始まりは突然に
ついにこの日がやってきた。昨日の夜は緊張とわくわくで中々寝付けなかった。1ヶ月前にお父様と話してから今日まで、本当にあっという間だったなぁ。でも、ここからが本番。待っててね、私の未来の旦那様!
ー1ヶ月前 ミィナ王国王宮内 王族居住区ー
「スフェーン様。国王陛下がお呼びです」
「お父様が?何かしら。それじゃあローズ、ついでにさっき焼いたクッキーを持っていくからつつんでくれる?」
「かしこまりました」
お父様はこの時間は公務をなさっているはず。何か重要なお話かしら。まさかまた…?
嫌な予感が一瞬頭をよぎったが、急いで支度をすませてお父様の執務室へと向かう。
「お父様、スフェーンです」
「入りなさい」
「失礼します。何かご用でしょうか?」
「スフェーン。お前ももう来週で16歳になるな」
「はい。前世の記憶があるので、正確には50歳くらいでしょうか?」
「冗談もほどほどにしなさい。お前の前世の記憶の話はほとんど誰も知らないんだぞ?」
ミィナ王国の王女スフェーンには、日本で過ごした前世の記憶がある。そこでは小さいながらも実績のある結婚相談所の社長だった。幸せに結ばれていく人達を応援するのが何よりの生き甲斐で、毎日仕事に明け暮れ自分の恋愛は疎かにしていた結果、生涯愛を知ることなく35歳の若さで死んでしまった。そして、今世でこの事実を知る人は五人しかいない。お父様とお母様とお兄様、専属メイドのローズと専属執事のクオーツだ。
「お前が前世で生き甲斐にしていた、他者の幸せの手伝い?とやらは立派だと思っている。だがな、そろそろ、お前自身の幸せも見つけなければならん」
やっぱり。また婚約者探しの話ね?それならいつもみたいに…
「え…で、でも、お兄様だってまだ婚約者がいらっしゃらないし…」
「その事だが、昨日スピネルの婚約者が内定した」
「?!え…そ、そんな…」
嘘でしょ…。いつもこの話題がでた時はお兄様の婚約者の話をだして逃げ切っていたのに…。しかも、お兄様の婚約者が内定した次の日に私を呼び出すあたり、お父様も考えたわね…。どうしようかしら。
次の言葉を考える私に、お父様が続けた。
「相手だがな、まだ本人にも伝えてはいないが、スフェーンが良ければカークタル公爵家の次男ロンドが適任だと考えている」
「え!あのロンドですか?!」
「あぁ。歳もスフェーンの2つ上だから今年で18だ。彼も適齢期だろう」
「そんな…だってロンドは…」
カークタル公爵家はミィナ王国名門貴族の一つだ。長男のユリアスがお兄様と同じ歳で幼い頃から仲が良く、昔はよくロンドも一緒に4人で遊んでいた。ロンドは優しく気が利いて、笑うとえくぼが可愛い少年だった。しかし、私が10歳を過ぎたあたりからお兄様達が各々後継者としての勉学に忙しくなり、4人で会うことは徐々になくなっていった。そしてあっという間に4年の月日が流れたある日、私は見てしまったのだ。その日はロンドがたまたま王城に来ていると聞き、内緒で会いに行った。するとそこにいたのはメイドに甘い言葉を囁く男性の姿だった。高身長に甘いマスクで巧みな話術を扱う、ロンドは完全な女たらしへと成長していた。
前世と合わせても恋愛経験のない私には刺激が強すぎて、結局声なんてかけられるわけもなく、その場を立ち去ることしかできなかった。
その後なぜかロンドから私への面会の要請が来ていたが、全て全力で丁重にお断りした。
そんなことがあってから、ずっと避け続けているロンドと結婚なんて出来るわけない…絶対無理…こうなったら、もう最後の手段を使わなきゃ。
「お父様。お願いがあります」
「なんだ?言ってみなさい」
「3ヶ月。3ヶ月だけ猶予を下さいませんか?3ヶ月で私が自分でお父様の認める婚約者を連れてきます。そして3ヶ月後にその人をお父様とお母様の目で審査して、決めていただけないでしょうか。もしダメだと判断された時には大人しくロンドと結婚します」
「なに…?」
お父様の表情は変わらない。断られたらどうしよう…でも、絶対に説得しなきゃ。私にはあんな女たらしを魅了できる術なんてない。どうせ愛人でも作られて寂しい生活になるに決まってるわ。そんなの嫌よ…。前世から幸せな人達をたくさん見てきたんだもの。私だって好きな人と幸せな生活を歩みたい…!
「…はぁ。いいだろう、どうせ明日明後日にカークタル家に伝えるつもりもなかったからな。ただし、2ヶ月だ。3ヶ月までは待てない」
「!本当ですか!ありがとうございます!」
「2ヶ月後にスフェーンの婚約者を国民に発表する事は決定事項だ。これが最大限の猶予だと思いなさい」
「はい。わかりました。お父様、それでは2ヶ月で結婚相手を探し出してみせます。やり方は私に任せていただいてかまいませんね?」
「あぁ。お前の結婚相手だからな。存分に探すといい」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
ついに…この時が来たのね。いつかは来ると思っていたけれど、ずっと下準備をしていた甲斐があったわ。本当は3ヶ月はほしかったけれど、お父様も何か事情があったみたいだし…2ヶ月でやるしかない。
自室に戻るなり私は急いで筆を走らせた。
「ローズ!これを関係各所に送ってくれる?ついに私のあの計画を実行するの!」
「!スフェーン様!国王陛下はお許しに…?」
「えぇ。言質はとったわ。好きにしなさいとね?」
「え?それって…この方法をお話にはなられていないのですか…?」
「…。いいから、おつかいを頼まれてちょうだい?」
「はい…大丈夫かなぁ?」
ーーー翌日 新聞記事ーーー
~ブルーリボン新聞社より~
王城にてスフェーン様主催のお見合いパーティーを実施致します。
応募資格
・16から25までの男女
・婚約者がいないこと
・未婚であること
・身分差の結婚を家族含め了承できること
・最長一ヶ月間の王城での生活が可能なこと
※一ヶ月間の衣食住は王城で負担。しかしその前後の生活について一切の関与は無いものとする
身分、国籍は問いません。上記資格を満たしていればどなたでもご応募頂けます。
※ご応募頂いた方の身辺調査を実施し、資格がないと判断される場合もあります。その際はご参加頂けませんのでご了承下さい。
日程
本日より二週間が申し込み受付期間となります。受付期間終了後、更に二週間以内に参加資格の有無を通知致します。
参加資格を有した方は、指定の日より最長一ヶ月間王城にてお過ごし頂き、参加者同士交流を深め、カップルが成立した場合はそのまま結婚の手続きも可能です。
申請方法
ブルーリボン新聞社の本社横、特設建物にて申請用紙の発行並びに受付を行っております。
皆様の募集を心よりお待ちしております。以上
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この新聞記事が国民を驚かせたのは言うまでもない。もちろん、お父様もその一人。
「スフェーンめ…自由にやれとは言ったが…」
お父様はその新聞を読むなり震えていたそうだ。怒りなのか呆れなのか?顔の表情は見えなかったらしい。
私はというと、国をあげたお見合いパーティーの主催者兼参加者ということもあり、毎日準備に明け暮れた。記事にあった通り、参加希望者達の身辺調査を初め、王城内の会場設営や本番のスケジュールも抜かりなく確認した。そして、なんとかお見合いパーティー開始の2日前に準備を終えたのだった。