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この恋はルート固定です  作者: ロザミィ


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腐れ縁の定義


 昼休みの終わり。

 職員室に呼ばれた帰り、渡り廊下に出る。

 ガラス張りの向こうに川が見える。

 風が抜けて、カーテンが揺れる。

 そこに健人がいた。

健人「あれ、遅かったじゃん」

愛莉「アンタこそ」

 自然に隣に立つ。

 それが当たり前みたいに。

 少しだけ沈黙。

健人「さっきさ」

愛莉「なに」

健人「クラスのやつに聞かれた」

 嫌な予感がする。

 内容を聞く前に、胸の奥がざわつく。

健人「御井とどういう関係なのって」

 心臓が一回だけ強く鳴る。

愛莉「……で?」

健人「腐れ縁って言っといた」

 いつもの言葉。

 何度も使ってきた言葉。

 そのはずなのに。

 今日はやけに遠く聞こえる。

 ガラスに映る自分の顔が、少し強張っている。

愛莉「間違ってないでしょ」

健人「だよな」

 軽く笑う。

 その笑い方も、いつも通り。

 なのに。

 胸の奥が引っかかる。

健人「家も隣だし、ほぼ家族みたいなもんだし」

 ――家族。

 その言葉が、落ちてくる。

 拾えない。

 足元を通り過ぎていく。

 何か言い返さないといけないのに。

 いつもならすぐ出てくる軽口が出てこない。

健人「どうした?」

愛莉「……別に」

 誤魔化すように手刀を構える。

 いつもの距離。

 いつもの動作。

 振り下ろせば元に戻る。

 はずなのに。

 腕が止まる。

 振れない。

 健人が不思議そうな顔をする。

健人「今日キレ悪くね?」

 その一言で、余計に振れなくなる。

 腕を下ろす。

愛莉「気のせい」

 風が強く吹く。

 カーディガンの裾が揺れる。

 健人のネクタイが揺れる。

 朝、自分が結んだ形が少し崩れている。

 直さなきゃ、と思う。

 でも動けない。

健人「体調悪い?」

愛莉「悪くない」

健人「じゃあなんで――」

愛莉「アンタさ」

 遮る。

 自分でも驚くくらい強い声が出た。

 健人が黙る。

 渡り廊下に風の音だけが残る。

愛莉「……腐れ縁って便利だよね」

健人「え?」

愛莉「何でもそれで済むじゃん」

 言いながら、何を言ってるのか分からなくなる。

 止まれない。

愛莉「仲いいのも、毎日一緒にいるのも、距離近いのも」

 全部。

愛莉「全部“そういうもん”で終わる」

 沈黙。

 健人がこっちを見る。

 まっすぐ。

 逃げ場がない。

健人「……嫌だった?」

 その問いが、一番困る。

 嫌なわけがない。

 その関係に自分が甘えてきた。

 それなのに。

 今さら何を。

愛莉「嫌じゃない」

健人「じゃあいいじゃん」

 正しい。

 何も間違ってない。

 なのに。

 胸の奥が締め付けられる。

 視線を逸らす。

 ガラスの向こうの川を見る。

 風で水面が揺れている。

 自分の声が、少しだけ震える。

愛莉「……そのままでいいの?」

健人「え?」

 言ってから後悔する。

 意味が分からない。

 何を聞いてるのか、自分でも分からない。

愛莉「なんでもない」

 誤魔化すように一歩前に出る。

 すれ違う。

 その瞬間、健人が手首を掴んだ。

 初めて。

 ぶつよ?の手刀を止めたとき以外で。

 直接、触れられた。

健人「御井」

 名前で呼ばれる。

 心臓が跳ねる。

健人「今日変だって」

 振り払えない。

 振り払いたくない。

 その自分に気づいてしまう。

愛莉「……離して」

健人「離さないと逃げるだろ」

 図星。

 顔を上げる。

 距離が近い。

 ネクタイが揺れている。

 結び目が曲がっている。

 反射的に、そっちに手が伸びる。

 触れる。

 整える。

 指先が震える。

愛莉「曲がってる」

健人「朝直したじゃん」

愛莉「動いたからでしょ」

 いつもの会話。

 いつもの動作。

 なのに。

 手首は掴まれたまま。

 呼吸が近い。

 視線が合う。

 何か言わなきゃいけない気がする。

 でも言葉がない。

健人「……御井」

 名前を呼ばれる。

 それだけで、胸がいっぱいになる。

 手刀を構えようとして。

 また止まる。

 振れない。

 健人が少しだけ笑う。

健人「今日ほんとキレ悪いな」

 その笑い方が、いつもと同じで。

 それが、少しだけ怖くなる。

愛莉「……ぶつ」

 声が弱い。

愛莉「……ぶたない」

 初めて言った。

 健人が目を見開く。

 手首が離される。

 距離が戻る。

 風が通り抜ける。

 渡り廊下に、自分の鼓動だけが残る。

 その日の帰り道。

 並んで歩く距離が、少しだけ分からなくなる。

 近すぎる気がして。

 遠すぎる気もする。

 自販機の前で立ち止まる。

 いつもの場所。

 いつものはずの場所。

 でも。

 もう同じじゃない。

 愛莉は缶を見つめたまま思う。

 ――“腐れ縁”じゃ、足りない。

 その言葉の意味を、まだ自分は知らない。

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