082 食い違う親子
カレンの両親は、カレンの見事な弾きっぷりに興奮していた。
父親のギルス・レガットは、他の演奏が流れる中で、カレンが優勝した後の事を妄想し始めている。
王族の御前で演奏するカレンが評判になり、世間的に有名になったカレンが宮廷音楽家として活躍を始める‥‥
当然のようにレガット家は下級貴族から上級貴族に昇格を果たし、裕福さがかなり増していく‥‥
今住んでいる家よりもふた回りほど広い豪邸を手に入れる‥‥
などの妄想がギルスの頭で描かれている。
母親のマギーも、宝石や豪華なドレスを身につけて、様々な人に上から目線で話しかけている自分を妄想している。
また、王族が食するような一流の料理を食べて幸せになっている姿に悦に入っているようだ。
そしていよいよ結果発表を待つ時間となり、カレン以外は優勝間違いなしと確信して大興奮している。
カレンはその様子を見て溜め息をつく。
六歳部門の発表。
三位以上が発表される。六歳だけで演奏者は十人いる。
『六歳部門 第三位は‥‥カレン・レガットさんです』
呼ばれたカレンぎ壇上に上がり、表彰を受け取った。
娘の名前を呼ばれたのが予想外に早かったので、両親が確信して築き上げた妄想が音を立てて崩れ落ちるのが想像出来る。
表彰式が終わり、レガット家は馬車に乗って家路を辿る。
だが、その表情は絶望感で満たされていた。
特にギルス・レガットは顔をひきつらせながら「終わりだ‥‥もう終わりだ‥‥」と呟くばかり。
マギー・レガットはカレンに、あの審査員おかしくなかった?絶対買収されてたんだわ、などと有らぬことを次から次へと捲し立てていた。
カレンは、そんな母親の話を聞き流しながら、これで変な夢から覚めて欲しいと願っているのだった。
ところが、母親のマギーは後日、一流のピアノの先生だというジョエルを呼び寄せた。
ジョエルは何度もコンクールで優勝経験のある講師のようで、四十過ぎの紳士である。
マギーはジョエルに、
「カレンを優勝出来るように鍛えてちょうだい」
とリクエストした。
カレンは顔には出さなかったが、余計なことを、と心の中で溜め息をつく。
それにしても、ジョエルほどの実績のある者がマギーに雇われたのか謎であったが、プレイヤーで成功している者はいくら腕が良くてもほんの一握りしかいない。しかも、相場も決まっている。
それならば講師となり、こちらの言い値で報酬が決まる教え手の方が実入りは良いようだ。
だからといってジョエルは手を抜くタイプではなかった。
マギーの要望通り、優勝出来る実力をカレンにつけさせようと真剣に取り組んでいる。
父親のギルス・レガットはコンクール直後こそ絶望的な感情をしていたが、日々ジョエルにしごかれて上達していくカレンを見ていると、再び上級貴族への野望を燃やし始めていく。
カレンは今まで以上にピアノに時間を取られていき、同年代の友達も作れず、一人でも遊ぶ時間、せめて息を抜ける時間も削られてしまい、徐々にノイローゼになってしまうのであった。




