◆第13話 生存を越える欲望で、大地を染めろ◆
大地が、吠えるように震えた。
誰かの怒号ではなく、天災でもない。
地面そのものが――生きている。
大地の獄王は拳を握りしめたまま宣告する。
『空は頭上の覇者に従った。
門は死者の裁定者に従った。
夢は心の支配者に従った。
――だが、“生き残り”だけは、貴様のものにはならぬ!』
地割れが走り、岩壁のごとき腕が振り下ろされる。
空気が押しつぶされ、世界が沈む感覚。
俺は避けなかった。
リアナの絶叫が響く。
「魔王さまッッ!!」
拳は命を奪う――それが大地の摂理。
生き残れないものが死に、
奪えないものから奪われ、
弱いものが喰われる。
その“当然”の力が、俺を潰そうと迫る。
――ドガァァァン!!
地が爆ぜて土煙が上がる。
兵士たちが膝を落とし、
守護者たちが歯を食いしばる。
ラザロスは呟いた。
「……直撃したら終わりだ」
バハルザードは唸った。
「だが避けたら――大地は“逃げる魔王”を認めない」
ゼファルが静かに頷いた。
「生への執着を証明しなければならない試練……」
リリスが震えた声で言う。
「魔王さま……“生きたい”と叫んでください……」
セレネは涙を舐めながら震え、
「泣き声が……まだ聞こえない……まだ終わっていない……」
ヴィオラは噛み締めた奥歯を軋ませ、
「死ぬなよ……魔王……」
メルカドは拳に血が滲むほど握り、
「立て……立て……!」
ファルドは工具を抱え、ただ視線を前へ向けた。
ノアだけが目を伏せて呟いた。
「――魔王は倒れていない」
土煙の向こう。
拳の中心に、俺の手があった。
大地の獄王の拳を――“受け止めていた”。
『……ほう』
押し潰されそうな圧力の中で、俺は笑った。
「大地の拳……確かに重い。
生きるために奪う力だ。
生き残るために殺す権利だ。
――だが、それは“最低限”だろう?」
拳の周囲に、黒い稲妻が走る。
『……何だ、それは』
「生き残りたい、では弱い。
この世界で一番強い“生の本能”は――
“生き残るために他者を喰う”でもなく、
“死にたくないから戦う”でもない」
黒い雷が地表に染み込んでいく。
「“生きているからこそ奪いたい”
“生きているからこそ欲しがる”
“生きているからこそ壊す”
――それが“欲望”だ」
地面の色が変わり始めた。
本来の茶色・黒土の色ではない。
薄く黒光りし、脈動し、熱を帯びてくる。
『大地を……染める気か』
「大地は命を育てるだけじゃない。
欲望の土にもなる」
俺の声が響いた瞬間、
大地の王の足元から黒い稲妻が走り、
大地の支配領域へ侵入していく。
『――貴様、奪う気か。
この世界の“生”そのものを』
「奪うんじゃない」
俺は拳を握りしめた。
「すべての“生きているもの”に、欲望を与えるんだ。
ただ生き残るだけじゃない。
生きている意味を叫ばせる。
生きている価値を求めさせる。
求めて求めて、争って、奪って――
それでも生きてやると叫ぶ世界を、僕は見たい」
大地が揺れる。
『生への欲望……!?
“生き残りたい”を越えた“生きたい”……!
“生きていることそのものを貪る”ということか……!』
「気づいたようだな」
大地の王が後退したわけではない。
大地そのものが――後退した。
岩が崩れ、地面が隆起し、
砂が黒雷に侵食されていく。
『生存本能は絶対だ。
だが……その上位概念があったとは……!』
力が昂り、地面が赤熱し、焦げる。
『魔王……!!
貴様は“生き残りたい”のではない!!
“生きている全てが欲望に従って生きる世界”を望むのか!!』
俺は叫んだ。
「そうだ――生きることは、欲望だ!!」
黒雷が地を飲み込む。
大地の獄王の拳が痙攣し、
足元の岩が従順に沈んでいく。
そして――巨人は膝をつかないよう全身で耐えながら、
しかし最後に、静かに片膝をついた。
『……認める。
欲望は、生き残りより強い。
奪うことより強く、守ることより強く、
死よりも強い。
その愚かさは――
本能を上書きできる“王”の力だ』
リアナが泣き崩れ、守護者たちの緊張が解ける。
巨人は深く頭を垂れた。
『我は、大地の獄王“アースガルド”。
地に生きる全生命、
すべての痛み、飢え、血、闘争、繁栄――
その“生の営みのすべて”を、魔王に捧げる』
俺は宣言した。
「契約だ。
四天王“地帝アースガルド”。
大地を――世界の“欲望”の土壌に変えろ」
大地が共鳴し、契約の紋が刻まれる。
空・門・夢・地。
四つの帝、揃う。
◇◇◇
バハルザードが低く笑う。
「魔王――空は、おまえのために雷を鳴らそう」
ゼファルが静かに続ける。
「死者は、魔王の欲望の邪魔をさせない」
リリスが妖しく微笑む。
「世界中の夢と悪夢を、魔王さまのために織りましょう」
アースガルドが大地を震わせて言う。
『生きている者すべてに、欲望を芽吹かせよう』
リアナは涙をぬぐいながら微笑む。
「魔王さま……四天王が揃いました……」
ノアは均衡計算を終え、静かに告げる。
「これで、世界の陣営図が反転します。
“魔王国 vs 世界”ではなく――
“魔王国の影響を受けた国 vs 抵抗する国”という構図に」
カイトが報告書を閉じる。
「欲望が世界を割り始めます。
さあ――大戦の準備を」
ヴィオラ・メルカド・セレネ・ラザロス・ファルドが
それぞれの笑みで武器を構えた。
魔王国ラスタ=ディア――完成。




