グラント領
誤字脱字報告、ありがとうございました。助かります。
「ほら、着いたぞ」
ハイラムは背中の背負子に座っているヴィオラに声をかけると、向きを変えた。厳めしい門塔が目に映る。
「ヴィオラ様、お帰りなさいませ」
門番が声を張り上げた。
「ただいま!」
ヴィオラはぶんぶんと手を振った。
「どうしたんですか? 馬にも乗らずに」
「父様が心配症だから、ちょっと体調を崩してただけなのに自分が背負うって言い出して」
馬車も通れないような細い道はいつもなら馬で通っている。グラント領が陸の孤島と呼ばれるのは馬車だけでは行けないからだ。普通の人にはきつい道だから、首都のカレイドルからそんなに遠くないのに田舎のイメージが強い。
「ここがヴィオラの生まれ育った街なんですね」
ライルが感慨深げに言った。
「田舎だと思われているけど、けっこう、ひらけているでしょ」
「はい、いいところですね」
ライルに通行証を出してもらい、街の中に入った。
「お帰りなさい」「頭がピンクだ。都会に染まっちゃった」「あらあら、おんぶなんかされて、どうしたの」
街の人が次々に声をかけてくる。都会に染まって、頭をピンクに染めた浮かれた奴と思われるのも、父親に甘えていると思われるのも恥ずかしい。
髪の色は変えれないけど。
「父様、恥ずかしいからおろして。後、少しなんだから、歩く」
「後少しなんだから、いいだろう」
ハイラムもヴィオラから身体強化を習って身につけているから、ずっと背負っていても疲れを感じていない。
「久しぶりに帰って来たんだから、歩きたいの」
強く主張すると、ヴィオラはやっとおろしてもらえた。ライルがエスコートしようとするが、パッとハイラムがエスコートする。
「護衛は手をふさがない方がいいだろう」
ハイラムはすましてライルに言う。
ヴィオラは変わっていない街の賑わいにホッとしていた。
「姉様!」
砂煙の塊のような物が猛スピードで近づいてきたかと思うと、ヴィオラに飛びついてきた。
が、ライルにはたかれて、ペタンとうつ伏せに地面に倒れた。倒れた姿で男の子であることがわかる。
「何者だ」
ライルに尋ねられても動かなかったが、「大丈夫?」とヴィオラが尋ねると、ピョンと飛び上がった。ヴィオラの弟のレイフだ。
「姉様〜」
「レイフ」
ヴィオラとレイフが抱き合うと、ライルはオロオロとした。
「す、すみません。弟さんとは知らず」
「いや、護衛としては正しい。それにそのぐらい叩いても何ともない。レイフはヴィオラに甘えようとしているだけだ」
ハイラムに言われ、少しホッとしたライルをレイフはジロリと見た。
「この人、護衛なの?」
「ええ、護衛と言っても、私のお客様よ。仲良くしてね」
ヴィオラが言うと、レイフの態度がガラリと変わる。
「弟のレイフです。よろしくね」
ヴィオラと似た美少年があざとく笑った。
「それより、どうしたの? エールゲ海の旅行は?」
ヴィオラがハーモニー学園に出発するのを見送りたくないと駄々をこね、先に船での旅行に出発したのだ。
「姉様の一大事に旅行している場合じゃないでしょ」
「でも、一体、誰から聞いたの?」
「もちろん、ミヤだよ」
パッとミヤの方を見ると、ミヤはにこやかに言った。
「毎日、報告を行なっています」
「おい、ミヤ。うちにはまだ、数回しか報告していないくせにどういうことだ」
ハイラムが声を上げる。
「おぼっちゃまからは特別料金を頂いています」
ミヤらしい。
「それより、姉様、本当に大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫。でも、レイフと違う色になっちゃったわね」
ヴィオラは自分のピンクの髪の先をつまんだ。
「僕が髪を染めるよ。おそろいにする」
レイフならピンクも似合いそうだなと思うが、染めるのはもったいない。
「レイフはそのままが一番素敵。だから、染めるなんてしないで」
ヴィオラがそう言うとレイフの顔が赤くなる。
「わかった。絶対、染めない」
可愛い弟だが、ちょっと、シスコン過ぎるような気がする。
「ヴィオラ!」
今度の声はマドラだった。
「母様!」
小走りに駆け寄ってくるマドラにヴィオラは飛びついた。
「会いたかった」
「ごめんなさい。無理に学園に行かせたばっかりに」
「ううん、行ってよかった。楽しくて楽しくて。話したいことがいっぱいあるの」
呪いの事件はヴィオラの頭から抜けていた。毎日の楽しかったことを報告したくてしょうがなかった。




