ヒロイン
「すごいな。ピンクの髪だらけだ」
ライルがキョロキョロとあたりを見回した。大通りまで出ると、一気にピンクの髪の女性が増えてきた。
「ヴィオラは本当に領民に愛されているんだね」
ジョージの笑顔がまぶしい。このイケメン揃いの中でも王道のイケメンだ。
「ヴィオラちゃん、うちのお茶を飲んで行かないかい?」
お茶を売っているステラおばさんに声をかけられ、ヴィオラは屋台をのぞき込んだ。
「あれ、クッキーはないの?」
「今日は何だか早くに売り切れたんだよ」
「残念」
「その先にパン屋があるから、揚げパンを買っておいでよ。うちのお茶に合うって評判だから」
「揚げパン?」
「元は余ったパンを揚げて、砂糖をまぶしてあるだけなんだけど、美味しくてね。人気が出たから、余ったパンでは足りなくて、今は専用のパンを焼いて使ってるよ」
「それじゃ、行ってみようか」
ヴィオラが尋ねると、みんなうなずいた。
「フラン堂ってお店。ピンクの屋根だから、すぐわかるよ」
すぐにフラン堂は見つかった。ヴィオラの知らない店ということは人気が出て、大通りに引っ越してきたのかもしれない。ピンクの屋根が可愛い。店先で若い男性がパンを揚げている。その前でおばあさんが何か話しかけている。
「いらっしゃい。ヴィ、ヴィオラさま?」
ヴィオラに気づいた男性が慌てる。
「いい匂い。人数分、揚げパンください」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げた青年は油の中にパンを入れると、真剣に揚げ始めた。
「これは冷めてもおいしいのかな」
ジョージが尋ねた。
「おいしいよ。私はよく買うんだけど、冷めたほうが砂糖がカリッとするんだ」
青年ではなく、おばあさんが教えてくれた。
「じゃあ、別に百個、後で屋敷に届けてもらえるかな」
「すみません、今日はもうパンがないので、百個は無理です。二十個ぐらいなら」
「じゃあ、今日は二十個で。残りは明日以降、余裕のある日で。無理言ってごめんね」
ジョージの笑顔におばあさんだけでなく、青年まで魅了されたようだ。ポーッと顔を見つめている。
「二十個は護衛に残りは屋敷のみんなにお土産にしたいんだ」
ジョージは顔がいいだけでなく、気遣いもできるらしい。
青年はパンがきつね色になったところで取り出すと、砂糖を振る。ピンク色の砂糖だ。
屋根といい、ずいぶん、ピンクが好きなんだなと思っていると、店の奥から若い女性が出てきた。可愛い子で髪がきれいなピンク色だ。パンを入れる袋が少なくなっていたところに袋を補充する。
「もう、俺がやるから、ゆっくり休んでて」
「大丈夫って、少しは動かないと」
ジョセフィンは微笑んで尋ねた。
「もしかして、おめでたですか」
「はい」
青年は照れたように頭をかき、女性は赤くなった。
「あの、余計な事かもしれませんが、妊娠中は髪の毛を染めない方がいいと思います」
ジョセフィンが言うと、女性は手を振った。
「あの、私の髪の色は元々、ピンクなんです」
まさか。
ヴィオラはその二人の顔をじっと見つめた。
信じられない。でも。
「ごめんなさい。いらないことを言って」
ジョセフィンが謝った。
「いえ、ちょっと、珍しい色ですよね。小さい頃は変な色っていじめられたこともあったんですよ」
女性が髪をひとつまみ、つまんでみせた。
「ジムはそれをずっと可愛い可愛いって言っててさ」
「ちょっと、おばさん」
ジム青年が赤くなった。
やっぱり、間違いない。ヒロインの幼馴染。亡くなった恋人だ。いや、乙女ゲームの中では亡くなっていたけど、ここでは生きている。
「結婚前に手を出したもんだから、両方の親父さんに殴られてさ」
「あ、あの、私、もう、休みますね」
女性は真っ赤になって、頭を下げると、奥に入って行った。
ヴィオラはよろめいた。アリアナが、ヒロインがまさか、こんなところでパン屋のおかみさんになってるなんて。しかも、でき婚。嘘。若すぎでしょ。
自分がストーリーを変えたせい?
でも、それなら、よかった。
辛い経験をして聖女になるより、今がすごく幸せそうで。
自分が悪役令嬢になりたくないと必死だっただけ。でも、それでここにも幸せになった人がいる。
どうか、このまま、いつまでも幸せでありますように。
ヴィオラは祈った。




