癒しの歌
「アネモネ様? アン、ケイト?」
宰相から学園の食堂の個室、前回、武闘会の打ち上げに使った部屋にヴィオラは呼び出された。楽士を紹介してもらえるのかと思ったら、宰相以外にいたのはアネモネ様とアンとケイトだった。
「よく知っている相手とは思うが、紹介しておこう。アネモネ君は卒業後、私の部下となることが決まっている。ヴィオラさんの件をできるだけ内密にしたいため、卒業前だが、今回のカレーラス殿の件で働いてもらうことにした。同じ理由で王宮の楽士ではなく、アン君、ケイト君に曲を教えてもらいたい」
「わかりました」
「それではすまないが、あとはアネモネ君の指示に従ってくれたまえ」
忙しいのにわざわざ、来てくれたらしい。顔合わせだけで、宰相は帰って行った。
少し緊張が解けた雰囲気になる。
「就職おめでとうございます。アネモネ様、さすがです」
宰相の部下になるって、文官としてはトップレベルということでは?
ヴィオラの言葉にアネモネ様は微笑んだ。
「主に外交部門を担当することになるの。今回、大変だとは思うけど、何か気になることがあったら、すぐに言ってね」
「わかりました」
それから、ヴィオラはアンとケイトに頭を下げた。
「ごめんなさい。面倒なことに巻き込んでしまって」
「面倒だなんて。私、カレーラス様に憧れていましたの」
アンは両手を組んだ。
「宰相様が父にきちんと話をしてくれましたから。ジョセフィン様より音楽を優先していいと言われましたの。もう、嬉しくって」
ケイトの言葉が本音らしく、ヴィオラはホッとした。宰相にうまく利用されるような気がしたが、みんな満足しているならいい。
「それで教える曲は決めていますの?」
アネモネ様に尋ねられて、ヴィオラはうなずいた。全て古いコメディ映画の曲にするつもりだ。母が好きだった映画で修道女が何曲も歌っていた。音楽の女神から教わったという設定だから、ぴったりだろう。嫌になるほど聞かされたので、音程にも自信がある。ちょっと、高いところは声が出ないけど、アンとケイトなら、きっと歌える。
「まずは神様を歌った歌らしいの」
歌い出すと、アンとケイトがどんどん後についてくる。
「待って、待って。カレーラス様たちが同席することになっているんだから、先に全部、覚えないで」
アネモネ様が慌てて止めた。
「本当に音楽が好きなのね」
アネモネ様が頬に手を当てて言った。
「許されるなら、楽士になりたいぐらいです」
「だから、ヴィオラさんやカレーラス様、宰相様には感謝しかありません」
アンとケイトは顔を見合わせて笑った。
「ヴィオラさん、カレーラス様に教える予定のない曲があれば、教えてもらえませんか」
本当に二人ともジョセフィンの取り巻きをやっている時とは全然、違う。
「他にしたいことがあるので少しずつでよければ」
ヴィオラは正直に言った。身体強化の訓練の参加者は増えているが、ハーモニー学園の全員を強くするという計画のためにはそれ以外の強化も行いたい。何から手をつけていいかわからないが。
「他にしたいことって、何ですの? 曲を教えていただくお礼にお手伝いできることがあれば、何でもしますわ」
「呆れないでくださいますか? 私、治癒能力を強くしたいんです」
「ジョージ様を治したほどの力がおありなのに?」
「私以外の方にも強くなって欲しいんです」
「じゃあ、まず、私たちに教えてもらえませんか?」
「いいんですか?」
「もちろんです」
カレーラスへの楽曲提供の話は終わったが、面白そうだとアネモネ様も参加することになった。
「まずは手をちょっと切ります。厨房からナイフを借りてきますね」
「ちょ、ちょっと待って」
すばやくアネモネ様はヴィオラを止めた。
「わざわざ、傷を作るのはやめてちょうだい。他の方法はないの?」
「私、無意識に治しちゃうので、傷がないんですよ」
「それでですのね。私の母が音楽祭に来たら、肌荒れが治ったと言ってました」
ケイトの言葉にヴィオラは首をかしげた。
「私、そばにいる人しか治せないんですけど」
「でも」
「あの、音楽祭の最後の曲でヴィオラさん、小声で歌っていましたよね」
アンが口を挟んだ。
「ごめんなさい。下手なのに」
「そうじゃなくて、その時に顔のニキビが治ってたの」
「え? 別の時じゃなくて?」
「気になって、つい、触っていたから、ヴィオラさんが歌っていた時に治ったのは確かなの」
アンはうなずいた。
「きっと、ヴィオラさんの歌のおかげです」
「素晴らしいですわ。本物の癒しの歌ですね」
ケイトが同調した。
「そんなことあるわけないじゃないですか」
「ヴィオラちゃんなら、何でもありだから。でも、他の人が歌ってもできるのか、知りたいわね」
アネモネ様は言うと、自分の手の甲を長い爪で引っ掻いた。赤い線が走る。
「アネモネ様」
慌てて治そうとするヴィオラを止めて、アネモネ様は尋ねた。
「アンかケイトが試してみてダメだったら、ヴィオラちゃんに治してもらうから」
「じゃあ、私がちょうどいいと思います。一応、治癒はできます。ただ、直接、触らないと無理ですし、そのぐらいの傷でもふさぐのがやっとで綺麗にはなりません」
ケイトが手を挙げた。アネモネ様からさらに離れて、歌い出す。先ほど、覚えた歌だ。
美しい声にうっとりしていると、アネモネ様が笑い出した。傷をつけた手を前に出す。
傷一つない美しい手だった。
「消えたわ。ほら、やっぱり、ヴィオラちゃん、何でもありじゃない」
アネモネ様が顔を引き締めた。
「いい? これは口外しないでください。宰相様に報告してきます。今後の対応方針が決まるまで、治癒能力を歌にのせないように」
「は、はい」
アネモネ様がすばやく出ていくのを三人はただ、見送るだけだった。




