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蹂躙_03(参)

《――【戦に飢えるモノ達】の召喚が終了しました!

【戦に飢えるモノ達】が【リュシカ王国軍迷宮探索隊】に向けて【決戦】を申し込みました!!》

《【リュシカ王国軍迷宮探索隊】のパーティ判定は【軍】です! 自動受理されます!!》

《これより【戦に飢えるモノ達】と【リュシカ王国軍迷宮探索隊】の【決戦】を開始します!!》

《CAUTION!!

【決戦】の際は、発動している【コマンド】、『(トラップ)』は無効となります!! ご注意下さい!!》

《【決戦】の条件が確定しました!

【荒野】、【昼】、【無制限】、【相手勢力が10人以下となる】、以上の条件で【決戦】を始めます!!》







◇■◇■◇――――――――――――――◇■◇■◇






 広がるのは荒野。

 見渡す限りに広がっている索莫たる台地には木々等一本も生えておらず、所々に土の地肌を覗かせていた。

 空気が乾いている。その大地には風は吹いておらず、また天に目を向ければ、絵画のような偽物の空から射す光が荒野を照らしていることがすぐに分かるだろう。


 ――ざり、と地面に生えている草と土を踏む音を鳴らしたのは、若い一人の青年だ。

 茶色が所々に混じる、短めの黒髪。瞳の周りが少し充血して赤くなった黒目。

 体は細くはないが、決して体格がいいという訳ではなく、正に一般人と見間違うだろうといった彼は、自身の胸、肘、膝、局部だけを覆う軽装を身に付けて、最低ランクの為ながらも、確かに魔力を内包している『魔武器(マジックウェポン)』の剣やメイス等の幾つかの武器をぶらさげている。

 装備だけを見れば戦士に見えるが、しかし体格は一般人というアンバランスな彼の腰には、そこに巻いた数本のベルトに佩いた武器と一緒に吊されている幾つもの袋。

 厚地の布で作られたその袋は、布に通した紐を使って袋の口を絞っていて、ジャラ、という硬い物がぶつかり合う音が、それの中から響いていた。


 その青年の名を、烏丸清人といった。

 汗一つ掻いていない彼は片手を後頭部にやり、がしがしと髪を掻きながら、すぐ横に佇む上司に声を掻ける。


「――なあ、フェアブレア。ここ、何処だ?」

「さあ、な。少なくとも先程とは違う場所だ」


 目の前に広がる荒野を見続けている金髪の男性、フェアブレアはその清人の問い掛けに対し淡々と答えを返す。

 清人はフェアブレアの態度にはむっ、と眉をひそめたが、まあそうだろうと内心で頷いた。


 ―――《【戦に飢えるモノ達】が【リュシカ王国軍迷宮探索隊】に向けて【決戦】を申し込みました!!》。

 フェアブレアや清人達を含めた【リュシカ王国軍迷宮探索隊】は先程、脳内そんな声とも分からぬ声が響いた直後、一瞬の内にこの荒野へと飛ばされた。

 荒野に転移されたのは生き残っていた者達だけであり、迷宮突入前と比べてみれば、彼等の数は著しく減っている。また、生きている兵士達はその殆んどが何かしらの血や傷を負っており、酷い者では片腕や片足が無くなっているものまでいる始末。リュシカ王国軍の兵士達にとって、死体がアンデットになって復活しないのが、この荒野に飛ばされてからの救いである。

 まあ、清人にとってはたかが弱者の一人や二人、どうでもいい話なのだけれども。


「……なにかフラグでも建てたのかねぇ」


 にや、と愉快気な笑みを浮かべ、清人は視線を上に持ち上げ、光を照らす天井を見る。そこには本物と見間違う程正確に描かれた雲と青空。偽物の太陽から放たれる光が熱を有していることが、清人にとって不思議であった。

 そう、ここは先程までいた【迷宮】第一階層とは別の空間で、ならば自分達が生きてこの迷宮から出られたのかと言えば、そうでもない場所なのだ。

 この広大な荒野という空間は、いわば巨大なドーム状の空間となっており、出口は未だ発見ならず、逃げ出すことは叶わない。というよりも清人達はたった今ここに飛ばされたばかりなのである、何が起こったか分かってない者が大半であり、やっと今、清人にとって有象無象である兵士達の混乱する声をあげ始めた所であった。


(…………うるせえなあ)


 ここは何処だ、俺を帰せ、と喚く兵士達の声に対してため息をついてから、清人はそういえば、と周囲を見渡す。

 清人がこの事態に混乱していない理由は一つ、自分達に起きた転移は慣れ親しんだ海斗のスキルだと分かっていたからである。というのも清人はもう一人の異世界人しか転移の異能を行使出来る者がいなかったためであるのだが、まあ彼ぐらいしか大規模な転移を行える者がいないのでその判断は仕方がないことだろう。


 清人は周囲を見渡し終わり、んん? と首を傾ける。

 ――あれ、あいつ来ねえなあ。

 清人の横の地面に敷かれているのは、海斗が【転移術】を行使するために必要らしい魔法陣を描かれた布だ。何かあればすぐにこれを敷いて海斗の到着を待つことになっているのだが、反応なし。ならば、ともう一度周りを見るが、いない。

 海原海斗の姿が、ない。

 そのことを認識した時、すぅ、と嫌な予感が清人の背中を這った。


「………………まさか、な」


 小さな声で、清人は恐る恐る呟く。

 まさか、そんなことはありえないだろう。


 だから清人は小さな声で、恐る恐る呟くように口を開く。


「………………フェアブレア、海斗どうなってっかるか分かるか? 見当たらないんだけど」


 その声は、すぐに帰ってくるだろう、という楽観的な、しかし説得力のある返事を期待している感情が含まれてはいたが、横に立った清人に目を向けずに、じっ、と前を見ているフェアブレアの口から放たれた言葉は、清人の期待をいとも容易く裏切った。


「――恐らく、死んだな」


 簡潔に、述べられる。


「…………え?」

「カイトの姿が此処にはない。異常事態が起きたらすぐに戻れと言ったが転移()んでくる訳でもない。迷宮の状況を見るに死んでいる可能性が高いとは思うが――――まあ、死んでないとしても今此処にいない時点で期待するのはやめておけ」


 話は終りだ、とでも言うように、フェアブレアは口を閉じる。清人は数秒呆けていたが、あ、あ、あ、と彼が淡々と述べた言葉を理解する。


 ――――異世界人、海原海斗は死んだ。


 ありえない、と烏丸清人は心の中で叫んだ。

 そんなのことは、ありえない。あの【転移術】を使える彼が、逃げることが出来ずに殺された?一体モンスター如くにどうやって、という話である。

 だがしかし、フェアブレアはこう言った、彼は死んだと。いつも通りの説得力がある口調で淡々と。眉を寄せる訳でもなく、涙を流すでもなく、本当に淡々と。

 表情一つ変えずにいるフェアブレアに、清人は思わず口を開いていた。


「な、何言ってんだよフェアブレア……! そんな、そんな簡単に、死ぬって言ってんじゃねェよ!! ふざけんなッ!!」


 肩が震え、声が荒げていたが、清人はそんなことを気にするよりも、フェアブレアに先の言葉を取り消して欲しかった。

 自分から聞いたことだったが、そんなことは関係ない。先程フェアブレアが海斗を少しでも馬鹿にする言葉を吐いていたら、清人はすぐにでも彼に飛び掛っただろう。それほどまでに、烏丸清人は憤慨していた。


 フェアブレアはそんな清人とは対照に、はぁ、と軽いため息を吐いて、如何にも面倒だといった態度で口を開く。

 そこからは当然、清人が期待した言葉が出ることはない。


「……清人、お前は私に聞いた、私はそれに答えた。それだけだ。私はお前の文句等聞く気は無い。

よく聞けキヨト。私の結論は、カイトは既に“死んでいる”だ。もしくはそれ相当の事態に陥っているかだが、さっきも言ったように」「っ、だからお前なぁ!!」


 声を声で中断させた清人、彼の表情は怒りを隠すことなく写しており、近付き難い雰囲気を放っていた。

 フェアブレアは面倒そうに清人の方をちらと一別し、そして口を開く。


「なら、自分で捜しに行け」

「は?」

「だからさっさと捜しに行ってこいと言ってるんだ――――ほら、来たぞ」


 そう呟いて、フェアブレアは剣を抜く。

 何が? と聞こうとした清人はフェアブレアの視線を追って、その言葉を失った。



 ――――ずしぃん。



 それは、重い金属の出す音だ。

 何十にも重なって響いたそれは、確かに清人達が立つ地面を震わせた。


 ――――ずしぃん。


 もう一度。

 遠くから聞こえてくる音なのに、はっきりと耳に届く異様なそれ。

 ざわ、と騒いでいた兵士達が気づき、戦慄する。

 漂っていた空気が、変質する。 困惑した空気から、恐怖を覚える空気へと。


 ――――ずしぃん。


 いつの間にかリュシカ軍と相対するように広がっていたのは土煙。

 朦々(もうもう)と広がっているそこに、大きな影が現れた。

 その影が揺れ動くと同時、ずしぃん、と四度目の何十にも重なった震動が荒野に響く。

 リュシカ王国軍は気づく。まるで巨大な槌を叩き付けたような音の正体は、何百もの足音だということに。土煙の中の影は動く、リュシカ軍に近付いていることに。


 ――――ずしぃん。


 騒ぎ出す本恐ろしい程の静けさが辺りを包む中、誰かがごくり、と息を呑み込む。能に従い、無意識の内に武器を持つ手に力が入る。

 何かが来る。強大な何かが、来る。 


 そして、もう一度地響きの如き足音が鳴り響いた時、土煙のベールは剥がされた。


「…………なんだよ、あれ」


 誰かが、魂が抜けたような声で呟いた。

 何処からか、嘆くような悲鳴があがった。


 ――歩むのは巨体。

 一匹ではない。二匹でもない。何匹も、何十匹も、何百匹も。群れとなって、軍となって。

 彼等は飢えていた。血に、肉に、骨に、臭いに、空気に、敵に、戦に、戦場に、彼等は飢えていた。数多の戦場を練り歩き、時に襲い、時に襲われ。しかし彼等は満ちず、まだ足りない。まだ、足りない。


 次の戦場は何処にあるか。

 その答えを差し出された彼等にとって、断る理由は皆無であった。

 だから彼等は歩み、進軍する。

 だから彼等は歩み、前進する。

 だから彼等は来た。楽土へと。

 だから彼等は来た。戦場へと。

 彼等は赤に染まった丘を越え、この迷宮へとやって来た。


 リュシカ軍の前方に広がっているのは、列を成した怪物達。その光景は正に戦闘を前に隊列を組んだ兵士達のそれであり、しかし人ではない異形が立ち並んでいるのは異様であった。

 軍を形成している彼等の特徴は牛の頭部に、こめかみから生えている捻れ尖った二本の角。二足歩行で大地を歩き、筋骨隆々の強大な体躯を包んでいる。手には折れた剣、欠けた斧、鎖に繋がれた鉄球、錆びた槍、血の付着した棍棒等、多種多様の武器を持ち、後列にいる者達はそれらに加え、鎧や兜を装着していた。

 牛頭の怪物、〈ミノタウロス〉。

 優に三メートルはある巨体が、リュシカ軍と相対するように並んでいる。

 ニ千を越える〈ミノタウロス〉の軍、これだけでも圧巻の光景だというのに、追い討ちをかけるかのように、それはいた。


 ――ォォォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛…………!!!!


 静まりかえった空間の中、異様な程よく通る声が響く。

 リュシカ王国の兵士達はその化け物を視界に入れて、思わず目を奪われる。それは何も身体構造がおかしいことに気が向いただけではなく、存在や迫力等の何から何まで圧倒された、とでも言っていい。


 他のミノタウロスよりも大きく、その全長は六メートルを軽々と越えていた。

 皮膚は常闇の如き漆黒に染まっており、左半身を埋め尽している蚯蚓が這ったような刺青からは、赤黒い光が漏れ出している。

 他と同様に両側のこめかみから前方に伸びた二本に、側頭部から後ろに向けて伸びた二本――計四本の捻れた角。大木を何本も束ねたような太さを誇る腕には巨体の半分程の長さあるバスターソードが一本ずつ、手首に填められた枷のような腕輪は、黄金の色を帯ている。胴体には傷だらけの鎧を纏い、腰には太い鎖に繋がれた鉄球が巻かれていた。

 その化け物の名は、〈肉を裂く者スプイッシュ・ミンドゥ〉。前の世界の住民から畏怖された、二千を越えた〈ミノタウロス〉達を率いる唯一無二のリーダーである。


 ――――《ファンタジア》とは別の世界。そこは戦争が絶え間なく勃発し、生物の怨嗟が響き渡り、死屍累々の台地を作る戦場の世界。

 その地獄の中から、一匹の生き物が出現した。

 その生き物は名も無き者、しかし内に内包している激情は並大抵のものではなく。彼は心の底から戦いというものを望み、また体現している者でもあった。

 彼が戦場へと赴けば、そこは兵士達の墓場と化して、息をする者はいなくなる。

 向かって来る相手を殺し、向かって来なければ自らが進む。

 戦場が終われば、また次の戦場へ。

 戦い、殺し。戦い、壊し。戦い、潰し。

 数々の戦を渡り歩き、気づけば彼の後ろには同胞達が集い列を成し、一つの軍団を形成してゆく。彼等の勢いは止まることを知らず、その世界に名を轟かせた。

 曰く、四ツ矛の怪物。

 曰く、肉を裂く者。

 曰く、戦渡りの化け物。

 大きな戦だけでも七百八十ニ戦七百八十ニ勝〇敗。百戦錬磨を越える化け物――【戦に飢えるモノ達】。そう誰かが名付けた怪物達の軍団が、この世界ファンタジアに顕現した。


《それでは【決戦】を開始します!!

 Are you ready? Have a good time!!!!》


 そして、蹂躙の幕が開ける。




[11:59:16]






 

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