#6
短編作品(全6話中の6)
『ば、馬鹿な!! 有り得ない、何故だ、何が起きている?』
イェルクは、何度も魔法を構築させようとするが、全てアレクにより却下される。
呆然とする一行の間をアレクはゆっくりと歩を進める。その歩みの一歩ごとに渦巻く黒い魔力が全身を包み込み、アレクの体を変化させた。不自由だった足は杖なしでも歩けるように、失った片腕は黒竜の鱗をまとう禍々しい腕に。
イェルクの眼前で歩みを止める頃には、ぼさぼさ髪のひげ男が、竜の眼を持つ黒髪の美丈夫に変化していた。
冒険者たちは気づいた。これは変化ではない、正体だと。
『くっ、ちっ、近寄るな化物めっ!!』
イェルクの鉤爪も、尻尾も、竜の息も、何も通用しなかった。溢れ出る黒い魔力によって全てが弾かれてしまうのだった。
「化物か……どの面で戯言を言うか……再度、問おう。貴様は “誰の前” で “誰の名” を語る?」
先ほどまでの怒りの表情こそ消えているが、少し呆れた顔でアレクだった男が問いかける。
『わ、われ……我は、我は……くっ!!』
恐怖に囚われたイェルクに、ヴァラヌークという単語を発することができなかった。
「教えてやろう貴様の名を……貴様の名は『ヨールグライネ』――この俺、ヴァラヌークの眷属、中位の黒竜に過ぎん」
イェルクを含めた一同が驚愕する中で、「人間の魔術に乗っ取られるとはな」と呟き、手をかざすと、遺体となったイェルクと黒竜ヨールグライネの足元に三角錐の魔法陣が現れる。
「教育が必要だ」
その一言とともに二体は紫の光に包まれ、その姿を消した。
軽くため息を吐いたアレクが振り返ると、冒険者たちは怯えて後ずさる。
「わ、我々も殺すのか?」
フランシスの悲鳴に近い質問にアレクはニヤリと笑みを見せ、手をかざす。
恐怖で、身を縮こまらせた一同に癒しの魔法が施された。
ケガや傷が癒され呆然とする一同。
「まあ、あんたたちも災難だったな。イェルクは魔竜に殺された。死ぬ思いで逃げ帰った……そう報告するなら見逃してやる。口を滑らせたら……俺がお前たちを――」
そう言うと、黒髪の美丈夫は少年のような笑顔を見せた。
――ヴァラヌーク山・谷間の山小屋
魔竜ヴァラヌークが根城としている山の中腹には谷間があり、そこには洞窟の入り口に半分めり込むようにして建つ山小屋があった。
その山小屋の上空で、大きな羽音が響く。
羽音の主は、全長30mを超えんばかりの巨大な黒い竜だった。
禍々しく捻じれた一本の角、もう片方は根元から断ち切られた跡がある。
この捻じれた一本角の巨大竜こそ、かの黒き災害【魔竜ヴァラヌーク】の姿であった。
ヴァラヌークは山小屋に降り立つと見る間にその姿を人間に変化させた。
人間の女性の姿に。
ただ少し人間と違うのは、その頭部に歪な角が生えていること。一本は根元から断ち切られた跡が残る。
女性は鼻歌まじりに山小屋の中に入る。
彼女を迎えるのはアレクであった。
「さみしかったか? 旦那様。お前の愛する妻が帰ったぞ」
「ああ、さみしかったよヌーク」
アレクは胸の中に飛び込むヴァラヌークを愛おしそうに撫でる。そして何かを思い出したかのように語りだす。
「そうだ、一つ報告がある。それと、君の名を騙ることになってしまった」
ヴァラヌークは目を輝かせてアレクの話を促す。
「なんだ? 面白そうだな、夜通し聞かせてもらおうかな?」
「ふふ、そうだね……」
二人は奥の部屋へと消えて行く。
―― 完 ――