第5話「鈴の音の呪いと、泥臭い挑戦」
1. シャムの置き土産と、プロデューサーの孤立
ニャレドネコマチの復興は軌道に乗り、猫組がプロデュースした「NYANGOROU・四天王コラボレーション企画」は大成功を収めた。しかし、成功の熱狂が冷めやらぬある朝、つたねこやは、既にこの町を去っていた伝説のプロデューサー、シャムからの置手紙を見つけた。
シャムの言葉は、相変わらず冷徹だった。
「お前は『公の責任』は背負えた。NYANGOROUのカリスマを商品化し、街を導く力を見せたな。だが、『私的な欲求を昇華させるプロデュース』は未だに完了していない。お前は、すずの鈴の音が本当に何を求めているのか、それを問うことを恐れている。その恐怖心が、お前の才能を抑圧している。お前の敵は、市場ではなく、お前自身の優等生的な弱さだ。その弱さは、お前が最も軽蔑し、無視してきた『最も泥臭い挑戦者』によって試されるだろう。」
つたねこやは、紙を握りしめた。彼は今、公的な成功の頂点にいるが、シャムに見抜かれた通り、私的な感情(すずへの恋心と、MIKEMARUへの劣等感)については、火事の前から何も解決していなかった。彼は、すずを最高のプロデュースで輝かせたが、彼女の心に踏み込む勇気をまだ持てずにいた。プロデューサーとしての魂は覚醒したが、一匹の雄猫としての私的な課題だけが、心の中で燻り続けていた。
2. 「粋な盗み」から「泥臭い挑戦」へ
その私的な領域に、正面から泥を浴びせかける者が現れた。
裏路地から立ち直ったドロのら商会の親分、ひっかき親分が、子分のごろたを伴い、TUTANEKOYAの店先に堂々と現れた。彼らはもはや、みすぼらしい泥棒ではなかった。その目には、確かに挑戦者の熱が宿っていた。
「つたねこや!お前は『公的なテーマ』で成功したのは認めよう!復興支援グッズは素晴らしかった。だが、お前は『日常の小さな幸せ』という、もっとも泥臭くて難しいテーマから逃げた!猫たちが毎日泥にまみれて働き、家に帰って毛づくろいをする、その私的な温もりを、お前は表現できるのか!」
親分は、泥まみれの風呂敷の中から、一風変わった商品を取り出した。それは、荒削りだが温かい、不器用な猫の親子が、湯船で顔を寄せ合っている姿を象った『親子の背中合わせ風呂桶箸置き』だった。
「見てろ!この『骨太な侘び寂び』が目指すのは、『毎日泥にまみれても、家に帰れば小さな幸せがある』という、猫たちの私的な感情に訴えかける『粋』だ!これは盗みでもパクリでもない。俺の『粋な挑戦』だ!お前のチャラついた『粋』じゃ、この泥臭い温もりは表現できまい!」
ひっかき親分は、つたねこやが最も得意とする「大きな社会テーマ」ではなく、「日常の温もり」という私的な感情のプロデュースの領域に、正面から挑んできたのだ。つたねこやの優等生的な理想は、この「泥臭い現実」を前に、再びその本質を問われることになった。
3. すずの鈴が呼ぶ、違和感と異変(呪いの始まり)
つたねこやは、ひっかき親分の情熱にプロデューサーとしての魂を燃やし、対抗企画の準備を急ぐ。それは、すずがデザインした幻想的な風景の版画と、彼女の清らかな鈴の音を再現した製品の量産化だった。
しかし、製品の試作が進むにつれ、奇妙なことが起こり始めた。
すずの鈴の音を組み込んだ試作品を触った猫たちが、時々、「この音を聴くと、誰かの幸せな記憶が、自分の記憶のようにフラッシュバックする」と訴え始めたのだ。中には、「見たこともない、美しくも寂しい未来のニャレドネコマチの光景が一瞬見えた」と怯える猫もいた。この現象は、もはや単なる錯覚ではなく、「鈴の音の呪い」として町に広がり始めた。
さらに、MIKEMARUがすずのスケッチを元に描き上げた版画にも「違和感」があった。
MIKEMARU:「つたねこや、この絵は美しいが…違和感がある。俺は筆を握るたびに、『この光景はまだ存在していない』という感覚に襲われるんだ。まるで…誰かの"強い願い"が筆を動かしているようだ。俺の才能が、彼女の『想い』に支配されている感覚だ。この絵は、現実を侵食する力を持っている。」
つたねこやは、すずの鈴の音と秘めたる才能が、もはや単なる美意識ではなく、「現実の認識を揺るがす不思議な力」を持っているのではないかという、漠然とした不安を抱き始めた。この力こそが、シャムが警告した「私的な欲求」が生み出したものだと直感する。
4. 泥臭い挑戦の逆襲と優等生の危機
その不安が現実のものとなる。ひっかき親分の『親子の背中合わせ風呂桶箸置き』は、市場で予想外の爆発的なヒットを記録した。その泥臭いながらも温かいデザインが、復興後の日常に疲れた猫たちの「私的な感情」に深く響いたのだ。
対して、猫組の新作は、その「特別な現象」の噂が広がり、一部の猫が恐れて手を出すのをためらい始めていた。猫組は、公的な成功の頂点から、私的な感情の市場という、最も泥臭い領域で劣勢に立たされた。
つたねこやは、市場の逆襲、そしてすずの鈴がもたらす予期せぬ特別な現象に直面し、シャムの言葉を思い出す。「お前の敵は、市場ではなく、お前自身の優等生的な弱さだ。」
彼は、公的な責任を果たした今、私的な感情が渦巻く、この泥臭い戦いの真ん中で、優等生的な手法が通用しないことを悟る。プロデューサーとして、そして一匹の雄猫として、すずの鈴が呼ぶ謎に切り込み、この危機をどう乗り越えるべきか、その覚悟が試されていた。彼は、愛する女性の抱える「呪い」と、ライバルの「泥臭い情熱」という、二つの大きな課題に同時に立ち向かわなければならなかった。




