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蹂躙_02(上)



 絶望。

 絶望とはなんだろうか。

 それは、望みや期待が全く絶たれることだ。

 それは、『死にいたる病』と著されたものだ。

 それは、ある不在の善を獲得し、或いは現存する悪を排除する可能性が全くなくなった場合の精神状態だ。

 このように示されている絶望とは、必ずしも不幸とは等号関係に当て嵌るとは限らない。

 それは音楽家を目指す者が耳を失うことだ。

 それは画家を目指す者が視力を失うことだ。

 それは騎士を目指す者が両腕を失うことだ。

 それは自身が最も愛する異性を失うことだ。

 それは己の夢が叶えられないと悟ることだ。

 それは絶対の自信が簡単に覆されることだ。

 絶望とは、赤の他人にとっては“なんだ、そんな程度か”、と言われてしまうものだ。

 しかしそれは本人にとって、正に死を与えられる様な――否、もしくは死んだ方がましだと思えるものなのである。

 そんなものこっちが知る訳ない、分かる訳がない、と誰かは言うだろう。

 そう、そうなのだ。

 そんなもの、同じ立場にいなければ分かる筈が無い。理解出来る筈か無い。

 肯定しよう、それはそうだと肯定しよう。

 きっと誰かは言うだろう、“お前より不幸な人はもっといる”。

 肯定しよう、その通りだと肯定しよう。

 だって知っているからだ。

 だって分かっているからだ。

 だって比べられてしまうものだからだ。

 されど、きっと誰も言わないだろう、“お前より絶望してる人はもっといる”。

 そうだ、それはそうだ。

 だって誰もその絶望を、分かれる筈が無いのだから。

 だって分からないんだから。

 だって理解できる筈が無いんだから。

 分からないものは、比べない。当たり前の事だ。

 だから、だからこれから語られるのは――――きっと誰にも理解されない、一人の絶望の話である。




 ――どうしてみんな、死んじゃうの?

 少女は独り、言いました。




   [11:41:02]




 リュシカ王国南部、トリューシャ平原。

 そこに突如出現した【迷宮】へと至る門の周囲には、リュシカ王国迷宮探索軍の内、約二千人と、近衛師団三百名が各自の天幕を張っていた。

 門を囲むように張られた天幕は、地に立てた四本の支柱の上に、覆いを置いたという簡素なもの。大体三、四メートル程の高さの天幕が十程度トリューシャ平原には張られており、自身の属する軍がいる天幕の周りで、兵士達はモンスターが近付いてこないかどうか――とはいえこの周辺にはモンスター等は住んでいないのだが――多少の警戒をしながら、先に入っていった王国軍の報告を待っている。


 そしてその中に、一際目立つ天幕があった。

 支柱は四本ではなく倍の八本を使い、飾り気のない他の天幕の覆いとは違い、赤や黄色等の派手な彩色に染めた糸で刺繍がされている。入口には全身を鎧に包んだ二人の兵士が立ち塞がるように直立しており、片手に持った彼等の体格を隠せる程の巨大な盾は、その警備の厳重さを物語る。


 高さや広さ、全てが一回り程大きいその天幕は、リュシカ王国王族がための天幕だ。

 中にはリュシカ王国第一にして唯一の王子の他に、近衛師団隊長であるフェアブレア・ナッツィ・レッヒェエンド、烏丸清人、海原海斗と他二人を合わせた近衛師団副隊長と幾名かの近衛師団、地上にいる部隊の隊長、副隊長、参謀等達。そして王子直属の護衛達に――王子が己の周りに侍らせている六人の奴隷である。


 リュシカ国第一王子は天幕の中で更に分けられた自室に篭っており、侍らせている六人の奴隷もその中に。フェアブレア達はその手前の部屋に集まり、各々が椅子に座ったり、雑談したりと比較的自由に時間を過していた。


「――あー、くっそー……早くダンジョン行きてぇよー」


 椅子に座り太股に肘を乗せ、その手に顎をやりながら貧乏揺すりをしているのは、リュシカ王国に属する異世界人が一人、烏丸清人である。

 口を尖らせながら愚痴る彼を、隣接した椅子に座る海斗がなだめる。


「落ち着け清人。焦っても何も変わんねえぞ」

「分かってるけどさぁ…………」


 むぐぅー、と子供のように頬を膨らませる清人を見ながら、清人は片手に持つコップに注がれた水を飲む。


「……ぷはぁ。まあ、早く行きたいという、その気持ちは分からんでもないけどな」

「だよなあ、なんでフェアブレアはこんな命令聞いたんだよ……」


 はぁぁ、と大きいため息を吐いて、清人は恨めしそうに部屋の奥の方に座り、本を片手に部下に入れさせたティーノ――清人と海斗の認識では珈琲――を優々と飲んでいるフェアブレアを見た。


 彼等が何故迷宮にもぐっていないかというと、単純明快――第一王子の護衛役に就いているからだ。

 勿論、既に王子の護衛役は別にあるのだが、万が一という事もある。故にその対策として近衛師団を王族の側に付けさせる。

 そのような趣きの意見が王国軍の方から出て、それをフェアブレアが受諾したのであった。


 フェアブレアが受諾したものは、迷宮に出撃する前に開いた会議の時状況から見れば、ただ近衛師団を王国軍から遠ざけたいがための意見だったとしか思えない。

 それはつまり、迷宮の功績を全て王国軍の方が奪うという事で。そうなれば王国軍は自分達の手柄を棚にあげて、近衛師団は何もしていない、何も出来ていない等と吹聴し、近衛師団の地位を下げようという流れになるのは明白であった。

 故に何故そんなものを受けたのか、清人には分かりかねなかったのである。

 しかし。


 ――まあ、大体想像はつくんだけど。


 近衛師団に属する兵士に入れさせた水のお代わりを口にしながら、海斗は清人とは違い、己の上司であるフェアブレアの判断は間違ってはいないと考えている。

 無論合っている確証はないし、海斗自身の考えが至らぬ所もあるが、承諾した目的は、恐らく当たっている筈である。

 さりとて、これが清人に分かるかどうか。

 何せ自分の望んだ答えでなければ耳を塞ぐ彼である。さてどうやって分からせるか、と考えて、まあ分かっても分からなくてもどちらでもいいか、と海斗は内心で一人ごちる。そして未だ貧乏揺すりをしながらぶつぶつと文句を垂らす清人に、彼は話し掛けた。


「――なあ清人、フェアブレアは考えなしに『第一王子の護衛』(これ)を承諾したわけじゃないだろ、いい加減落ち着けって」

「十分落ち着いてるよっ…………というかまあそうだとは思うけどさあ、それとも何? 海斗には分かんの?」


 少々語彙が荒い清人に、海斗は答える。


「…………まあ、自信は無いけど」

「え、まじでっ? 教えてプリーズ!」


 がたり、と音をたてて椅子から半分ほど立ち上がり、海斗に詰め寄る清人。

 その反応に海斗は気持程度に腰を引かせながら、簡潔に答えた。


「――多分だけど、迷宮内部を知ることだと思う」

「へ?」

「だから、内情視察だって」


 そう、内情視察。

 迷宮の内部の情報を詳しく知ることだ。

 しかし、その答えを聞いた清人は、納得がいかないようで、眉根を寄せて怪訝な表情をする。


「え、いやでもさっき斥候部隊から聞いてきたじゃん。迷宮の中のこと」

「斥候部隊からの情報は確かにそうだったけど、あれはむしろ確認部隊と言った方がいいだろ。門をくぐっても死にはしないっていう確認をするっつー役割を持った」

「んんー…………まあ、なるほど。じゃあなんでフェアブレアは情報なんて集めてんのさ。どうせ行けば分かることなのに」

「……さあな、そこは自分で考えろ」


 そう言い、海斗は口を閉じた。

 これ以上清人に話しても、余り意味がないと思ったからだ。

 勿論、とは言わないが、フェアブレアの迷宮に関する考えとその対応の意図は、海斗は幾つかは思い至っている。


 恐らくはフェアブレアが、自分達――海斗と清人――が【迷宮】と称しているものが、本当に二人が認識している【迷宮】と同一のものと思っていないからである。

 あの巨大な門に繋がっている先は、恐らくは自分達が認識している迷宮と大差ないはず、という考えはあり、だからこそ清人はそこまで入るまでに警戒するフェアブレアが分からない、という思いになってしまっている。

 だがしかし、それは迷宮という概念を知っているからこその認識だ。

 清人や海斗のような“異世界人”が召喚されるこの世界ファンタジア

 そこには人間とは違う“魔族”という人型生命体や、俗に言うファンタジーな物語に属する生物、海斗や清人が居た世界では有り得ない概念である魔術等が蔓延る世界だったのだが、唯一目立つ要素がなかったとすれば、それはダンジョンの存在だ。


 世界で初めて《ファンタジア》に現れたダンジョン、それがリュシカ王国の地に出現したという事は、海斗達が居た世界で言えば、自分が住んでいる土地に、異世界に繋がっているゲートが現れる事に等しい。故にフェアブレアのように慎重になるのは当たり前である。

 その点で考えれば、清人や海斗の考えを見下しながらも信用――というか自分達の都合のいい話しに解釈し、それを信じきっている貴族達の考えや行動が、如何に軽率だという事が分かり、そしてフェアブレアが王子の護衛という任務を受けた意図が見えてくる。


 要は先に迷宮にもぐった彼等は当て馬だ。

 それも一万四千人という馬鹿げた数の。


 彼等がドジを踏んでも良し、彼等が成功して成果をあげても良し。

 どちらにせよ、フェアブレアには迷宮の情報が手に入るのだから。

 海斗には、フェアブレアが情報を集めた後、どう行動するのかは分かっていないが、その前提までは分かっているのだから、清人と違って落ち着いているのである。


 ――未だ眉を寄せて悩む清人を視界に収めながら、海斗は思う。

 ああ、清人(コイツ)は自分が強いと思っているんだな、と。

 今のやりとりからも十分察せられる程、清人は憶測というものをしない。自身が強者だと確信しているからだ。確かに清人は強いだろう、だがしかし、その強さは頂点の分類に属する者達とは――自分達が下の部類に入る――一線を画している強さだ。


 ――だからこそ、危うい。


 海斗は思う、というよりも確信していると言っていい。

 何時か清人は何処かでミスを犯す。それも重大な、重要な所で。

 何せこちらの助言に耳を貸そうとしないのだ。これでは治せるものも治らないし、そもそも本人である清人が治す気どころか自覚すらない始末だ。海斗が何時か清人は失敗を起こすという考えに確信を持つのも頷けるだろう。

 一度痛い目を見ないと何が悪かったのかすら分からない人物――“異世界人”烏丸清人には、それがぴたりと当て嵌る。

 今回の迷宮探索でそれを学んでくれればいいが、と思う一方で、海斗は思う。

 その失態が取り返しのつくものならばいいが、もしも、もしも取り返しのつかないような場合だったら、清人は恐らく――――。


「――ま、そこまではいかないだろ」


 海斗は思わずため息をつきながら、自身の考えを否定する。

 顔に苦笑を浮かべた海斗の漏らした言葉に清人は律儀にも反応し、顔をあげる。


「? 何が?」

「いや、何でもない。清人、ダンジョン内部で油断すんなよ。罠に引っ掛ったりとか」

「は、ないない、ありえないって。海斗こそどうなんだよ」

「……あー、そうだな、気を付けるよ。ま、俺はいざとなりゃ逃げるから」

「とか言っといてピンチになったら転移できませんでしたー、とか嘆きながら死にそうだな海斗」

「てめっ、言うじゃねーか。お前こそモンスターに――」

「そんなに俺は弱くないね。寧ろ海斗こそ――」


 清人と海斗は会話する。

 清人は暇をまぎらわせる為に。

 海斗は己の考えを霞ませる為に。

 そう、ありえない。ありえる筈がない。

 海斗と同じである異世界人の友達――烏丸清人が死ぬなんて事は、ありえていい筈がない。

 異世界人である海斗は、心の奥底で揺らぐ事なく信じている事がある。

 それは、自分が死なない、殺されないという事。

 根拠なんてない、証拠なんてない。しかし海斗はそう信じている。

 だって自分達はこの世界に召喚された重要人物――物語という名の人生の、主要人物なのだから。主要人物が死ぬ筈がない、死ぬ訳がない。

 そう海斗は、考えていたのだ。




「――カイト、キヨト」

「ん?」

「あ、フェアブレア」


 数分後、海斗と清人の会話の中に、フェアブレアの声が割って入る。

 二人が後ろを向けば、フェアブレアが腕を組んで仁王立ちしており、その青く光る目で海斗と清人を見下ろしていた。


「――王国軍に出していた部下から報告がきた。どうやら出番だそうだ、出るぞ」

「あいよ、了解」

「やっとか……ちなみに、どんな報告がきたのさ?」


 出軍指令。

 海斗は軽く会釈して椅子から立ち上がり、清人は矢張り気になるのかその答えを催促する。

 腕を組み、はぁ、と息を溢すフェアブレアは二人が立ち上がるのを確認した後に踵を返し、天幕の奥へと歩いて行く。

 そしてその振り向き際に。


「それは歩きながら話す。ついてこい」


 フェアブレアはそう言った。



 天幕の中を、異世界人である海斗と清人を引き連れながら、フェアブレアは先程の部下の言葉を掻い摘んで話し始めた。

 その言葉に込められた感情は、どこか嬉しそうに聞こえる。


「――どうやら、王国軍の上が失態を犯したみたいでな」

「へえ」

「失態?」


 興味深そうに目を開く海斗と、迷宮の、しかも一階層如きで何かあったの、と眉をひそめて怪訝な表情になる清人。

 フェアブレアは肩を震わせて、くっくっと笑いを押し殺したような声を漏らす。


「迷宮第一階層目――いや、まだ仮、だなこれは。まあいいが、一階層目は木々が生い茂っている場所だと斥候が言っていただろう?」

「ああ」

「言ってたね。で、それが?」


 斥候部隊。先程海斗が確認部隊と称したそれだ。

 フェアブレアを筆頭に、清人や海斗、他二名の近衛師団副隊長や分けた各々の参謀や軍隊長を合わせた彼等は、迷宮内部の情報と、どのようなモンスターが出てくるかの軽い調査の情報を、斥候部隊から聞いている。

 その中の情報の一つが、迷宮内部の構造だ。

 聞けば、天井は塞がっており、地下だと分かる其処には、まるで道を作るように木々が並んで生えていた、と。

 その報告を聞いた彼等は皆、首を捻りながらそれは一体どういう事だと到底信じられはしなかったのだが――例外として海斗や清人は元々ダンジョンとはそういうものだと知識として知っていたので、そこまで驚きはしていなかったが――斥候部隊の面々が同じ事を言うので、最終的に近衛師団や王国軍に受け入れられたその情報。

 それが、一体なんだと言うのだろう。

 その疑問に刈られて、二人は相槌を打つ。

フェアブレアは海斗と清人の二人の前を歩いているので、その表情は伺えない。が、その声は確実に嘲笑を含んでいるものだった。


「――何、大した事ではない。どうにも森からモンスターはその森から出てくるらしくな、焼き払おうとしたらしい」

「……は?」

「え、ちょ、そんなのあり?」


 フェアブレアの言葉に、海斗と清人は思わず呆けた声を漏らしてしまう。

 迷宮内部を焼く、それは確かに二人が考えなかった発想だ。一体そんな発想がどこから浮かんできたのか疑問に思うし、またそんな手段は狡いのではないか、という感情が沸き出てしまう。

 無論、森を焼くという手段は、迷宮を攻略するにあたり、有効かもしれないものである。だがそれは、半ばダンジョンという概念を知識として知っている異世界人にとっては、なんとも言えない感情になってしまう。

 ――この感情の例を表すとするならば、学校側から出された宿題等を、答えを見ずに悩みながら問題を解いていく横で、解答を見ながら優々と問題を終わらせる者を見る感覚に近いだろうか。無論前者が海斗と清人の方法で、後者が王国軍の方法である。


 しかし、海斗と清人の二人がこのような感情を抱いてしまうのも、無理はないかもしれない。何故ならば彼等が知っている迷宮探索ゲームの内容は、どれももぐっているダンジョンを破壊しながら進むなど出来はしなかったのだから。

 そのゲームの中では、ダンジョンこそが全てであり、絶対だったのだから。


「――ありもなにも、駄目な方法なんて存在するのか?」


 清人の疑問の声を聞いたフェアブレアは、ちらと後ろに目をやり、その問いに答えた。

 ――一体、どこが悪いというのか、そう語っている目である。


「ん、まあ、いやー……」


 質問に質問で返された清人は、フェアブレアからの問いに口を濁す。

 というのも、迷宮に群生している木々を燃やしてモンスター達を殺すという方法は確かに悪手だとは思えないからである。

 迷宮第一階層は、聞く限りでは緑が生い茂っている森らしく、中に人間等は住んではいないと踏んでいるし、煙とかの問題も、天井が高いと聞いていたので、大丈夫だと思ったからだ。

 ――何より換気機能がないと迷宮内部は酸欠状態になるだろうし。


 返事に困り、しきりに頭を掻く清人。

 そんな彼からの回答を聞くのを諦めたのか、フェアブレアは「何を感じたかは知らんが、まあいい。話を戻すが――」と先程の話の続きを語り始めた。


「――それが意外と燃え広がらなかったらしくてな、逆に隙だらけになった所を大型のモンスターの襲撃にあい、結構な被害を被ったそうだ」


 静寂、三つの足音だけが周囲に響く。

 一秒、二秒、……そしてたっぷり三秒後に、異世界人二人は彼の言葉の意味を汲み取った。


「はあ?」

「ど、どゆこと?」


 森を焼いたら大型モンスターが出た?

 そんなことは知らない、聞いたこともない。

 海斗と清人は今漸く、自分達が挑もうとしているダンジョンが自身の想像しているものとは、少し違うということを実感する。


「…………あれかな、ダンジョン内に開いてる店の商品を金払わないで持ち出した時みたいな」


 暫くして唸るように清人が言ったそれは、彼等が元いた世界にあった迷宮探索ゲームによくあるルールの事だ。


 迷宮探索ゲームには、主人公が潜る迷宮内に時たま様々なアイテム等を売っている店というものが出現する。

 迷宮内に出現するその店の商品は、マップ内に落ちているアイテムと同様に拾う事が可能であり、その商品を側にいるNPCに話し掛けて料金を支払う事で正式に取得出来るというものだ。

 通常、ゲーム内では料金を払い、そのアイテムを買う、というのが一般的なルールであるのだが、このルールは迷宮内に出現する店では破ることが可能なのである。

 その店の商品を拾った後、その代金を支払わないで出て行く――要は持ち逃げ、万引きである――が可能という事なのだが、それを実行するとルール違反とみなされ、とある事象が発生するのだ。

 それは例えば、店の店員が最強の敵としてプレイヤーに襲い掛って来たり、続々と普通の手段では倒せないモンスターが沸き出てきたりというものであり、近くに次の階層に進む階段等がなければ大抵は詰むというのが定番だ。


 あながち間違いじゃないかもしれない、清人の言葉を聞いてそう思った海斗は、異世界人ならでは――というか異世界人じゃないと分からない――ネタを口にする。


「ただじゃあおきませンッッ!! て感じか。確かに的をいている様な気がする」

「え、何それ」

「何だと!? 清人お前知らないのか?! ディアボロさんの大冒険ェ……」

「いやだから誰それ」

「ば、バカな……」


 まじかよ……、と呟きながら二三歩清人から離れる海斗。

 そしてその反応にますます怪訝な表情になる清人が口を開こうとして。


「――カイト、キヨト、話はそこまでだ」


 その動作を中断させられる。

 海斗と清人の会話に再び割って入って来たのは、先と同じくフェアブレア。

 いつもと変わらない口調だが、二人は敏感にその声に込められた苛立ちの感情に反応し、すぐに口を閉じる。フェアブレアの怒りは、身をもって知っているからだ。 


 ふぅ、と軽くため息をついた声が、二人の前を歩く人物から聞こえ、すぐにフェアブレアは落ち着いた声で話を始めた。

 

「――――ここからが本題なんだがな、どうも森から地上に出てくるモンスターの駆除を近衛師団に頼む予定だったらしい。が、さっき言ったようにモンスターの反撃で被害を被って、それどころじゃないそうだ」

「なんだそりゃ、他力本願もいいとこだな」


 王国軍の考えに、思わず清人は文句を垂らす。

 近衛師団に所属する騎士だって、海斗含めた異世界人だって人間なのだ。それをあたかも贄のように扱うと知れば、当然の反応だろう。

 だが、海斗はそれについては何も言わなかった。清人と同じように、ふざけるな、という感情が沸いたが、先程自身が至った――先に出撃した一万四千人を当て馬にするという――フェアブレアの考え、果たしてそれは近衛師団にモンスターの退治を頼む事と何が違うのかと思ったからだ。

 だから海斗は口元まで出ていた文句を飲み込んで、代わりに別の言葉を口にする。


「――フェアブレア、モンスターが被害を出しているって言うけど、それでも何人かは地上に逃げてきたんだろ? ならなんで援軍に行かない…………いや、もしかして行けないのか?」

「その通りだ」


 フェアブレアは海斗の言葉を肯定する。

 やっぱりか、と一人頷く海斗の隣で、その意味が分からなくて置いていかれる清人。

 え、え、と戸惑い始めた彼に、二人はすぐに理由を語る。


「要点だけ言えば、貴族達は私達に助けを求めたくない、という事だキヨト」

「え? でもさっきはオレ達に頼むって」

「それは王国軍組が倒せるモンスターの時の場合で、今は違う」

「…………どゆこと?」

「カイト、頼む」

「あいよ――つまりだ清人。例えばの話だが、一足す一は?」

「……二だけど」

「じゃあ二足す三は?」

「五、それがどうかしたのか?」


 このやりとりに何の意味があるのか、そう思いながら清人は海斗に怪訝な表情を向ける。

 海斗は手をひらひらと扇ぐように振り、じゃあ、と言葉を続ける。


「――じゃあだ清人、今みたいな問題を一万題一日で解け、とか言われたらどうする? ちなみに拒否は不可能で、強制な」

「何それ、めんどくさっ。…………それ一人でやんなきゃダメなのか?」

「いや、他の人に頼むのもありだ」

「え、ありなの? それじゃあ、誰かにやらせるかな」


 意外な返事を聞いて、すぐに清人は即答した。

 自分が解かなくてもいいなら誰だってそうするだろう、当然の結論の帰結である。

 そして、清人の考えは望み通りのものだったのだろう。海斗はにやり、と意地の悪い笑みを顔に浮かべる。


「それじゃあだ清人」

「?」

「お前がどーしても解けない問題に直面した時、どんな行動をとる?」

「それも他人に解いてもらえるんだろ? だったら教えて貰うなりなんなりするかなあ」

「その頼む奴が、ウザくて嫌味ったらしい――例えばお前が嫌いな貴族の様な奴でもか?」

「それは…………」


 頼みたく、ないような。

 清人は海斗の返事に詰まる。頼む者が貴族の様な人物である、と言うことならば話が変わってくるからだ。

 異世界人である清人は、貴族の事が全体的に嫌いである。

 それは小説から受けた影響が大きく占めており、更にはその小説に出てきたような典型的な嫌な貴族が彼の周囲にいた事、貴族に嫌味やら何やらを言われた事等が、清人の貴族嫌いを後押しし、今では貴族というだけでその人物に対して負の感情を抱ける程だ。

 誰にでも解けて当たり前である簡単な問題を大量に解かせるではなく、自分も解けないような難しい問題を誰かに教えて貰う。そんなことを奴らに頼むというのは、弱味とも言えない弱味を掴まれる事と同義であり、嫌味を言われる事が受け合いである。

 そしてなにより清人自身の矜侍(プライド)が、その行動を否定する。


 ――あんな奴らに頼むくらいなら、自分自身で何とかする。

 そこまで考えた時、清人は「あ」と呟いた。

 つまり、その問題が――――。


「……つまりあっち側のプライドの問題?」

「そーいうこと。だろ、フェアブレア」

「うむ、間違ってはいないな。あとはまあ、被害を被っている状況で近衛師団(私たち)に指令を出すのは助けを求めるのと同義と言い始めた奴がいるらしく、他の貴族達も意個地になって援軍を要請しようとしていない……というのが部下からの報告だ」

「なんだそれ。弱けりゃ逃げればいいのに、ザコらしく」

「だからそれを貴族達のプライドが許さないんだって。だけどそれでも出撃するってフェアブレア、何かあったの?」

「ふむ、まあ貴族だと援軍を要請するのが手遅れになるからその前に来て欲しい、という部下からの報告があってな。流石に動かなければ不味いだろう?」

「成程」


 というよりも、そこまでまずい状況なのか。

 海斗はフェアブレアの返事に納得しつつもその後ろ側にある意味を察し、額に冷や汗が浮き始めた。

 しかし、そんなことを気にするよりも前に、近衛師団には一つ、大きな壁があった。


 そして考えるように口に手を当てていた海斗が、その問題点を指摘する。


「でもよ、迷宮に行けんの? だって俺等、今あの王子の護衛やってんじゃん」


 そう、幾等近衛師団が王国軍の救出を目的に出撃しても、『王子の護衛』という任務の内容から大きく破る事となる。

 そうなれば、矢張り貴族達に批判、糾弾ざれる絶好の口実を与えてしまう事となり、何かしらの罰則は免れられないだろう。

 このリュシカ王国がもっと仁情溢れる国だったならそんな心配は余りしなくともよいかもしれなかったが、残念ながらこの国はそうではないのだ。だからこそ海斗はその事を心配したのだ。

 しかしフェアブレアはその問題に対し、別段狼狽えることなく断言する。


「――なに、問題ない」

「へえ、どうすんのさ」

「ふふ、簡単な事だ」


 疑問を放つ海斗に、フェアブレアはにやりと笑い、足を止めた。

 着いたそこには布で簡易に仕切られた部屋の入口があり、なんとも言えない匂いが漏れ出している。

 リュシカ王国が王族の為に張られたこの天幕、ならば当然特別な部屋にいる人物は――。


「――その問題を打破するためにこそ、ここに王子様がいるのだろう?」


 リュシカ王国が第一王子、その人物がいる部屋の中に、フェアブレア達は足を一歩、踏み出した。


 

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