デートではありません
「うん、魔力は順調に増大している。よく、頑張っているな、ライル。今日の修行は昨日と同じことを行うように。私は用事があるため、抜けるが、魔力はギリギリまで使い果たすように」
ヴィオラは相変わらず、師匠っぽい態度を貫こうとしている。
裏山のその一帯は草も燃え尽き、でこぼことした地面が広がっている。連日のヴィオラとライルの修行で地形すら変わってしまった。
「師匠、何の用事でしょうか? 弟子の私にできることでしたら、代わりに行います」
ライルが跪く。みんな、簡単に跪き過ぎのような気がするんだけど。
「いや、私が責任をとって、なさねばならぬことだ」
「お嬢様、時間が」
ミヤが声をかける。
「え、もう?」
「そのままの格好で出かけることが許されると、お思いですか?」
「でも、制服に着替えるのでいいでしょう」
「授業もない日ですよ。黙って、私にお任せください」
ミヤはヴィオラがいい加減な格好をすることを許してくれない。
「ごめん。じゃあ、そういうことで。今日も頑張ってね」
ヴィオラはいつもの調子に戻って、ライルに手を振ると、寮に戻った。
「男性にエスコートされて、高価な買い物をするのですから、それなりの格が必要です。店によってはドレスコードがありますからね。入れないと困るでしょう」
風呂に入って、全身洗われ、クリームやら何やらつけられる。気持ちはいいが、落ち着かない。ドレスはシンプルだったのでホッとする。濃紺に白いレースが襟と袖口を飾っている。身につけた姿をヴィオラは鏡で確認して首を傾げた。
どこかで見たような……。わかった。子供のピアノ発表会のドレスだ。
「見る人が見ればわかる。グラント産最高級シルクのドレスです」
ミヤが胸を張る。
「ミヤもメイド姿をやめて、着替えたら? せっかく、街に出るんだし」
「いえ、付き添いという仕事ですから」
準備ができたところにベルが鳴った。時間ピッタリにお迎えだ。ミヤがドアを開けると、イアンがいた。薄い水色の髪を後ろに撫でつけ、今日は片眼鏡を付けていない。シルバーグレーの私服が似合って麗しい。さすが、乙女ゲームの攻略対象だけのことはある。
イアンはヴィオラを見ると、ほうっと息をついた。
「きれいだ」
ストレートな褒め言葉にヴィオラは赤くなった。こんなちびっ子にクール系イケメンがそんなことを言うなんて。やっぱり、社交界に慣れた貴族は違う。
「女神」というような言葉も聞こえた気がするが、さすがに気のせいだろう。
「さ、お手をどうぞ」
すっと、手を出されたので、ヴィオラは自分の手をのせた。家族、親戚以外のエスコートは初めてでドキドキする。
イアンの用意した馬車に乗った。片側にイアンとイアンの従者、反対側にヴィオラとミヤ。
「今日は本当にありがとうございます。水晶玉なんてどこで買えるか、わかりませんでした」
「いえ、おかげでご一緒できて嬉しいです。ただ、ヴィオラさんの能力が素晴らしかっただけなのに、代わりを買ってこいなんて、神殿は失礼過ぎます」
「いえ、私が壊したのが悪かったので」
魔力測定で壊した水晶玉、お金で弁償するのだったら、簡単だった。同じような物を買えと言われると、どこで買えるかわからない。
何でも詳しいイアンが案内してくれると言った時、場所さえ教えてくれればいいと思ったんだけど、一見さんお断りの店らしい。だから、付き添って、紹介してくれるという。
ヴィオラはまだ、街の探検も済ませていないので、馬車から外を眺めてもどこなのか、よくわからなかった。
しばらくして、馬車が止まった先は思ったより小さな店だった。
イアンが手を差し出すので、また、ドキドキしながらエスコートされて馬車を降りた。
「いらっしゃいませ」
店内に入ると、ずらりと並んだ店員が頭を下げる。
「今日は頼むよ」
イアンが軽く声をかけると、いかにもやり手というような女性が前に出た。
「本日は店長の私、キーラがお手伝いさせていただきます」
「用意はいいかな」
「もちろんでございます、イアン様。まずはこちらへどうぞ」
キーラが案内したのは個室のソファーだった。なぜか、ヴィオラはイアンと二人、並んで座らされ、ミヤとイアンの従者は後ろに立った。
テーブルの上には美しいガラスペンが何本も輝いている。
「割ったお詫びです。好きなのを選んでください」
イアンに頭を下げられ、ヴィオラは慌てた。
「あの、すでに色々、お詫びの品を受け取ってますし」
「あれは私が侮辱したお詫びです。これは純粋に壊した代わりを受け取って欲しい」
ヴィオラは迷ったが、ミヤがうなずいたので、受け取ることにした。
キーラが紙とインクを出して、試し書きを勧めてくれた。書いてみると、どれも抜群の書き味だ。壊れたペンよりいい。
「これにします」
思わず、一番書きやすいペンを抱きしめてしまった。
イアンは顔を赤くして咳払いした。
「喜んでもらえて何よりです」
次に水晶玉が運ばれてきた。
三つ運ばれてきたが、ヴィオラは触りたくない。すべて割ったらと思うとゾッとする。
「あの、よくわからないので、一番いい物を神殿に送っていただきたいのですが」
「かしこまりました」
「ミヤ」
声をかけると、ミヤが支払いの手続きをする。
「ヴィオラさん、水晶玉も私が」
「いえ、純粋に壊した代わりなので」
水晶玉の分も払おうとするイアンをヴィオラは止めた。
「イアン様、水晶玉よりアクセサリーをプレゼントするのはいかがですか? デートには気軽なこういうアクセサリーもよろしいかと」
キーラが小粒だがいかにも高そうな宝石がついたアクセサリーを載せたトレーをいくつも並べ始める。
「あ、あの、デートではありません」
慌てて、ヴィオラが口を挟むと、イアンはガックリと肩を下ろし、後ろからは従者のため息とミヤの含み笑いが聞こえてきた。




