ミューラー
自己紹介の後は学園生活の注意や授業についての注意だった。信じられないことに成績優秀者からなる特級クラスは科目選択の自由はなく、特別クラスを受けなければならないらしい。
「エリート養成コースか」
それにしても、アリアナはどこにいるんだろう。てっきり、特級クラスだと思ったのに。
「以上、何か質問は?」
ミューラー先生が尋ねると、ジョセフィンが手を挙げた。
「ジョセフィンさん、どうぞ」
「遅刻する人に合わせて開始が遅くなるというのはやめていただけないでしょうか」
あなたのせいだと言うようにジョセフィンの目はイアンじゃなく、ヴィオラを見ていた。
「今日は初日の説明のため、全員そろってから開始にしましたが、これからは定刻通りに進めます。みなさんも心してください。他には?」
ミューラー先生に質問する人はもういなかった。
「では、気をつけて、お帰りください。イアン、ヴィオラはそのまま残るように」
きっと、遅刻の注意をされるんだろうという顔でみんな、帰っていく。
ああ、友達を作るきっかけが欲しかったのに。こいつのせいだとヴィオラはイアンをにらんだ。
ヴィオラとイアン以外の生徒が帰るとミューラー先生はだらりと教壇にもたれかかった。
「じゃあ、これからは遅刻しないように。以上、帰っていいよ」
思わず、ヴィオラとイアンは顔を見合わせた。
「先生、決闘の件ですが」
ヴィオラが口を開くと、先生はさえぎって言った。
「気持ちは落ち着いたか? もう、いいだろう。仲直りしなよ」
ミューラー先生はめんどくさそうに言った。
こういうタイプの先生だったんだ。探しに来てくれたのは熱心だったからじゃなく、二回、説明したくなかったからなんじゃ。
「仲直りなんて、できません」
「イアンが悪いんだろう。イアンが謝る。ヴィオラが許す。それでいいじゃないか。決闘って、話を聞いた教師が仕切らないといけないから、面倒くさいんだよ」
いいかげんな。父が不正を行うような人物だという噂をそのままにしていたら、断罪につながってしまうかもしれない。だから、なんとか、防ごうと必死になっているのに。
感情的に言い返そうとして、ヴィオラはやめた。深呼吸しながら考える。こういうタイプの人には。
「先生が決闘を受け付けないということはもっと、上の方に話をしろということでしょうか? もちろん、私はそれでも構わないのですが、先生の無気力な態度も報告させていただきますので、かえって、もっと面倒なことになるかもしれませんね」
「脅しているの?」
「いえ、私のとる行動を説明しているだけです」
ミューラー先生は顔をしかめた。
「わかった。どこから決闘という話になったのか、聞かせてもらえるかな」
「父を侮辱されたのが原因です。金を使って私を入学させたというのは、父や私に対するだけでなく、ハーモニー学園の教師に対しても不正を行っているという侮辱になります」
ヴィオラの言葉にイアンの顔色が悪くなった。教師を侮辱しているというように話を大きくされるとは思っていなかったのだろう。
「わかった。決闘の理由としては問題ない」
ミューラー先生が誓いのように片手を挙げた。
「先生、確かに私の言葉は失言でした。ただ、男性の私と女性で決闘というのは体力差もあり、公平なものにはならないでしょう」
イアンが慌てたように言った。
体力差? 私がどれほど鍛えているかも知らずに、よく言うわ。
「イアンが謝罪したら、決闘を取りやめるか」
「いいえ、決闘に勝利し、公式の場で謝罪してもらいたいと思います」
「馬鹿な。私に勝てると思っているのか」
馬鹿はどっちだとヴィオラはイアンを睨みつけた。
「私が決闘の内容を指定できるんですよね」
「まさか、刺繍とか言い出すんじゃないだろうな」
イアンの言葉、一つ一つに腹が立つ。
たぶん、刺繍なんてしたら、ヴィオラの実力はイアンと同じレベルだ。
「もちろん、計算です。百ます計算を希望します。私の算術の力が本物だと示してみせます」
「「百ます計算?」」
先生とイアンの声が揃った。
そっか、グラント領には広めたけど、前世の勉強方法だから知ってるわけないよね。
でも、決闘を申し込んだ時から、これで勝負すると決めていた。
「例を書きます」
ヴィオラは黒板のところに行くと、升目を書いた。
「十列、十行の升目を書いて、その外側に数字を書きます。これが問題です。計算する者は足し算であれば、この内側の升目に縦と横の数字の合計を書いていきます。指定時間内で正解数が多い者が勝者です」
「面白い。授業にも使えそうだ」
ミューラー先生が目を輝かせた。
「外に書く数字は何桁でも構わないのだな」
「はい、決闘ですから、難しくしていただいた方がいいと思います」
「では、問題作成は任せてもらおう。足し算、引き算、掛け算、割り算、四種類で行うものとする」
ミューラー先生が急に張り切りだした。何桁にするつもりなんだろう。無茶苦茶するんじゃないだろうな。
「制限時間は問題ができてから、決めようかな。競技場の真ん中に向かい合わせに机を置いて。うん、魔法で空中に拡大表示しよう」
先生の声が弾んでいる。
「悪いが、勝たせてもらう」
イアンの言葉にヴィオラは鼻で笑った。
九九がないこの世界の人間が日本で小さい頃から鍛えられた人間に勝てるわけがない。
大体、入学試験で私に負けたくせに。
「謝罪の言葉を考えておいてくださいね」
ヴィオラはピシリと言った。