キャンプといえば
「いい感じだと思ったのよ。最初は」
生徒会室でヴィオラはジョセフィンに愚痴をこぼしている。最近、ジョセフィンにはケイトとアンがピッタリくっついているので、ヴィオラがジョセフィンと普通に話せるのは生徒会室だけだ。
「それがね、全然、協力的じゃないの。ピーターが持っていくもののリストを作って、用意して、トムはそれに対してうなずくだけ。私の意見や要望なんて、これぽっちも聞いてもらえない。せめて、買い出しに行こうかとか言っても、ピーターにけっこうですって言われるし。私のこと、信用してないのよ、あれは」
「トムもピーターも貴族で、トムが本家、ピーターが分家なんじゃないかしら。小さい頃から本家を盛り立てるように教育されているんですわ」
ジョセフィンの言葉にヴィオラは顔をしかめた。
「でも、先生に決められたとはいえ、三人のグループなんだからねえ。私も参加しなくちゃ意味がない」
「でも、ケイトとアンを見ていたらわかるでしょう。親からも命じられていると余裕がなくて」
「あ、ケイトとアンはジョセフィンの家の?」
「そう、分家なんです。だから、私も引き立てて行きたいとは思うんですけど」
ジョセフィンはため息を扇子で隠した。
「私の父が張り切って、直接、二人に声をかけたみたい。私が王太子の婚約者となった以上は妬みを買うかもしれないから、いつもそばにいて守れって」
「でも、婚約者じゃないんでしょ」
「そう、今のところね。もう、どうにかしてくれないかしら」
ジョセフィンが王太子の方をチラリと見た。
「断っても、否定しても、君の父が外堀を埋めていくから、なかなか決着がつかないんだ。私のせいじゃない」
「そう言いますけど、きっかけを作ったのは誰かしら」
ジョセフィンとジョージの会話のテンポがいいので気が合っているんじゃないかと思うんだけど、二人によるとただの友だちらしい。
「トムとピーターって、どこの家なんだろう。ハーモニー学園では家名を名乗らないことになっているから、わからないなあ」
ヴィオラは独り言のつもりだったが、ジョセフィンはすかさず、拾った。
「国内の貴族ではありません。私、同年代の貴族の顔はきちんと覚えています。だから、留学生だと思います。恥ずかしながら、外国の貴族はまだ家名しか覚えていなくて」
さすが、ジョセフィン。そこまで覚えていたら、充分すごいと思う。
「トムとピーターというのも偽名かもしれないな。あまり、困るようなら、ミューラーにきちんと指導するように言おうか」
ジョージが優しく言ってくれたが、ヴィオラは胸を張った。
「大丈夫です。そんなことに権力を使わないでください。私には秘策があるので」
秘策とはもちろん、餌付けだ。マヨネーズやポテトチップスという手もあるが、キャンプといえば、一択だ。
キャンプ初日の晩。ヴィオラは鍋をかき混ぜていた。
「おい、それは本当に食べ物なのか」
ピーターが疑わしげに鍋をのぞき込む。
「いい匂いでしょう」
「薬っぽいな」
キャンプ初日は各自、指示されたポイントに進み、テントを張る。そして、晩御飯を作って食べるまでが決まりだ。ヴィオラは調理係に手を挙げた。そうじゃないと、干し肉や堅パンで済まされそうだ。料理は任せろとまではいかないが、前世の食事を復元するため、料理人たちと試作を繰り返したから、前世より腕は上がっている。
「はい、カレーのできあがり」
そう、ヴィオラはきちんとグラント領のシェフに作ってもらったカレー粉を持ってきていたのだ。
疑わしげに見るピーターにカレーを入れたお椀とスプーンを渡す。即席で作ったナンも渡す。残念ながら、いまだ、お米は発見していない。
「一緒に食べてみて」
ピーターは恐る恐るナンをちぎると、カレーにつけて口に運んだ。
「どう?」
目をつぶって固まっているから、不安になる。
「大丈夫か、ピーター」
トムが剣を抜きそうだ。
「お、おいしいです。若様も食べてみてください」
ピーターは思わず、という感じでトムのことを若様と呼んじゃっている。
ヴィオラがトムにもお椀を渡すと、ピーターはサッと、自分の器と入れ替えた。なるほど、ピーターは毒見役らしい。
トムも恐る恐る口にした。すると、いつもの貴族らしい感情を出さない顔がほころぶ。
「おいしい。珍しい料理を知っているのだな」
ふっふっふ。やっぱり、子どもはカレー好き。グラント領で試したから、この世界でも大丈夫だとわかっている。だって、日本の乙女ゲームの世界だもんね。きちんとお子さま味に甘めにしたし。
ヴィオラはカレーを食べることでトムとピーターとの距離が近づき、大満足だった。ただ、乙女ゲームのキャンプといえば、別のイベントが定番なことをすっかり忘れていた。




