召喚はしていません
「ジョセフィン、中央へ」
ミューラー先生の言葉にジョセフィンが前へ進む。他の生徒たちは先生の後ろで待機だ。
今日の授業は召喚。まずは教室で召喚の歴史や方法、魔獣に従魔契約を習った。次に実践。決闘が行われた競技場に来た。中央には大きな魔法陣が描かれている。召喚を補助する魔法陣らしい。ジョセフィンは魔法陣の上に立つと、大きく深呼吸した。
「召喚、始め!」
ミューラー先生の言葉にジョセフィンが目をつぶり、魔力を魔法陣に向かって放出する。じわじわと魔法陣が光り出す。
「お出でなさい」
召喚の言葉が『出でよ』じゃないところが、ジョセフィンらしい。
ぱあっと魔法陣から光が上に向かって、すぐに消える。空中に浮かぶ両手で抱えるくらいの生き物は。
「モグラ?」
ヴィオラは思わず、つぶやいた。モグラにしては大きすぎるが、召喚獣とはそんなものかも知れない。
ジョセフィンはモグラに向かい、手を差し伸べた。
「そなたの名はマオル」
ジョセフィンとモグラの間に光が走る。
「ジョセフィン様」
モグラがジョセフィンの前に座り、鼻先をジョセフィンの爪先につけるようにした。
か、可愛い。こんな魔獣を召喚したいなあ。
「お見事です。召喚に成功しただけでなく、従魔契約まで済ませるとは」
ミューラー先生が評価して拍手すると、クラスのみんなも拍手した。
ジョセフィンはマオルを従え、満面の笑顔で戻ってきた。
生徒一人一人、召喚を行っていく。鳥などの小さな生き物が多い。さすが、特級クラス。召喚に失敗する人はいない。ただ、従魔契約ができたのは三分の一くらいだ。
「イアン」
残るはイアンとヴィオラだけ。
イアンが魔法陣の中心に立つ。落ち着いた様子で均一に魔力を放出している。さすがだ。
「出でよ」
噴水のように水色の光が巻き上がる。そして、その上に浮かぶように現れたのは。
イルカだ!
ぴょんぴょんと跳ねている。
「デリーよ、来い!」
イアンとイルカの間に光が走る。
「イアン様」
イルカがイアンの名を呼べるのは従魔契約ができた証拠だ。デリーはイアンの周りをくるくる回る。
う、うらやましい。
拍手の中、イアンは戻ってきた。
「ヴィオラ」
「はい」
ヴィオラは魔法陣の中心に立った。ドキドキする胸を抑えて、魔力を放出する。
ああ、モフモフのフェンリルとかが出てきてくれないかな。
「出でよ!」
あれ? 出てこない?
まさか、水晶玉の破壊に続き、自分だけ失敗? 楽しみにしてたのに。
ヴィオラは焦った。
「出でよ!!」
両手を突き上げ、魔力全開。光の柱が誰よりも高く上空に伸びてゆく。ヴィオラは空を見上げた。
光の円の中、青空に小さな黒い点が見えたかと思うと、猛スピードで降下してくる。それは黒いドラゴンの姿になった。
「キャー」
女の子の叫び声。
「全員、私の結界の中へ」
ミューラー先生が防御の結界を張る。
「ヴィオラも早くこちらへ」
先生にそう言われても逃げられるわけがない。だって、このドラゴンは。
ヴィオラはまっすぐぶつかってきたドラゴンの頭を捕まえて、ささやく。
「ポチ、どういうつもり?」
「だって、僕には帰れって言っておいて、別の魔獣を召喚しようとするんだもん」
だもんじゃない。黒いドラゴンが可愛い子ぶったって、可愛くないんだから。
召喚していないのに、勝手に来るのは反則だ。誰が見てもドラゴンを召喚したように見える。でも、元々、ドラゴンと友だちだったというのも悪役みたいでまずい。
ヴィオラは必死で考えた。
「ねえ、芝居に付き合って。私とポチは今が初対面。私はポチに食べられそうになるが、従魔契約して助かる」
そう、今、ポチと頭を突き合わせているんだから、食べられそうになったと言うしかない。
「わかった」
ポチが嬉しそうに尻尾を振り回す。
「助けて〜」
食べられそうになっているというヴィオラの渾身の演技。
「うまそうだな」
「きゃあ。あっち行って」
ヴィオラは身体強化してポチを突き放す。
「食っちまうぞ」
「ダメ〜」
突き放しても、突き放しても、近寄ってくるドラゴン。
どちらの演技も下手くそでドラゴンの姿がなければ、単に飼い犬とじゃれているだけだ。ただ、ドラゴンの絵面のインパクトがあり過ぎて、誰も芝居とは気づかなかったようだ。




