強制力
前世の友達の姿は思い出せない。でも、ライトノベルが好きだった彼女が面白さを力説していたのは覚えている。
「主人公がゲームの世界に転生したら、悪役令嬢だったのよ。だから、断罪を避けるため、正しく生きようとするんだけど、ゲームの強制力が働いて、どうしても、本来のストーリーに戻っちゃうの。それでも、悪役令嬢の運命から逃れようと努力するところが本当に面白くって」
「そうなんだ」
ゲームは好きだけど、読書は苦手だったので、勧められた本を読まなかったのをヴィオラは後悔していた。
まさしく今の自分の立場と一緒。
「読んでいれば、今の状況が強制力が働いたせいなのか、どうすれば、悪役令嬢の運命から逃れることができるのか、わかったかもしれないのに」
決闘で勝利し、イアンに謝罪してもらい、実力で入学したことをみんなに認められたかと思っていた。
うん、認められたかもしれない。
歴史の先生には賢いのに歴史をサボっていると思われた。
イアンのファンからはイアンの体調が悪い時に無理やり決闘させて、勝利をもぎ取ったと責められる。
ミューラー先生の生徒からは百ます計算を提案した張本人として恨まれている。
その絡みでミューラー先生に取り入って、決闘の問題を教えてもらったんだろう、なんて、疑われたりした。
そう、父の名誉は挽回できたのかもしれないけど、ヴィオラの評判はあまり変わっていないのだ。
「何でよ〜」
クッションを抱いたまま、ソファーでゴロゴロする。
「お嬢様、休みの日だからって、ダラダラしてないで、きちんとしてください」
ミアが入ってくるなり、ヴィオラに注意した。
「見逃してよ〜」
「それより、今日はこれだけの手紙が来ましたが、内容は全て気持ち悪いものでしたので、返答なしで処分でよろしいですね」
ミアが山積みの手紙を見せる。
「ミアに任せる」
最初は自分で判断しなくちゃと読んでみた。そしたら、差し出し人の男女を問わず、種類としてはファンレターだったんだけど、変態ばっかりだった。
『決闘の姿に魅了されました』はまあいい。
『勝利した時の不敵な笑み。魔王のようで素敵でした』って、そんな笑みなんか浮かべてない!
『踏んでください』問題外。はあ。
「変なのばっかし」
デビュタントを済ませていない場合、見知らぬ人との交際は親を通すのが当たり前だ。
ヴィオラは気づいていなかったが、まともな生徒はきちんと自分の親を通して、ヴィオラの父に交際や婚約を打診していた。つまり、直接、手紙を送ってくるのにはまともな人はいない。
「うちの領民といい、どうしてこうなっちゃうのかな」
「安易に人を助けるからですよ」
「だって、嫌われたくないんだもん。それに今回は誰も助けてない。ただ、計算しただけだよ」
そう言うと、ミアは笑った。
「卒業までにお嬢様に忠誠を誓う人が何人出るか、同僚たちと賭けをしているんです。頑張ってください」
「ミアは一体、何人に賭けてるの?」
ミアなら自分が勝つためには何でもしそうで、こわい。
「賭けてません。私は胴元で人数を確認するだけです」
おい。胴元が一番、儲かるんじゃなかった?
「最初にお嬢様に忠誠を誓ったのは奥様のメイドでしたよね」
母様が病気にかかった時、ゲームの記憶を駆使して治したせいで、母様が子供の頃から仕えていたメイドから忠誠を誓われてしまったのだ。
「母様がこの子を見守ってね、なんて、頼むからで私のせいじゃない」
「ボジロ村は村ごと、忠誠を誓いましたよね」
「うっ」
悪役令嬢になりたくない。なったとしても、断罪された時に情状酌量されるように評判をよくしておきたい。そんな下心から頑張ったら、頑張り過ぎてしまった。
でも、単に感謝するんじゃなくて、崇め奉るような人がいる。これって、悪役令嬢の取り巻きになりそうで怖い。ヴィオラ様のためなら、ヒロインを排除しますとか言い出しそう。
やっぱり、ゲームの強制力が働いてるのかなあ。
「そうそう、イアン様はきっと、ヴィオラ様の虜ですよ」
「まさか、そんなわけないじゃない」
そんなつもりはなかったけど、結果としては人前で恥をかかせたんだから、恨まれたらどうしよう。終わった後、辛そうだったから思わず、声をかけたけど、追い討ちをかけてしまったかもしれない。
「私、バカだ」
「はい、常識や人間関係はバカですね」
「ミア〜。そこはそんなことありませんって、言ってよ」
「正直なもので」
そこでベルが鳴った。ミアが確認に行く。
すぐに戻ってきて、悪い笑顔で言った。
「イアン様から、面会室で会えないかとのご連絡です。さあ、どうしますか」