迷い
「みなさんにお願いがあります」
ヴィオラは教室の前に立って、クラスのみんなに頭を下げた。自分の手が震えるのを感じる。
顔を上げると、みんな真剣な顔だ。お願いなんかされたくないよね。
ジョセフィンが大丈夫というようにうなずいてくれた。イアンもグッと握り拳を作って見せてくれた。トムとピーターも見守ってくれている。
そう、一人じゃない。
ヴィオラは大きく息を吸った。
「音楽祭での演目ですが、最後はクラス全員で盛り上げたいと思っています。個人の曲以外にもう一曲練習することになりますが、協力をお願いできないでしょうか」
ジョージ王太子が学園長に話したことでヴィオラの曲の紹介は三曲になってしまった。
オープニングがジョセフィンのヴァイオリン。中盤でサプライズゲストとしてジョージ王太子のピアノ。そして、最後は足踏み、拍手で盛り上がろうという話だが、観客の動きを引き出すためには舞台からだけではなく、クラスのみんなにも動いてもらおうという話になったのだ。
ただ、マナーの先生はなんとなく不満そうで、「発案者のあなたがクラスのみなさんに説明しなさい」と突き放されてしまった。
ジョセフィンの取り巻きのアンとケイトが顔を見合わせている。好かれていないと思うけど、協力してもらえるだろうか。
「あの、その曲って、ジョセフィン様が演奏される曲のような珍しい曲でしょうか?」
アンが尋ねた。
「ええ、たぶん、みなさん、聞いたことがないと思います」
前世の曲だから、聞いたことがあるはずないけれど、ヴィオラは断言を避けた。
アンとケイトは手を取り合って、喜んだ。
「喜んで、協力させていただきます」
「私も」
「ジョセフィン様が練習されているのを少し聞きましたの。あの曲は素晴らしいですわ」
「ああ、他にもご存知なら、もっと紹介してください」
アンとケイトのことをジョセフィンの取り巻き、親の言いなりになっている子たちと思っていた。それが今、目を輝かせている。本当に音楽が好きな子たちなんだ。
「私たちも聞いてみたいです」
「クラス全員でっていうのもいいな」
他の生徒たちも賛同してくれた。
一通りやってみせると、さすがエリート。あっという間に覚える。
ヴィオラが歌詞は外国の言葉だったのでわからないと「あー」で歌っていたら、ケイトが新しい歌詞をつけてくれることになった。
これでホッとしている暇はない。
問題はジョージの曲だ。
サプライズなのでジョージが魔法で音の遮蔽をして二人で練習することになった。といっても、離れた壁際にジョージの護衛とミヤがいる。
ヴィオラが色々、歌ってみせるが、ジョージはなかなか曲を決めてくれない。
一旦、休憩になった。
「そういえば、クラスでの説明は上手くいった?」
「はい。でも、ジョージは意地悪ですね。ここまで話を広げるのなら、ジョージが説明もしてくれたらよかったのに」
ヴィオラにしては珍しく恨みがましい言い方になってしまった。ジョージから好意を持たれていると思ったのに、余計に大変な状況に追い込まれた気がしている。
「私に贔屓されていると思われたくないでしょう」
「それはそうですけど」
「それにヴィオラが一人で目標に向かうなら、こんなことでくじけてはいられないものね」
「目標?」
「ヴィオラの目指しているものが何かは知らない。でも、グラント領で何かを決心して帰ってきたんだよね。学園中の生徒を鍛えようとしている? 鍛えてどうしたいの? その目標が知りたいんだ」
さすが、というべきか。鋭い。
と、ヴィオラは思ったが、実はヴィオラがわかりやすいだけだった。
「それが何か教えてくれないか。そうしたら、力になってあげられるのに。今のままではどう動いたらいいのか、わからないんだよ」
ジョージが少し眉を寄せる。美形のそんな顔は破壊力が強い。
ヴィオラは赤くなった。
それでも、運命の女神の話なんて信じてもらえるだろうか。魔王が出現するかもしれないなんて。それに対抗するためにみんなを鍛えたいなんて。
「ヴィオラ」
ジョージがヴィオラの手を握る。
少しだけでも話そうか。その方がこの世界を守るためにはいいのかも。ヴィオラは迷った。
「こらっ」
間にブランが割って入った。ジョージの手を払いのける。
「俺が力になるから大丈夫。王太子様はどうぞ、まずは国のことを考えてください」
「召喚獣が力になるって、戦闘力だけだろう。私なら、必要なら学園の仕組みまで変えることができる」
「贔屓されたくないというヴィオラの気持ちは無視ですか」
口論は続き、ヴィオラは迷いを振り捨てた。
「さ、音楽祭の曲を決めましょう」




