの果てだった。
『ギュ、ギェエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!!!』
歪んだ胴体から生えた梟と鷹の口から、おそらくは咆哮だろうという奇声。そしてハルアキに向かって勢いよく降下。つけ間違えたような長さの合わない三つの脚で、獲物の命を刈ろうと突撃を敢行する。
そしてハルアキとの距離があと数瞬までと迫った時。
《『罠:【設置地雷型:丸鋸・縦】』を選択しました。[10,000×1p]に加えコマンド【ポイント】【クイック】によりコストが[×50]増加します。消費Pは[500,000p]です》
地面から飛び出してきたのは高速回転する巨大な丸鋸。切断に使う側面は地面と垂直になっており、それは刃を煌めかせ、罠の上にいた怪鳥を襲う。
そして、両断。鷹の首と梟の首の中間を丸鋸は通り過ぎ、怪鳥は正しく真っ二つに切断された。
だが、既に怪鳥は一度死んだ身。骸を【死霊魔道】で弄られた“彼等”はそう簡単には動きを止めず、半々となった体のままハルアキに向けて堕ちてゆく。
《『罠:【設置地雷型:百舌鳥の速贄】』を選択しました。[10,000×2p]に加えコマンド【ポイント】【クイック】によりコストが[×50]増加します。消費Pは[1,000,000p]です》
串、刺。
二つに両断された怪鳥の体を、更に地面から生えた無数の杭で刺し殺す。脚から頭まで、貫かれたのにも関わらず、杭に磔にされた二体の――いや二つの頭を持っていた一匹の怪鳥は、気持悪い濁声をあげていた。
「っ、んぎッッ!」
無駄なポイントを。ハルアキがそう惜しむ暇もなく、怪鳥とともに接近してきた骸骨の蹴りを避ける。
と、と、と数回地を蹴り、骸骨と自身の間隔を。今のやりとりだけで既に十数秒の時間が経過しており、胸に押された数字は刻一刻と変化していく。
体はまだ動く。痛みは走るが耐えられないほどではない。しかし、ハルアキは敵に向けて行動することが出来なかった。
――どうすればいい?
【死霊魔道】の術者を殺さずに、捕えるためにどうすればいいか、それがハルアキには分からない。一度転移可能になるまで逃げて、安全な場所にまで避難して作戦を立てて挑むか、という考えが頭に浮かぶ。
ポイントもまだ十分あり、行使出来るトラップの種類も多くある。その作戦も悪くはないかも――と思ったが、破棄。自身の胸にある【呪い】のことが気にかかるし、なによりそうしている間に相手がモンスターとかに殺されれば元も子もない。
そうしている間に、骸骨がみずからの手を下に振る。するとその足下の地面から幾十、幾百もの骨の腕が土砂をあげて生えてきて、ハルアキに襲いかかった。
骨、骨、骨。細い、太い、関節の間隔が長い、短い、指が多い、少ない、迫り来る多種多様な骨の腕から逃げ、避け、破壊しながらハルアキは地面を蹴り続ける。『内装構築』で地面を隆起させて距離をとるも、執拗に土を縫うように追ってくるそれ。ハルアキは思わず苦い顔となり――。
「っとぉ!!」
頭上から降ってきた骨の剛腕が、ハルアキの肩をかする。
危なかった、腕を持ち上げる骸骨と未だ向かって来る骨の群れを視界に収めながら気を緩めた瞬間、悪感。すぐにその場を跳躍する。
そして先程までハルアキがいた場所に振るわれたのは、あの巨大な骸骨と同じ腕であった。
(――――二体目かッ!)
腕の持ち主は、二体目の巨大骸骨。
心臓の位置に球体がないことから偽者――というより本体――ではないことが分かったが、それだけ。状況はますますハルアキの不利に傾いていく。
――ああ、いっそ一思いに倒せたらどれだけ楽か。
ハルアキは自身に課された制限に歯噛みする。
時間が経てば、術者を殺さなければ、自身が死ぬ。
しかし殺せば呪いで死に、また周囲に呪いを振り撒いてしまう、かもしれない。
倒したいが倒せないジレンマ。しかし早くしなければ胸に押された烙印で自身は死ぬ。
その状況は、ハルアキを混乱の渦の中に陥れ、またそれによる焦燥感で上手く考えがまとまらなず、案の一つも思いつけないという悪い流れを生み出して。
そして、そんな最悪に近い状況に、悠々と“彼”はやって来た。
「ぷぎー」
場違い過ぎる、鳴き声がした。
と、同時に巨大骸骨の内片方――本体ではない方の四肢が瞬き一つの間に粉砕されて、一拍の間を置き胸骨の部分を陥没させて吹き飛ばされる。
…………何が起きた。と驚くハルアキの目の前に、いつの間に近づいたのか、それはいた。
まず目についたのは宝冠。金細工をふんだんに使われた枠組みに、ふっくらしてそうな布が張られている。
次にマント。綺麗な紅一色に染まった、風に揺られてはためくそれ。縁には柔らかそうな羽毛が“こんもり”と形容詞がつけられるほどに盛られている。
最後に杖。ハルアキの身長位、大体百八十センチ前後の大きな杖。軸は何かの木で作られていて、その先端には直径三十センチを越えた美しき宝玉と形容すべき宝石が填められている。
そしてそれらすべてのアイテムの持ち主は、可愛らしい小さな子豚。
体長は六十センチほど。つぶらな瞳、滑らかそうな皮膚は薄い肌色。二又に分かれた蹄で器用に片手で杖を持ち、本来四足歩行であるはずの生き物が、これまた器用に二本の足で仁王立ち。彼を一言で表すならば、まるで子豚の王様だ。
されど誰が知ろう。その正体が、今回攻め込んで来た一万六千人を越えるリュシカ軍の内、約九パーセント、およそ千四百人を“全員”――たったの一撃で屍に変えた化け物であり怪物だということを。
「ぷ、ぎー」
ユニークモンスター〈豚皇帝〉、降――――臨。
[12:07:59]
――次の転移可能時間まであと[00:01:40]
――ハルアキの死亡まで、あと[00:01:31]