◆第26話 守られるという選択は、最も痛い◆
魔王国の外縁――
交易路に近い小さな村。
この村は、つい最近まで
“どの国にも属していない”場所だった。
だからこそ、
争いが起きやすい。
アリアは、魔王の命令ではなく、
自分の意思でこの地を訪れていた。
「……ここ……
少し……空気が張り詰めてますね……」
リアナが小さく頷く。
「最近……
武装した流れ者が……
出没しているそうです……」
アリアは、剣に手を置く。
抜く準備ではない。
“抜くかどうかを考えるため”。
(……もし……
ここで……
誰かが傷ついたら……)
胸が、ざわつく。
◇◇◇
予感は、的中した。
村の入口。
荷馬車を囲む、数人の男たち。
粗末な武器。
荒んだ目。
「……金だ。
それと……
女も置いていけ」
民が震える。
その瞬間――
アリアは、一歩前に出た。
「やめてください」
男たちが振り返る。
「……なんだ?
嬢ちゃん」
アリアは、名乗らなかった。
勇者だとは言わない。
正義も掲げない。
「……ここは……
争う場所じゃない……」
男のひとりが笑う。
「だったら、
剣を抜けよ」
アリアの指が、柄を握る。
(……ここで……
抜けば……
私は……
“簡単な正義”を選べる……)
一瞬で終わる。
相手は弱い。
でも――
(……それで……
私は……
“考える”ことを……
やめる……)
アリアは、
剣を抜かなかった。
「……私は……
戦いません」
男たちが、目を見開く。
「は?」
次の瞬間――
前に出た影があった。
重い足音。
圧倒的な存在感。
メルカドだった。
「……なら、
代わりに俺が出る」
男たちの顔が、青ざめる。
「な、なんだ……
こいつ……」
メルカドは、拳を鳴らす。
「勘違いするな。
勇者が抜かないって選んだんだ。
だから――
俺が抜く」
次の瞬間、
一切の躊躇なく――
――終わった。
血は流れた。
叫びもあった。
だが、
民は守られた。
◇◇◇
静寂。
アリアは、その場に立ち尽くしていた。
剣は、鞘に収まったまま。
(……守られた……
でも……
私が……
守ったわけじゃない……)
胸が、苦しい。
リアナが、そっと近づく。
「……アリア……」
言葉が、出ない。
メルカドが、血を拭いながら言った。
「間違ってない」
アリアは、震える声で問う。
「……でも……
あなたが……
代わりに……」
メルカドは、肩をすくめる。
「選んだんだろ。
剣を抜かないって」
その言葉は、
責めではなかった。
事実だった。
「だったら、
“守られる”結果も、
受け取れ」
アリアの目から、涙が溢れる。
(……これが……
選ぶってこと……)
◇◇◇
夜。
焚き火の前。
アリアは、ひとり座っていた。
剣を抜かなかった。
誰かが傷ついた。
でも、民は生きている。
(私は……
正義を振るわなかった……
でも……
現実から逃げたわけでもない……)
そこへ――
魔王が現れた。
「聞いた」
アリアは、顔を上げられない。
「……私……
何も……
できませんでした……」
魔王は、否定しなかった。
「できなかったな」
その即答が、
胸に刺さる。
「だが――
逃げなかった」
アリアは、顔を上げる。
「剣を抜かなかった。
だが現場に立ち、
結果を見て、
責任を受け取った」
魔王は、静かに続ける。
「それはな、
“守られる側”になる覚悟だ」
アリアの喉が震える。
「守られるというのは、
弱さじゃない。
他人の選択を背負う覚悟だ」
涙が、止まらない。
「……苦しいです……」
魔王は、短く答えた。
「当然だ」
「正義より、
ずっと苦しい」
◇◇◇
その夜。
アリアは、剣を抱きしめて眠った。
抜かなかった剣。
それでも――
確かに、彼女はそこにいた。
(私は……
剣を振る勇者じゃない……)
でも――
(……選ぶ勇者には……
なれるかもしれない……)
その小さな確信が、
彼女を眠りへ導いた。




