当たり前の、その先
放課後。
昇降口で靴を履き替える。
タイミングは、少しだけずれた。
前みたいに自然には揃わない。
外に出ると、坂の下に夕焼けが見える。
どっちからともなく歩き出す。
並ぶ。
距離はまだ少しだけぎこちない。
でも離れない。
あの日と同じ風。
同じ匂い。
同じ帰り道。
健人「……ここさ」
愛莉「なに」
健人「毎日通ってたんだよな」
愛莉「今も通ってるでしょ」
健人「そうだけど」
少し笑う。
沈黙が落ちる。
でも嫌じゃない。
自販機の前で止まる。
明かりが点く。
夕焼けの中で、そこだけ少し夜みたいになる。
健人のネクタイが緩んでいるのが見える。
反射みたいに手が伸びる。
胸元を掴んで引き寄せる。
健人「うお」
愛莉「動くな」
結び目をほどく。
指先に触れる体温。
近い呼吸。
視線が落ちてくる。
もう逃げない。
形を整える。
いつもと同じ動作。
なのに。
心臓の音が全部聞こえそうになる。
健人「……御井」
愛莉「なに」
健人「それさ」
言葉が止まる。
でも今度は、待てる。
結び目を締める。
指を離そうとして――
手を掴まれる。
離れない。
昨日と同じ。
でも意味が違う。
健人「もう腐れ縁じゃ足りない」
息が止まる。
真正面。
逃げ場がない。
健人「俺、御井のこと」
言葉を探している。
ずっと一緒にいたから、言い慣れてない。
それが分かる。
それだけで胸が苦しい。
健人「……好きだ」
世界が静かになる。
風の音も。
川の音も。
全部遠くなる。
手が震える。
でも今度は振りほどかない。
愛莉「……遅い」
声がうまく出ない。
笑おうとして、失敗する。
愛莉「ずっと隣にいたのに」
健人「知ってる」
愛莉「家族だと思ってたのに」
健人「思ってた」
愛莉「腐れ縁でいいって思ってたのに」
健人「俺も」
視線が絡まる。
逃げられない。
でももう逃げない。
手刀を構える。
震えている。
健人「それやるの?」
愛莉「最後」
振り下ろそうとして。
やっぱり止まる。
その手を、健人が包む。
指が絡む。
初めての形。
愛莉「……ぶたない」
健人「うん」
距離が近づく。
ネクタイを直したときよりも近い。
呼吸が触れる。
夕焼けが逆光になる。
愛莉「ねえ」
健人「なに」
愛莉「これからも、毎朝直していい?」
少しだけ笑う。
健人「頼む」
その一言で、全部がほどける。
目を閉じる。
触れる。
キスは一瞬で。
でも。
今までの全部がそこにある。
離れる。
距離が変わる。
でも。
並んで歩く位置は同じ。
坂を下りる。
影が重なる。
今度は、ちゃんと手を繋いでいる。
健人「明日もさ」
愛莉「なに」
健人「ここで待ってる」
愛莉「寝癖ついてたらぶつ」
健人「結局ぶつのかよ」
愛莉「恋人だから」
その言葉に、自分で照れる。
でも離さない。
繋いだ手が温かい。
当たり前だった距離の、その先。
それを選び直した帰り道。




