◆第6話 人間の裏切り者は“正義”に飽いた◆
聖王国の都――ディアス・レグナ。
白い城壁と金色の尖塔が立ち並ぶ、表の“世界の中心”。
だが、夜の帳が下りると輝きは影になり、
王都はひっそりと息を潜める獣の巣へと変わる。
空気を切り裂く気配。
屋根の上を、影が一つ滑るように移動している。
ノアが呟いた。
「来ます。こちらを“狙っている”ふりをしながら“誘導”してくる」
誘ってくる――
つまり、罠でもあり、歓迎でもある。
リアナは俺の隣に寄り、
ヴィオラとメルカドは周囲を警戒しながら歩く。
ラザロスは飄々としているが、
いざとなれば盾にも刃にもなる位置に立っていた。
突然、屋根から声が落ちてきた。
「――魔王殿。よくぞ来られた」
静かな声。
だが、隠す気のない“知性と傲慢”が混じっている。
視線を上げると、月の縁にひとりの男が立っていた。
黒い外套。
白手袋。
中性的な顔立ちだが、瞳は氷のように研ぎ澄まされている。
「聖王国宰相――カイト・ハーグレイ」
名を口にすると、男は小さく目を細めた。
「名前を呼ばれるのは嫌いではありません。
ただ“宰相”と呼ばれるよりも、ずっと愉しい」
落ち着いた声。
大仰さはなく、威圧もない。
だが、それだけで、王宮の中心に立つ者であることが理解できる。
「魔王軍の情報を流したのはお前だな」
俺が問いかけると、カイトは肩をすくめるように笑った。
「ええ。“正義のために”と呼ばれることに飽きたので」
リアナが眉をひそめる。
「……正義に、飽きた?」
カイトは振り返らず、そのまま言葉を続けた。
「十年……二十年……もっとかもしれません。
人々は“正しさ”を求めるようでいて、
実際には“責任を押し付けられる誰か”を求めるばかりでした。
私は期待に応え続けた。
救済を、保護を、改善を、奉仕を。
何百回、何千回……結果は変わらない」
風が、カイトの外套を揺らす。
「正義を求める者ほど、正義を消費する。
結局――人は正義を欲していない。
ただ“都合のいい神”を求めているだけだ」
その声は乾いていて、冷たく、しかしどこか穏やかだった。
ヴィオラが鼻を鳴らす。
「だから魔王に味方するってわけ?」
「違いますよ」
カイトは微笑した。
「私は魔王に味方するのではありません。
――“人間に失望した自分自身”に味方するのです」
その言葉に、ノアがわずかに目を細めた。
「合理性ではなく、虚無か」
「虚無、ですらありません。
世界を変える価値はない。
ただ、壊れていく様を見届ける意味ならある。
だから――私は、“どちらが勝ってもいい”のです」
リアナが息を呑む。
(味方でもなく、敵でもなく。
勝敗すら興味の対象ではなく――ただ崩壊を望む者)
ノアが静かに呟く。
「魔王。彼は“未来を創る者”ではありません。
“未来を壊す者”です」
「だが、それでいい」
俺は前へ出る。
「世界を欲望で染めるには――
“壊す才能”を持つ者が必要だ」
カイトが初めて、わずかに笑った。
「魔王殿が“破壊を目的にする”のなら、
私の興味は、たしかにあなたへ傾くでしょう」
「そうか。
なら――交渉は簡単だ」
俺は手を差し出す。
「裏切れ。
聖王国も、正義も、人間の期待も。
そのうえで、おまえ自身の欲望に忠実になれ」
カイトは一歩、屋根の縁から踏み出した――
落ちるのではなく、空気を蹴って降り立つように軽やかに。
そして、わずか数歩で俺の手の前まで歩み寄った。
「宰相という役職も、王都という檻も、
正義という名前の鎖も――飽きていました」
カイトは手を取る。
「契約を」
その言葉を、まっすぐに告げた。
魔法陣が静かに広がり、
闇色の紋がカイトの手首に刻まれていく。
それは他の守護者の紋とは違い――
まるで鎖を象ったような、くっきりとした文様。
縛りつける鎖ではなく、
鎖を“楽園”と呼ぶ者のための紋。
カイトが薄く笑う。
「魔王殿。
私はあなたに忠誠を誓うのではありません。
あなたの破滅のために尽力しましょう」
リアナが息を飲み、
ヴィオラが楽しげに手を叩き、
ラザロスが納得したように頷き、
セレネが嬉しそうに拍手し、
ノアが穏やかに目を閉じた。
だが――俺だけは笑っていた。
「いいだろう、カイト。
おまえは今日から、十人の守護者のひとり――“破滅の参謀”だ」
静かな夜空を裂くように、契約の光が消える。
こうして六本目の牙が揃い――
世界の均衡が静かに傾き始めた。
◇◇◇
次に求めるべきは、
◆軍勢を増やす者
◆生産と統治を司る者
◆魔王国の「国」としての骨格を築く者
次の守護者候補は――
“錬獄の鉄匠”ファルド
・魔力兵器・生体兵器・軍装・魔導機構
・戦う者を強くし、世界を焼く装置を作る狂気の鍛冶師




