my girl or my wind.
目を開けると世界が逆になっていた。
足が上で踊っている。
手は体から解放されようともがいている。
しかし自由になどするものか。
この眼の中から出るわけにはいかないのだから。
私は今、恋人の眼の中にいる。
彼女の名前はシャルリート。
ずっと世界を旅する大きな女性だ。
名前は私が付けたもので、私は彼女の眼の中でそれを呼ぶ。
彼女の巻き起こす風がその声を、上へ、上へと運んでくれる。
私は彼女を愛しているし、彼女も私を愛してくれている。
私の周りは穏やかだ。
一歩でも動けば、彼女は拒絶するだろうが。
だから彼女の眼の中にいる。
ずっと居る。
気持ち良い速度で彼女と飛ぶ。
彼女は海の上が好きだ。
私はたまに陸に行きたい。
でも彼女の眼の中から出るわけにはいかない。
ゆっくり、地面を見ながらとぶ。
ああ、また彼女が機嫌を損ねたようだ。
風が秩序を亡くして吹き荒れる。
恐ろしい音の真ん中、私は安全だ。
彼女が大声で泣きわめき、人や家や山を吹き飛ばす。
ああ、それでも私は無傷で彼女の眼の中。
手を合わせて泣きながら祈る。
早く彼女が落ち着くことを。
もうすぐ極寒の海に辿りつく。
寒いとつぶやく私に、彼女は海から暖気を吹きかけてくれた。
少し湿った暖かい風に包まれる。
礼を言うと、彼女は少し速度を上げた。
私が放り出されないぐらい、ほんの少しだけ。
氷が浮かぶ海に来た。
彼女の様子が豹変した。
私を渦巻く風が弱くなり、弱くなる。
だんだんと体が海に近づき、潮の匂いが鼻につく。
私が手を伸ばしても、彼女はただただ弱まるばかり。
同じ速度で飛んでいた。
今は少し、彼女が遅い。
私は少し、足を止める。
二人でゆっくり、風を刻む。
小さな白い息と、壮大な白い嵐が並んで飛んでいる。
もうすぐ、星の端へたどり着く。
とうとう彼女が話さなくなった。
時折頷いてはくれるが、それもよくわからない。
それでも私は話しかける。
「きみのなかにいるとね、楽しいんだよ。朝は太陽がきみの風を彩って、夜は星星が何重にも重なり、きみのなかを飛ぶ。私はそれを見るのが好きなんだ」
彼女は小さくうなづいた。
その拍子に、私を支えていた風が消える。
私はもう眼の中にいなかった。
そこにあるのは奈落までの距離だけ。
彼女を掴もうと手を伸ばす。
弱弱しい風が手に触れた。
「きみかい? きみなんだね」
掴むとそれは手の中でつぶれてしまった。
涙が頬を流れて、海まで落ちていった。
だが私にはまだ手も足もある。
彼女の眼から離れるものか。
眼を開けると世界が逆だった。
足は下にあり、頭は天を向いている。
肌が心細いのは、周りに風がないから。
眼の中の静けさとは違う、淋しい静寂。
「シャルリート?」
気が付いたら、彼女の眼はなくなっていた。
消えて、そして、なくなった。
涙が空へと流れていく。
彼女のいないさかさまの世界で。
飛んでいた感覚を忘れてしまった。
初めて彼女が飛ばせていたのだと気付いた。
二粒空にまた流れる。
眼の中で彼らが踊る。
追って見ると虹色だった。
私が手を伸ばすと世界が揺れる。
瞬きすると、山が吹き飛ぶ。
「シャルリート。ああ、きみは虹色」
眼の中で彼女が笑った。
極寒の海から、暑い陸へ向かう。
彼女の周りで飛びながら。
彼女と来た道を反対に飛ぶ。
ああ、私の機嫌を損ねるなよ世界。
私の中で彼女が泣くじゃないか。
また、彼女の声が聞けるじゃないか。




