改名
突然、現れたドラゴンに食べられそうになるが、必死で抵抗、従魔契約をして助かる。
そんな思いつきの芝居をヴィオラとポチは熱演していた。
しかし、あまり、長くやっていると、ドラゴン討伐の応援が来るかもしれない。
「そろそろ、従魔契約するわよ」
ポチにささやく。
「じゃあ、ポチ以外の名前で呼んでください」
なぜか、そんなことを言う。急に言われても、ヴィオラはいい名前なんて思いつかない。
体が黒いからクロ、なんて呼んだら、文句を言われそう。英語でブラック? そうだ、フランス語がいい。
「ブラン!」
ヴィオラは叫んでから、気づいた。ブランは白だ。ブラックにつられてしまった。黒はノワールなのに。ポチが白ければよかったのに。
自分とポチの間に光が走る。
え?
お芝居だったはずなのに、本物の従魔契約になっている。
白い光の中でポチの輪郭が小さくなっていく。光がまるで凝縮されるように集まり、そして、消えた。
残ったのは猫ぐらいの大きさの白いドラゴン。
「ヴィオラ!」
飛びついてくるのを抱き止めた。
「お望み通りの姿でしょ」
従魔契約が変に働いたのか、ヴィオラの願い通り、可愛く白くなってしまった。
ドラゴンとしては問題かもしれない。
「ごめん、元の姿の方がよかったよね」
「ううん、これでヴィオラといつも一緒にいられるね」
ポチ改め、ブランのくりくりした目が可愛い。
「うん、大したものだ。きちんと従魔契約が済んでいる。まさか、ドラゴンと契約するとは」
ハッと顔を上げると、ミューラー先生がそばに来ていた。
「先生、でも、召喚したんじゃないんです」
「仕方ない。これから、君はずっと召喚することは無理だろう」
「え?」
「従魔契約した場合、その魔獣より弱い魔獣を召喚することはできないと言っただろう」
「はい」
「つまり、ヴィオラはドラゴンより強い魔獣を召喚する必要がある。ドラゴンより強い魔獣というのはほとんどいないから、ドラゴンのより強い個体を召喚するぐらいだな。しかし、通常、ドラゴンの召喚に必要な魔力は上級魔術師六人だから」
「もう、私は一人では召喚はできないということですね」
ショック。可愛いモフモフを従魔とする夢は叶わない。
「僕がいるからいいでしょ」
ヴィオラがガッカリしていることに気づいて、ブランがすり寄ってくる。
可愛いけど、ドラゴンには毛がない。撫でると肌触りはザラザラしている。
「ブランと言ったか。喋り方もしっかりしているし、賢そうだ」
ミューラー先生の言葉にブランは胸を張った。
うん、まあ、可愛いからいいか。
「先生! 安全なら結界をといてください」
イアンの叫び声に先生が手を上げると、すっと結界が消えた。
わっと、生徒たちが駆け寄って来る。
「ヴィオラ」
いきなり、イアンはヴィオラに抱きついた。
「無事でよかった」
耳元でささやかれ、ドキドキしていると、ブランがペチペチとイアンを叩いた。
「こら、ヴィオラにくっつくな」
「イアン様に何をする」
イアンの従魔、イルカのデリーがブランを止めようとする。小さなイルカとドラゴンがわちゃわちゃしているのはすごく可愛い。
その間にジョセフィンがヴィオラとイアンの間に割り込む。
「レディにいきなり、抱きつくものではありません」
イアンに注意してから、ジョセフィンはヴィオラの顔をのぞき込んだ。
「本当に怪我はない?」
ジョセフィンの言葉にヴィオラはうなずいた。
「あんな時はすばやく逃げなくちゃダメよ。一人でドラゴンに立ち向かうなんて、英雄気取りだわ」
そういうジョセフィンの目には涙が溜まっている。
「これは別に心配したからじゃないから。ドラゴンの羽ばたきで砂が舞い上がって目に入っただけだから」
ジョセフィンはそう言うが、ヴィオラを心配してくれたことが伝わってくる。
「本当にすごい」
「ドラゴンと従魔契約なんて、ハーモニー学園の歴史に残るのでは」
クラスのみんなも称賛してくれる。演技が上手かったからかもしれないけど、もしかして、悪役令嬢のルートから外れかけている?
そういえば、とっさに芝居を思いつけたのは乙女ゲーム『聖女は愛に囚われる』にイベントがあったからかもしれない。
悪役令嬢ヴィオラが召喚したドラゴンがコントロールできずに暴れ出した時、ヒロインのアリアナがドラゴンと従魔契約してみんなを救うのだ。
今、ドラゴンと従魔契約をしたのは私。ということはゲームの強制力が弱まっているのかもしれない。
ヴィオラはブランをギュッと抱きしめた。




