悪役令嬢の兆し
「本当にすみません。買い物に付き合ってもらっただけなのに、店長のキーラさんにデートなんて変な誤解を生んじゃって」
ヴィオラは店を出ると、イアンに謝った。決闘で負けてから、イアンは気を使い過ぎでただでさえ、申し訳ないのに。
「誤解されても構いませんよ。いっそのこと、本当にしましょうか?」
「は?」
「本当のデートにしましょう」
そう言うイアンの顔は真っ赤だ。
「ちょうど、お昼ですし、一緒に食事でも」
「いえ、イアンさんのお休みをこれ以上、邪魔するわけには……」
ぐぅ〜。
断ろうとしたヴィオラのお腹がタイミングよく鳴った。今度はヴィオラが赤くなった。
「外で食事をするのに一人は寂しいんです。買い物に付き合ったんですから、私の食事に付き合ってもらえませんか」
「でも、従者の方が……」
ヴィオラは言いかけて、気づいた。グラント領では使用人と一緒に食事をすることもありだが、普通の貴族はそんなことをしない。
「恐れいります。イアン様にお仕えしているダクトと申します。私のことまで気を使っていただき、ありがとうございます。お言葉に甘えて、一緒に食事をさせて頂けますでしょうか? 実はすぐ近くに美味しい店がございます。個室がありますので、中ではどんな風に食事をしても大丈夫です」
「ミヤ、ミヤも一緒に食べられるって。よかったね」
ヴィオラは嬉しくなったが、ミヤはスンっとした顔をしている。
「それではご案内いたします」
ダクトの後をイアンにエスコートされながら、ついていく。その後ろからミヤがついてくるが、なぜか、足音が弾んでいる。
「こちらでございます」
ダクトが短い行列ができている店の前で立ち止まった。肉の焼ける匂いが外まで漂っている。
もう、お腹が鳴らないようにヴィオラは腹筋に力を入れた。
「なぜ、ここに」
振り返ると、そこにはライルがいた。修行時の格好と違って、黒いシャツが似合っている。腕まくりしたシャツからのぞく鍛えられた腕がいい。
「用事とは、し」
師匠と呼ばれる前にヴィオラはライルに接近し、ささやく。
「師匠とは言わない。修行は秘密」
それから、イアンたちの方を振り向いた。
「最近、護身術を習っている、ライル先生です」
ヴィオラのごまかし方にライルは戸惑ったようだったが、頭を下げた。
「三年生のライルです」
「そして、こちらは同級生のイアンさん。今日は水晶玉を買うのにお店を案内してもらったんです」
「ああ、知ってます。ヴィオラさんを侮辱して、決闘で負けた人ですね」
ヴィオラの紹介にライルはイアンを鼻で笑うような言い方をした。
何か言い返そうとしたイアンは深呼吸すると、笑顔で言った。
「はい、そのイアンです。愚かな男ですが、今はヴィオラさんに夢中になっております」
夢中? ライルに言い返そうと変なことを言い出すのはやめてほしい。行列に並んでいる人たちがみんな、こちらを見ている。
「ヴィオラさん、ここで会ったのも何かの縁です。一緒に食事でもどうですか?」
ライルがにっこり笑って、手を差し出す。師匠の立場にいないヴィオラにとっては、かっこよくて仕方ない。
「今からヴィオラさんは私と食事です」
ライルとイアンがにらみ合う。普通に立っていても、タイプの違った美少年たちで目をひくのに、ギスギスするのはやめてほしい。
「あの、早く修行を切り上げたのはイアンさんのせいじゃないから。必要な買い物だったから。イアンさん、お腹が空いたからってイライラしたらダメですよ」
ヴィオラが間に入っても、二人のにらみ合いは終わらない。もしかして、元々知り合いで仲が悪かった?
「小さいのに修羅場だ」
「もう、男を翻弄するとは、すごい」
「悪い女だなあ」
見物人が笑っている。ちょっと待って。おもしろがって、私を悪女にしようとしてない?
ミヤはただ、笑いをこらえているだけで頼りになりそうにない。
「失礼いたします。ライル様は使用人と一緒に食事するのはお嫌でしょうか」
ずいとダクトが前に出た。
「いや、別に」
「それでは一緒に食事ということでいかがでしょう。この店に予約を取っております」
「ダクト」
止めようとするイアンにダクトは微笑んだ。
「女性が見せ物になってはいけません。まずは中に入りましょう。それに男性は余裕がある方が魅力的なものですよ」
そのダクトの言葉にイアンもライルもうなずいた。
そのまま、個室で全員で食事になったが、ライルの師匠であることを隠すため、ヴィオラは会話にものすごく気を使うことになった。
そして、なぜかイアンとライルは張り合ってばかりいた。




