蹂躙_03(六)
トラップ、【獄門鬼の砲弾】。
ハルアキがこのトラップをよく使用する理由は、【迷宮創造】の中でも便利な【コマンド】を使用出来て、尚且つ消費ポイントに対して威力が上位に属するからだ。また、発動条件と効果単純なことと、その砲弾を一直線に飛ばすだけという使いやすさもその理由のひとつである。
数多くある罠、その中でも上位の威力ということは、例え強者とはいえ直撃すればかなりのダメージを負わせることが可能な程で。【ポイント】【クイック】等のコマンドにより消費ポイントが倍増したとしても他のトラップよりかは確実性が高い。【獄門鬼の砲弾】はハルアキにとって、そんなトラップであった。
「罠、発動」
《――『罠作成:【獄門鬼の砲弾】×1』が選択されました。50,000p×1に加えコマンド【クイック】【ポイント】によりコストが50倍されます。使用Pは2,500,000pです》
ハルアキが呟くと同時、ずるり、と地面から生えてきた鬼髑髏の砲台が込められた弾を衝撃と共に吐き出して、轟音が響き渡る。
ハルアキの意思に従い発動された【獄門鬼の砲弾】の目標は、迷宮第一階層を歩んでいる巨大な骸骨――【死霊魔道】により召喚された巨大な骸骨の肋骨に守られている骨の球体。おそらくはそこに術者がいるとあたりをつけたハルアキの考えの上、コマンドのひとつ【ポイント】により設置された【獄門鬼の砲弾】は、ハルアキのいる位置の真逆から目標に向かう。
数秒も経たぬ内に巨大な骨が砕ける音が盛大に鳴り、砲弾は骸骨の肋骨に着弾した。弾は心臓の位置よりも少し離れた場所に命中し、その丸太のような大きい肋骨を三本程を粉砕する。かなりの衝撃があったのだろう、骸骨はと、と、とたたらを踏み、バランスを崩す。
もし、砲弾が当たったのが唯の巨大な生物であれば、ここで地面に膝や腕をついたり、もしくは倒れこんで悶絶などをするだろう。何せ肋骨が数本もっていかれたのである、苦しまない方がどうかしている。
――しかし、相手は骨。それも作り物の、紛い物。
「……ちっ」
思わず、ハルアキは舌打ちする。
彼が顔を歪めながら、まるでダメージを負っていないかのように平然としている骸骨の姿を視界に認める。そしてハルアキが次の行動に移る前に起きた現象は、骸骨の節々を覆う黒の霧が砕けた肋骨の位置に集中し、そしてまた新たな肋骨が生え始めた光景だった。
そして、それを見届けた直後。
『――――ァァアァ』
「っ?!」
背後からの声。
すぐにハルアキが背中をかけていた木から飛び退くよりも速く、蒼白い、半透明の腕がハルアキの四肢に巻きつくように絡みつく。
「っぅ――、くそっ!!」
しまった、そう思いながらハルアキは半透明の腕を狙い手に持った剣を振るも、まるでそこには何もないかのようにすり抜ける。
腕や脚、接触している箇所からは怖気を与える寒さが伝わり、気を抜けば心すら凍えそうな恐怖がハルアキを襲う。
身の凍える、悪感。
例え“異世界人”としての恩恵があるといっても、その感触に慣れていなければどうしようもなく。その隙を突かれたハルアキは抵抗らしい抵抗を出来ずに動きを封じられ、何もない筈の中空に磔にされる。彼の四肢にはそれぞれ二体ずつ、蒼白く光る亡霊に掴まれており、触れただけでも気分が悪くなる冷気をその身から発していた。
〈ゴースト〉。
それこそがハルアキの動きを抑え込んでいるモンスターの名前であり、また【死霊魔道】に殺された者達の末路であった。
一度目の攻撃を受けて、即座に探知用として展開された彼等は、死霊術士に命じられた通りにハルアキを見つけだし、それを即座に報告する。
『――、――――』
だが、それを主に伝え終わる前に。
『――ッ?!』
彼等に捕えられていたハルアキの姿は、跡形もなく消えていた。
一瞬にして、ゴーストが気がつく暇もなく。
【迷宮層】第六階層。
そこは石や岩で囲まれて形成された、一面岩だらけの迷路であった。
この階層の特長としては一階層のように平坦な土地ではなく、坂道等の急斜面や、屋内のように天井がある部屋、数階建になっている部屋等が存在することだろうか。
第六階層は第一階層と同じく通路等が天井までしきられてはいないが、空を飛べばまず間違いなく格好の餌食となるだろうという構造をしており、例えるならば全ての建物の材料が石や岩で出来たサバイバルゲームの空間に近い。故に直線の通路が多々あり敵の早期発見等がしやすい第一階層とは違い、第六階層は奇襲や隠密行動に利点があるということが、この階層の最大の特長であり、重要な点だ。そしてその空間に造られた部屋の一つに、ハルアキはいた。
「あっぶなー……。いや思ったより厄介だわあれ」
ゴーストと接触した箇所の一つである腕を擦りながら、ハルアキはありえねー、と呟いた。
ゴーストに捕えられた時、たまたま開いていたウィンドウ画面からとっさに階層移動を選択したことにより脱出に成功したが、それにともなうタイムラグ――一定時間内に移動すると次の移動までにかかる時間の増加――を考慮すれば、あまり喜ばしいことではない。
(さて、どうするかな……)
ハルアキは迷宮第六階層の迷路を形作る石の床に座りながら考える。
音速を越える弾丸を心臓の位置を真後ろから放ったにも関わらず、それに反応できる反射神経、兼、骨の数本などものともしない高速の自己修復機能。それらを備えているあの巨大なスケルトンはかなり厄介な強敵にまず間違いなく、また倒す方法に苦労する敵だ。
一応、あの骸骨だけならば、ポイントを惜しまず注ぎ込めば簡単、とはいかないまでも確実に倒せる相手ではある。しかし今回ハルアキが相手にしているのは、禁忌とされる魔道のひとつである【死霊魔道】、その術者だ。常識という次元を隔絶している“勇者”は例外として、ハルアキにとってあの巨大骸骨を操る術者は特殊なスキルを持つ“異世界人”に肩を並べる、ないしそれ以上の危険を孕むほどの存在である。そんな彼、彼女たちが切札等を持っていない筈がなく、あの骸骨だけに全力をかけてポイントを消費するというのは無駄、とはいかないが、少なくとも良策ではないというのは明らかだ。
ならば、どうするか。
ハルアキが至った結論は、極単純で、簡潔だ。
「すぅー……」
息を大きく吸い、数秒溜める。
この深呼吸は自身の精神を落ち着かせるためと、気合いを己に入れるために。
“異世界人”であるハルアキには一応アンデットに対する耐性を保持していることは確認済みだ、されど即死系統の魔術に対する耐性を保有しているかと言われれば、その答えは不明である。というかハルアキは即死系統の魔術なんて存在するかどうかすらも知らないので、確認の仕様がないのである。
しかし、万が一【死霊魔道】で習得できる魔術の中にあるとするならば――――その不安は、ハルアキの心に恐怖を抱かせるには十分すぎる。
「はぁー……」
息を吐く。
今から飛べば、連続転移の制約により最短でも三分間は転移が出来なくなる。できれば時間を置き、余裕を持って死霊術士との戦闘に臨みたい所だが、そういうわけにもいかないのが現状だ。
その原因は、外部から来るモンスター達は一部を除いてハルアキには指示することが不可能だということにある。
[12:06:42]。
現在の時刻はコマンド【黄昏の謳香】を使用してから四十分ほどが経とうとしているが、幸い、未だ外部からのモンスターの流入はない。しかし、既に四十分。つまりそれは外から大量のモンスターの群れがいつ来てもおかしくない状況に迷宮は置かれているということだ。
もし外部からのモンスターがくればハルアキ自身の危険が高まるし、死霊術士の命が奪われる可能性が上がってしまう。そうならないためにも死霊術士との決着は早い方がいいのであった。
(今まで通り、やらせてもらいますか)
切札があるなら、出せなくしてしまえばいい。
この迷宮を創造する前からやってきたことを実行するだけ。それがハルアキの出した答えであった。
「――転移、第一階層」
《【転移:第一階層】を指定しました連続行使により再使用に対し制限が発生します。
[00:02:59]》
――オォオォォォォォ……!!
迷路第一階層、怨嗟が混じった声を出すのは、汚れのない骨の白と間節の隙間を埋めるおぞましい黒のモノトーンカラー。頭部には蒼く脈動する文字に紋章が輝き、偽りの命を謳歌する。四肢には人やモンスター等の骸が巨大骸骨の肉を形成するように固められ、圧縮された死骸の間からは濃い紅い色の液体が滴り落ちている。
「……うわあ、なにあれぇ」
そんな相手を見ながら、思わずハルアキは言葉をもらす。
ハルアキが転移した場所は死霊術士(巨大スケルトン)から約五百メートル、近すぎず、ちょっと遠いといった距離である。
先ほどは二百メートル付近にいたのにも関わらず発見されたので多少念を入れた距離、そんな場所から魔力で強化された眼で見た景色は、なんというか、壮絶だった。
ゾンビ、ゾンビ、スケルトン。
迷宮内で殺され復活されたアンデットモンスター達と、【死霊魔道】によりアンデットに堕ちた迷宮のモンスターやリュシカ兵士達、そんな偽りの命を持った彼等が巨大スケルトンを中心に繰り広げている戦いは、正しく地獄であると言っていい。
腕が飛び、首が飛び、しかし絶叫一つあがらない。戦場には剣や盾がぶつかり合う音だけが響き渡り、また下半身がなくなっていても戦うことを止めないでいる。
確かに唯のモンスターでは敵の戦力に吸収されるからとアンデットモンスターだけをけしかけはしたが、こんな異常を通り越して異様な光景が展開されるとは予想外の一言に尽きた。
しかし、まあ、それはいい。一応、彼等は足止めという役割を果たせているから許容範囲ではあるのだが、どうも気になることがある。
(…………骨、じゃなくなってる?)
それは、巨大なスケルトンの四肢を見て気づいたこと。第六階層に避難する前までは骨だった部分が、赤黒い筋肉のような物に覆われているのだ。それはまず間違いなくハルアキの勘違いではなく、胴体や頭部は変わらず骨のままのようだが腕等は肘の辺りまで肉がつき始めていた。
一体何が起きているのか。それを知るために注意深く観察すれば――その答えはすぐに出た。
骸骨の四肢に付いた筋肉のようなもの。確かにそれはれっきとした肉であった。そう、確かにそれは肉であるのだが……。
「……死体、か」
巨大なスケルトンの四肢に付いた赤黒い筋肉の正体は、幾十もの骸の筋肉が束ねられて形成された、作り物の筋肉だ。
しかしそれがあたかも生きているかのように脈動しているのを見ると、唯のはりぼてではないことは一目瞭然。つまりあれは、殺した相手の肉を吸収しそれを己の糧にするという、気におぞましき受肉法の結果であり、また全身を作り物の筋肉で覆うための過程であった。
肉の補充元は、おそらく足下に広がる地獄絵図からか。
元からするつもりなどなかったが、長期戦は不利。そのことを再認識したハルアキは、即座に行動に移る。
ハルアキにしか見えないウィンドウを開き、目的の項目をタッチ。そして、それを起動する。
《【モード:内装構築】を実行します。座標を指定してください》
内装構築、これは文字通りのものであるのだが、ハルアキにとってこれはただそれだけのものではなく、こと戦闘においては強力な手札となる、そんな最高の機能の一つであった。
その手札を今、切る。
《――座標が指定されました。内装構築を開始します》
同時、十メートルを越える巨体の骸骨が宙に浮く。いや、押し出されたといった方がいい。その証拠に骸骨の足下の地面はまるでそうであったかのように、縦横二十メートル、高さ五メートルほどのブロック状に隆起していたのだから。
【一メートル四方の土】の増加につき[1000p]。
それが【迷宮創造:内装構築】の操作項目の一つであり、またハルアキにとって【迷宮層】における絶対的なアドバンテージの一角だ。
決められ対価を払うことによって、ほぼ制限なく、自由自在に迷宮内の地形操作を可能とする。複雑な形を指定するのには時間がかかるが、今のようにただ四角いだけの形状ならば数瞬で終わる。
当然、ダメージは与えられないが、それでも体制を崩したりすることにより、相手を無防備に晒すことや、また分厚い防御壁として行使することも可能とする。
そして、その後のトラップ等によるコンボは、地形操作の脅威を乗増させるのである。
「――さあ、来いよ」
《『罠作成:【獄門鬼の砲弾】×1』が選択されました。[50,000p]に加えコマンド【クイック】【ポイント】によりコストが50倍されます。使用Pは[2,500,000p]です》
轟、音。
空中に投げ出された骨の体躯に目掛けて、容赦なき砲弾が振るわれる。
【獄門鬼の砲弾】は丁度背骨辺りに着弾し、その身にかけられた威力を余すことなく発揮する。しっかりと地に足をつけていた時でさえ数歩よろめかしたその威力、何も支えの無い中空でくらえばどうなるか。
そしてパギメギッ、と骨が砕かれる音と共に、巨大骸骨が宙を舞いながら吹き飛ぶという冗談のような光景が、迷宮内に広がった。
「――『構築』」
《内装構築『土作りの階段』を選択しました。体積に応じてポイントを消費します》
そんな中、ハルアキは内装構築により形成した土の階段を駆けて、此方に吹き飛ばした骸骨に接近する。
土で作られた、人二人分程の幅を持った階段の高さは周囲に生えた木々を優に越え、登り終える場所は丁度骸骨が吹き飛んでくる位置に合わされていた。
魔力により強化された肉体は数秒足らずで目的の場所まで体を運び、そしてハルアキは力を込めて階段の頂上から跳躍する。
骸骨との距離は二十メートルをきり、ハルアキの攻撃の準備は整った。
あとは接近するだけ、という所で骸骨が動く。
風を切る、右ストレート。
仮初めの筋肉が大きく隆起し、直撃すれば挽き肉になるだろうという一撃は【獄門鬼の砲弾】が直撃した衝撃で体制が崩れているにも関わらず、正確にハルアキへと狙いを付けて振るわれる。
しかし、それが当たる前に『内装構築』。瞬時に天井から伸びた幾つかの土の支柱一つの側面にハルアキは足を着けて蹴り、加速。
そして剛腕を避けて、再び別の支柱の側面に着地し、再度跳躍。新たに振るわれた骸骨の左腕を回避した。
敵との距離、十三メートル。
これで“条件”は、揃った。
「トラップ!!」
宣誓。
その狙いは吹き飛んでくる骸骨の頭部。ハルアキの目的は殺害ではなく、戦闘不能に追い込むこと。故に、先ずはこの馬鹿でかい骨から破壊する。
これは、そのための宣誓だ。
――トラップの発動には、それ一つ一つに幾つもの異なる条件が存在する。それはポイント以外にも使用できるコマンドの種類や、設置可能な位置や階層等も当然含まれており、トラップのランクが上になればなるほど、その条件の難易度や扱いずらさ、消費するポイントの量等は上がっていく。
『【迷宮創造】のスキル保持者を中心に十五メートル以内』。
この条件の意味することは、ハルアキが侵入者と十五メートル以内の位置に居なければ発動することが不可能というものであり、ハルアキが侵入者とそれほどまでに接近しなければならない状況に置かれているということ。
そして、トラップとしてのクラスは最上位だと言うことである。
「発――――動ッッッ!!」
トラップの発動、成る。
《『罠:【森羅狂杭】』が選択されました。使用Pは[5,000,000p]です》
それは一瞬。
大樹が堕ち、骨の半身を紙のごとく貫いた。
『肉を乞え、骸は大地を這い回る』により創られた骸骨は、防御や抵抗など許されず地に沈み、残る左半身は玩具のように無様に散らばり、文字通りの屍を晒す。
関節を包んでいたどす黒い霧は蒸散し、残ったのは巨大な骨と、心臓の位置にある球体状の骨のみ。天井から現出した、直径十数メートルを越えた大樹は杭のように鋭利な根を中心に迷宮の大地に深く埋まり、周囲の地形を変形させた。
衝撃の余韻を残しながら、辺りに静寂が広がっていく。吹き飛んだ土がぼとぼとと落ちて、大地に撃ち込まれた大樹はばさばさと枝を揺らしていた。
【森羅狂杭】、それは地形を変える程の威力を持って堕とされる、巨大な大樹の杭である。
自動補足、任意発動、大地に撃ち込まれた後属性が罠から迷宮内オブジェクトに変更される等が効果に含まれている代わりに莫大なポイントを持っていき、そして大樹が被る場所には撃ち込むことが不可能という欠点があるが、その威力は絶大だ。
ハルアキは迷宮オブジェクトに属性が変更された【森羅狂杭】の枝の一つに着地し、下に広がる光景に多少の安堵を得る。
――――良かった、まだ死んでない。
ハルアキにとって【森羅狂杭】の発動は、相手を一撃で屠ってしまうか、ギリギリ戦闘不能の状態に持ち込めるか。……或いは、全く効かずにカウンターを決められるかという、ある種一つの賭だった。
しかし、結果は真逆。寧ろ一撃をもろに直撃したことで、殺してしまったか?と冷や汗をかいてしまったほどだ。
そして今、“一応”という言葉がつくが、《ファンタジア》の最上位の存在にも有効なこのトラップ、直撃しても然程効かない可能性も考慮はしていたのだが、見る限りでは骸骨は大破。復活しないことから戦闘不能の状態に持ち込めたことをハルアキは確信する。
ただ、問題は。
「ここから、どうすりゃいいのかねぇ……」
【死霊魔道】の術者、その対処の方法だ。
別に、ハルアキは侵入者は生かさず殺さずがモットーです、という訳では断じてない。
ハルアキが初めてこのスキルを行使した――前の迷宮の時は、迷宮の管理者として“決して逃すな”という指針を実際に血反吐をはくまで、というか吐いていても情け容赦なく叩き込まれたので、その辺の常識は完膚無きまでにぶち壊されている。
では何故ハルアキが死霊術士の安否を心配しているかというと、それは【死霊魔道】の特性にあった。
曰く、【死霊魔道】の使い手が殺害された時、殺害した相手には致死の呪いが掛けられる。
曰く、【死霊魔道】の使い手が絶命した場合、その周囲の土地には【呪い】が発生し、不浄の土地と化してしまう。
これは昔とある場所に保管されていた文献で読んだだけで、本当にあるかどうかは知らない。しかしその情報は、ありえないと一笑に付すことが出来ないものだ。
特に後者が本当だった場合、一体どの程度の範囲で【呪い】がかかるのかが分からないのがハルアキの不安を掻き立てる。【迷宮層】だけならばまだ、いい。しかし万が一【住居層】や地上にまで呪いが及ぶとすれば、それはハルアキにとって最悪な結果であることに他ならない。
だからこそハルアキは死霊術士の無力化に拘っていて、その後の対処に悩んでいるのだが――――衝撃。
ハルアキの右半身から暴力による力が伝わった。
「ぇ」
視界に写ったのは巨大な骸骨、トラップで撃ち抜かれた筈の右半身。筋肉は無くなっているが、人一人分ほどの大きさを誇る右拳がハルアキの右腕の上から、脇腹を中心にして殴られている。
右腕の骨が、折れる音。
無意識の反応。少しでも威力を軽減するために、殴られる方向に跳躍する。
しかし、余りにも遅すぎる。
ハルアキは、知らなかった。
自身が破壊した骸骨が、【死霊魔道】の魔術によって、魔力によって創られていたということを。
あの骸骨は、魔力によって部分的に修復、遠隔操作が可能だということを。
めきり、肋骨に亀裂が入る音。
右腕を通して伝わる威力は、生半可のものではなく。
ハルアキは、忘れていた。
戦闘において、何が致命的かということを。
戦場において、油断は死を意味するということを。
本当の意味での戦闘不能の状態とは、即ち相手の絶対的な“死”だけだということを。
気を抜いた瞬間、全てが終わる。
戦いとは、そういうものだ。
見事に入った骸骨の剛腕。その拳には一切の加減も躊躇も慈悲も情けも慢心も愉悦も悲哀もなく、ただハルアキという生物を殺すための殺意が乗っただけで。幾つかの枝に乗った不安定な体制から、込められるだけの力を込めた右腕が容赦なく振り抜かれる。
地面に根を生やした【森羅狂杭】の巨大な幹に、骸骨の拳が突き刺さった。
「――――ごふっ! ガッッはッ!!」
吐血。
骸骨の拳に血が付くが、当然のごとく動きは止まらない。右半身のみのそれは油断なく、追撃を濁声とともに開始する。
――『魔術抽出・魔道書原典【ネクロノミコン】:44頁・第3項目=屍亡告知【贄:捌陌】』。
突如、ハルアキの体を押さえ付けている拳が蒼く発光、その光りは瞬く間に強い輝きを放つようになり、彼の体を包み込むように広がっていく。
そして、骸骨自身が取り込んでいた、総数百は軽く越える〈ゴースト〉や〈屍霊兵士〉等のレイス型モンスターがハルアキを包み込んだ蒼い光りに溶け込んだと同時、その魔術は効果を発揮する。
《――“致死”属性の魔術が発動されました。ハルアキの【迷宮創造】の耐性により、『屍亡告知』をレジストします》
一拍の間を置かず、魔術の連続発動。
再び大量のゴーストが蒼色の膜に溶け込んだ。
《“致死”属性の魔術が発動されました。ハルアキの【迷宮創造】の耐性により、『屍亡告知』をレジストします》
もう一度。繰り返し、繰り返し、魔術を放つ、放つ、放つ。
《“致死”属性の魔術が発動されました。ハルアキの【迷宮創造】の耐性により、『屍亡告知』をレジストします。“致死”属性の魔術が発動されました。ハルアキの【迷宮創造】の耐性により、『屍亡告知』をレジストします。“致死”属性の魔術が発動されました。ハルアキの【迷宮創造】の耐性により、『屍亡告知』をレジストします。“致死”属性の魔術が発動されました。ハルアキの【迷宮創造】の耐性により、『屍亡告知』をレジストします。“致死”属性の魔術が発動されました。ハルアキの【迷宮創造】の耐性により、『屍亡告知』をレジストします》
そして、『屍亡告知』の発動が十を越えた時、ハルアキの“それ”は限界を迎えた。
《『屍亡告知』がハルアキの【迷宮創造】の耐性を上回りました。レジスト――――失敗。“致死”属性の魔術のレジストに失敗しました》
瞬間、ハルアキの胸に熱した金属を押し付けられたような激痛が走る。
「――が、嗚呼゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!」
苦悶の、絶叫。
蒼い輝きがハルアキの胸に収束していき、押されたのは死の烙印。荊が絡み合ったようにも見える歪んだ円の中心には、この世界で使われていた古代の文字で【120】と書かれていた。
『屍亡告知』。
それは犠に捧げた死者の数だけ強化されるという性質を持った、対象者を問答無用で死に到らしめる致死魔術。
烙印に書かれた数字の意味することは、“対象者の余命宣告”。つまり簡潔に言えば、あと【120秒】で、ハルアキは死ぬ。
一度くらってしまえば解呪方法はほぼ存在せず、癒しによる解除は今のハルアキに置かれた状況ではまず不可能。また、魔術を行使した者がこの呪いを解除するということは万が一にもありえない。
故に、ハルアキに残された手段は一つ。強制的にこの魔術を解除させること。それだけだ。
そしてそれは同時に、『屍亡告知』をかけた張本人、【死霊魔道】の術者を殺すことを意味していた。
[12:07:34]
――次の転移可能時間まであと[00:02:08]
――ハルアキの死亡まで、あと[00:01:59]