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蹂躙_03(壱)

   [11:51:03]




「――っと、ここも全滅か」


 その言葉が、迷宮の一角に突如現れた青年の、最初に呟いたものだった。

 疲れたように頭に手をやる青年の視界には、動いてはいるが生きている者は一人もおらず、全員がたった今出現した彼に向け、殺意と武器を供えて襲いかかる。

 標的である青年は焦りもしないでぐるりと周囲を見渡し、そして生存者がそこにはいないことをもう一度確認して、はぁ、と軽いため息をつく。茶色が混じる黒い髪に手をやり、くしゃくしゃと乱雑に掻き毟る彼の名前は、リュシカ王国近衛師団副隊長――海原海斗。

 スキル【転移術】を持ち、“異世界人”の一人である彼は、単独で迷宮の内部を文字通り、そのスキルを使って跳び回っているのであった。


 海斗が今何をしているかと言えば、それは現在散々になっている王国軍の救出と、フェアブレアの部隊に戦う意思のある兵士を送る再結集の手助けだ。

 前者はそのままの意味で、後者はフェアブレアが今現在指揮をしている近衛師団の部隊の兵力をより強固にするために。

 なので海斗は【転移術】を連続して発動して、兵士の元へと跳び回っているのだが、その結果は少し、ではなくかなり悪い。

 まず、壊滅していない部隊がいない。

 いや、決していない訳ではないのだが、どの部隊も三分の一、二分の一が当たり前で、酷い所では全滅とかが普通にある。

 今回転移した部隊もその内の一つであり、これで全滅した部隊は七を越えている。行くとこ全てが死にまくりであった。


 次に、戦う意欲が残っていない、つまりは心が折れてしまった者達が多く、再結集どころの騒ぎではないからだ。

 何を見たかは知らないが、誰もが皆肩を抱いて震え、もう家に帰りたい、帰らせてくれと言うのである。

 ある者は友が目の前で死に、そして己の手に掛けたことが原因で。

 ある者は目の前に猪の化け物が迫り、仲間を犠牲に逃げていたということが原因で。

 

 運が良いのか悪いのか、海斗は未だにアンデットやゴブリン、コボルト以外に特別なモンスターは見てはいない。故に、まったくそんなに怖がっちゃって何ともまぁ、情けないなぁ、と愚痴を溢してしまったのは仕方がないことであるのだが、それは只の余談である。


 ちら、と海斗は右側へと視線をやり、そこからもくもくとあがっている黒煙を視界に入れる。火を付けた時に出現したモンスターはあの辺りにいるのだろうが、正直海斗にとって火の中に転移するのは嫌だった。

 ――なにより、転移出来ない可能性もあるのだし。


(向こうの方は燃えてるし、左側はフェアブレア達だから、やっぱ真ん中付近行きますか)


 十四回目の転移の場所を適当に決め、海斗は自身の腰に下げている道具袋に手を入れる。刻一刻と近付いてくるモンスター達を傍目に、海斗は懐から丸めて筒型にしている一枚の紙を取り出して、すぐにそれを広げて開く。


 紙の大きさは縦三十センチ、横六十センチ程という比較的大きなものだ。丸められていた紙の内側には幾つもの幾何学模様と記号が描かれており、それは【リュシカ王国軍迷宮探索隊】の約一万六千五百名を転移させた際に描かいていたあの陣によく似ている図柄であった。

 “28”と番号が振られたそれを即座に広げ終わると同時、海斗は己に宿った異能の力を解放する。

 置き土産に、モンスターへ悪態をついて。


「――じゃあな、ばーか」


 【転移術】、発動。

 光が海斗の体を包み、そしてその場から消え失せる。

 アンデット達が行き場を失い勢い余って激突する個体が何体か出始める中、その場には空しい空気だけが残っていた。


 海斗のスキル、【転移術】。

 その力は実を言えばそこまで万能な能力ではなく、寧ろ制約によりがんじがらめになっている能力だ。


 一つ、移動する距離が長ければ長い程、消費する魔力が大きくなる。

 一つ、転移する質量が多ければ多い程、消費する魔力が大きくなる。

 一つ、“転移する場所”と“転移させるもの”の二ヶ所に、海斗の脳内に叩き込まれた知識にある、言うなれば転移の『魔法陣』を書く。または『魔法陣』を画いた何か(『魔法陣』が画かれていれば何でもよい)を配置しなければならない。

 一つ、『魔法陣』の大きさは、“転移させるもの”の大きさに合わせれば合わせる程、消費する魔力は無駄が無くなる。

 一つ、“転移する場所”と“転移させるもの”に配置された『魔法陣』の大きさの誤差が大きければ大きい程、消費する魔力は増大する。


 とまあ、他にも陣の正確さや配置の仕方等、幾つかの制約や法則があり、完璧な瞬間移動の能力ではないのは明らかだろう。

 では何故海斗が迷宮内を転移できるかといえば、それは先行していた軍の一部に『魔法陣』を書いた紙、もしくは布を持たせ、一定の場所に行ったら配置しておくように指示を出していたから、という至極単純な仕掛けである。

 『魔法陣』は巻物状に、というよりかは転移可能である空間がなければ『魔法陣』とはみなされないし、『魔法陣』を画いた媒体が破られたり燃やされたり等して破壊されれば、そこへの転移は不可能となる。

 なにより転移の可否自体はスキル保持者の感覚で把握出来るので、海斗が転移に失敗するということはまずありえないだろう。


 ――そのような条件を満たして海斗が跳んだ先はリュシカ王国迷宮探索隊、第十六軍が分隊した部隊の一つ。

 その、場所には。


「――とーちゃ……っ、く……」


 海斗が【転移術】の発動の際に起こる光を防ぐために閉じた瞼を開けた時、目に飛込んで来た液体は、紅い色。

 兵士達の叫び声が鼓膜を揺らし、何が起きているのかを本能で気づいた時、海斗の心臓はどくんと跳ねる。


「…………ひゅぅ、これはまた」


 いつの間にか、熱くなっている吐息。

 目の前には首から上、頭部が粉砕された骸がみっつ。渡していた『魔法陣』の紙は道具袋を落とした際に偶然広がったものなのだろう。

 何人もの兵士が表情を恐怖で崩し、腰を抜かしがら後退っている。助けてくれ、と後方から聞こえていた声が、今消えた。

 死んだか、そう確信すると同時に海斗はこう思う。

 ――――遂に、当たりだ。

 それは恐怖と悦びがごちゃ混ぜになった感覚だ。

 この状況は海原海斗にとっては己の人生の重要な転機点(フラグ)の一つであるということである筈であり、ならばこれは正に自らが重要人物、主人公だと信じている彼に世界が用意した大舞台(ワンマンショー)

 戦闘は必須、苦戦は確実。しかし最後は主人公(おれ)が勝つ。海斗はそう確信し、また運命というものの存在を犇々と感じていた。

 何故ならば彼が間の辺りにしているこの状況はつまるところ、リュシカ王国軍迷宮探索隊が第十六軍、その部隊の一つがいる場所は今現在、姿の見えない化け物によって整えられた阿鼻叫喚の地獄絵図が、彼の前方に広がっていのであったのだから。


「…………ははっ、何かテンション上がってくるわッ」


 海斗が顔を悦びに歪まし、思わずそう口ずさむ。

 そして腰に佩いた、見た目通りの容量しか入らないただの布袋に片手を突っ込み、中に入っている三センチ紙片に切り分けた紙を握り締める。

 紙片には一つ一つ『魔法陣』が画かれており、それは全て違う紋様が画かれている。


 ――一つ、『魔法陣』の紋様は必ず一対にしなければならないが、転移の対象が【転移術】保持者の場合に限り保持者は一つの『魔法陣』をどの『魔法陣』に転移出来ることが可能となる。


 海斗の戦闘方法は単純明快、布袋に入っている紙片を周囲に振り撒くことにより、彼が絶対有利のフィールドを作り上げ、そしてその紙片に敵が触れた瞬間、転移の失敗する時に起こる部分転移を故意に発動させるという防御不能の強制転移。

 防ぐには転移陣が画かれた紙片を全部破壊しなければならず、何より紙吹雪により避けにくいことは明白で。更には【転移術】の転移は“火”や“水”等の形が定まらないものすら可能であるから紙片自体を何とか出来うる者等極僅か。


 故に、海斗は強い。

 実力云々の話ではなく、そのスキルの力によって。


「さあ、戦いの――――」


 そうして海斗が、己のフィールドを形成しようと布袋から手を取り出し握り込む。

 既に周囲には叫び声など響いていない。しかしそれは兵士達が全滅したからではなく、突如現れた海斗に対し、救生主のごとき感銘を覚えたからだ。

 故に海斗はその期待に応えるべく、何より己の舞台で踊るために、紙片を掴んだ腕を振り上げる。

 紙は舞う、それは海斗を祝福するかのように。


「――――始ま」

「ぷぎー」


 そして緊張感の欠片もない声と共に現れた何かに、パカァン、と逸そ小気味良い音と共に、海斗は頭蓋骨を木端微塵に粉砕される。

 ぐらり、と体が傾いた。


《『“異世界人”スコア:12,241,075p』が加算されます》


 海原海斗、即死。

 それは何の変哲もなく、彼の前に転がっていた三つの亡骸と同じような末路を辿る程の呆気なさで、その人生の幕を閉じた。


 紙は舞う、それは海斗を哀れむように。






◇■◇■◇――――――――――――――◇■◇■◇




   [11:53:21]




 迷宮第一階層、右から二番目に当たる道を暫く進んだ所にある大部屋は、木々が生え、緑が生い茂っていた景色をなくし、文字通り火の海と化していた。

 地面に生えた草は炭と化し、壁役である太い木々は音をたてて燃えている。周囲に放たれる熱気は空気を熱し、何も対策をしていない者は呼吸をすることすら苦行となるこの空間で、大きく息をしている人間が二人、そこにいた。

 一人は女性。背中まで伸びたセミロングはは橙色で、着ているローブは艶やかな紅。彼女の目付きは鋭く、復讐の光を宿した瞳で、目の前に迫る敵を見る。

 ――ベルディック・パラニティア。

 『赫炎の戦斧(ファールバード)』の称号を持ち、【陽光魔道】を歩む“魔術師”である彼女は今、弟のグリニーア・パラニティアと共に、リュシカ王国の軍の一部を壊滅させた巨大な蛇竜と戦っているのであった。


「――ッらぁあああ!!」


 ベルディックの、怒りが込められた咆号が響く。

 彼女が手を下に翳すと同時、火の海を形成していた炎が一点に集まり、火粉をあげる。

 その勢いは、津波の如く。


「――『噴き上がる炎龍(ボルガニック・アヴァルゲイブ)』ッ!!」


 そう唱えると同時、炎はその質量を増大させて、下から上へと噴火する。

 体積を増やした炎は一匹の竜の形を司り、その胴周りは人が抱えきれない程に太い。

 火の粉を噴き散らかす炎竜は高速で動き、地面すれすれの高さで低空飛翔。火の海と化している中を泳ぎ、草木を糧に燃えている炎を自身の躯に吸収していき、その体格を増大させる。

 狙いは前方、パラニティア姉弟の不倶戴天である蛇竜、〈蛇竜蜥蜴/ゲルアトゥル〉が持つ、その長大な胴部であった。


「――ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」


皺枯れた声とも言えない音が、その空間に大きく響く。

迫り来る『噴き上がる炎竜(ボルガニック・アヴァルゲイブ)』に対し、〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉は何百年もの時を過ごした大樹と変わらない程の太さを持つ胴を回避しようと大きくくねらせる。そして同時に流れるように地を這い、術者のベルディックに接近を敢行した。


 炎竜対、蛇竜。

 それは一目で体格や胴回りが何倍もの大きさを誇る〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉の勝利が予測できてしまう激突だ。

 そして炎龍を突き破れば、息をするよりも先に、残り少ない肺の中の空気を使った魔術の詠唱を実行中で隙だらけのベルディックが襲われるのは確実。

 ――しかし、それを防ぐために彼はいる。


「『変質(ルク)巨大化(ゴデアム)』!!」


 炎龍と蛇竜がぶつかる寸前、弟であるグリニーアの魔術が、姉であるベルディックの魔術に干渉し、その規模を倍増させる。炎龍は蛇竜と変わらない程の大きさとなり、体から吹き出る火の粉は最早火柱と化して。

 竜と龍、両者その勢いを保ったまま、躊躇いなど見せずに――激突。


 ベルディックとグリニーアの視界を、『噴き上がる炎竜(ボルガニック・アヴァルゲイブ)』の焔の赤が埋め尽す。

 そして一瞬の静寂の直後。


「――ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」



 〈蛇竜蜥蜴(ゲルアトゥル)〉、健在。

 少し焦げた鱗から分泌される毒の粘膜を飛ばしながら、蛇竜は姉弟に牙を剥く。


 火が舞う舞台は、まだ崩れない。







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