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蹂躙_03(弐)

「――『形質変容(ヴグルク)(シールド)』ッ!!」


 グリニーアの魔術の咆号。

 彼の隻腕の中にある愛用の武器『白き伝導(コールホワイト)』は持ち主の魔力と意を受けて、細長い棍棒の形状を変形させた。


 接近してくる蛇竜に向けた方の先が伸び、グリニーアとベルディックの三メートル程手前で止まる。次いで今度はその棒の先端がまるで波紋のように拡がり、一瞬にして巨大な盾を展開、蛇竜の視界を覆い隠す。

 グリニーアは『白き伝導(コールホワイト)』の盾が出来上がると同時に、伸びていない方の棒の先端を下げて、地面に埋める。

 それは丁度迷宮の地面を支えにするような形で、蛇竜との激突に構えをとって。


 直後、衝撃。

 そして貫通。

 〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉はいとも容易く白き盾を貫いて、その奥にいる筈である獲物に迫る。

 蛇竜の視界に写るは二匹の(にんげん)。逃げる動作を見せないそれを、〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉丸呑みにしようと開いた口をばくんと閉じて――そこで、気づく。


「―――……?」


 口の中に、肉を含んだ感覚が無い。

 今までの獲物は肉を咬む際の歯応えなど皆無ではあったが、それでも多少の感触はあった。

 だが、ない。

 獲物の肉を貫く感触が、ない。

 そして〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉が実は獲物を逃していたことに気がつく前に、蛇竜の後方に避難していた姉弟は互いの唇を熱く交し、既に行動を開始していた。


「姉さんっ」

「――ん、任せてっ」


 姉、ベルディックがグリニーアの側から離れ、〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉に接近。口は魔術の詠唱を休むことなく唱えながら、その足は決して緩めない。

 走りながら両腕の掌を静かに合わせて、すぐに放す。その軌跡を引くように――ボゥ、とベルディックの両手に焔が灯った。

 蛇竜(もくひょう)まで、あと三十歩。

 ベルディックは焔を纏った両腕を何かを掴むように腰に構えをとって、全力で走る。蛇竜の所まであと二十五歩。


 ――しかし、ベルディックの魔術が完成する前に、〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉は漸く事態を把握し、逃した獲物を捕えるために動き出す。

 蛇竜の獲物は、己の頭部の右斜後方に。


 だが蛇竜がベルディックを見つけるよりも先に、絶妙のタイミングで彼の魔術は紡がれる。

 その術者とは勿論、彼女の弟グリニーア。


「――『隠れた子供(スケープドール・)は手の鳴る方へ(クァッタリーモマーチ)』」


 【変幻魔道】。

 貴方は鏡。貴方は霞。

 躊躇い、惑い、嘆いた最後に貴方は笑う。

 舞台は此処に。役者は其処に。

 喜劇の道化と手を取り合いながら、騙し逢う。

 舞い踊れ、幕が降りた舞台の上で。 


 【変幻魔道】、それは他の【魔道】と比べ少々特殊な【魔道】の一つに分類される道である。

 その理由は【変幻魔道】を歩む者が得る魔術が、人によって大きく二分されるからだ。

 【変幻魔道】で得られる属性は“欺瞞”か“変質”。つまり幻術系統の魔術を重点的に修得出来るか、物質の構造等を変える変質魔術の二つである。どういうことかと言うと、【変幻魔道】で得られる“属性”はどちらか一つ。つまり幻術系の魔術に秀でるか、変形魔術に秀でるか、ということだ。

 勿論、他の【魔道】にも【変幻魔道】のように、複数の“属性”なるものからどちらかしか得られない道は存在するが、特に有名なのはこの【魔道】なのであった。


 だがしかし、有名ということはそれ程この【魔道】を歩む者が多いということ、ならば稀に、両方の“属性”を得る者も出てくることは必然で。

 『幻影』のグリニーア・パラニティア、【変幻魔道】で獲得した属性は“欺瞞”と“変質”。そして彼の幻術に関する『称号』が付いた魔術が今、〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉の視界を騙すために発揮される。


 パンッ、と乾いた音がした。

 その音は、人がその両腕を勢いよく叩き合わせたような拍手音。そのような音が一定の場所からではなく、全体から発せられたように空間に響くと同時。〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉に迫るベルディック・パラニティアが、その目標を囲むように、蛇竜の周囲に現れた。


 突如出現したベルディックの数は、本人を合わせて十二人。蛇竜を中心に大きな円を画いた陣をとっている彼女達は、皆一寸違わず同じ動作を見せ、また両腕には焔を纏っている。

 一人が脚を動かせば、残る十一人のベルディック全てが同時にその動きを模倣。更には偽者のベルディックですら草を踏みしめれば、確りと潰れて折れる。

 只の幻影ではなく、質量を持った完全幻影。『隠れた子供(スケープドール・)は手の鳴る方へ(クァッタリーモマーチ)』は対象の全てを模倣する。


「――シャアアアアァアアッ!!」


 空間を形成している蛇竜の胴が、ぐるり、と舐めるように蠢めいた。

 〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉は迫る十二人のベルディックの命を消そうと、その巨体を動かし、鞭のようにしならせる。

 蛇竜の動きに迷いはなく、蛇竜の頭部は即座に彼女達の一人に狙いをつけて、その体にへと飛び込み、そして――見事、ベルディック・パラニティアの上半身をもぎ取った。



 蛇が持つ特徴の一つに、ピット器官というものがある。

 それは機械で言うサーモグラフィのような機能を有しており、言わば天然の熱センサー。蛇はこれを用いて、暗闇の中に潜む獲物を捕えるのである。

 それ故に、唯の――熱を持っていない――幻影では〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉の感覚は騙せはしない。例えその幻影が質量を持っていても、熱で見破れられてしまうという非情な現実。

 そうして、どさり、と上半身を無くしたベルディックの下半身が地に伏した。



 ――“右斜め前方の”ベルディック・パラニティアの下半身が、地に、伏した。


『――はっ、ずれェっ!!』


 ベルディック・パラニティア、健在。

 一人減り、残る十一人のベルディックが同時に吠える。


 〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉は一瞬体躯を硬直させて、しかしすぐに迎撃を試みる。

 また一人、ベルディックの体が地に沈む。

 残るは十人。しかし彼女達は止まらない。


 『隠れた子供(スケープドール・)は手の鳴る方へ(クァッタリーモマーチ)』。

 それは〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉の感覚器官を用いてすら見破れない、見破ぶることが出来ない絶対欺瞞の完全幻影。

 姿も、重さも、熱すらも。これこそが幻影、それこそが『幻影』。

 『称号』で強化された“欺瞞”の魔術は、伊達ではない。


「ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」


 〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉が怒りを巻き散らしながら、迫るベルディックを消していく。

 蛇竜が蠢めく。

 一人減って残るは九人、ベルディックは止まらない。

 蛇竜が蠢めく。

 一人減って残るは八人、蛇竜との距離はあと二十歩。

 蛇竜が蠢めく。

 一人減って残るは七人、ベルディックの両手に宿る焔が吹き上がる。


『――くっらぇえええええええっ!!』


 そしてベルディックの幻影の数が五を切った時、既に蛇竜の距離はもう十歩を切っていた。

 本体以外のベルディックの幻影が消え、術者であるグリニーアの元へと還元される。

 〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉が漸く自身の右斜め後方にいたと確信を得るも、もう遅い。

 ベルディックの跳躍、そして咆哮。

橙色の綺麗な髪が焔と共に、ゆらりと舞った。


「『赫炎の戦斧(ファールバード)』ッッッ!!!」


 【陽光魔道】。

 太陽の火。焔の輝き。射し込まれるのは希望の陽射し。

 煌めき、榮え、命有る限り燃え上がる。

 炎の朱。岩漿の紅。

 薪を焼べ、艶やかなる火を絶やさぬ為に。


 既に炎柱の如く燃え上がっていたベルディックの両腕に纏った焔は、爆発したかのように更にその体積を増大させる。

 ――轟ッ!と大気を吹き散らかす熱風が起こり、ベルディックの頭上に振り上げた両手の中に出来上がったのは戦斧。柄の部分は蛇竜と同等、刃の部分は巨人すらも真ッ二つに断つことすら可能な程に巨大なそれ。纏う炎は炎ではなく、その中心を白く発光させる程の熱量を優した暴力の塊。炎で象られた炎の鎖の片側がベルディックの両腕に巻き付き、もう片方は柄の根元に繋がっている。


 それは焔ですら生温い、言うなれば灼熱の戦斧。

 『赫炎の戦斧(ファールバード)』の称号により、通常のものとは懸け離れたその魔術。

 その刃を、ベルディックは全力で振り下ろす。

 狙いは、蛇竜の太い首。 


「っ、ぁぁぁああああああああああああああああ!!!」


 ――――両、断。

 ベルディックの刃は見事〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉の後頭部に食い込み、そのままの断頭台(ギロチン)の如く振り抜かれる。

 己の腕から伝わっていた肉を断つ感触が空を切る感触に変わり、ベルディックは自身の攻撃の成功を確信し、その口角が歓喜の形に吊り上がった。 


 くるくると、蛇竜の頭部――胴も合わせて四、五メートル程――が口を開いたままの形で中空を飛び、ベルディックが着地した十メートル程先に音を立てて沈む。

 司令塔を失った蛇竜の胴体も同じく地に倒れ、斬られた断面からは強酸のように強力な紅い色の血が噴き出した。

 しかしその血は肩で息をするベルディックの素肌に当たる前に、未だ彼女の両腕に宿る白熱の焔によって阻まれ、降り掛ると同時に蒸発する。ベルディック自身はその焔には大した熱も感じず、また降り掛る蛇竜の血にも興味は無い。彼女はたった今両断した蛇竜の頭部をその目で見据える。

 そこには、首だけになっても生きており、のた打ち回る蛇竜の頭。摺れた声で叫ぶそれは、ベルディックの優越感や達成感を刺激する。


 ――ざまあみろ。


 未だ『赫炎の戦斧(ファールバード)』を発動しているベルディックは、高らかに笑う。一度は敗北を帰した、それも愛するグリニーアの片腕を奪った相手、〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉。その存在を自分達の手で殺れたのだ。今のベルディックの心内は、弟の片腕の復讐の達成感と、強大な化け物を打ち滅ぼした爽快感が満ち溢れている。

 《イースリッション》の時は建物等の周囲の被害や、自己主張の激しい他の護衛が邪魔で不意を突かれたが、それがなければこんなもの、所詮は自分達の敵ではない、とベルディックは一人納得し、もう一度両腕を頭上に振り上げ、そして〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉に宣告する。


「――――死になさい」


 灼熱の戦斧が、降り下ろされた。

 『赫炎の戦斧(ファールバード)』は蛇竜の頬の近くに突き刺さり、そして頭部全体に炎が燃え広がる。鱗から分泌されていた粘膜は即座に蒸発し、綺麗な断面からはじゅうじゅうと肉が焼ける音がする。


「ジャアアア、アア……アァ…………ァ」

 

 掠れた蛇竜の断末魔が火で燃える空間に響き渡り、そして小さくなっていく。

 既に鱗は炭と化し、人間一人を丸呑みに出来る程の巨体を誇る蛇竜の頭部は、真っ黒に焼け焦げていて、そこには先程までの姿は見る影もない。

 しかしベルディックは念入りに、もう一度『赫炎の戦斧(ファールバード)』を降り下ろし、蛇竜の頭部を完全に破壊。骨ごと焼き、そしてボロボロに破壊した。


「ふんっ。グリニーアを傷つけたこと、地獄で精々後悔しなさい」


 ベルディックはひゅん、と軽く腕を振る動作をして己の両腕に纏っている焔を消し、一人ごちる。

 幾らか蛇竜に対する怒りは解消したものの、しかしまだ物足りない。もう少々苦しめてとどめを刺したかったのだが、蛇竜に出会う前に目撃した様子を思い返す限りそうもいかないな、とベルディックは自身の考えを改める。

 冒険者として、傭兵として、そして行きていく中で最も大切ものの一つは、引き際を見極める力である。自分がまだいける、そう思い始めた辺りで引き返すのはベルディックの中では妥当な所ではあるし、何より何が起こるか分からない場所に長く居続けることは危険でもある。そして状況がよく分からないというのに自身の感情に支配されることは、決して利口だとは言えないだろう――――ちなみに、ベルディックは自身の復讐の対象を見つけた瞬間走り出していたのだが、それは棚に上げておく。


 ベルディックは右手の人差し指を、その艶やかな唇に、ぷに、と軽く押し当てて、数秒の間思案に(ふけ)る。そしてすぐに真面目な顔から、思わず表情が笑顔になってしまう、と言った形の顔へと変わる。

 彼女をにやけさせるその内容とは、果たしてこの後に頂戴する愛する弟からのご褒美の中身であった。

 何せこの蛇竜を倒したのである、それも二人だけで。二人だけの共同作業で。今日は久々にあれをしてもらってもいいかもしれない、いやいやあれの方が、というよりもやはり共同作業というものはなんというか、こう、いいなあ。と、ベルディックは独り、ほんの数秒だけ幸せな妄想に浸る。

 ――――まあ、そんな未来など、在りはしないのだが。


《ユニークモンスター〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉が体の一部を切断されました。〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉の獲得ポイントが1,000,000pを越えているので自動的に【蜥蜴の尻尾】を発動します。

【獲得P:7,241,118p→6,241,118p】》


 〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉の首を両断して粉々に破壊するまでの時間、約十秒。

 その僅かな時が刻まれていた間、状況は新たな局面に展開されていたことに彼女は気づくことが出来なかった。

 それ故に、ベルディックは致命的な遅れを取ることとなる。


「姉さんッ!!」


 グリニーアの叫び声がベルディックの耳に届くと同時、背後で肉が破裂するような、ぶちゅりという生々しい音が、空間に響く。

 振り向いたそこには、自分が切り落としたもう片方、即ち胴から新たに生えてきた蛇竜の顔が。


「ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」


 粘液を巻き散らしながら、蛇竜は頭を天に向け、大きく吠えた。

 と、同時。〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉の体に、信じられないことが起こる。

 ぼこ、ぼこぼこぼこ、とその巨大で長大な蛇竜の胴の一部――余り頭部から離れておらず、鎌首を持ち上げれば腹が見える程度の位置――が泡だっているかのように膨らんだ後、ぞぷりゅ、と気持ちの悪いグロテスクな音をたてて出てきたのは――右左合わせて、二本の腕だ。


「ッなぁ――――!!」


 空いた口が塞がらないとはまさにこのこと。

 されどベルディックは目を見開いて驚愕しながらも、すぐに体を蛇竜に向けて反撃の構えをとる。

 大人がなんとか一抱え出来るかもしれないといった蛇竜の腕は胴と同じく鱗に覆われ、Y字型に分かれた三本の指からは牙のような爪が一本づつ生えている。

 明らかに殺傷能力が高まった蛇竜を視界に、ベルディックは近くにやって来たグリニーアと目を合わせ、頷く。

 何度でも蘇るのならば、丁度いい。


「――何度でも、殺してあげるわっ」


 そして再び魔術を唱えようとしたその瞬間。ひゅう、と一陣の風が、迷宮に吹いた。

 それはまるで、竜巻のような。

 それはまるで、暴風のような。



 ――荒れ狂う嵐、死せず風――


 地面の上で踊る炎が集まり、渦を巻く。

 風は強く、より強く。


 “意志魔力型”モンスター。

 “意志魔力型”とは文字通り、意志を持った魔力の生物という意味であり、つまりは肉体を持たず、魔力のみで現実世界に存在しているモンスターのことである。

 このモンスターにはつまるところ、自我を押し込める鋳型というものが有って無いようなものであり、故に脆く、すぐにバラバラになってしまい、再び偶発的に意思魔力同士が結合せねば新しく生まれることは無い。

 しかし、だ。その飛散した魔力が既に一つの意思を持っているとしたら、一度壊されても再び己の意思で結合できるとしたら、それはすなわち――――。


 迷宮に生えた木々がざわめき揺れる。

 ごうごうと風が渦の中心から吹いている。


 そも、“災厄”とは文字通りの災厄であり、いうなればそれは≪ファンタジア≫の中の天災の一つ。

 そんな化け物が滅されるのならば、疾うにこの世界からこのモンスターは消えている。


 ――近付いては為らぬ。その名は災厄、その名は――


 突風が吹く。

 その風は人が吹き飛ばされる程の強さ、〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉はたった今生えた腕を地面に突き立て何とか耐える。

 二人の姉弟は抵抗する暇も無く中に舞い、何が起こっているのかという驚愕に身を振るわせた。


 『乱逆を司る暴風』〈デルドラ〉、復活。

 災厄が一柱、その脅威が今、迷宮に。






(一体何が――――?!! ッグリニーアは!!)


 ベルディックは〈デルドラ〉に巻き込まれて上下左右の感覚を失う中、同じく巻き込まれた弟の姿を探す。

 ぐるぐると回る視界、ぐるぐると回転する体。

 十秒もすれば酔ってしまいそうな空間の中、ベルディックは数秒足らずでグリニーアのことを視界の端に捕らえることに成功する。

 いた! 彼女が一瞬安堵を覚えるが、それはすぐに疑問へと変わる。

 ベルディックの視界に移るグリニーアが、こちらを向いて笑っていた。

 それはいい、それはいいのだが問題は、そう、問題は。

 なぜ、彼の胸から下が、存在していないのか。

 そのすぐ下に、何故あの蛇の胴が見えるのか。


「グリ、ニー……ア…………?」


 ――蛇に、喰われた。

 解答が一瞬にして出されたが、ベルディックは否定する。

 ありえない、ありえない。グリニーアが死ぬなんて、そんなことを認める訳に、いかない。認めてはいけない。

 では視界に映る彼はなんなのか。そう――幻影、幻影だ。自分が見ているグリニーアは幻影で、だから元気な彼は何処かにいる筈。ベルディックはそう信じて視線を下半身を失った彼から外そうとするが、出来ない。

 外したいのに、放れない。


 だって彼女は知っていた。

 彼の幻影からは血が出ないことを。

 だから彼女は分かっていた。

 視界にいる彼は本物だということを。


(認めないッ!! そんなこと、私は認め――――)


 とベルディックが加速している思考を妨げるように、どっ、と腹に衝撃走る。

 それは決して彼女を傷つけるような衝撃ではなく、意識をはっきりとさせるような、そんな威力を持っていて。

 彼女の腹に当たったのは、残った左手から伸びる白き棒。そして気づけば、ベルディックの視界に映るグリニーアの姿が小さくなっていく。つまりベルディックとグリニーアの距離が離れていることを示しており。グリニーアの意思と魔力を受けて、その身を伸ばす彼の武器『白き伝導』は、ベルディックを竜巻の中から脱出させた。


「……グリ、ニーアッ」


 急激に遠のく視界の中、グリニーアは最愛の恋人に向けて、確かに笑った。

 そうして、声を発することなく、口だけを動かして、彼はベルディックに言葉を贈る。


 ―――――、―――。


 そしてそれは確かに、ベルディックに伝わった。伝わって、しまった。

 ベルディックの減速していた時間が、元の速さを取り戻していく。

 無意識の内に声だけが、彼女の口から飛び出して。


「――――っ、グリニーアァアアアアアアアッ!!!」


 ――しかし、ベルディックの悲痛の叫びは神に届くことなく。

 ばくん、と再びグリニーアを狙った蛇竜の顎が、閉じられた。


《『“魔術師”スコア:1,315,602p』が加算されます》




[11:56:08]




 迷宮第一階層、中央付近。

 迷宮に生えた木に寄りかかる彼女は、弟の遺品と化した武器を持ちながら、片腕で顔を押さえて涙をながしながら、叫んでいた。


「――殺してやるッ! ぜったいに、絶対に!!」


 それは呪詛。蛇竜に向けた、復讐を誓う殺意の言葉。

 まるで己に誓いの杭を打つように叫び、ごほっ、と嗚咽が混じった咳を吐く。

 愛する者を奪われ、最後の家族を失った。

 その相手を、自身は許さない、赦さない。絶対に許してなるものか。


「ぜったいに、殺してやる…………!!」


 彼女の口から漏れ出したのは、怨念が宿った小さな声。

 (はらわた)をぶちまけて殺してやる。

 胴を二つに開いて殺してやる。

 全身を燃やして殺してやる。

 最早蛇竜を殺すことにしか思考が回らなくなったベルディック。目から溢れる涙は止まらないが、それを止めるよりも先に、激情に駆られ身を起こす。


 全力の殺意、本物の殺意。その全てがベルディックの心を覆い尽し、そして彼女は選ばれた。


《――【畜生魔道】を歩みますか?》


 それは、答えは決まっている復讐の光。

 だがその答えに応える前に、彼女は最悪の相手と出会いを果たす。


「ぷぎー」


 突如、左方から聞こえた声。ベルディックがその方向に振りむ――。


《『“魔術師”スコア:1,804,831p』が加算されます》






◇■◇■◇――――――――――――――◇■◇■◇






《――【戦に飢えるモノ達】の召喚が終了しました!

【戦に飢えるモノ達】が【リュシカ王国軍迷宮探索隊】に向けて【決戦】を申し込みました!!》

《【リュシカ王国軍迷宮探索隊】のパーティ判定は【軍】です! 自動受理されます!!》

《これより【戦に飢えるモノ達】と【リュシカ王国軍迷宮探索隊】の【決戦】を開始します!!》

《【決戦】の条件が確定しました!

【荒野】、【昼】、【無制限】、【相手勢力が10人以下となる】、以上の条件で【決戦】を始めます!!》

《それでは【決戦】を開始します!!

 Are you ready? Have a good time!!!!》






 感想はありがたく読ませていただいています。


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