ヒロインの兆し
「その時、ジョセフィン様は少しも慌てず、土魔法で壁を作り、私たちを守ってくださったんです」
ケイトが祈るように手を組んだ。
「まるで聖女様でしたわ」
クラスの男子たちがうんうんとうなずく。美少女のジョセフィンがみんなの危機を救うなんて、まさにヒロインだよね。
「やっぱり、ジョセフィンはすごいなあ」
ぼそりとこぼすと、ジョセフィンがヴィオラをキッと見た。言葉遣いを注意されるかと思ったら、ジョセフィンはヴィオラの両手を握った。
「何をおっしゃってるの。ヴィオラが訓練で私の能力を伸ばしてくれたおかげですわ」
「ジョセフィン」
ヴィオラもジョセフィンの手を握りしめた。
「それだけ能力があるのに肝心な時に何をしていたのかしら」
「トムさんとピーターさんと仲良く三人でいらしたんでしょ」
「アン、ケイト。下品な発言はおやめなさい」
ジョセフィンが叱責しても、アンとケイトは不満そうだ。ヴィオラは女子同士仲良くしたかったが、ジョセフィンの婚約の噂が出てからは敵対視されている気がする。
「そう。今回、助かったのは本当にヴィオラのおかげだよ」
イアンがフォローして、ヴィオラとジョセフィンの手を握ろうとすると、アンがパッと間に入った。
「婚約者のいるジョセフィン様の手に触れようとするなんて、許せませんわ」
「婚約者はまだいません」
疲れたようにジョセフィンが言った。
「公表されていないだけで決まったことですわ」
「そう、親しくお付き合いされていて」
「今回の非常事態でも大活躍されたジョセフィン様ですもの」
アンとケイトがねーっというように顔を見合わせる。
「それより、私にも鍛え方を教えてもらえないかな」
トムがピーターを従え、ヴィオラに声をかけてきた。
「え、ええ。構いませんが」
ヴィオラは一瞬、迷った。アンとケイトは偏見を持っているようだし、一緒に訓練したら、変な噂が立つかもしれない
「今、やっている訓練に参加させてもらえたら」
それなら、他の人もいるから、大丈夫だろう。ヴィオラはうなずいた。
「どんなことをしているか、あらかじめ教えてもらえるかな。お昼を食べながらでいいから」
「ええ」
お昼になると、トムとピーターと一緒に食堂に向かった。すると、イアンが追いかけてきた。
「訓練の話なら、私も聞きたいから、一緒でもいいかな」
トムが顔をしかめた。トムもクラスのみんなとはなじんでいないから、イアンと仲良くなるいい機会なのに。
「もちろん」
四人で廊下を歩いていると、まわりの視線が集まっているのを感じる。ヴィオラとイアンの決闘はみんな見ていたから、仕方ないかもしれない。
食堂で席を探していると、後ろから声をかけられた。ライルだった。
「ここ空いてるよ」
「ありがとう。他の子も一緒でいい? 新しく訓練に参加したいって子なんだけど」
「もちろん」
ヴィオラはシチューセットを取ってくると、ライルの横に座った。ヴィオラの横にイアン、向かいにトムとピーターが座る。三人ともなぜか、ヴィオラと同じシチューセットだ。
「初めまして。ヴィオラと同じクラスのトムです」
「ピーターです。明日から二人とも朝の訓練に参加しますのでよろしくお願いします」
「また、参加者が増えるの?」
ライルが眉を下げて、ヴィオラに聞いた。
「ええ、ごめんなさい。どんどん増えてしまって」
「いや、構わないよ。同じクラスだと断りづらいしね」
「ただのクラスメイトではないんですよ」
トムが口をはさんだ。
ライルがトムをジロリとにらむ。
「手作りの料理をご馳走になりました」
「学園のキャンプの話じゃない」
ヴィオラが言うと、ライルがにっこり笑った。
「私の方が先ですね」
くだらないことでなぜか、張り合っている。
「ヴィオラ、二人にかまけていると、シチューが冷めますよ」
イアンに言われ、シチューを食べ始める。
「美味しい」
思わず、声に出すと、ライルとトムが固まった。同じテーブルのみんながヴィオラを見ている。
「え、何か変?」
「何も変なことはありませんよ。ヴィオラに見惚れていただけです」
何? イアンが急に甘いことを言う。ヴィオラは赤くなった。
「いやね。男の子をはべらして。はしたない」
そんな言葉が聞こえてきた。顔を上げても、誰が言ったか、わからない。
でも、ヴィオラの記憶ではその言葉は攻略対象者に囲まれたヒロインのアリアナに向けられる言葉のはずだった。




