ライル
いや、少しでも体が浮けば、命は助かるはず。助かったなら、自分で自分を治癒すればいい。最後の瞬間に残ったわずかな魔力を使って、風魔法を使う。地面スレスレまで待つ。
集中していたヴィオラは人の気配を感じ、慌てた。ぶつかったら、怪我をさせてしまう。
「どいてー。危ない」
声を上げた時にはもう、ヴィオラの体は知らない青年に受け止められていた。
高いところから落ちたのに、衝撃を感じなかったかのようにしっかりと抱きしめられている。
あれ、これってお姫様抱っこじゃない?
ヴィオラは赤くなった。
前世の自分は恋愛経験に乏しかったんだろう。ドキドキしてしまう。
「大丈夫か」
「あ、ありがとうございます」
まるで騎士のようながっしりした体。炎のように赤い髪。ワイルド系イケメンだ。すっごく、モテそう。
「山を高速で登る姿を見て、追ってきたんだが、ドラゴンを撃退するとはすごい魔法だな。あ、俺はライルと言う」
うわー、攻略対象だ。ハーモニー学園を卒業したら、近衛騎士になるんだよね。え、待って。私の二つ上っていう設定じゃなかった? 成長良すぎじゃない? 背は高いし、この、私の顔が当たっている胸筋、すごいんですけど。うんうん、さすが、普通の人とはオーラが違う。
それより、撃退したと勘違いしているってことは私とポチの会話を聞いてなかったってことね。よかった。ごまかそう。
ヴィオラはできるだけ、可愛い声を出すことにした。
「ヴィオラと申します」
学園内では家名を名乗らないことになっている。
「あの、撃退なんてしてません。ドラゴンを見るのは初めてだったので、思わず、近づいてしまったんですが、なぜか、急に去って行ったんです。きっと、ライルさんが来てくれたので、逃げていったんですね。おかげで助かりました」
「そうなのか? 勘違いして悪かった。確かにドラゴンなんて、魔術師長クラスじゃないと、一人では撃退できないもんな」
そう言いながら、ライルはヴィオラをそっと下ろした。
「ありがとうございました」
ヴィオラは頭を下げようとして、よろめいた。足に力が入らない。
「大丈夫か。魔力切れなら、部屋まで送ろう」
ヴィオラはまた、お姫様ごっこされてしまった。
しまった。攻略対象には絶対に近づかないと思っていたのに密接してしまっている。
好きなゲームだったから、会えて、つい、嬉しくなったけど、このままではまずい。早く、離れたいけど、体が動かないから仕方がない。
「あの、重いでしょう。ここに置いて行ってください。ただ、学園の門のところにいる私のメイドに連絡して頂ければ、それでけっこうです」
「羽根のように軽いから大丈夫だ。こんな訓練用の山に君のようなか弱い女性を置いていくことはできない」
ウッ。本当はか弱くなんてないのにすみません。
なぜ、こんなことになったんだろう。ヒロインがライルルートを選択した場合、ヴィオラはライルに斬り殺されるのに。ヴィオラはヒロインの部屋を襲撃しようとして、返り討ちにあうんだよね。
絶対、そんなことはしないから、殺さないでください。
ヴィオラは心の中でライルに頼んだ。
「見かけない顔だが、ヴィオラ嬢は新入生か?」
「はい、明日、入学します」
ヴィオラはうずうずした。
あなたは明日、運命の女性、ヒロインのアリアナと出会うんだよって、ライルに教えたい。
入学式後、アリアナは庭を歩いていて、木から降りられなくなった猫を発見。助けたが自分は木から落ちてしまう。そこをライルが抱き止めるのだ。
ちょっと、今の自分の状況と似ているところもある。いや、似ているのは落ちたところを受け止めてもらうってところだけか。
「そうか。もし、困ったことがあったら、いつでも声をかけてくれ」
「ありがとうございます」
ヴィオラは満面の笑顔で答えた。
やっぱり、攻略対象者って、いい人なんだ。ちょっと、出会っただけなのに優しくしてくれて。
「お嬢様!」
ハーモニー学園が見えるところまで来ると、ミヤが駆け寄ってきた。
「心配ない。魔力切れらしい」
ライルの言葉にミヤは深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。後は私が」
ミヤはさっと、ヴィオラを受け取った。
その軽々とした動きにライルは呆然となっている。
「あ、ああ。じゃあ、気をつけて」
「本当にライル様、ありがとうございました」
ヴィオラが頭を下げると、ライルは片手を上げて去って行った。
「さあ、お嬢様、どういうことかじっくり、聞かせてもらいましょうか」
「ミ、ミヤ……」
ミヤに部屋まで運ばれた後、ヴィオラは尋問される前に魔力回復のポーション、それも一番苦いポーションを飲まされたのだった。