#4
短編作品(全6話中の4)
隠し通路を進むうちに、冒険者たちの表情には疲労の色が浮かび始めた。特にフランシスは息も荒く、足取りも重い。従える騎士が気を使い、声をかけ水筒を渡す。
片腕も失い足も不自由なはずのアレクだったが、杖を器用に操り、一行の誰よりも息を乱していなかった。
通路がやや広くなってきたところでフランシスは休憩を宣言するが、アレクは静かに首を振った。
「到着だ……この先に、黒竜と魔術師がいる……まあ、魔術師は生きていれば、だがな」
そう言って、突き当たった岩壁を撫でる。
冒険者たちは、ゴクリと唾をのみ緊張感が走る。
若い剣士がわずかな震えを落ち着かせようと剣の柄に手をのせる。
「それって、その壁の先ってことかい?」
「そう言っている」
そ、そうかぁと呟くとアレクを除く一行は相談を始めた。
準備ができたら言ってくれといい、アレクは壁に背をつけゆっくりと座り込んだ。
フランシスたちは、あくまでイェルクの捕縛が使命であって、竜討伐が目的ではない。それもここにいるのは、ただの竜ではなく、最古の竜の一角、【魔竜ヴァラヌーク】が主なのだ。戦力が足りないどころか、戦うという選択肢などはない。
「まったく、あの魔術師も嫌がらせのようなところに逃げ込んだものだ」
フランシスが激しく自身のひげを撫でながらブツブツと愚痴る。
結局、一同は、竜とは争わず、穏便にイェルクの遺体を回収するということで話はまとまった。
竜が怒り狂った場合は、冒険者たちが引き付けている間に回収し、隠し通路から撤退。消し炭になっていた場合は目視で確認し次第、撤退だという。
ハーフリングの斥候が皮肉を込めて提案する。
「もうさー、竜にやられてたって、報告すればいいと思うんだけど?」
しかし、フランシスによって確認だけはしなくてはと却下された。
「……決まったようだな」
アレクは立ち上がり、岩壁に手をつけて念じる。すると手を中心にして、青い光線が幾重にも岩壁に走り、光が収束するとともに新たな通路が現れた。
「この先が竜の間、“大空洞”だ」
何なのあなたは、というエルフの言葉に返事はなかった。
通路に竜の魔力が流れ込んでくる。
重苦しい空気の中を一行が進むと、目の前に大空洞が広がった。
大空洞の天井部には、七色に輝く光の帯が幾層にも重なり漂っている。竜の魔力の影響だろうと女魔術師が呟く。
一同は感心したように、辺りをキョロキョロと見渡していたが、その視線が一点に集中した。
そこに、闇が形を成したかのような巨大な影が立ちはだかっていた。
黒鱗に包まれた身体は10mを優に超え、頭部には誇り高き二本の角。縦長の瞳孔が細まり、黄金の眼光が冒険者たちを射抜く。
――黒竜がそこにいた。
黒竜の傍には、人が一人倒れている。紫のローブ姿から、あれが魔術師イェルクとわかる。
黒竜に挑み、果てたのだろうと一行は解釈した。
フランシスは大空洞入り口の岩壁に身を寄せ、ガタガタと震えていた。騎士は聞こえぬよう舌打ちし、フランシスに代わり前へ出ると、竜に対して一礼する。
「大いなる力の主、古の黒き竜よ。尊き魔竜の寝所を騒がせてしまい申し訳ございません。……我らは、貴方と争う気はありません。そこに倒れ伏す罪人を捕縛しにきた者にございます。その者の遺体を回収し、速やかにこの場を立ち去る所存でございますれば、何卒こたびの無礼をお許しくだされ」
黒竜はグルルと喉を鳴らしながら騎士を見る。次の瞬間、騎士の体が弾き飛ばされ、岩壁に激突した。
轟音とともに鎧が軋み、騎士の体はずるりと崩れ落ちる。
何が起きたのか理解できず、一行は息を呑んだ。だが、すぐに気づく――黒竜の尻尾がわずかに動いたことに。
それからの冒険者たちの行動は迅速だった。
戦士が大盾と斧を構え、黒竜の前に立ち大声で威嚇する。
若い剣士とエルフの女は、イェルクの遺体回収に走り出し、神官と魔術師は呪文を唱え始めた。一方、フランシスは顔面蒼白になり、いつでも気を失う準備ができていた。
黒竜は彼らの動きをじっと見据え、剣士たちとイェルクの間に立ちふさがる。
振り下ろされる鉤爪――剣士たちは間一髪で飛び退いた。
「っぶねえ!! 威嚇が効いてねえ!!」
「こちらの行動を読んでいるわね……いったん下がるわよ!」
神官が補助魔法を、魔術師が強化魔法を仲間にかける。
しかし即座に一同が驚愕する言葉が響いた。
『<却下する>』
その声と同時に、神官たちが施した魔法が一瞬でかき消された。
一同の顔に絶望の色が滲んだ。
黒竜は冒険者たちを見下ろし、可笑しそうに嗤った。
『くふふ……何もそんなに急ぐこともないでしょうに……』
その目が、フランシスに向けられる。
『これは、これは。お久しぶりですね、フランシス様……いや、“根性なしのフランシス”よ』
辛うじて意識をとどめていたフランシスは、黒竜に話しかけられたことで死んでしまいそうになっていた。
『わかりませんか? くふふ……まあ、わかるはずもないでしょう……』
黒竜は微笑んだ――それは、残酷な愉悦に満ちた笑み。
『我が名はイェルク、イェルク・セルでございます』