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欲望の魔王〜世界全て僕のもの〜  作者: 暁 龍弥


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20/27

◆第19話 崩れゆく聖王国と、ひとりの勇者◆

聖王国――朝。

城下町の中心広場で、大きな悲鳴が上がった。


「食糧庫が……空だ……!!」


兵士たちが駆けつけるが、住民の怒声で押し流される。


「神官たちが管理していたんだろう!?

 どうして何も残ってないんだ!」


「祈れって言われたって……祈ってる間に子どもが飢えるんだよ!!」


怒り。

不満。

不信。


その全てが、神官たちへ向けられた。


神官長は震える声で叫ぶ。


「落ち着け! これは魔王の策略だ!

 魔王が我らの食糧庫を――」


その叫びに、住民のひとりが返す。


「魔王は“食糧をくれた側”だ!!」


広場が一瞬で静まり返った。

神官長は、反論できなかった。


(魔王のせい……?

 でも魔王は“与えた”だけだ……

 奪ったのは……私たちの国だ……)


アリアは、胸の奥がじわりと痛むのを感じた。


聖騎士長レオニスが怒り狂う。


「黙れ! 魔王を擁護するつもりか!?

 奴は世界を欲望で堕落させる悪だ!!

 お前たちは聖王国の民だろうッ!!」


しかし住民は目をそらし、呟く。


「……正義が何をくれた……?」

「祈りで救われたことなんて、一度もない……」


その言葉は、レオニスよりもアリアの胸をえぐった。


(私は……何も救ってない……

 魔王のほうが……“救っている側”だ……)


アリアは今、誰よりも胸が痛かった。


◇◇◇


王城の作戦室。


神官長と貴族たち、そして聖騎士団が集まっている。


空気は最悪だった。


神官長:「民が神への信仰を失い始めている!」

貴族:「魔王に救われた国が出た時点で終わりだ!」

騎士:「勇者はなぜ魔王を斬らなかった!?」

司祭:「勇者が迷っているからだ!」

別の司祭:「そんな勇者に何を期待できる!?」


アリアは俯いたまま、指先が震えていた。


(どうして……私だけ責められるの……

 魔王に斬れる理由が……無かっただけなのに……)


レオニスが重々しい声で告げる。


「勇者アリア・レーン。

 貴様は魔王に心を動かされた。

 それは事実だな?」


アリアは震えつつ、正直に答えた。


「……はい。

 でも――だからこそ、私は“確かめたい”。

 本当に魔王が悪なのか……

 私自身の正義で、判断したい」


国中の人間が息を呑んだ。


神官長は顔を真っ赤にして叫ぶ。


「それは反逆だッ!!

 勇者が迷うなど許されぬ!!

 神の敵を疑うなど――!」


アリアの胸が締めつけられる。


(私は……間違っているの?

 それとも……皆が“考えることをやめている”だけ……?)


だが、その時。


扉が勢いよく開いた。


「緊急報告ッ!!」


兵士が全身血まみれで飛び込んできた。


「南部国境で……暴動が発生!!

 『魔王に助けを求めるべき』派と

 『魔王を倒せ』派が衝突し……!」


ざわめきが広がり、神官長が震える声で問う。


「死傷者は……?」


兵士は答えられず、ただ首を振った。


「国が……割れ始めています……」


王城の空気は絶望に染まる。


アリアの胸はさらに痛む。


(私が……魔王を斬れなかったから……?

 それとも……この国が、最初から脆かっただけ……?)


しかしそのときだった。


別の兵士が駆け込む。


「報告ッ!

 魔王軍が――“救援部隊”の名で

 聖王国へ再び向かっています!!」


会議室が凍りつく。


救援?


侵略ではなく?


アリアは確信した。


(あの人は……“戦争を始めるつもり”じゃない……

 “戦争をさせないつもり”なんだ……)


それが――

聖王国にとって、最も危険な侵略だった。


◇◇◇


魔王国ラスタ=ディア。


黒玉座に座る俺の前で、

ノアが淡々と報告を続ける。


「聖王国の南部は、すでに実質的な内戦状態。

 『魔王に救われたい者』が増えており、

 大量の難民が国境へ向かっています」


カイトが笑う。


「このままいけば、聖王国は自壊する。

 勇者の誕生からわずか数週間で……歴史が変わるな」


ヴィオラが肉食獣のように笑う。


「戦争する前に勝つなんて、面白いじゃない」


リリスが夢の中を覗くように言う。


「勇者アリア……心が揺れすぎて、夢が乱れてます。

 彼女、そろそろ……壊れますよ?」


リアナは不安げに尋ねた。


「魔王さま……勇者を……どうするつもりですか……?」


俺は静かに答えた。


「壊すつもりはない。

 ただ――“選ばせる”。」


リアナ:「選ばせる……?」


「自分の正義を。

 神の正義を捨てれば俺の側に堕ちるし、

 国の正義を守れば俺と戦う。


 どちらを選んでも構わない。

 ただし――

 その選択を“自分の欲望”で下させる。

 それが重要だ」


リアナは胸に手を当てて呟く。


「魔王さまは……本当に残酷で……優しい……」


◇◇◇


その夜、勇者アリアの部屋。


アリアは床に膝をつき、

剣を抱きしめるようにして泣き崩れていた。


「どうして……どうして……

 私の世界はこんなに揺れてしまうの……」


そこに――

一陣の風が吹いた。


窓が開き、

月明かりの中にひとつの影が映る。


アリアは息を呑んだ。


「……魔王……?」


魔王は、窓辺に立ったまま静かに彼女を見る。


アリア:「どうして……ここに……!」


魔王:「お前が“来てほしい”と願ったからだ」


アリアの胸が熱くなる。

その言葉は甘く、危険すぎた。


「勇者。

 お前はいま、世界のどこより孤独だ。

 だから――

 “正義”を捨てるか、

 “欲望”を捨てるか、

 そのどちらかを選ぶしかない」


アリアは涙を拭い、震えながら問う。


「私は……どちらを選べばいいの……?」


魔王はすぐには答えず――

そっと手を差し出した。


「その答えが出るまで、

 誰にも奪わせはしない。

 ――お前の心は、お前だけのものだ」


アリアの涙が溢れる。


(どうして……

 神でも国でもなく……

 この魔王だけが……

 “私を私として見てくれる”の……?)


手を伸ばしたい。

けれど伸ばせない。


魔王は静かに告げた。


「迷い続けろ。

 迷ってもいい。

 正義は迷ってはいけないが……

 人は迷っていい。」


アリアの心は完全に揺れた。


「魔王……私は……」


言葉が続く前に、

魔王は月明かりへ溶けるように姿を消した。


残されたアリアは、

胸を押さえて泣きながら呟く。


「……こんなの……倒せるわけ……ないよ……」


それは敗北の言葉ではなく――

心を奪われていく少女の、

切実な告白だった。

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