音楽の女神
「ヴィオラ、無理しなくてもいいんだよ」
馬車の中、難しい顔をしているヴィオラにイアンが優しく言ってくれた。
「いえ、ちょっと、緊張しているだけです。音楽祭ではプレステル宰相が間に入ってくださったので助かりました」
音楽祭でアウガルデン王国の楽士長、カレーラスに詰め寄られて困っていたところ、間に入ってくれたのは宰相だった。つまり、イアンの父だ。
プレステル邸で改めて話をする機会を設けるということでカレーラスをなだめてくれた。おかげで無事に音楽祭は終了したが、こうやって、プレステル邸に行くことになってしまった。あの押しの強いカレーラスとまた会うと思うと、ヴィオラも憂鬱になる。
「それにイアンが一緒に来てくれたので安心です」
ヴィオラの言葉にイアンは赤くなった。
「本当はもっと違う理由で家に招待したかったんだけど」
「違う理由?」
イアンは咳払いした。
「ほら、ついたよ」
またもや、大豪邸だ。ただ、装飾などが品がいい感じがする。イアンにエスコートされ、ヴィオラは馬車を降りた。
プレステル邸に入ると、宰相と美しい女性が待っていた。女性はイアンの母なのだろう。イアンとよく似ている。
「お招きいただき、ありがとうございます」
ヴィオラはジョセフィンに鍛えられたカーテシーで挨拶する。
「妻のステラだ」
ステラが優雅に挨拶を返す。
「今日はカレーラス殿の前ではくれぐれもはっきりしたことを言わず、私たちの話に合わせて、ただ、うなずいて欲しい」
宰相の言葉にヴィオラはうなずいた。自分では対応できなかったので、お任せするしかない。
と、ステラがにっこりと笑った。
「じゃあ、準備しましょうね」
その言葉と共にメイドたちがわらわらと現れ、ヴィオラを取り囲み、屋敷に引っ張りこんでいく。
「あ、あの」
「アウガルデン王国は自分たちの文化を自慢している国ですから、まず、身なりから相手に負けないようにしないといけませんの」
確かにステラの姿は今から舞踏会に出るような姿だ。
「あの、制服でいいとおっしゃったので、制服で来たんですが」
「ここで着替えてもらったらいいと思って、制服でいいと言ったの」
「私のサイズの着替えなんて」
「ミヤさんから聞いて準備しているから安心して」
「イアン」
イアンに助けを求めようと思ったら、イアンも連れ去られて行くところだった。
「まさか、化粧までされるとは思わなかった」
お風呂に入れられそうになるのをヴィオラは必死の抵抗で免れたが、髪は編まれ、化粧までされてしまった。
まだ、子どもなのに。と、前世の意識では思うが、この世界では普通だ。ハーモニー学園では通常の授業では化粧禁止、マナーやダンスの授業では許されている。
「お綺麗ですわ」
メイドたちに褒められるとまんざらでもない。ピンクの髪は編んでもらった方が少し賢そうに見える気がする。ドレスもコルセット必須の堅苦しいものではなかった。薄いピンクにたっぷりとしたギャザーで可愛い。
部屋を出ると、イアンが待っていた。シルバーグレーの服が理知的な感じのイアンによく似合う。首元を飾るクラヴァットはヴィオラのドレスよりは濃いピンク色だ。
イアンはヴィオラを見ると、一瞬手で顔をおおった。それから、手を外すと、真顔で言った。
「ヴィオラ、きれいだ」
あまりにもいい声で言うので、クラッときたが、その様子を気取られないようにヴィオラは微笑んだ。本当にジョセフィンの教えで助かっている。
客間に案内されると、カレーラスはすでにいて、宰相やステラと何かを話していた。
「おお、ヴィオラ嬢、まるで音楽の精のようだ」
カレーラスの表現は大げさだった。お国柄だろうか。
お茶のテーブルにつくと、カレーラスは少し落ち着いたようだった。
「音楽祭では興奮して申し訳ありませんでした。今、プレステル殿から、ヴィオラ嬢の話を聞いていたところです。なんと、音楽の女神から曲を授かったとか」
は?と言いたいところを我慢する。話に合わせてうなずくという指示を忘れてはいない。それに女神に転生させられた結果、前世の曲を披露できたので、意外と真実に近い。
「いやあ、確かにそれは秘密にされる気持ちもわかります」
音楽の女神から曲を授かったというので納得するのがすごいとヴィオラは思った。まあ、真実を言う気はないのでそれで納得してくれるなら助かる。
「ただ、我が国にはぜひ、来ていただきたいのですが」
ステラがパチンと扇子を閉じた。
「お分かりになりませんか。イアンとヴィオラの姿を見ても」
「や、やや。そ、そういう関係ですか」
「ええ。ですから、外国にヴィオラを出すつもりはありませんの」
「もちろん、我が国の楽士に女神の曲を伝え、アウガルデン王国に派遣することは可能です」
どんな関係かよくわからないが、カレーラスが納得したところに宰相が別の楽士を派遣するということで締めくくると、カレーラスは急に目を輝かせた。
「その伝える時に私も同席してもよろしいでしょうか。できれば、弟子も一緒に」
そこからは回数と人数を決める話し合いになり、最終的に三回、一回につき、アウガルデン王国の同席は二人までと決まると、カレーラスは「楽しみです」と何度も繰り返しながら、帰って行った。
「すまないね。カレーラス殿はあれでも大物でね。要求を全て断ることはできなかったんだ」
「いえ、ありがとうございました。私が解決しようとすると、外交問題になったかもしれませんから」
ヴィオラの解決方法の基本は力技だから、身分の高い相手には使うのが難しい。
「あの、ところで、カレーラス様がおっしゃっていた関係って、何のことでしょうか?」
疑問に思っていたことを尋ねると、イアンが赤くなった。
「ヴィオラさんはイアンの婚約者だということよ」
「そんな嘘をついて大丈夫なのですか?」
「わざと色を揃えて、勘違いさせただけで、嘘はついていませんからね」
ヴィオラがなるほどと感心していると、ステラがパッと扇子を広げ、口元を隠した。
「でも、本当に婚約者になっても構わないのよ」
「母上!」
イアンが声を上げた。




