お客様
「レイフ! やめなさい」
ヴィオラは叫んだ。
家でもライルの修行は行う。元々、家族で毎朝、鍛錬していたので、ハイラム、マドラ、レイフと家族全員が参加することになった。
さらにそこにふらふらとブランが顔を出したら、そのとたん、レイフが水魔法をぶつけたのだ。
「この子は私の召喚獣のブラン。悪いドラゴンじゃないから」
「ううん。悪い。召喚獣のくせに、いつでも、姉様と一緒にいられるのに、呪いを防ぐことすらできなかったんでしょ。そんな役立たずはいらない」
レイフは攻撃を続けながら、ヴィオラに向かって、目を輝かせた。
「そうだ、僕、姉様の召喚獣になるよ。そうすれば、いつでも、一緒。ね、契約しよ」
シスコンにしても、拗らせ過ぎじゃないだろうか。ヴィオラはどう言い聞かせたらいいのか、困った。
「レイフ!」
マドラがレイフの頭を押さえつけた。
「ヴィオラの言うように攻撃をやめなさい。役立たずはいらないなんて、そんなことを言ってはいけません」
とたんにレイフがおとなしくなって、攻撃をやめる。
「だって〜」
「だってじゃありません」
「あの、今、どうやって、レイフさんに近づいたんですか?」
ライルはヴィオラに尋ねた。
ライルの目にはにこにこ見学していた貴族の奥様が一瞬でレイフの元に移動したように見えた。
「転移魔法が使えるのですか?」
「ううん、風魔法と身体強化。すごいでしょ。防御力を上げようと努力していたら、自然に身についたらしいんだけど」
つまり、連発されている水魔法攻撃を一瞬でくぐり抜けたことになる。
「さすが、師匠のお母様」
ライルもヴィオラから訓練を受けることで短期間で強くなった。それがずっと、家族で訓練を続けていたのなら。
「追いつくのは大変だな」
ライルは闘志を燃やした。
「お嬢様! お客様がいらっしゃいました」
ミヤが大きく手を振りながら、やってきた。
「お客様って、どなた?」
「トム様、ピーター様です」
「え?」
屋敷に戻ると、トムと大きな荷物を抱えたピーターがいた。
「よかった。元気そうだね」
トムがヴィオラに微笑んだ。なんだか、学園にいる時より、美形に見えるのが不思議だ。
「お見舞いにこちらを」
ピーターが差し出した箱をミヤがさっと、受け取る。
「ありがとうございます」
「娘のためにわざわざありがとう。よかったら、うちに泊まっていかんかね」
ハイラムの誘いにトムは優雅に乗った。
「ありがとうございます。実はグラント領の最近の発展には興味を持っていまして、滞在中にお話が聞けたら……」
ハイラムとトムが喋りながら、屋敷に入っていくと、その後にピーターが荷物を持ってついていく。
「お見舞いにあと何人、来るでしょうかね」
ミヤのつぶやきにヴィオラは手を振った。
「そんな来るわけないじゃない。こんな不便なところに」
ヴィオラの言葉を無視して、マドラはミヤに命じた。
「あなたが予想する人数のお客様が来るという前提で準備をしてちょうだい。テレサに最優先だと伝えて」
テレサというのは侍女長だ。
ミヤがすばやく、屋敷に入っていく。
「母様、大げさでは?」
ヴィオラの言葉にマドラとレイフが大げさにため息をつく。
「姉様は自分のことが本当にわかっていないんですね」
ドーン。その時、大音響と共に地面が揺れた。
「な、何? 地震?」
よろめいてもいないのにヴィオラの体をライルが支えた。
「見てきます」
「僕も」
走っていくレイフの後をブランが追った。
「中で待ちましょうか?」
「いえ、レイフたちなら、すぐに確認して戻ってくると思うのでここで待ちます」
ヴィオラが予想するより、レイフたちが戻ってくるのは遅かった。
そして、戻ってきた時、その後ろには立派な馬車が二台も連なっていた。
「姉様、すごい、すごいよ。あのグラント領に入る細い道を魔法で広くしたんだ。これからは馬車が通れるんだよ」
駆け寄って来たレイフが興奮してしゃべる。
「え、誰がそんなことを」
膨大な魔力が必要なはずなのに。
馬車が目の前に止まり、イアンにエスコートされて、ジョセフィンが降りて来た。
「ヴィオラ、お見舞いに来ましたわ」
「姉様のお友達って、すごいね」
レイフが目をキラキラさせる。
「土魔法を使えば、簡単ですわ」
ジョセフィンが胸を張る。簡単って。朝の訓練に参加していた期間は一番短いのに。きっと、参加していない時も一人で鍛錬していたのだろう。
「ジョセフィン」
ヴィオラは思わず、ジョセフィンに抱きついた。
「もう、すっかり、大丈夫なようだね」
後ろの馬車から降りて来たのはジョージ王太子だった。
慌てて、正式な挨拶をしようとするヴィオラたちをジョージは止めた。
「ハーモニー学園の生徒会仲間として、見舞いに来たんだ。学園内と同じように身分を意識しないでほしい」
「ありがとうございます」
普通に頭を下げるヴィオラにレイフがささやいた。
「これでお客様は全員?」
「たぶん」
ヴィオラはそう答えたが、次の日にはミューラー先生が来るのだった。




